2話 剣の稽古
今回もあっさりと。
あっさりしすぎな気もするけど気にしない。
次の日。
朝ご飯を食べ終えてから、侍女に言われるがまま珍しい服に着替えさせられていた。いつものふわりとした服ではなく、体に合うようなぴしっとした素朴な服である。
「きょうは、なにをするの?」
侍女に廊下を連れられながら聞いてみる。
「今日から、剣のお稽古を始めるんですよ。エイリス様」
「…けん?」
「ええ。剣については騎士団長からご説明頂きます。さあ着きましたよ、エイリス様。こちらへ」
言われるがままに部屋の中に入っていくと、大きな男の人達がけんを振り回しているのが目に入ってきた。
「あっ!お母さんがよく持っているものだ!」
そう、けんとはよくお母さまが腰に身に着けている長いあれのことだったのである。
そうなると今日は、あのけんを自分の手で持つことができる日だということだ。
「エイリス様!お待ちしておりました」
突然、目の前に大きな人が膝を付いたかと思うと大きな声で挨拶をしてきた。驚いて目をぱちぱちさせていると他の人たちも次々に膝をつき始めたので何か言わなければと頭を捻る。
「あ… えっと… ごきげんよう…」
何を言えばいいのか分からないので、挨拶の言葉だけでも口にしてみる。
「我ら、サンライト王国騎士団はエイリス様に…」
「ちょっと、ちょっと!貴方達、エイリスが困ってるじゃないの!」
「し、しかし…」
「しかし、じゃないわよ。ほら、これは命令よ、訓練に戻りなさい!」
あの強そうな人達を訓練に戻らせた人のことを見上げる。クルっとその人は振り返ると頭についている金色のポニーテイルも一緒にゆらゆらと揺れる。
「エリスお姉さま!」
「エイリス。今日から剣の稽古はじめるんだね!」
「うん!けいこって何をするの?」
「そうね。エイリスの年だと素振りとかかしら?」
「すぶり?」
「それは団長である私からご説明いたしましょう。というか色々過程を飛ばしすぎです、エリス様」
どうやら目の前にいた人は騎士団長らしい。
「まずはこちらをお持ちください。」
団長は壁に掛けてあったけんをさっと持ち上げ、目の前に差し出してきた。
私は両手を出して差し出されたけんを握りしめる。
「わっ!わわわっ!」
がしゃん!
あまりの重さに体ごと前に倒れてしまった。お姉さまやお母さまはこんなに重いものを振り回しているのだろうか。
それよりも、どんなに持ち上げようとしても動かないこのけんをどうすればいいのかわからない。
「エイリス様、これが剣でございます。その中でもロングソードと呼ばれる長い剣。これで自分の身を守り、悪を倒すための力強い味方になります」
「でも、これ持ち上がらないよ?」
「それは、エイリス様はまだ5歳でいらっしゃいますから持ち上がらなくて当然です。これから鍛錬を積み、力を付けていくのです!」
団長は私の手から片手で軽々と剣を持ち上げると、壁に立てかかっていた茶色の剣と交換して渡してきた。
恐る恐る手に取るとしっかりと重さを感じられるが、持ち上げられる程度の重さでもある。
「これは?これもロングソードなの?」
「これは練習用のショートソードです。先程のは鉄で出来ていて、こちらは木でできています。最初の内は軽い物から、慣れてきたら重くしていきましょう。」
「本来でしたら腕を鍛えてから木剣を持たせるのですが、持てているようなので試しに素振りをしてみましょうか。さあ、このように腕を上げてから… さっと振り下ろすのです」
団長に腕を支えられながら木剣を振り下ろす。慣れない動きによろめきながらも動きを掴んでいく。10回目ぐらいにして腕が重くなってきた。
「あの。これは何回やれば…」
「疲れるまでですな。今日は初日故、100回ぐらいですかな」
「ひゃ…百回も。」
「ええ。エリス様は日に1000回は振っているかと。」
一日に1000回以上もあの長い剣を振っているのなら、平気な顔をして他の騎士団員と訓練しているのも頷ける。
しかし、100回の素振りに私の腕は耐えられるのだろうか…
◇◇◇
「はぁ。はぁ。きゅうじゅう…きゅう!」
ブゥン
腕が上がらないどころではなかった。木剣を掴んでいる手、手首、足に腰までもが悲鳴をあげている。まさかここまで全身を使うものとは思いもしていなかった。私の隣では平気な顔をしてロングソードを振り続けているエリスお姉さまがいる。だがわかる、あれは普通ではないと。
私は最後の力を振り絞って木剣を持ち上げる。
「ひゃ…ひゃく!」
バタッ
最後の一振りを振り終えると、力尽きるように背中から床に倒れこむ。もう動きたくないし、冷たい石の床が熱くなった身体にはとても気持ちがいい。
しかし、これが明日も続くとはエイリスは微塵にも思っていなかったのである。