#068 「やめないか」
「事の発端は何年前だったか……まぁそこそこ前だな。俺の顔がプラズマグレネードで焼ける前の話だ――っつうか人多いなオイ。なんだよこれ」
「グレンの過去話、皆聞きたい」
俺の身体に移植されている反物質コア、その中にいるアイツの話をすると言ったら、あれよあれよという間に大食堂へと連行され、いつの間にかエリーカ達だけでなく農場内の人員がほぼ全員集まっていた。ちょっとした昔話をするだけのつもりだったのに、まるで講演会か何かみたいになってしまっている。
「……面白さとかは求めるなよ。あと、先に言った通り与太話みたいなものだからな。俺が聞いたら与太話だろうと判断するくらいにはそういう感じだからな?」
「はいはい、わかったから早く聞かせてくれよ」
「わくわく」
スピカとミューゼンがなんか豆菓子を用意して完全に娯楽モードだ。こいつらこのやろう……まぁ良い、別にもったいぶるような話でもない。
「あー、まぁ然程面白い話でもない。当時の俺は戦闘による負傷で既に義体化率は三割を超えていてな。その状態でまた大怪我をした。大口径レーザーランチャーの流れ弾を食らってな。右肩の付け根辺りから上半身が二割くらい吹っ飛んだ。即死しなかったのは緊急時に救急ナノマシンユニットを自動で打ち込むインプラントのおかげだな」
「……それで生きているというだけで既に不死身なのでは?」
お行儀よく座って俺の話を聞く姿勢になっていたシスティアが訝しむような表情でそう呟いた。確かにあの傷――俺は意識を失ったからどんな傷を負ったのかは後から聞かされたが――で即死しなかっただけでもかなりの幸運だったのは確かだな。
「まぁそれはそうなんだが、問題はその負傷で失った身体の割合でな。めでたくはないが、全身の義体化率が五割を超える見込みとなった。そうなると、二つ問題が出てくる。適応できるかどうかと、動力の問題だ」
義体化率も三割くらいまでならどんなやつでもまぁ、適応できる。四割になると半分くらいのやつは適応できない。五割を超えるとこれがグンと下がる。
「幸い、俺は義体化適性が高かったようでな。そっちの方は問題なかったんだが……」
「それ、適応できなかったらどうなるんですにゃ……?」
「症状は様々だが、義体を自分の手足と認識できずに上手く動かせない、というのが一番軽いもの。場合によっては精神に影響が出たり、拒絶反応で死んだりすることもあるな」
「ひぇ……」
俺の答えを聞いたフェリーネの一人が尻尾をパンパンに膨れ上がらせて震え上がっている。俺の驚異的な義体化率は、実は反物質コアの中のアイツがうまいことやってくれているからだったりもするんだが……さて、どこから話すか。
「で、だ。義体も人工物かつ機械である以上は動力を必要とする。日常生活用の義体であればエネルギーの消耗も大したことがないから、それこそ寝ている間にエネルギーを補充しておけば問題はない。だが、俺の義体は全て戦闘用の高出力品だ。睡眠中にエネルギーを補充したとしても、動いていればすぐに活動限界が来てしまう。エネルギーパックなどで随時補充するという方法もなくはないが、毎日数個のエネルギーパックを消耗し続けるというのはあまり現実的じゃない。俺の場合、臓器も義体化している部分があったから場合によっては死にかねんし、戦闘の真っ只中でエネルギー切れで動けなくなったりしたら死ぬしかない」
「だからその反物質コアを移植したということですか」
「そうなるな。俺は寝てたんだが」
そう言って自分の胸に手を当てると、それに応えるように反物質コアが僅かに回転数を上げた。
「こいつは全身の義体に余りあるエネルギーを無尽蔵に供給してくれる。また、心臓としての機能も持ち合わせている――という触れ込みだったが、それ以外にも色々と不思議というか、不可解な力を持っている」
「それがグレンさんの……?」
「そう、不死身だなんて呼ばれるようになった理由だな。そもそもの話なんだがな、こいつはどこの誰がいつ造ったものなのかわからん」
俺が自分の胸元を親指で指し示しながらそう言うと、フィアが目を剥いた。
「そ、そんな得体のしれないものを身体に……?」
「言っただろ、俺が意識不明の重体になっている間に移植されたんだよ。こいつは俺が所属していた傭兵団の団長が怪しげなスカベンジャーから手に入れたものらしくてな。なんでもどこだかの古戦場に漂流していたいつの時代のものかもわからん船の中で、何重ものシールドとセキュリティで封印されていたブツだったらしい」
「そんな得体のしれないものを身体にっ!?」
フィアが二度驚いている。ああ、わかるよ。よくわかる。俺もそれを聞いた時、フィアと同じような反応をして団長に食って掛かったからな。団長は「ちゃんと動いてんだからいいだろォ? 感謝しろよオラ」なんて言ってまともに取り合っちゃくれなかったが。
「まぁ結果としては色々と助かってるんだがな……とにかく、こいつはただのエネルギー供給装置兼人造心臓なんかじゃないんだ。俺と義体との接続を最適化し、摩耗を著しく抑えて――俺にある種の不死性に近いものを与える」
「不死性……?」
「俺に残った僅かな生体部分を保護、治癒、蘇生してくれるんだよ。ある程度な。俺がプラズマグレネードで顔面を炙られて、ソーセージみたいに脳味噌をボイルされても辛うじて生き残ることができたのはこいつのおかげだ」
俺の説明に場の空気がシンと静まった。わかる、わかるぞ。荒唐無稽な話に聞こえるよな?
「他にも反応速度の向上だとか、単純に義体を通常よりも頑丈にしているだとか、色々と恩恵がある。俺の戦闘能力がこの反物質コアにかなり依存しているのは否定できんな」
「更に、その反物質コアには人格のようなものが備わっている……?」
「そうだ。こいつを移植してから夜な夜な同じ夢を見るようになったんだよ。起きると姿や顔なんかはさっぱり忘れてしまうんだが、女が出てくる夢をな。最初は義体化の不適合で精神的な症状が出ているのかと思ったんだが、あらゆるバイタル、メンタルチェックは正常でな。そのうちにまぁ、夢の中のアイツと打ち解けていって、それに伴ってどんどんこいつの能力は強化されていった」
ただ夢を見るだけなら俺がおかしくなっただけなんだろうと思うだけだったんだろうが、実際に身体の調子が良い。更に義体がカタログスペック以上の性能を発揮する。終いにはどう考えても死ぬ筈の傷を負っても何事もなかったかのように死の淵から舞い戻ってくる。一つや二つなら偶然かもしれないが、三つ四つと重なるとそれはもう必然だ。
「打ち解ける……」
「やめないか」
ミューゼンが自分の手と触手を使って卑猥なサインを作り始めたので叱っておく。間違ってはいないけど、今はやめろ。まぁ、アイツが敢えてセクサロイドなんてものを自分の筐体に選ぶ時点で全て察されているのだろうが。
「で、ここに降りてきてからアイツに適合しそうな陽電子頭脳を手に入れたから、その筐体を調達しようって話になったわけだな。これでアイツに関しての話は全部だ」
「なるほどー。では、次はグレンさんの生い立ちから今までについてお話を聞かせてくださいねー」
「えぇ……? 面倒だし、そんなものを聞いても面白くないだろう?」
「「「聞きたい」」」
「その情熱はどこから来るんだ、お前ら」
その後、エリーカ達にねだられた俺は物心ついた頃から現在に至るまで、根掘り葉掘り生い立ちを話すことなった。日が落ちて夕食を挟んで寝るまで話をさせられた。俺に声帯などというものは残っちゃいないが、声が枯れるかと思ったぞ。暫く長話はしたくないな。