4、夢幻書庫という加護
「本を集める、ですか?」
「はい、莉子様には異世界を堪能していただき、当図書館の蔵書を増やしていただきたいのです」
ちょっと、想像していたのと違う……。
もっと、こう、冒険とか知識チートを使った商売とか、そういうのを想像していた。
異世界の本の買い付けって、ある意味楽しそうだけど、なんか地味だ。
「あぁ、別に莉子様に異世界の本屋巡りをしてもらいたいとか、そういった意味ではございませんよ」
わたしの反応から察したのか、館長さんがそんなことを言う。
なんだ、違うのか……。本屋巡りも楽しそうだけどね。
館長さんの説明によると、図書館の本を集めるというのは、どうもそういうことではないみたい。
それは、わたしが貰えるっていうチート能力、“加護”にも大きく関係してくるらしい。
「莉子様にわたくしからお与えする加護は“夢幻書庫”。どこからでも自由にこの幽世図書館にやって来て、好きなだけ読書を楽しんでいただける能力になります!」
……うれしいけど、なんか微妙。
「ちなみに、莉子様がお読みいただける本は、莉子様ご自身が触れたことのある本と、夢幻書庫の能力で莉子様が収集された本のみになります」
おまけに、閲覧制限まで!
館長さんの説明によると、この“夢幻書庫”の真骨頂は、その情報収集能力にあるらしい。
わたしがこれから行く異世界で見たもの、聞いたことに対して、その関わりの深さやわたしの関心度に応じて、その情報が書籍の形をとってこの図書館に勝手に蓄えられていくんだって……。
それって、たんなる自動メモ機能では?
記録用カメラ持って異世界を歩いてきなさいって、某マップの調査員やれってこと?
「いえいえ、そうではございません。
蓄積される情報は、“関わりの深さ”や、莉子様の“関心度”によると申し上げました」
例えば、わたしが異世界である建物を見て強い興味を持ったとする。
どんな建物なんだろう?
外見は? 内装は? 誰が何の目的で?
どのような建築技術でいつ誰によって建てられたもの?
建築資材は? それはどのような資材? ……etc.
そういったわたしの興味、関心に従って、その建物とわたしとの関わり具合に応じて、その建物について書かれた本がこの図書館に収蔵されるみたい。
ただ、なんでもというわけにはいかないみたいで……。
個人情報保護法? みたいな観点から、個人のプライバシーに関するような情報が、書籍として収蔵されることはないんだって。
あくまで、(超越者視点での)表現の自由で許される範囲において、ということらしい。
「ですから、いくら莉子様が街で見かけたかっこいい男性に興味を持たれても、その方の個人情報やヌード写真が掲載された本が当図書館に入荷されることはございません」
「そっ、そんなこと考えていません!」
ほ、ほんとうに考えてないから!
ちょっと残念だけど、いや、そうじゃなくて!
正直、ちょっと安心した。
もし、この力でプライベートな情報まで収集できるとしたら、この図書館にはわたしが知り合った人たち全員の秘密の日記が並ぶことになってしまう。
そんなことになったら……。絶対読みたくなるし、読んだら読んだで多分高確率で人間不信になる。
世の中には、知らない方がいいこともたくさんあるのだ。
ともあれ、この加護が情報収集という点ではかなり優秀なのは分かった。
うまく使えば、かなり強力な武器になるかもしれない。
ただし、うまく使えればだけど……。
なんか、一見すごそうな能力に見えるけど、これって結局、異世界版インターネットと大して変わらないのでは?
調べるとっかかり、キーワードさえあれば、いつでも欲しい情報にアクセスできて、興味があればリンク、リンクで、いくらでも広く深く関連する情報を掘り下げることができる。
手持ちのスマホで、いつでもどこでも……。
確かにインターネットはすごく便利で、わたし達が生活する上でなくてはならないもの。
でも、それで実際なにができるかって聞かれちゃうと、ちょっと考えちゃうんだよね。
日本でインターネットが普及し出した頃、みんながその革新的な情報技術に興奮したらしい。
それまでは図書館で本を漁り、新聞の切り抜きをこまめにファイリングし、時間をかけて海外と手紙のやり取りをして集めていた情報が、自宅のパソコン一つで簡単に手に入っちゃう。
まさに、夢の新技術!
これをうまく使いこなせば、サクセスストーリーも夢じゃない!
確かにその波にうまく乗って、何もないところから起業して成功した人なんかもいたんだって。
でも、それは一部の優秀な人だけで、ほとんどの人にとっては、仕事の仕方が変わって少し便利になった程度のことで……。
海外でのフィールドワークが多かったお父さん、お母さんは、インターネットの普及で研究がかなり楽になったって言ってた気がするけど……。
だからといって、それでお父さん、お母さんがすごい論文を発表したとかってわけでもないし、あの事故を回避できたわけでもない……。
その程度の加護で、発展途上国みたいな異世界に放り出されて、本当に無事でいられる?
確かに異世界転生は魅力的だけど、現実を考えるとリスクがあり過ぎる。
「あの、せっかくのお誘いですけど、このお話はお断りしようかと……」
いくら膨大な情報が手に入るといっても、所詮情報は情報。
使いこなせなければ意味がないのだ。
大体、ネットが普及する前だって、時間さえかければ大抵の情報は手に入ったはず。
国立国会図書館にでも行って時間を気にせず調べまくれば、まず手に入らない情報はなかったと思う。
今だってそう。
時間をかけてネットを精査していけば、その点を指摘されれば大問題になりかねないプロジェクトの法的欠陥だって見つけ出すことができた。
結局、無駄になったけど……。
いくら情報にアクセスできる環境があったって、調べる時間がなければ何の役にも立たない。
咄嗟の判断とか要領よく問題を処理するとかが苦手。
多くの情報の中から瞬時に必要十分な情報を選び取るなんて器用さもない。
そんなわたしが、いくら優秀な情報収集スキルを持ったところで、魔物の前でおろおろして何もできずに殺されてしまうのが関の山だ……。
「あぁ、それなら大丈夫ですよ。
外の世界から完全に切り離された当図書館には、時間の経過というものがございません。
この図書館で莉子様がどれだけ長いこと読書を楽しまれても、元の世界での時間は、莉子様が図書館においでになった瞬間のままです。
また、当図書館内は、書籍保護の観点から一切のものに摩耗、経年劣化といったことは起きませんので、莉子様がここで何年、何十年読書を続けようが、歳を取ることはおろか、疲労、空腹、睡眠、生理的欲求といった問題に悩まされることもございません。
心ゆくまで読書をお楽しみいただけるはずです」
なに、それ?
それって、時間を気にせず好きなだけ本を読めるってこと!?
「行きます! 異世界に行かせてください!!」
その魅力に、わたしは抗うことができなかった。
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