27、解体実習 2日目
「では、テストするぞ。まぁ、仮にここで合格できなくても、それで即失格とかにはならないから安心しろ。
講習期間内で合格できなかった者は、後日、この講習とは別の解体講習を受けてもらうことになるだけだ」
わたしの方を見ながら、そんなことを言うガイ先生。
確かに、昨日のわたしの様子を見ていれば、今日の合格は絶望的に見えるよねぇ。
「よし、まずはレイ。やってみろ」
「はい」
作業台の上に置かれているのは、昨日と同じツノうさぎ。
レイは基本通り、背中側の毛皮の硬い部分を避けて、隠れたお腹側の柔らかい部分にナイフを入れていく。
その手先に迷いはない。
皮を剥ぎ、ツノを切り落とし、肉を分けていく。
どの作業も手慣れていて、レイが経験者であることは一目瞭然だ。
講習初日に不良冒険者からわたしを守ってくれたこと、午後の魔物相手の実習でも1人だけ落ち着いていたことを考えると、やはり、レイには大樹海での戦闘経験があるのだと思う。
この解体の手際も、実際の野営の中で覚えたものだろうしね。
レイの解体が終わると、次は不良冒険者たちの番となる。
全体に技術にバラツキがあるし、レイと比べると仕上がりも雑だけど、みな問題無い程度の解体はできている。
「ハッ、ハァ、ハァ、どうだ! 文句ないだろう!?」
不良冒険者の最後の1人が解体を終える。
額に汗を浮かべて、若干息が荒いのは、力任せに皮を剥がしたりツノを切り落としたりしたせいだ。
大樹海の外の魔物ならそれで良かったんだろうけど、大樹海の魔物相手ではそうはいかない。
それでもさすがはベテラン冒険者というべきか、昨日よりは慣れた手つきでなんとかツノうさぎの解体を終了した。
「では、最後にリコだが……。どうする? 今回はやめておくか?」
「いえ、大丈夫です。やらせてください」
わたしは新たなツノうさぎの置かれた作業台に近づくと、改めてツノうさぎの死体を観察する。
ツノうさぎは鈍器で倒されたのか、目立った切り傷は見当たらない。
それは、わたし用のツノうさぎ以外も同じで、レイのも不良冒険者のもみな目立った傷はないようだった。
多分、解体の試験用に調達してきたんじゃないかなぁ。
大きな切り傷なんかがあると、そこから刃を入れやすくなるから、わざとそういう傷を作らない状態で討伐したのかもしれない。
表面を撫でてみると、やっぱり筋肉がだいぶ硬くなっている。
わたしは作業台の横に置かれた解体用ナイフを取ると、柔らかなお腹の部分を避けて、脚部の一点に狙いを定める。
ツノうさぎの目に見える部分の表皮は、突進攻撃をするためかなり硬いけど、それでも全てってわけではない。
あれだけの移動速度を出すためには柔軟な足腰が必要で、その部分の皮膚は一部かなり柔らかくできている。
わたしはその部分にナイフを入れると、あとは筋肉の動き、筋の隙間に合わせて解体を進めていく。
「すげぇ……」
「なんで、あんな簡単に切れるんだ??」
ツノ部分も力任せに切断したりはしない。
ツノうさぎのツノは、正面からの瞬間的な力には強いけど、あまり力がかからない部分からのゆっくりとした力には弱いのだ。
てこの要領でゆっくり力をかけてやれば、ポキっと簡単に折ることができた。
極力血は流れないようにし、お腹の部分にはナイフを入れないように気をつける。
なんとかツノと毛皮を確保して、わたしは自分の解体を終えた。
「先生、終わりました」
「…………お、おう、ご苦労さん」
なんとか無事に解体を終えられたことに安堵する。
いや、自信はあったんだよ。
でも、万が一ということもあるし、手に持ったナイフが図書館で練習した時に使っていたナイフよりも重くて、キレも悪かったから……。
「リコ、すごいな! あんな技術、どこで身につけたんだい?」
ナイフがまるで生き物のようにツノうさぎの上を滑っていって、知らぬ間に毛皮が剥がされていく様は、まさに神業だったと、レイだけでなく、解体の様子を見ていた皆が絶賛する。
「えっと、その、それほどでも……」
そんなに褒められると、照れるからやめて欲しい。
「いや、これは十分に自慢していいレベルだぞ。正直、おれも驚いた。
冒険者どころか、今すぐ冒険者ギルドの解体場で職人として働けるレベルだ。
昨日は他の職人の様子ばかり見ていて自分では何もしないから、てっきり解体はできないと諦めたのかと思ったんだが……いや、失礼した。どうやら、おれの勘違いだったみたいだな」
なんか、めちゃくちゃ褒められてる!?
こういうの、あまり慣れてないから、逆に不安になるんだけど。
「ところで、リコはここに来る前、他国の冒険者ギルドで働いていたりしたのか?」
「えっ、え〜と、その、そういうわけでは……」
うわ!? こんな技術、どこで身につけたんだって、不審がられてる!?
「いや、すまん。別にリコのことを詮索したいわけじゃない。
犯罪者ならともかく、基本冒険者の過去は問わないというのがギルドの基本方針だからな。
だから、別に無理に答える必要はない」
「あの、ありがとうございます」
「いや、別にいい。ただ、リコの見せてくれた解体が、冒険者というよりは解体職人のものだったからな。
それで、一応聞いてみただけだ」
言われて、改めて解体したわたしの素材と、他の人たちの素材を見て、ガイ先生の言いたいことに納得する。
「え〜と、はい、このツノうさぎは切り傷もなくて、でも、死んでから時間が経ってしまっているようでしたので、肉の方は捨てるつもりで、毛皮の価値を優先して解体しました」
「あぁ、そういうことか」
わたしの説明を聞いていたレイが納得いったように頷くも、不良冒険者の人たちの方はまだピンときていない様子で……。
そこから、ガイ先生の補習授業が始まる。
ツノうさぎしか倒せない新人冒険者ならともかく、ある程度の獲物を倒せる中堅冒険者なら、ツノうさぎをわざわざ丸ごとギルドに持ち込んだりはしない。
理由は、単純に重くてかさばるから。
ツノうさぎの部位で最も価値のあるのはツノで、討伐証明もツノで判断される。
だから、通常冒険者がツノうさぎを倒した場合、ツノのみを持ち帰り、残りは破棄することになる。
もちろん、面倒な解体なんてしない。
ただし、これが野営の食料目当てだと変わってくる。
ツノうさぎの肉は、結構美味しいのだ。
そんな訳で、野営中の冒険者がツノうさぎを倒して解体する場合、ツノと肉が優先となる。
毛皮には興味はないから、ナイフを入れるのは最も皮膚の柔らかい腹部で決まりだ。
だから、わたし以外の全員が、まず腹部にナイフを入れた。
不良冒険者だけじゃなくて、レイもね。
それで、わたしはレイのことを大樹海での戦闘経験者と判断したんだけど。
同じ理由で、ガイ先生はわたしを解体職人経験者と判断したみたい。
「新人冒険者以外がツノうさぎを丸ごとギルドに持ち込むことは少ないから知らんと思うが、ツノうさぎの部位で一番価値があるのは、実は毛皮だ。
ただし、これは傷がなく状態のいいもの、という但し書きがつく。
価値が高いといっても高が知れているから、普通はツノのみを持ち込むのが一般的なんだが……。
今回の場合、まず毛皮に全く外傷がない。
次に、死後時間も経っていて血抜きもされていないことから、肉の方はおそらく食えたもんじゃない。
つまり、素材価値を考えると、リコの解体が最適ってわけだ」
「そういえば、新人の頃にそんな話を聞いた気がするなぁ」
「新人の頃は、倒すだけで精一杯で、素材の価値なんて考えてなかったからな……」
「大樹海の魔物に慣れるまでは、ツノうさぎを狩ることも多いか……。ツノだけじゃなく、毛皮も狙ってみるか」
「そうだな、たかがツノうさぎだが、ツノと毛皮の両方なら、単純に買取価格は倍になるわけだしな」
「そうなると、鈍器が欲しいところだな」
早速、皮算用を始める不良冒険者たち。
「私も魔物の売却はしたことがなかったから、買取価格は気にしたことがなかったな」
講義が魔物の解体方法から高価な買取部位の話になり、レイもそんなことを言っているけど……。
魔物を売却目的で倒したことがないってことは、やっぱりレイって兵士とか護衛とかだったってことだよねぇ。
傭兵とか?
でも、前に“家庭の事情”って言ってたよね?
レイは男っぽい話し方をするけど、会話は上品だし、なんとなく上流階級な匂いがする。
レイ自身、“それなりの家”って言ってたし、そうなると、ただの傭兵や兵士ってことはないよね。
それなりの家で実戦経験もありって考えると……騎士かなぁ。
ノーム王国に女騎士っているんだっけ?
わからないけど、レイの騎士姿はきっとカッコいいだろうなぁ。
白馬に乗った王子さま(女性)を妄想しつつ、この日の解体実習は終了した。
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