156話 元暗殺者と投げナイフ
嘘だ、嘘だ嘘だ。というかどうして、なんで、どうやって?
私の事は完璧に隠し通していたはずだ。
ならばマリンが話した?いや、そんな事を彼女がするはずがない。それならキャロラインさん?それもありえない、あんなに忠誠を誓っていたのだから。
このままだと殺される!いやだ、死にたくない!
「はぁ。これだから女の相手は嫌なんだ。ここまで辛そうにしている少女を放って置ける訳がないじゃないか。それにこんなに震えて…」
彼は私の背中に手を当ててから声をかけてくる。
「いいか、深く刺さっているみたいだからかなり痛いぞ。三で引き抜くからな。気をしっかり持つんだぞ」
「は、はい」
なんで?さっきまで助ける気が無いみたいな事を言っていたのに、もう何がどうなっているのかわからない。
「三!」
「あああぁん!」
三という掛け声とともに背中に刺さった短剣が勢いよく引き抜かれる。二があると思った私が馬鹿だった。
引き抜かれると同時に肉が引き裂かれる。激しい痛みと共に血が出ているのが肌を通して感じられる。
「三!」
「あんんんん!はぁ。はぁ」
痛みに気を取られていたがまた三という掛け声で足に刺さっていたのが抜かれる。
だけど、どんなに痛くても体が動くことがない。本来ならのたうち回っているところだ。
「三!」
「っっっ!!!!はぁ、っふー。ふー」
分かっていた。分かっていたが激痛に対して声にならない悲鳴を上げるしかなかった。
それに意識が持っていかれないように呼吸をしているだけでもう精一杯なのだ。
「ほら、治癒ポーションと対麻痺ポーションだ。口を開けてくれるかな」
顎を手でクイッと持ち上げられ口にポーション入りの瓶が突っ込まれる。私はそのまま問答無用で口の中に入ってくる液体をゴクゴクと飲み干した。
「ぷふぁっ!えほっ、おっほ。あ、ありがとう、ございます」
ポーションの効果で見る見るうちに傷が治り、体の痺れも抜けていく。
私はふらふらしながらも立ち上がって息を整える。俯せの状態は中々に辛かったのだ。
「どうして、私の事を助けてくれたのですか。さっきまでは助けないと言われていたのに…えっと…」
「おっと、自己紹介がまだだったね。私はエドワード、元暗殺者で今は唯のしがない老人さ。まあ、元って付けてるわけで私は君を殺す理由がないし助けない理由がないっていうのが答えかな。それに王女様本人から王宮で何があったのかを聞けるのはとても重要だからね」
元か。つまりもし彼が今も現役だった場合は私は殺されていたかもしれないということか。なんて恐ろしい。
私は私の身体に刺さっていた短剣を床から取り上げて眺めてみる。
べっとりと私の血が付いているのに加えてあることに気が付く。これは短剣よりも小さくて軽い。それに刃の一部が変な形になっている。
「もしかしてだが、投げる用のナイフを知らないのか?ここの盗賊団がよく使っているものだよそれは」
「投げる用ですか。短剣とは違うみたいですけど…」
「短剣とは全く別物だよ。かく言う私も持っていてね、ほら、見てごらん。刃はとても薄くて返しが付いているんだ。この返しは一度刺さったら簡単に抜けないようにする意味があるんだ。そしてこの刃をこう指で挟んでからさっと投げるといい感じに飛んでいくんだ」
エドワードさんが指で挟んだナイフをさっと壁に向かって投げる。軽いナイフは風に乗っているかのように素早く一直線に飛んでいく。これは短剣の重さではできない芸当だ。
「あの刃先に麻痺毒でも塗っておけば刺された対象は動けなくなる。問題があるとすれば、短剣より刺さる際の威力が劣る点だ。とくに分厚い服とかは貫けないのが難点だ」
「私には…難しいかな。魔法があるからそこまで遠距離への攻撃は困っていないですし…」
「っと、いけないいけない。話が逸れてしまったね。エイリス君、王宮で何があったのかを話してくれるかな?」
彼は椅子に座りなおしてから真面目な顔でこちらに質問してくる。質問というよりも強制的に話させるが正しいか。
「これってほぼ強制じゃないですか。もし嫌だと言ったら?」
「そうだねぇ…君は私には勝てないと言っておこうか」
どうやらここの家にいる間は彼の言いなりにならないといけないようだ。
それでも命を救ってくれた恩人だ、恩を仇で返すわけにはいかない。しっかりと話そうじゃないか。




