39、中間報告 〜冒険者ギルドマスター視点〜
リコとレイが野外実習準備という名の買い食いデートを楽しんでいる頃。
冒険者ギルドのギルドマスターの元を一人の冒険者が訪れていた。
Aランク冒険者であり、目下ギルドの臨時講師として働くガイである。
「ん? どうした? 何かお姫様にトラブルか?」
「いや、明日から野外実習なんで、一応、報告に」
「ああ、そういうことか」
処理途中の書類から顔を上げ、ペンをペン立てに戻すと、俺はガイを促しつつ自分も応接用のソファに移動する。
ガイとガーネットの二人には、冒険者講習の臨時講師という名目で、レイア王女殿下の護衛依頼を出している。
王女殿下とはいえ、病身の父親に代わって王都軍の指揮も執っていた娘だ。
魔物討伐などの実戦経験もあるし、それなりの腕も持っている。
身バレか、宰相の追っ手にでも追い回されない限り、そうそう困るようなこともないとは思うが……。
そんな俺の予想通り、王女殿下の冒険者講習は至極順調らしい。
「特に問題はないですし、周囲に勘付かれた様子もないですね。
いくら軍にいたとはいえ、王女殿下ですからね。初めは心配してたんですが、驚くほど馴染んでますよ。
他の受講者も全員国外から来た奴を選んでますから、まずバレることはないでしょうね。
実力もありますから、不良冒険者も手を出せませんし……いや、一度出して痛い目にあってましたか」
「なに!?」
「いや、冒険者ならよくある小競り合いですよ。友達に絡んできたのを返り討ちにしてやっただけです」
「…………」
「まあ、早々に格の違いを見せつけてやったって意味では、逆に良かったと思いますよ。
不良冒険者が妙なこと考えても厄介ですからね」
まぁ、確かに。特に若い女性冒険者の場合は、周囲にある程度実力をわからせておかないと、調子に乗った男が何をしでかすかわからんからな。
「それにしても、聞いてはいましたがレイア殿下は優秀ですね。
現状でもCランクくらいで十分やっていけそうですよ。
流石は王家の血筋と言うべきか、ノーム王家流正統武術継承者ってのも伊達ではないなと……。
正直、純粋な戦闘力だけで見るなら、Bランクにも匹敵するでしょうねぇ。
こんなんで講師報酬とは別に護衛料までもらっては申し訳ないですね」
「では、護衛料は必要ないか?」
「いや、いや、いや、そこは勿論、初めの契約通りいただきますよ」
そう言っておどけるガイを軽く睨むも、まぁ、余程のことがない限り護衛は必要ないだろうことは、初めからわかっていたが……。
だからと言って、王女殿下に万が一でもあれば、国王陛下に顔向けできんからな。
Aランク冒険者の高額な護衛依頼料を自腹で払わねばならんのはきついが、背に腹は代えられん。
レイア殿下の所在を明らかにできない以上、ギルドの経費で落とすことも王家に請求することもできんしな。
……だが、安くはない金だ。多少は余分な仕事もしてもらうか……。
「ところで、その王女殿下の友達というのは大丈夫なのか? 何か怪しいところはないだろうな?」
確か、リコと言ったか……。
そもそもの話、その少女を同じクラスにと捩じ込んできたのが王女殿下自身だからな。
出会いから仕組まれていたという線は捨てきれんが、受付の見立てでも実力は間違いなく素人同然とのこと。
ギルド本部の受付には、人物鑑定に長けた者を複数配置している。
彼女たちの目を誤魔化せるとも思えんから、そのリコという娘が暗殺者の類でないことは明白だろうが……。
まさかとは思うが、王女殿下の勘ではリコは転生者だというし、せっかく優秀な護衛をつけているのだ。
念の為、転生者かどうかの見極めに協力させるのも悪くはなかろう。
「あ〜〜、怪しいかと訊かれれば、怪しいとこだらけなんですが……」
「なに!?」
ガイの煮え切らない不穏な返答に、俺は冒険者講習が始まってからのリコという娘の様子を細かく聞き出していく。
聞き出して見たが、確かに訳がわからない。
非常に高度な解体技術を持っているということだけは間違いないようだが、それ以外が意味不明過ぎる。
ガイの見立てでは、確かに冒険者講習が始まった当初は、素人同然だったらしい。
だが、それが数日前から、急に達人を思わせる動きを見せるようになったという。
足運びや姿勢、目の動き……それら全てが長い生涯を武の修行に費やした達人の動きに見えるらしい。
では、今までその力を隠していたのかというと、それも違うように感じるとか……。
そもそもの話、そのレベルに達するには相当に身体を鍛える必要があり、否が応でもその結果は肉体に表れるはず。
だが、その様子は全く見られない。
それどころか、その力はショートソードを両手でも支えられないほど貧弱で、実際、計測した結果でも筋力は子供並みだったらしい。
さらに不可解なのが、魔力を全く持たないこと。そのくせ、信じられないほど多くの魔方陣を覚えているらしい点だ。
本人は自宅の書物で覚えたと言っているらしいが、そもそも国外にそれほど多くの魔法陣が伝わっているとも思えないし、せっかく苦労して覚えた魔法陣を一度も使おうとしなかったというのも不自然だ。
だが、それでも、魔力がゼロであるというのは紛れもない事実で……。
確かに、訳がわからない。
それでも、確かに事実だけを見れば、王女殿下に害を為せるとは思えないし、二人の様子を聞く限り、無理やり引き離す必要性は感じられない。
ついでに言えば、王女殿下の言うような転生者であるという確信も持てない。
そもそも、今までに確認できた大半の転生者は、魔力値か体力値、もしくはその両方が非常に高かったはずだ。
確かに訳のわからない能力を持っているようだが、魔物解体の技術を抜きにすれば、実用性は皆無。
あと、転生者の特徴に当てはまるところといえば、容姿が小柄で幼く見えるという点だけだ。
さて、どうしたものか……。
最近は高ランクの冒険者が減っているところに、エデン周辺でもサラマンダーをはじめとする強い魔物の観測事例が増えていて、その対処で頭が痛いというのに……。
強力な力を持った転生者の出現ならともかく、戦闘力皆無の転生者など現れても、王女殿下には悪いが現状では厄介ごとの種にしかならないのだが……。
とりあえず、ガイには王女殿下だけでなくリコのことも目をかけておくよう注意しつつ、明日からの野外実習に送り出すことにした。
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