1、プロローグ
「はぁ〜」
小説の最後の1ページを読み終えた瞬間、それまですっかり忘れていた記憶が蘇る。
『君ねぇ、今更こんなモノ見せられても困るよ』
『でも、このプロジェクトには致命的な問題が……』
『いい? この企画には社長も乗り気なの。
正式決定の前ならともかく、今になってこんなモノ提出したら……。
期待していた分、こんな穴だらけの企画で俺を騙そうとしたのかって、あの社長間違いなくキレるよ。
そうなれば、君だけでなく僕もクビだよ。
別に絶対に失敗すると決まったわけでもないんだから……』
確かに、もっと早い段階でこの問題点を指摘できていれば、あの企画は止められたかもしれない。
でも、あの時はまだ裏付けも不十分で、わたしも確信は持てなかったし……。
十分に説得できる資料を揃えていたら、時間がかかってしまって……。
わたしは、いつもそうだ。
ひとつのことを考えていると、つい時間を忘れてしまって……。
我ながら優柔不断だとは思うけど、自分が納得いくまで動けないし、それまでにはひどく時間がかかる。
『莉子って頭いいくせに要領悪いよね』
『そんなこと……』
『学校の宿題なんて間に合わなければテキトーに写して提出しちゃえばいいのに、結局間に合わなくてよく怒られてたし。
試験でも難しい問題なんて初めから捨てちゃえばいいのに、無理して考えてよく時間切れになってたし』
『それ、中学の頃の話……』
『そうだね。高校の頃は多少はマシになってたけど……。
田中君と同じ大学に受かったら告白するんだぁとか言ってて、莉子が必死に受験勉強しているうちに、さっさと告白した別の女に田中くん盗られてるし』
『なッ! それは!』
『莉子と田中君が両片思いだったこと、みんな知ってたからね。
だから、さっさとコクれって言ったのに……』
嫌な記憶が、頭の中をとりとめもなく流れていく。
あの企画の問題点をまとめた資料を課長に渡した数日後、私は会社をクビになった。
まともな生活ができるかも怪しい、山奥の出張所勤務の転勤辞令。
文句があるなら辞めろという、事実上の解雇通知。
「本を読んでいる時だけは、現実を忘れられるんだけどね……」
さっき読み終えたテーブルの上のファンタジー小説をぼ〜っと眺め……。
さて、お茶でも淹れようかと視線を上げると、目の前には一匹のネコが座っていた。