5、図書館ご利用に関する注意事項
わたしは本を読むのが遅くて、寝る前に軽い気持ちで読み始めた小説につい夢中になって、気がつけば朝になっていたなんてことはしょっちゅうで……。
それは、勉強や仕事にも言えることで……。
つい、ああでもないこうでもないと考えているうちに時間ばかりが過ぎてしまって、期限に間に合わないなんて日常茶飯事。
学生の頃ならまだしも、社会に出てそれが通用しないのは当然のこと。
優秀なのかもしれないけど、仕事が遅い、要領が悪い。
色々考える前に目の前の仕事を片付けなさい。
そんなことを言われ続けながら、今回はなんとか挽回しようとわたしなりにがんばってみたけど……。
結果、余分なことをしてクビになってれば世話はない。
どうせ、わたしなんて……。
いっそ、どこかの山奥にでも引きこもって、自給自足の生活でもする方が向いているかも……。
そんなタイミングで降って湧いた異世界転生話に、正直すごく惹かれた。
でも、だからって、周囲からはやれ童顔だの幼児体型だのと見た目子供扱いされるわたしでも、これでもハタチを過ぎた立派な社会人。
早くに両親を亡くして、それなりに世間の風当たりの強さも味わってきている。
そうホイホイとうまい話に喰い付いたりはしない!
そう思って話を聞いていたけど、館長さんの話は非常に納得のいくものだった。
ただ可哀想なわたしにチート能力をあげるよって言われたら、そんな都合のいい話があるか!って、すぐに断っていたと思う。
でも、そうではなかった。
この話はお互いにメリットのある公平な取引。
なんの問題もないはず。
純粋に異世界には行ってみたいし、そこで見聞を広めるというのはむしろ願ったり叶ったり。
何より、この図書館を利用できるようになれば、わたしの長年の悩みでありコンプレックスでもある時間の問題が解消される!
好きなだけ本が読める!
興味のあることは、何でも納得いくまで調べられる!
こんなチャンス、二度とない!!
「ありがとうございます。これで契約は完了です」
わたしがサインした契約書を前に、館長さんが上機嫌で微笑んでいる。
「莉子様は、これで正式に当幽世図書館の会員資格を得られました。
莉子様にはこのあと異世界に行っていただき、当図書館の蔵書を増やしていただく。
わたくしは莉子様に快適な読書空間を提供するべく、サービスの向上に尽力する。
お互いに良い関係が続くことを祈っております」
わたしは改めて加護の使い方に対するレクチャーを受けたけど……。
その大半は一般的な図書館の利用に関する注意事項だった。
図書館内では騒がないとか、本は大切に扱うとか、そういうもの。
チート能力としての加護の使い方の説明はすぐに終わった。
ただ異世界の好きな場所で、“扉”を想像すればいい。
そうすると、自分が望んだ場所に青く光る板のようなものが現れる。それが図書館へと繋がる“扉”だ。
あとは、それを潜るだけ。
戻る時はまた図書館側に現れている同じ扉を潜れば、来た時と同じ元の場所に戻れる。
戻ったら扉が消えるよう念じれば、それで終わりみたい。
特に魔力とかも使わないし、回数制限とかも無いとのこと。
ちなみに、もし加護を使っているところを見られたらどうなるかって聞いてみたんだけど、これも特に問題ないみたい。
扉はわたし以外通れないし、わたしが図書館を利用している間は外の時間は止まったまま。
だから、仮にわたしが扉を使うところを見られても、周囲からは光る板の方を向いて立っていたわたしが、いつの間にか板に背を向けて立っていたようにしか見えないんだって。
ともあれ、変なのに目をつけられても面倒だから、無闇に人前で使うのはお勧めしないとは言われたけどね。
そんなわけで、図書館利用に関する諸々の注意も終わり、いよいよ異世界に!
と、その前に、
「あの、異世界に行く前に、ちょっと今ある図書館の本とか見せてもらいたいんですけど……」
実は、ず〜と気になっていたんだよね。
壁に並ぶ書籍の数々。
せっかく正式な利用資格を得たんだから、今ある本はやはりチェックしておきたい!
「別に構いませんが……」
館長さんの許可を得て、早速手近な書棚に突撃したわたしは愕然とする。
本が、手に取れない!?
書棚に並ぶ本は全て立体映像のようで、わたしの手は無常にも本の間をすり抜けていく。
「さ、詐欺だぁ!」
「お静かに」
思わず叫んでしまったわたしに動揺する様子もなくそう注意すると、館長さんは説明してくれる。
「ここに並べられている書籍は全て、莉子様と同じ転生者の手によって様々な世界から集められたもので、莉子様にはその閲覧資格がございません。
莉子様がご覧になれるのは、ご自身の手でこれから集めてこられる異世界に関する書籍と、地球で莉子様がこれまでに触れたことのある書籍のみになります」
まさかの事実に愕然とするわたし。
そうして館長さんに案内されたコーナーには、地球産の見覚えのある書籍が並ぶ本棚と、そして、空の本棚……。
「がんばって、この書棚を満たしてください」
いい笑顔でそう言う黒猫館長の言葉に、わたしの頬が引き攣るのを感じる。
いや、落ち着け。
つい目の前の本に釣られちゃったけど、館長さんの言う事は決して間違ってはいない。
わたしがもらった“夢幻書庫”の加護は、わたしが見たり聞いたりしたことに関する情報を、書籍の形で図書館に蓄積し、それを自由に閲覧できるというもの。
わたしが関わらないところで収集された本まで読めるというのは、よく考えれば確かにおかしい。
悔しいけど、わたしが勝手に勘違いしていただけだ。
「異世界に行きます!」
無理やり自分を納得させて、その感情を未知の世界へと踏み出す原動力に変える。
「了解しました。では、早速、といきたいところですが、まずはこちらにお着替えください」
そう言って渡されたのは、ちょっと色褪せた感じのシャツとローブ、キュロットスカートに頑丈そうなショートブーツ……つまり、お着替え一式。
あとは、見慣れない硬貨の入った巾着袋。多分、異世界のお金だと思う。
「莉子様の今の格好ですと、かなり悪目立ちするかと思われますので……。
こちらはサービスいたしますので、遠慮なくお使いください。
あぁ、そちらに更衣室とロッカールームがございますので、ご自由にお使い下さい」
ロッカールームはともかく、どうして図書館に更衣室?とか思ったんだけど……。
以前、この加護を使っていた転生者が、いつも汚い格好で剣やら盾やらの大荷物でやってきて、非常に迷惑したからだと教えてくれた。
保護された本が汚れるようなことはないけど、館長さんの美意識的に、図書館の雰囲気に合わない格好で館内をふらふらされるのは許せなかったみたい。
そんなわけで、わたしも図書館利用時には最低限の身だしなみには気を遣うよう注意された。
さて、そんなこんなでいよいよ異世界だ。
異世界への最初の扉だけは、館長さんが開いてくれるんだって。
わたしの加護は図書館への扉を開くもので、図書館から異世界の好きな場所に自由に扉を開けるものではないから。
実は、これも以前いた転生者が、図書館を経由することで扉を転移魔法代わりに利用しまくった結果だそうで……。
それから、扉は異世界からしか開けないようにして、戻る時には来た時に使った扉で戻るように加護に修正をかけたんだって。
図書館に来るのは本を読むためで、それ以外の目的で図書館に出入りするのは非常識、ということらしい。
まぁ、そんなわけで、異世界に向かう際の最初の一回だけは、館長さんが扉を開いてくれるんだって。
「事前にお話しした通り、これから莉子様に行っていただくのは大樹海。ゲーヒンノーム連合王国にあるはじまりの街エデン。
多くの冒険者や外国からの旅人が集まる街です。
ですから、多少莉子様が不自然な行動をとったとしても、さほど注目されることはございません。
安心して異世界をお楽しみ下さい」
わたしの前に現れた、人一人が自然に通れるくらいの大きさの青く輝く長方形。
プールに飛び込むような気分で目をつぶり、息を止めて思い切って踏み出したわたしは、そのまま光の中に吸い込まれて消えていった。
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