32、魔物避け薬
冒険者講習4日目。
「この分布図を見ても分かる通り、王都、聖都、魔工都市周辺と比べて、ここエデン周辺に棲息する魔物のレベルは低いと言える。
もちろん、どの地域についても都市と街道周辺は比較的安全で、高ランクの魔物が現れることはまずない。
だが、少し都市や街道から離れて、樹海の深部に足を踏み入れれば話は別だ。
高ランクの危ない魔物がうじゃうじゃいやがるからな。
それでも、他の地域と比べて、エデン周辺に住む魔物は比較的弱いやつが多い。
実習で見せたCランクのジャイアントスネークくらいが精々だ。
ごく稀にAランクのサラマンダーも出るが、それは余程運が悪い場合だな。
奴らは樹海の奥に引きこもって滅多に出てこないから、探したってそうそう会えるもんじゃない。
そういう意味でも、ここエデンは新人冒険者向けの街ってことだ」
今日も午前中は座学で、午後は実技という予定。
午後の実技は戦闘訓練ということだけど、わたしの方の準備は完璧だ。
というわけで、この午前中の講義も安心して聴いていることができる。
「大樹海の冒険者の多くは、まずここエデンで簡単な植物素材の採取や下位ランクの魔物の討伐で実戦経験を積む。
その後は王都や聖都、魔工都市に移って高ランクの魔物を狙う奴もいるし、そのままエデンに残って、報酬のいい商隊の護衛依頼なんかを受けて手堅く稼ぐ奴もいる。
まぁ、もっとも、最近はレイド商会の魔物避け薬のおかげで、護衛依頼もめっきり減っているからな。
エデンで活動するベテラン冒険者の数はかなり減ってるって話だ」
「えっと、すみません。その“魔物避け薬”っていうのはどういうものですか?
魔物避けのポーションとは違うのでしょうか?」
ガイ先生の話の中に気になるワードが出てきて、思わず質問してしまう。
わたしが読んだ『エデンのさ迷い方』には、そんな薬は出てこなかったからね。
そもそも、この世界で高い効果のある魔物避けの薬は、聖都の教会が販売している魔物避けポーションだけのはずだ。
ちなみに、“ポーション”というのは、聖都の教会が独自の聖魔法を使って製造した薬のことで、それ以外で作られたものはただ“薬”と呼ばれる。
効果の差は、言わずもがなだ。
基本的にポーションは教会の専売で、聖都ならともかく、ここエデンで手に入るものは値段も高く、あまり数も出回ってこない。
この世界に、護衛が不要になるほど効果の高い薬は無いはずだし、それがポーションならそんなに普及しているはずがないんだけど……。
「あぁ、冒険者じゃないリコは知らないかもな。
レイド商会っていうのは最近他所の土地からやって来た新興の商会なんだが、そこが売り出している魔物避けの薬がすごい効き目でな。
なんでも、高ランクの魔物にはそれほど効果がないようだが、都市の周辺や街道に出る程度の弱い魔物には効果絶大らしい。
価格もポーションと比べて格安で、実際、下手な護衛を雇うより遥かに安全でコストも抑えられるそうだ。
そんなわけでな、俺たちのようなベテラン冒険者は商売上ったりってことだ」
ガイ先生の言葉に、わたし以外の皆も深刻そうな顔をしている。
効果が高くて安い魔物避けの薬が簡単に手に入るのは助かるけど、それで仕事が減ってしまうなら本末転倒だ。
冒険者としては、素直に喜べないってことだよね。
「ただ、まぁ、お前らのような新人冒険者にとってはそれほど悪い話でもない。
どうせ、お前らのレベルではすぐに護衛依頼など受けられないだろうし、それよりずっと率のいい儲け話もある」
“儲け話”という言葉に、特に不良冒険者の人たちが反応する。
「なんでも、レイド商会の魔物避け薬にはマグワートっていう植物素材が多く使われているらしくてな。
レイド商会は冒険者ギルドにマグワートの常時採取依頼を出している。
鮮度が大切なようで、あまりエデンから離れたところでは採取できないが、マグワートは樹海の際の浅い森に群生する植物だからな。
最近はだいぶ採られて数が減ったらしいが、街からちょっと離れれば、エデンの周辺にもまだたくさん群生地はある。
買取価格もそこそこいいから、新人冒険者や低ランクの連中には人気らしいぞ」
マグワートの群生地にはよくツノうさぎやスライム、ゴブリンといった低ランクの魔物が出るらしいけど、強い魔物と遭遇することはまずないらしい。
恐らくだけど、今のわたしなら低ランクの魔物くらいなら問題なく倒せるはずだし、最初のうちはマグワート採取くらいから始めるのが良いかもしれない。
いや、実際、本の中でたくさん倒したしね。
他にも、新人冒険者が仕事をしていく上での注意点や耳寄り情報なんかを教えてもらって、午前中の講義が終了した。
ブックマークにお星様⭐︎、いいねなどいただけると、たいへんうれしいです!




