34、扉の加護
「一体、どういうことですか!!」
その日の講義も全て終わり、寮の自室に戻ったわたしは、早速図書館への扉を開くと、勢いよく扉の中に飛び込んだ。
そして、やって来た図書館で館長さんを捕まえると、さっきの言葉を投げつけた。
「これはこれはリコ様、当図書館へようこそ。
ところで、どうされたのですか? 図書館ではお静かに願いたいのですが」
黒猫館長さんのいつも通りの態度に若干イラッとしながらも、わたしは少しだけ自分の心を落ち着ける。
「今日、冒険者ギルドで戦闘訓練を受けて来たのですが、そのことで館長さんに確認したいことがあります」
「ふむ、わかりました。とにかく、一旦お座りください。
今、何かお飲み物をご用意しましょう」
しばらく場を離れた館長さんは、トレイに2人分のティーカップを載せて戻ってきた。
リンデンのうっすらと甘い香りが漂う。
昂った精神を落ち着ける効果のあるハーブだけど、わたしは騙されないよ。
「体内に魔力が循環する感覚を全く感じないし、剣もすごく重くて……」
わたしは今日の戦闘訓練であったことを館長さんに説明していく。
一通りわたしの説明を聞き終えた館長さん曰く、
「それは当然です。リコ様は異世界人ですから」
元々魔素ありきのこの世界とは違って、地球には魔素というものがない。
当然、そこに住む生き物に魔力などあるはずもなく、地球人であるわたしが魔力を使えないのは理の当然なのだそうだ。
「いや、だって、『ノーム王国建国記』の転生者はみんな魔法を使えてたでしょう?
3人とも転生ではなく転移だったから、条件はわたしと同じですよねぇ?」
「いえ、全然違いますよ。彼らの加護は全てたくさんの魔力を使うものばかりですから、魔力が無いでは話になりません。
その点、リコ様の加護に魔力は必要ございませんからね。
ですから、異世界転生におけるリコ様の身体への調整は一切行っておりません。
魔力はもちろんですが、肉体的にも地球にいた頃と全く同じですね」
「肉体的にもって?」
「ああ、実は地球とあちらの世界では、同じヒューマンであっても多少の違いがあります。
もっとも大きな違いは、体内に魔力を蓄積できるかどうかなのですが、それ以外にも骨格や肉体強度、筋肉の強靭さといった点でも、あちらの世界の人間と地球人では多少の差はあるのですよ」
「……それって、具体的にはどのくらいですか?」
「そうですねぇ。基本的な肉体構造は同じですから、それほどの差は……精々、大人と子供くらいでしょうか」
ちょッ!? それって、つまり、この世界基準で見た場合、地球人の成人の力は子供並みってこと!?
……ちょっと、冷静に考えてみよう。
この世界の冒険者を日本でいうアスリートとか、力仕事に従事している人たちだと考えて……。
それに対して、わたしは運動嫌いのインドア派小学生で……。
いや、いや、いや、無理でしょう!
引越しの時に自宅に洗濯機を運んでくれた運送屋のお兄さん、重い洗濯機を1人で運んでたよ!
あの時だって、わたしは完全に戦力外で、邪魔にならないよう小さな段ボール箱を運ぶくらいしかできなかった。
大人だったのに……。
それを、あの時の状況で、わたしが小学生だったとしたら……。
うん、邪魔にしかならないよね……と、いうか、下手にその辺をちょろちょろしてると、誤って蹴り飛ばされそう。
「それって、つまり、わたしの体力がこの世界の平均と比べて相当に少ないってことですよね」
「ええ、その通りです」
日本人としてもかなり小柄でインドア派のわたしが、魔物との戦闘が当たり前の世界の人たちと比べて、体力面で劣っているのはわかっていた。
でも、まさか、生活環境以前の問題として、人種的にこれほどスペックに差があるとは思わなかった。
ただ、それでも……。
いくら周囲と比べて体力がないからって、たかだか1〜2kg程度の重さのショートソードを、両手を使っても満足に持っていられないって……。
「さすがに、ショートソードくらいなら子供でも持てると思うんですけど……。
それに、実際、訓練では何千回、何万回と振っていましたし……」
「いや、それはあくまで本の中の話ですから。読者であるリコ様には、当然技術習得に必要とされる体力は備わっている前提で、あの武術書は書かれています。
フライパンを振る力がない小さな子供を前提に料理本が書かれていないのと同じことです。
それに、本の中はもちろん、この図書館内でもリコ様が肉体的に疲労されることはございませんから、その環境を基準に異世界で動かれれば、それは齟齬も生まれようというものです。
さらに付け加えますと、あちらの世界の金属の質量は地球と比べて若干重めですから……。
恐らく、同じサイズの地球産の剣と比べて、あの世界の剣は1.5倍から2倍くらいにはなるのではないかと思われます」
それって、この世界のショートソードの重さが、地球基準だと両手持ちの大剣くらいってこと?
そんなの、振り回すどころか、構えるのだって無理!
そういえば、この世界の物って、どれも妙に重いなって感じてたんだよねぇ。
解体用のナイフを扱うのも、実は筋力的な意味ではかなり苦労したのだ。
切ること自体にはそれほど力は要らないけど、ナイフを支えたり移動させたりするのにはどうしても力が要る。
野営用に持ち運び可能な小型ナイフのはずなのに、なんであんなに重いのか不思議だったんだけど……。
改めて考えてみると、重いと感じたのは解体用のナイフだけではなくて、食堂のナイフやフォーク、雑貨なんかも、どれも重たくて使いにくいなぁって感じてたんだよね。
地球と比べて工業技術が遅れているから仕方がないって思ってたんだけど、それだけではなかったみたい。
それにしても……。
「事情は分かりましたけど……それなら、尚更、魔力も体力も補正無しってひどくないですか?
いくらわたしの加護に魔力は関係ないからって、魔法世界に魔力無しで送り込むって、どうかと思います」
「確かにおっしゃる通りなのですが……。
こちらといたしましては、リコ様にはできるだけ自由に当図書館をご利用いただきたいと考えておりまして」
「はい、この図書館にはたいへん満足しています」
図書館には何の不満もない! 不満なのは、転生先についてのこちらにとって不都合な情報が、微妙に隠されているところで……。
「ありがとうございます。
それでですね、もしリコ様が説明不足だ、異世界ではどうしても魔力が必要だというのであれば、リコ様の加護を調整して、魔力で図書館への扉を開くようにすることは可能です。
その場合は、加護の使用に魔力は不可欠となりますので、肉体調整は無理ですが魔力調整は可能となります」
「えっ、なら、そうしてください!」
そうしたら、魔法は普通に使えるようになる!
体力の方は、重量軽減とか肉体強化とかの魔法を使えばカバーできるはず!
そう思ったんだけど……。
「ただ、その場合、リコ様の図書館入館には回数制限がつきます」
「えっ!?」
「今、リコ様が使われている扉ですが、これは世界の理から外れたもの。
この図書館の一部と言いましょうか、つまりは、本来あちらの世界に属するものではないのです。
故に魔力は必要なく、一切の干渉も受けません。
それに対して、扉をあの世界の魔力で作り出した場合ですが……。
その場合、魔法的には高位次元空間転移魔法ということになりますから、過去類を見ないほどの大魔法となってしまいます。
さすがに、それほどの大魔法を実行するとなると、かなりの魔力を使うことになりますから……。
仮に人間が保有できる限界の魔力量を設定したとしても、扉を開けるのは3日に1度が限界でしょう。
それでもよろしければ、リコ様の加護の調整を検討いたしますが……」
「う〜〜〜〜」
魔力は確かに欲しい!
図書館に来られる回数は減っちゃうけど、館長さんの言う通りなら、わたしはかなりの量の魔力を手に入れることができる。
そうすれば、覚えた魔法も自由に使うことができるのだ。
時間の感覚が曖昧だから確かなことは言えないけど、なんだかんだで今回ノーム王家流正統武術を覚えるのに使った時間は、少なく見積もっても数年単位……下手したら数十年単位かもしれない。
わたしが元々運動が苦手だったのも大きいと思うけど、かかった時間は大陸語を覚えた時よりも、解体技術を覚えた時よりも、断然長かったと思う。
それだけの時間と努力が全て無駄になる……。
あちらの世界でのわたしには、覚えた技術を使うだけの魔力も体力も無い……。
この絶望とやるせ無い怒りを察してもらいたい!!
……それでも! 図書館に利用制限がつくくらいなら……って、考えちゃう自分がいるんだよね。
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