25、解体実習
「魔物の解体は初めての者にはなかなか刺激的だからね。私も昼食は軽めにしておこう」
ガイ先生とレイのアドバイスに従って、念の為お昼は少なめに済ますことにする。
でも、多分大丈夫だと思うんだよね。
研究者だった両親に連れられて、子どもの頃は外国の辺境と呼ばれるような土地で生活していたこともある。
牛、豚、鶏をはじめ、それ以外の野生動物の解体もそれなりに見てきた。
もちろん魔物の解体なんて見るのは初めてだから絶対とは言えないけど、多分見ること自体は大丈夫だと思う。
まぁ、それも小さな子どもの頃の話で、実際に解体なんてしたことはないから、そちらの方はちょっと心配だけど……。
実践という意味では、獣はおろか魚を3枚におろすことすらできないからね。
この世界では鳥の羽を毟るところから調理するのが常識だったりしたら、なんでこんなこともできないんだ!って感じになるよね。
そこから出自を疑われたりして異世界人ってバレたら……。
う〜ん、でも、今更どうしようもないよね。
ガイ先生やレイの口ぶりから考えると、生き物の解体とは無縁の生活をしている人も珍しくはないのかもしれないし……。
そんなことを考えつつ始まった午後の実技だったけど、杞憂でした。
「うお! なんだ、これ。硬くて刃が通らねえ!」
「大樹海のウルフって、こんなにデカいのかよ……」
「こんなヘンテコな魔物、どこから解体すればいいんだ??」
この大陸の中でも、どうも大樹海の魔物というのはかなり特別みたいで、大樹海の外から来た人間にとっては、例え冒険者であっても、勝手がわからなくて当たり前というものみたい。
でも、だからといって、別に解体なんてできなくても構わないというわけでもないみたいで……。
「大樹海の魔物は他所と比べて特殊なものが多いからな。魔物の解体は専門業者や冒険者ギルドに任せる奴が多い。それでも、ツノうさぎくらいはバラせないと、ろくに野営もできないぞ。
と、いうわけで、お前らにはまず、今日明日でこのツノうさぎをきっちり解体できるようになってもらう。
講習の後半には実際に街の外に出ての野営もあるからな。
全員、必ずできるようにしろよ」
午後の実習で連れて来られた魔物の解体場。
そこでは、今まさにエデン周辺から続々と持ち込まれる大量の魔物が、解体のプロの手によって次々に解体されているところで。
「うわあ! すごいね! やっぱ、図鑑で見るのと違って迫力があるっていうか……」
「まぁ、そうだな。だが、大丈夫なのか? リコもそろそろツノうさぎの解体を始めないと、いつまで経ってもできるようにはならないと思うが」
「うん、まぁ、そうなんだけどね。解体の実習は明日もあるっていうし、まずは職人さんたちのやり方をよく見せてもらって、こう、イメージトレーニング? みたいなのも大切かなって……」
そんなわたしの言い訳に苦笑するレイ。
これは多分、わたしが直接魔物の死体に触れるのを怖がってるとか、そんな風に思われてるよね。
いや、わかってるんだよ! ただ見ているだけじゃあ、いつまで経ってもできるようにはならないってことはね。
見てわかることと実際にできることは違うってことも、ちゃんと理解はしているんだよ。
実際に、さっき自分でやってみたツノうさぎの解体だけど、まったく歯が、否、刃が立たなかったしね。
解体の方法とか以前の問題で、突き刺そうとしたナイフがうまく刺さらない。
身体の表面を覆う毛も皮膚も、わたしが想像していたよりもずっと硬くて、ちょっと切るだけで手がぷるぷるしてくるし……。
レイが言うのには、そもそもの生き物の身体能力からして、大樹海育ちとそれ以外ではかなり違うみたい。
それは人間にも言えることで、日常的に大樹海の濃い魔素を吸っているノーム王国人の身体能力は、他国の人間と比べてかなり高いんだって。
つまり、大樹海どころかこの世界の人間ですらない運動音痴のわたしの身体能力は、ノーム王国人基準だと文字通り子ども並みってことで……。
もう、これは、ちょっと練習したくらいでなんとかなるものではないと、早々に諦めました。
いや、別に冒険者資格を取ることを諦めたってわけじゃないよ。もちろん、ツノうさぎの解体もね。
これができないと冒険者資格をもらえないんだから、そこは何としてもクリアしてみせる!
なら、どういう意味かっていうと、それは今この授業時間の中で解体技術を身につけることを諦めたってこと。
こんなの、ちょとがんばったくらいで簡単にできるわけがないんだよ。
《“庖丁への道 〜魔物解体の基礎から応用まで”が入荷しました》
《“大樹海の魔物たち エデン編”が入荷しました》
(やった、きた!)
しかも、魔物解体の指南書だけじゃなく、魔物図鑑まで手に入るとは!
魔物図鑑は資料室の本を見るだけでは駄目で、実際に冒険者になって本物の魔物をたくさん見ないと手に入らないだろうなって、諦めてたんだよね。
確かにここで見た魔物は全部死体だけど、全て本物で、ここエデン周辺に生息する定番の魔物はほぼ揃っている。
これなら、図書館に魔物図鑑が入荷されてもおかしくないよね。
色々な魔物の解体を見て回ったのは魔物解体の指南書が欲しかったからだけど、これは思わぬ収穫だった。
ともあれ、これで解体の方もなんとかなる……はず。
魔物の解体なんて、ちょっと習ったくらいでわたしにできるはずがないのだ。
自慢じゃないけど、わたしは器用なほうじゃないし……。
ゆっくり時間をかけて、基礎からしっかりと学ぶ必要がある。
図書館でなら時間を気にしなくてもいいし、語学の参考書の機能から考えて、きっと魔物解体の指南書の方も期待できると思うんだよね。
だからこそ、とにかくプロの解体技術を見まくったのだ。
その甲斐あって、無事に参考書も手に入った。
あとは、今晩にも図書館に行って、そこでゆっくりと時間をかけて解体の仕方を覚えてくればいい。
明日の実習の時間までにツノうさぎの解体ができるようになっていれば問題ないから、これで何とかなるはずだ。
残りわずかになった実習時間。慣れない大樹海産のツノうさぎの解体に悪戦苦闘する不良冒険者たちの様子を眺めながら、わたしは黙って授業が終わるのを待ち続けた。
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