#069 「「「農場……?」」」
長話をして精神的に疲れたその日の更に翌日。さぁ、今から朝飯を食おうかという最悪のタイミングでドローンからの警報が入った。農場内に一時警戒を告げるブザーが鳴り響き、俺と同様に食事に手を付けようとしていた面々に緊張が走る。
「グレンさん?」
「確認中だ」
今、この時間はフェリーネ達による斥候兼狩人は外に出ていない。実際のところ、フェリーネ達の斥候は必要なのか? と言われると早期警戒という意味では偵察ドローンがあるので必要はない。ただ、フェリーネ達が斥候をしているぞ、という対外的なアピールが必要なのと、偵察ドローンだけでは見落としかねない何かしらの兆候に彼らが気づく可能性を考えて彼らを斥候に出している。
あとは、まぁ、囮だな。彼ら自身がそうであり、また彼らが斥候に出ていないタイミングそのものも囮である。敢えて彼らが斥候に出ていないタイミングで接近してくる集団。その事実が一つの情報となるのだ。
「数は十二、全員が銃で武装。駄載獣は確認できない」
「駄載獣がいないってことは、キャラバンとかでは無さそうですねぇ」
「駄載獣なしで十二人。ということは歩いて数日圏内の住人達か、ある程度地理に詳しい奴がいる放浪者かのどちらかだな。武器は手持ち、弾薬と食料は荷物としてある程度持ち運べるとしても、駄載獣なしで水を数日分持ち運ぶのは厳しい。周辺の水場を把握している奴がいるはずだ」
俺の報告を聞いたライラとスピカが武装集団の素性を推理して聞かせてくれる。ふむ、推理そのものにあまり穴があるようには思えないな。ドンピシャリと当たっているかどうかはわからんが、概ね二人の言う通りで間違いは無さそうだ。
「やるの?」
「さてな。武器を手にこちらの様子を窺っているようだが、それだけといえばそれだけだ。今は農場の周りに防壁もある。積極的に仕掛けて殲滅するべき段階ではないだろう」
ミューゼンの質問にそう答えてエリーカが用意してくれた朝食に手を付け始める。うむ、今日もエリーカが焼いてくれたパンは美味い。あと野イチゴのジャムも。ふわふわふかふかのパンに甘酸っぱい野イチゴのジャムがとても合う。ジャムはたっぷり塗るのが良い。
「何を企んでいるのかはわからんが、こちらの様子を窺っている奴らに付き合う必要もない。メシは食えるうちに食っておけ」
「良いのでしょうか……?」
フィアが首を傾げているが、良いのだ。奴らの持つ火器では到底突破できない防壁があり、更にその防壁の上には一瞬で奴らを粉々に粉砕できるコイルガンタレットと、消し炭にできるレーザータレットが配置されている。何なら今奴らがこちらの様子を窺って何やらヒソヒソと話し合っている場所も射程圏内だ。慢心ではなく、純然たる事実として現段階の奴らは俺達の脅威になりえない。
「とりあえず、奴らの動向がはっきりするまでは防壁の外に出ないように。忘れてたとか、うっかりしてたとかはナシだ。いいな?」
「「「はい(にゃ)」」」
フェリーネ達も含めて全員がちゃんと返事をしたことに満足した俺は収穫した野菜がふんだんに使われたスープに手を伸ばした。うむ、美味い。本物の野菜からでる旨味というか甘みというか、奥深い味がするものだな。
☆★☆
『すまん、助けてくれないか』
「なんでだよ」
俺達がちょうど飯を食い終わった頃。奴らの中で何かの結論が出たのか、武装を解除した状態で俺達の農場に接近してきはじめたので偵察ドローンを介してコンタクトを取ったところ、いきなり助けを求められた。本当になんでだよ。
このまま追い払おうかと思ったのだが、会話を聞いていたエリーカが俺のシャツの裾をクイクイと引っ張ってきたので、話だけは聞いてやることにした。
「……話だけは聞いてやる。門まで来い」
『助かる』
奴らが防壁に儲けられた門の方向へと歩き始めるのを偵察ドローン越しに見守りつつ、俺のシャツの裾を引っ張ってきたエリーカと視線を合わせる。
「エリーカ」
「グレンさん、互助の精神は大事ですよ」
「こちらの一方的な持ち出しになりそうなんだが」
「情けは人の為ならず、ですよ。今すぐに結果は得られなくても、廻り廻っていずれその情けはグレンさんに戻ってくるものです」
「コルディア教会が謳っているのは博愛じゃなくて友愛じゃなかったか」
「彼らは敵ではありません。少なくとも今のところは、友になれるかもしれない人達です。身を惜しみ、その芽を摘むのは良くないと思います」
「……はぁ、オーライ。わかったよ」
口ではエリーカに勝てそうにないな。とはいえ、警戒は必要だろう。奴らが妙なことを考えないように、こちらが警戒しているという姿勢はちゃんと示す必要がある。
「スピカ、部下を連れて一緒に来てくれ。グロアス、アブソル。二人は狙撃ポジションについて連中を監視しろ。気づかれないようにな。怪しい動きがあったら通信で知らせろ」
「「にゃっ」」
フェリーネ達の中でも狩猟が得意な二人に身を隠して奴らを監視しておくように言っておく。彼らは身体が小さく、素早い上に足音も静かで射撃の腕も悪くない。こういう役回りにはぴったりだ。その他の人員――主にタウリシアン達――には通常通りの業務を進めるように言っておいた。
そうして準備を整え、スピカ達を連れて門へと赴くとエリーカとミューゼンが後ろについてきた。ついでにシスティアも教会へと向かわずに俺達の後ろについてきた。
「私は教会で年のために用意をしておきますねぇ」
ハマル司祭がそう言って教会施設へと引っ込んでいったが、一体何を用意するつもりなのかはわからなかった。あそこにあるものと言えば、この惑星基準で標準的な医薬品と少々の保存食や飲料水くらいの筈だが。
「銃口はまだ向けるな。だが、いつでも向けられるようにはしておけ」
「了解」
昨日自分のものになったばかりのレーザーカービンを携えたスピカが短く返事をして肘を曲げたまま拳を掲げ、そのまま横に腕を伸ばす。すると、フォルミカン達は横に並んで門を包囲した。
「開けるぞ」
遠隔でロックを解除し、門が開く。はたして、門が開いた先にいたのは十二人の疲れた顔をした連中であった。全員が荷物袋のようなものを背負ってはいるが、どの袋も中身があまり入っていなそうである。一言で言えば、小汚くて貧相な連中だ。
「ここは俺の農場だが、何の用だ? 約束通り、話だけは聞いてやる」
「「「農場……?」」」
連中が揃って首を傾げている。なんだよ。何か文句あるのか? どう見ても農場だろうが。
「い、いや、すまない。俺達はここから南東に三日ほど歩いた場所にある集落から来たんだ」
「南東……続けろ」
南東と言えば、闇から闇へと消えてもらった純血人類同盟とかいう連中が来た方向だ。ということは、彼らの集落は奴らの影響を大なり小なり受けたのだろうな。
「少し前に純血人類同盟の連中が来て……ここには来なかったのか?」
「知らんな。俺は上から降りてきたばかりでね。そういった名前の奴らとは会ったことがない。知ってるか?」
「知ってるけど、話題に出したことはないね。私みたいなのが関わり合いになって愉快になる相手じゃないし」
俺に話題を振られたスピカがそう言って肩を竦める。うまい具合に合わせてくれたな。
「そうか、運が良かったんだな。ああいや、とにかく奴らに何もかも、最低限のものを残して全て奪われたんだよ。脅されてな。食料も、金も、弾薬も、医薬品も、酒も。何もかもだ。そんな時に、山狼の襲撃で負傷者が沢山出てしまったんだ。医薬品が殆ど無いのに」
「話が見えてきたが、俺達が無償でお前達を助ける義理は無いよな」
「わかってる。受けた恩は必ず返す。うちの集落ではアガベからメスメル――酒を作ってるんだ。次の仕込みで出来た分を全部持ってくる。それなりの金になるはずだ。それに何人か人質として置いていくし、その間はこき使ってくれても良い。だから、助けてくれないか。噂で聞いたんだ。ここは豊かだって。頼む。この通りだ」
そう言って、代表として話していた男が俺の前に跪き、頭を下げた。その後ろで他の連中も頭を下げたり、跪いたりし始める。情に訴えかけてくるつもりか。
しかしまぁ、酒ね。それに徒歩で三日の距離か。うちのヴィークルなら飛ばせば二時間くらいだな。ふむ。
俺が考え込んでいると、エリーカが再び俺のシャツの裾をクイクイと引っ張ってきた。視線を向けると、意志の強い瞳が俺を見上げてきた。それと、修道女服のスリットから鋭い刃を備えた外肢がチラチラと覗いている。多分無意識なんだと思うが、怖いのでしまって欲しい。
「俺の興味を引くことはできたぞ。喜べ。まぁ、後はコルディア教会のシスターに感謝するんだな。何にせよ、そんなボロボロの状態じゃ満足に話もできんだろう。水とメシくらいは出してやる。入れ」
俺はそう言って、跪いている代表に手を差し出した。




