251話 帰り道 北海岸
港町で所用を済ませた後、私たちは王都へと向かって北の海岸沿いを歩いていた。
前は小舟に乗って楽々に移動できたが、今はざらざらな砂に足を取られながら歩いている。
ここを過ぎたら穀倉地帯であるクロプタウンに到着するはずだ。足が重いが頑張って歩くほかあるまい。ここさえ抜けてしまえば、あの美味しい料理が待っているのだから、立ち止まる理由なんてないのだ。
って思っていたら、横にいたはずのマリンの姿が見当たらない。
海に気を取られているのか、それとも何かあったのか。私は振り返って彼女の様子をこの目で確認する。
「ねえ、アリス。私たちは今、どこに帰ってるのかしら」
「はい?王都ですけど…?それがどうしたの?」
彼女は難しい顔をして足元の砂を見つめている。だが、何が疑問なのか私にはサッパリ分からなかった。
「それが、って言うわよね。そうよね。でも、私が帰るべき場所って何処なのかなって、考えちゃって。私は王族じゃないから、王宮には帰れないわ」
「そ、そんな……」
王族じゃないから、という言葉が頭の中でこだまして、私に衝撃を与えてくる。
つい一緒にいるから来るものだとばかり思いこんでいた。だが、確かに彼女と私の生まれは違うのだ。
「そんなこと言わないで、一緒に来てくださいよ!ずっと一緒にいたじゃないですか!」
「無理よっ!こんな平民が王宮に居ていいはずがないでしょ?それにそこはあんたの家であって、私の家じゃないわ!」
マリンの家。
もう、ないんだった。
彼女が帰る場所も家も落ち着く場所も、もう残っていないのだ。
そんなことに気が付かずに私という女は傲慢にも自身の家に帰ろうとしていたのだ。
「だ、だったら、マリンが居たい場所に家を持ちませんか?一旦、私のお家に帰ってからになりますけど…」
「しなくていいわよ。どっかの宿屋を転々として生きていけばいいもの」
「それじゃだめです!私も一緒に住むんです。一緒にマリンと生活する家を持つんです!だって、マリンを一人にさせて、そんな生活をさせるなんてできる訳ないじゃないですか」
強がるマリンの手を取って、彼女の心に寄り添おうとする。
だけどマリンは打ち寄せる波のように手を引いて、私の提案を断ろうとする。
「やめて、それじゃああんたに迷惑がかかるじゃない。王族は王族として住む場所があるべきよ」
「んー、じゃあ、約束しましょう?未来についての約束」
私は小指を出して約束をする提案をする。
ピンと伸びたその指先を見て、マリンは怪訝な顔をしながらもこちらに向き合ってくれる。
「約束?また変なこと言いだすんじゃないでしょうね」
「言いませんよ。約束するのは、まだ住む家を見つけないこと、私が王宮に住まないこと、そして一緒に帰りたくなる場所を見つけることです」
ニッコリ笑顔でこれからのことを提案する。どちらつかずな案といえばそれで終わりだが、間を取った折衷案のつもりだ。
「し、仕方ないわね。でも、あんたに無理はさせないわよ」
彼女は渋々と私の小指へと小指を伸ばし、ぎゅっと丸めて包み込んでくる。
それに合わせて私も小指を丸め、お互いに約束事を心に刻む。
いつかきっと、私が帰りたくなる様な場所をマリンのために見つけてみせるんだから!




