8、言葉だけではダメ
なになに?
『大陸語は30の基本文字と55の補足文字、10の数字で構成されており……云々』
う〜ん、文字はアルファベットよりは多いけど、日本語の比じゃないね。数字が10文字ってことは10進法ってことかなぁ。
『時刻の単位は“刻”、先頭に“昼”、“夜”をつけ、1刻、2刻、3刻、4刻、5刻となり……云々』
あれ? 6刻からの言い方が書いてない……。あと、1刻と5刻の表記が混ざってる?
う〜ん、よく分からない。
え〜と、これは……。
つまり、この国の一般常識から学ばないとダメってことかなぁ。
計算は10進法で1日は24時間って、あくまでも地球での話だから。
その辺の常識の違いもある程度分かってないと、単純に言葉だけ覚えても意味がないかも……。
言葉はあくまでもコミュニケーションの手段だから、コミュニケーションの前提となるお互いの常識や認識に齟齬があると、言葉だけを覚えてもうまくコミュニケーションは取れないと思う。
そういえば、以前英語で告白するのに、“付き合う”ってなんていうのか気になって調べたことがあったけど……。
そもそも、そういう台詞自体が一般的ではなかったんだよね。
日本だと気になる相手に「付き合って下さい」って言って、それでOKをもらうとお付き合いが始まるわけだけど……。外国だとまず先にふつうの友達付き合いとかデートとかがあって、結果として自然に彼氏彼女になっていたというのが一般的みたい。
だから、相手に自分の好意を伝える表現はいっぱいあるのに、自分のことをどう思っているか分からない相手に交際を約束してもらうような表現は少ないし、そもそもあまり使われないんだって……。
まぁ、わたしには関係ないけどッ!?
ともあれ、これは語学の勉強と並行して異世界の一般常識についても学ぶ必要があるよね。
もうちょっと街を観察する?
でも、言葉も分からない状態だと、見ているだけで分かることなんて高が知れてるし……。
下手にじろじろ見て、さっきみたいに声をかけられたりしても困る。
(あっ、あれがあった!)
わたしは席を立つと、大陸語の本と一緒に新しく書棚に収められたもう一冊の方を取りに行く。
『はじまりの街エデンのさ迷い方』
主に旅行者向けに書かれたエデンのガイドブック。
でも、日本で一般に売られている旅行のガイドブックとはわけが違う。
まず、分厚い!
見た感じそれなりに写真も多いけど、それ以上に文字がぎっしり詰まったページが多い。
そこに書かれている情報は、たんなるエデンの観光名所の案内だけではない。
エデンとエデンのあるゲーヒンノーム連合王国に関する旅行者が知っておくべき様々な情報。
文化、風習、生活習慣、歴史や社会制度、生活する上での禁忌から注意すべき法律や規則まで。
とにかく、初めて他所から来た人間がエデンで観光したり生活したりするのに困らないよう、事細かに様々な情報が書かれている。
まさに、異世界版“孤独な惑星社”のガイドブックって感じ。
しかも! この本って、日本人が読むことを想定して書かれてるんだよ!
ノーム王国以外の他国の人間ではなく、異世界から来たふつうの日本人がエデンを旅することを前提に書かれている。
当たり前だけど、こんな本なんてこれ一冊だけだと思う。
考えてみれば、この本自体がわたしの興味、関心度に従って加護の力によって生み出されたわけだから、わたし視点でわたしが本当に知りたいと思う情報が網羅されているのは当たり前なんだけど……。
なんか、わたしが読みたい本をオーダーメイドできるみたいで、ちょっとこの加護のこと見直したかもしれない。
最初に聞いた時はなんかショボいなぁとか、言語チートが付かないって聞いた時は詐欺だとか思ったけど……。
この図書館だけでなく、本を作る能力の方にも期待できるかも。
わたしはガイドブックを抱えて席に戻ると、大陸語の勉強と並行してノーム王国とエデンの常識についても調べ始めた。
そうかぁ、単純に一日を日の出と日の入りに分けて、それを大体3時間ずつに区切って1刻から5刻に分けているのか……。そうすると、日の出の頃が昼の1刻で日没の頃が昼の5刻。でも、日没の時間帯は同時に夜の1刻でもあるわけだから、それで昼の5刻と夜の1刻が同じになっちゃうわけか。
あぁ、日本と同じで四季はふつうにあるんだね。1ヶ月は30日で1年は13ヶ月? なるほど、最後の月で1年の日数調整をしているわけね。カレンダーもふつうにあるみたいだし、この辺は転生者が導入したみたいだね。
やっぱり計算は十進法で大丈夫みたい。なになに? 各ギルド運営の教育機関のおかげで、ノーム王国全体の識字率はかなり高いと……。計算も日本の小学生レベルの所謂算数なら皆ふつうにできるかぁ……。
日本の義務教育による知識チートとかは、ちょっと難しいかなぁ。
そんな感じで、エデンやゲーヒンノーム連合王国、略してノーム王国についての知識も蓄えつつ、やっぱりメインは大陸語の習得。
ちなみに、ノーム王国の領地である大樹海は大陸のほぼ中心辺りにあって、割合的には南アメリカ大陸におけるアマゾンみたいな感じみたい。
実は、相当広い。
ただ、その国土のほとんどは未開拓の危険地帯で、完全に人の領域と言えるのは王都、聖都、魔工都市、エデンとその周辺だけらしいので、対外的にはノーム王国が大樹海を統べていることになっているけど、実際の支配地域は本当に極わずかとのこと。
それでも、大樹海で採取できる魔物素材を一手に担い、他国にはない高度な技術力を持つノーム王国は、大陸内でも大国と見做されているんだって。
それで、この大陸にはノーム王国以外にも当然いくつもの国があるらしいんだけど、この大陸以外の大陸は現状発見されていないとのこと。
だから、ノーム王国のある大陸に名は無く、単純に“大陸”とか“世界”って呼ばれているだけ。
で、大陸にある全ての国の言葉は、多少の方言の違い程度でほぼ世界共通。
だから、今勉強している大陸語さえマスターしてしまえば、言葉の問題はほぼクリアしてしまうことになる。
よし、気合入れてがんばろう!
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