15、転生者
「それは、確かなのか?」
机の隅に置かれた書類の山から一枚の書類を引っ張り出すと、おじさまはそれを真剣な顔で確認しながら問いかけてくる。
「いえ、まだ分かりません。あくまで可能性の話です」
事実、確証はないのだ。
というか、ほとんど私の勘か……?
奇妙な点は多々あれど、現時点ではそういう可能性もあるというだけで……。
あえて言うなら、父の話で伝え聞いていた転生者の印象が、リコの雰囲気とよく似ていたというだけ。
私の思い過ごしだと言われればそれまでなのだが……。
『世間では転生者は強力な加護を持った凄い奴のように言われておるがな。実際には少々強いスキルを持ったふつうの人間に過ぎんのだ。
我らの始祖ユーヤ様にしてもな、初めてこの地に降り立ち魔物と対峙した時には、随分と震えていたそうだよ。
なんでもニホンという国には飢えも争いもなく、ふつうの民に王族並みの知識や権謀術数を求めるくせに、直接血を流すような戦闘とは全く無縁であるらしい。
そんな平和な国からやって来るのだ。多少強力な力があったとて、不安になるのも仕方がないとは思わぬか?』
まだ幼い頃、寝物語によく聞かされた転生者の逸話は、世間一般で言われているような偉人のものでも傑物のものでもなくて……。
むしろ人との争いを極端に嫌う性格で、周囲の反応をひどく気にしたり……。
真面目で礼儀正しい反面、内気で社交が苦手だったり、そのくせ妙に計算高かったり……。
決して悪人ではないが、だからといって聖人君子というわけでもない。
優れた能力を持っていながら、どこか暢気で間の抜けたところもある。
神にも等しい力を持ちながら、どこか頼りなくも憎めない異世界からの来訪者。
それが、父が語ってくれた逸話から感じてきた転生者に対する私のイメージだった。
それは、リコから受ける印象そのままで……。
幼く見える外見や低めの身長。困ったことがあると微笑って誤魔化すところも、私の知るニホン人のイメージ通り。
黒髪黒瞳でない点は気になるが、以前読んだ転生者の手記によると、ニホン人の中には髪を別の色に染めている者もいるらしい。
なら、髪の色は絶対の基準にはならない。
それに、実際、彼女には不可解な点が多過ぎる。
私が最初にリコに話しかけた時、彼女は私の言葉に無反応だった。
耳が聞こえないのかとも思ったが、再度話しかければ私の声に確かに反応した。
ただし、それはあくまで私の声に反応しただけで、こちらの言葉を理解しているようにはとても見えなかった。
転生者の中には、こちらの世界の言葉をしゃべれない者もいる。
そういう転生者を王家が保護した記録は無いためあくまで噂だが、別の世界から来る以上、そういった転生者がいても何も不思議ではない。
いや、常識的に考えれば、その方がむしろ自然だろう。
仮にそうなら、突然見知らぬ人間に話しかけられ、思わず逃げ出したくなってしまう気持ちも分からないでもない。
だが、更に不可解なことが起こる。
一度は私に背を向けて逃げ出した彼女は、人目につかない物陰まで来ると目にも止まらぬ動きで反転し、私に対して対決の姿勢をとったのだ。
前方に恐らく魔法であろう見慣れない青いシールドを展開した彼女は、私の目の前で確かに一瞬消えたように見えた。
だが、次の瞬間には見事な体捌きでその向きを変え、自然体のまま私と相対していたのだ。
その後、その背中を守るシールドを何食わぬ顔で解除した彼女は、何事もなかったかのように曖昧な笑顔を浮かべて全てを誤魔化してみせた。
その見え透いた言い訳は、これ以上この件に踏み込むなと暗に主張するもので……。
先程までの怯えは一切見られず、その顔にはどこか自信のようなものも感じられた。
それは、基本臆病でありながら、一度対決を決断すれば思わぬ反撃を見せる小型魔獣のようで……。
実際に彼女との会話を始めてみれば、その外見に反して話す言葉は理路整然としており、それとなく会話に混ぜた政治向きの話にもしっかりと合わせてくる。
見た目通りの年齢ではあるまいと思えば、冒険者ギルドの威容に気圧されひどく怯えた様子を見せる。
おまけに、実は年齢は私よりも上だと言うし……。
可愛くて臆病で、それでいて怒らせると大変危険な小動物というか……。
とにかく! 彼女にはこの世界の人間にしては奇妙な点が多過ぎる!
現状、放置など決してできない!
「まぁ、分かった。クラス分けの方はこちらで調整しておく。
いずれにしても、今の状況では王家に転生者の保護は頼めないからな。
もし、その娘が本当に転生者だった場合……」
「その時は、私が責任を持って保護します」
そう、今の状況で王家に……というより、あの宰相に転生者を渡すわけにはいかない。
弟のウィルが次期国王の地位を継げるようになるには、もうしばらく時間が必要だ。
今はまだ早い。
それまでは、黙って宰相に国王代理をさせておく方が得策だ。
弟はまだ幼く、今まで国王の執務を代行していた私はもういない。
当初の宰相の計画では、私が王位を継げる年齢になる前に枢機卿の嫁に出すことで、王宮から私を排除し、私を差し出すことで枢機卿に恩を売って聖教会の後ろ盾を得る。
その上で、国王不在の王都で、弟の摂政として権勢を振るうはずだったのだろうが……。
お生憎様だ。
国王の病を治癒するために、私との婚姻を餌に聖都から枢機卿を招く。だが、枢機卿は結局間に合わず国王は死亡。しかし、表向き国王の治療と私との婚姻は無関係ということになっているから、国王の治癒が間に合わずとも私との婚姻は無くならない。
つまり、この件は枢機卿にとって大きな借りになる。
宰相はこの一件で枢機卿からの強力な支援を受けることができるようになり、無理なく王都支配を盤石なものにすることができる。
そういう計画だったのだろうが、そうは問屋が卸さない。
花嫁が枢機卿との婚姻を嫌って失踪してしまうのだ。
こうなると、逆に宰相の立場がない。
そもそも、この話を枢機卿に持ちかけたのはあのバカだ。
当然、枢機卿の怒りの矛先も宰相に向かう。
ただでさえ国王代行として政務、軍務を担ってきた私が婚姻で抜けることで、王宮は少なくない混乱をきたしていた。
そこにきて聖都との関係悪化。
親王女派からは失踪するほど嫌がる結婚を押し付けたのかと、宰相への批判の声も大きい。
おまけに、そろそろ国王崩御の布告を引き伸ばすのも限界だろう。
実際のところ、今の宰相に王国のトップに君臨して栄華を極めるなんて余裕は全くないはずだ。
間違いなく、ここ数年は現状を維持するだけで精一杯になる。
王家の血を引く王族と違って、宰相の代わりなどいくらでもいるのだ。
私を奪われて怒り心頭の軍上層部が、いつでも宰相の首を狙っている。
弟が王位を継げるようになるまで、宰相には馬車馬のように働いてもらうつもりだ。
そして、そのためにも、今の王家に新たな転生者を渡すわけには絶対にいかない。
国王不在、成人王族不在の今、保護された転生者の後見人は摂政たる宰相が務めることになる。
せっかく枢機卿との関係を悪化させたのに、転生者などという強力な政治カードを宰相に渡すわけにはいかないのだ。
転生者の存在は隠し通す!
誰にも手出しはさせない!
あんなにかわいい子を、宰相になど絶対に渡すものか!
ブックマークにお星様⭐︎、いいねなどいただけると、たいへんうれしいです!




