20、Eランクの魔物
「まぁ、そんなわけで、魔力量と成長期における周囲の魔素量には密接な関係があるわけだ。
で、当然これは魔物にも言える。
大樹海の濃密な魔素の中で育った魔物は当然魔力量も多いし、能力的にも高い。
低ランクの魔物だからって油断するなよ!
テキストの52ページの表にまとめてあるのが、エデン周辺でよく見かける魔物と危険植物な。
対処法なんかも書いてあるから、各自目を通しておくように」
「あと、ここには載っていないけど、最近はDランクのウルフやワイルドボア、大ムカデなんかの目撃情報も増えてるわね」
「ウルフかぁ、肩慣らしには丁度いいな」
「ああ、まずはその辺が無難だろう」
「チッ、俺たちがウルフ狩りとはなぁ……」
「ここは大樹海、油断は禁物だ」
そんな風に小声で話し合う不良冒険者たち。
午前中の授業もそろそろ終わりの時間帯。
初めこそビクビクしていた彼らも、そろそろダレてきているように見える。
「あぁ、一応言っておくが、大樹海の魔物はお前らの知っている奴より1、2ランク上だと思った方がいいぞ。
分かりやすく言うと、お前らの言うところの変異種が大樹海の標準だ。で、大樹海の変異種はその更に上だな。
大樹海だと、下手するとEランクの魔物が他所の国のBランクに匹敵する場合だってあるってことだ。
大樹海ではな、他所から来た大樹海デビューの冒険者はランクに関係なくみな推奨Eランクだ」
「「「「…………」」」」
うわ〜、むっとしてる。
格上の先生相手に文句も言えないけど、内心納得いかないって顔に書いてある。
でも、ちょっとその気持ちも分かるかも……。
だって、表にある魔物って、いかにも雑魚って感じだしね。
ツノうさぎとかスライムとかゴブリンとか、思いっきり“はじまりの街“周辺のモンスターだし。
転生前に読んだ小説でも、やっぱり雑魚モンスターだったしね。
流石に今の私でも勝てるとは言えないけど、仮にも上位ランクを名乗る冒険者が負けるとは思えないんだけど……。
「(ねぇ、レイ。ここに載ってる魔物って、そんなに強いの?)」
ノーム王国出身のレイにこっそり聞いてみると、
「ああ、先生の言っていることは間違っていないと思うな」
そう笑顔で返された。
そうかぁ、強いんだ。
レイはこの国出身だし、今朝のことを考えても相当に強いはず。
そのレイが言うんだから、うさぎだってスライムだって本当に強いのかもしれない。
最近は魔王になるスライムだっているし、二足歩行のかわいいうさぎが実は強キャラだって設定はありがちだよね。
でも、街周辺の低ランクの魔物でもそんなに強いのかぁ……。
そうなると、やっぱり最低限の護身術くらいは身につけておかないと、うっかり街の外にも出られない。
積極的な魔物討伐とかはしないにしても、いずれ他の街には行ってみたいし。
そんなことをつらつらと考えているうちに午前の授業も終わり、昼食の時間を挟んで午後の授業の開始時刻になる。
午後の授業は場所を訓練場に変えての実技指導だ。
そこでわたしは、改めてここが異世界なんだと思い知らされることになる。
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冒険者ギルドの敷地内にある広い訓練場の一角。
そこは、古代の円形闘技場を思わせる場所で……。
でも、そんなに立派なのではなく、もっと小規模で俗っぽいやつ。
周囲を高い壁で覆われた逃げ場のない空間。
剣を持ち、お互いの生き残りをかけて戦う犯罪奴隷たち。
流れる血に興奮する観客たちが、どちらが勝つかの賭けに興じる退廃的な娯楽場、みたいな……。
観客はいないけどね。
直径50メートルくらいの円形の広場で、周囲を壁に囲まれていることから考えると、やっぱり模擬戦とかに使う訓練場なのかも……。
流石にいきなり模擬戦とかは、ないよね……?
あと、よく分からない物が一つ。
さっきギルドの職員さんが運び込んだそれは、広場の真ん中に鎮座している。
それは、檻。
よく捕らえた猛獣なんかを入れておく全面鉄格子の直方体の箱。
しかも、結構大きい。馬一頭くらいなら余裕で入ると思う。
そんなものが台車に乗せられて普通に運び込まれる様子にも驚いたけど、レイ曰く重力軽減のついた魔道具の台車らしい。
とにかく、そんな大きな檻が広場の真ん中に設置されたのだ。
しかも、空の状態で……。
これって、檻の中で殺し合え的な!?
内心びくびくするわたし。
レイは比較的落ち着いて見えるけど、不良冒険者たちも怪訝な顔でなにやら落ち着かない様子。
「あぁ、言われた通り武器は置いてきたな。
武器持ってると、危険だからな」
檻の置かれた中央付近に集まるわたし達の前で、ガイ先生がわたし達に向かって確認を取る。
武器を持ってると危険?
危ないから?
なら、今日の訓練は戦闘とかではなく、体力作りとかかなぁ……。
「よし、では、お前ら、全員檻に入れ!」
「はあ〜?」、「いや、それは……」、「なッ!?」、「……ッ!?」
「えっ!?」
「ほら! 四の五の抜かさずさっさと入れ!」
檻の入り口を開いたガーネット先生はニコニコしているし、ガイ先生は背中を押してわたし達を無理やり檻の中に押し込んでいく。
そして、生徒全員が入ったところでガーネット先生によって檻の入り口が閉ざされる。
完全に閉じ込められた!
「では、今日の授業を説明する。
今からお前らには、大樹海の魔物の怖さというものを実体験してもらう。
といっても、危険はないから安心しろ。そのための檻だ。
その中にいる限り、魔物たちはお前らに手を出せない。まぁ、基本安全だ。
外の魔物については俺たちの方で対処するから、お前らはただ大人しく見ているだけでいい。楽な授業だ。
ただし、いくら怖くても絶対に攻撃はするな! 特に、魔法の使える奴な。
檻の中で下手に魔法を使うと、他の奴に誤爆する危険性があるからな。
もし危険と判断した場合には、」
ピシャ――ン!! ゴロゴロゴロッ!!
「強制的に痺れさせて動きを……鉄格子だとそれも無理ね。
仕方がないから、魔法を使おうとした者にはピンポイントでアイスランスを撃ち込むことにするわ。
多分死んじゃうと思うから、くれぐれも魔法は使わないようにしてね」
何度も首を縦に振るわたし達に満足そうな顔をするガーネット先生。
いまのって、雷撃魔法だよねぇ。
魔法なんて初めて見たけど、なんか凄いね!
わたしにもできるのかなぁ……?
「とにかく、お前らは黙って外の魔物を見ているだけでいい。
では、始めるぞ」
ガイ先生が手を挙げると、訓練場の入り口からギルド職員の人たちがまた檻を持ってくる。
ただし、今回は空ではなくて、ちゃんと魔物が入っている。
なにやら中型犬くらいの大きさの白い生き物が……って、あれ、うさぎだ!
耳がヒョコヒョコしててなんか可愛い。
でも、わたしが知っているうさぎよりもずっと大きいし、何より額から30cmくらいの長いがツノ生えている。
きっと、あれがツノうさぎって魔物なんだね。
ギルド職員さん達は、わたし達の檻から10メートルくらいの位置にツノうさぎの入った檻を置くと、足早に訓練場の外へと出ていった。
そして、残されたツノうさぎはっていうと……。
ゥグググググッ
なんか唸ってるよ……。
檻の中からでもしっかり観察できる距離に置かれたツノうさぎは、ちょっと怖いかも……。
真っ赤な目をギラギラさせてこちらに向かって唸る様子は、やっぱりうさぎじゃなくて魔物だよね。
「まずは定番のツノうさぎからだな。
こいつらはジャンプ力もあって一気に距離を詰めてくるし、額のツノはなかなかに凶悪だ。
まぁ、素材としてもツノが一番高額だから、下手に剣で受けて傷をつけられないってのもあるがな」
そんなガイ先生の説明を聞きつつ、恐々とツノうさぎを観察するわたしに対して、周囲の反応は薄い。
ツノうさぎは食用にもよく狩られる魔物だし、きっと大して珍しくもない魔物なんだと思う。
それでも、わたしにとっては初めて見た実際に生きた魔物だから、それだけでも大変興味深いけどね。
「まぁ、前置きはいいか。実際に見た方が早いしな」
そう言うと、ガイ先生はツノうさぎの檻に近づき、その扉を開け放った!?
こちらの方を睨みながら、ゆっくりとツノうさぎたちが檻から出てくる。
その数10匹。
10メートルほどの距離を挟んで、わたし達とツノうさぎたちが対峙する。
「(リコ、下がって)」
小声で囁かれたレイの声と同時に、腕を引かれたわたしが半歩ほど後ろに下がる……と、その瞬間。
バンッ! ババンッ!! バンッ!
突然目の前に何か白いものが衝突した!?
焦点を結んだわたしの目に飛び込んできたのは、鋭利な槍……ではなく、ツノうさぎのツノ!
それがわたしのお腹の高さで、手を伸ばしたら届きそうな距離で止まっている。
檻の隙間にツノを押し込み、前足で抱きつくように一瞬鉄格子にしがみついていた白い塊が、そのままペタンと地面に着地する。
「ヒッ!!」
思わず上がった悲鳴は、わたしのものではない。
そもそも、わたしの頭はこの事態についていってないからね。
悲鳴の主は、わたしの隣にいた冒険者。
「なッ!? 何が起きた!?」
「うそだろ!? あの距離を一気に……」
「やべぇ!? 全然見えねぇぞ!」
一瞬の静寂のあと、突然のことに騒ぎ出す不良冒険者たち。
驚いたのはわたしだけではないみたいで、ちょっとだけ落ち着いた。
「ツノうさぎは獰猛だ。檻の側にいるのは危ない」
レイのアドバイスに従い、檻の中心付近に移動することにする。
バンッ! バンッ! ババンッ!! バンッ!
その間もツノうさぎの突進は続いている。
「ツノうさぎの突進は素早く凶悪だが、攻撃は一直線で単調だ。定番の倒し方は今のように盾役を囮において、突進が止まったタイミングで、仕留める」
シュンッ
ガイ先生の前で一匹のツノうさぎの首と胴体が離れている。
うん、全然見えなかった。
えっと、つまり、わたしが囮役だったってことは理解できたかな。
「もっとも、こうやってツノうさぎの突進の軌道に剣を合わせてやれば、」
ザクッ
「倒すだけなら簡単だがな」
そう言って、串焼きみたいに剣に深く突き刺さったツノうさぎを、剣の一振りで払い捨てるガイ先生。
地面を転がる魔物の死骸を前に、ここが確かに異世界なんだと実感する。
「おい、……お前、合わせられるか?」
「すまん、無理だ」
「だよなぁ、正直目で追うだけで精一杯だぜ」
「……恐らくだが、あの攻撃は安物の盾では防ぎきれんぞ」
仲間をやられて、檻の中のわたし達からガイ先生に攻撃目標が切り替えるツノうさぎ。
「ツノうさぎについてはこんなとこか。
ガーネット、あと頼むわ」
「りょ〜かい」
ガーネット先生がその場で左手を無造作に一振りすると、ツノうさぎたちがいる周囲の空間に紫電が走り、残り全てのツノうさぎたちが次々とその場に倒れていく。
本当に、この人たちにとってはツノうさぎが雑魚なんだね。
Eランク扱いされた不良冒険者たちも青い顔をしている。
こんなのが初心者レベルって、難易度高過ぎでしょう!?
先生たち二人に倒されたツノうさぎはギルドの職員さんたちが回収していき、やっと落ち着いたところで講義が再開される。
「いいか、これが大樹海の魔物のEランクだ。魔物ごとに特性は違うが、危険度的には大体このレベルが大樹海のEランクになる。
じゃあ、次。Dランクいくぞ」
えっ?
ギルド職員さんたちの手で再び持ち込まれた新たな檻に、レイを除く全員が愕然とすることになった。
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