10、今後の方針
「こちらもどうぞ」
さて、今からエデンに行ってどうしよう?
そんなことを考えていると、気遣いの館長さんがさっき出してくれた紅茶のとなりに、もう一つお皿を置いてくれる。
「わぁ! チーズケーキ!」
館長さんが出してくれたのは、日本で見慣れたレアチーズケーキだけど……随分、久しぶりな気がする。
いや、ケーキ自体久しぶり。
今までにも偶にお茶請けでクッキーとかチョコとかを出してくれた時はあったけど、図書館でケーキが出されたのはこれが初めて。
「大陸語の習得、おめでとうございます。
莉子様は随分とがんばっていらっしゃいましたから、これはわたくしからのささやかなご褒美でございます」
「ありがとうございます!」
早速フォークを手に取って、ケーキの先端部分を切り取って口の中へ。
「おいしいです!」
勿論久しぶりっていうのもあるんだけど、それを抜きにしてもこのケーキ、レベルが高い。
「気に入っていただけたようで、ようございました。わたくしもお作りした甲斐があるというものです」
これ、館長さんの手作りかぁ……。
流石の執事っぷりだね……司書だけど。
レアチーズケーキは作り方もそれほど複雑じゃないし、誰が作ってもそこそこ美味しく作れて失敗も少ない。
でも、だからこそ、味に差をつけるのが難しいケーキとも言えるわけで……。
「ほんとうに美味しいです。今度また作ってくださいね」
「えぇ、いずれ機会がございましたら」
そう言って微笑む館長さんだけど、やっぱり頻繁にというのは難しそう。
そもそも、ここは図書館であってカフェじゃないからね。
それに、図書館では本来飲食の必要すらないわけで……。
館長さんが出してくれるお茶やお茶請けにしても、それらは全て完全無欠の嗜好品で……。気分転換以外の意味はまったく無い。
実際、もうず〜〜〜と図書館にいるのに、喉も渇かないしお腹も空かない。おトイレに行ったこともないしね……。
あっ!? スンスン
うん、別に臭くもない、はず。
全然疲れないし寝たりもしないから、今ひとつ時間の感覚が曖昧なんだけど……。
誰にも邪魔されず心ゆくまで何かに没頭できたことなんて今までなかったから、もう完全に感覚がおかしくなっちゃってるね。
外国語を一つ習得したって考えると、いくら最強の学習ツールがあったっていっても、数ヶ月程度じゃ厳しいと思うんだけど。
「あのぉ、館長さん。一つお聞きしたいんですけど、わたしってどのくらい勉強してました?」
そう尋ねるわたしに、館長さんは小さく首をかしげると、
「はて、どれくらいでしょうか。そもそも当図書館には一般的な時間の概念が当てはまりませんので……」
どうやら、館長さん自身も日数とか時間とか特に気にしていない様子。
だから、わたしも気にするのは止めた。
ここでなら好きなだけ本が読めるって事実だけで十分だ。
ともあれ、おいしいお茶とケーキも堪能できたことだし、さて、今後のことを考えよう。
いや、言葉とかノーム王国やエデンのこととか勉強しながら、わたしも今後の生活については色々と考えてみたんだよ。
わたしは中学、高校とも文化部で体力もないし、勿論武道の心得なんかも当然ない。
正直、荒事には向かない性格だと思うし、街で見かけたガチムチの冒険者とかはちょっと怖いと思った。
できるだけ怪我とかもしたくないしね。
だから、最初は日本の知識チートと加護を使って、なにか商売でもって考えたんだけど……。
まったく、思い付かない。
そもそもの話、わたしが簡単に思い付く日本の知識なんて、実は既にノーム王国では普及済みなんだよね。
これは『エデンのさ迷い方』で確認済みだけど、ノーム王国にはマヨネーズもハンバーグもあるし、それどころか各種スイーツや和食まである。
これらは全て、今までに送り込まれた多くの転生者たちによって広められたものなんだろうね。
館長さんが言うには、同時に2人以上の転生者が送り込まれることはないらしいけど……。
それでも、過去それなりの人数の日本人がこの世界にやって来ているらしい。
彼らが伝えたのは当然食文化だけではないわけで……。
わたしが本から確認できただけでも、これ広めたの絶対日本人だよねってものがぞろぞろ出てきた。
これじゃあ、ちょっと日本の珍しい物を広めて大儲けなんて、そんなのうまくいくわけがない。
おまけに、もう一つ問題がある。
ちゃんとした商売を始めようとすれば、当然元手になる資金が必要なわけで……。
館長さんにもらったお金は、あくまでも当面の生活費程度。
改めて中身を確認したら、金貨が1枚で、あとは銀貨、銅貨、鉄貨が10枚ずつ入っていた。
金貨1枚が大体10万円くらいの価値で、銀貨1万円、銅貨千円、鉄貨100円くらいみたい。
銅貨1枚あればふつうに1食お腹いっぱい食べられるし、一般的な宿なら銅貨5枚くらいで泊まれるとのこと。
ちなみに、通貨の単位はドラで、鉄貨1枚が1ドラだって。
多分これを決めたのも転生者で、1ドル100円のイメージだったんじゃないかなぁ。
最近の日本はもっと円安だけどね。
はっきりと“転生者”とは記録に残っていないだけで、建国の3人以外にも、日本からの転生者がノーム王国に与えた影響は相当に大きいんだと思う。
ともあれ、当面の生活費ならともかく、何か新しい商売でも始めようと思ったら、これでは全然足りない。
さらに言うと、お店を借りるための身分証がない。
ふつう土地や家を買ったり借りたりするには、身分証が必要になる。
で、商人はふつう商業ギルドに加盟しているから、店を構える時には商業ギルドの身分証が使える。
だったらまずは商業ギルドに加盟するところから始めればいいんだけど……。商業ギルドに加盟するためには、確かにノーム王国でこれこれの商売をしているっていう実績が必要なんだって。
それがないと商業ギルドには加盟できず、身分証ももらえない。
身分証は、絶対に欲しいんだよねぇ。
街の出入りにも必要だし、しっかりした宿だと、身分証の提示を求められる場合もあるらしいし……。
商業ギルドの他に身分証を発行してくれるのは冒険者ギルドと魔工ギルドだけど、魔工ギルドに加盟するにはギルド会員の推薦と自分が作った作品の提出が必要みたいで、はっきり言って商業ギルドよりもハードルが高い。
わたし、不器用だしね……。
だから、現実的に考えると、やっぱり最初は冒険者ギルドに入って冒険者になるしかないんだよねぇ……。
というか、実はエデンの街の住民の過半数が冒険者ギルドのメンバーみたい。
もっとも、一応冒険者資格は持っているものの、普段の仕事は冒険者向けのお店の店員なんて人もいるみたいだから、街の人が全員剣を振り回す仕事に就いているわけではないみたいだけど。
それでも、薬草採取みたいな比較的戦闘の少ない仕事を含めれば、エデンの成人の半数が冒険者で、残りの住人も大半は冒険者となにかしらの関連のある仕事をしているとのこと。
つまり、エデンは名実ともに冒険者の街ってことなんだよねぇ。
ちょっと怖いけど、やっぱりここは冒険者を目指すべき?
異世界転生っていえば、冒険者は王道だしね。
それに、冒険者ギルドには他の2つのギルドとは違って、“冒険者講習”がある。
とりあえず、これだけでも受けて、それでどうしても無理そうだったら、また別の方法を考えよう。
(でも、その前に、ちょっとだけ街の散策かなぁ〜。カフェ巡りとかもしたいしね)
一応の今後の活動方針を決めたわたしは、エントランスにずっと放置されていた扉に足を向けるのだった。
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