130話 連れ去られた人々
「一先ずこれで武器庫は安全と。皆の者、よく持ちこたえた。だが先は長い、勝てそうにないが人族として最後まで戦い抜こうではないか!」
彼女の言葉で士気が上がるといいのだがそうもいかない。生き残るとはいえ負け戦に臨む者たちは望みを持てないものだ。
「カリンさん。先ほどの煙について質問があるのですが」
「ああ、アリスちゃん。魔族と戦うのにあれを教えていなかったのを失念していたよ。あれは瘴気だ。一度吸い込めば意識を汚染され、二度吸い込めば活力を奪われる危険な空気だ。幸いにも紫色でとてもわかりやすいから気を付けていれば吸うことはないわ」
「そんなに強力ならどうして相手は瘴気で攻めてこないんでしょうか。建物内に充満させられたら一溜りもありませんよ」
「ああ、普通はそう考える。だが瘴気を作るのも簡単ではないんだ。あいつ等は人をさらっては魔族に作り変えるか瘴気を生み出させるかをしているらしい。だから相手も追い詰められた時以外は使わないのさ」
えっ?今、人間が魔族に作り変えられるって…
うそでしょ?
「い、今まで私が斬ってきたのって……」
「ん?ああ、中には人だった者もいる。だが、あまり気にするな。あれは既に人としては死んでいて身体だけが乗っ取られている感じだ。一思いに斬ってやった方が彼らの為になるはずさ」
そんな風に割り切れと言われてもすぐに受け入れられる訳がない。
さっきまで味方として戦っていた人が敵になって襲い掛かって来るのだ。どんなに精神が入っていないって言っても元人間を斬るなんて…
「そ、そんな。私は……なんてことを」
「アリス、そこまで気を落とさなくても……魔族との戦闘には使い物にならない私とかが連れ去られたら一思いにやってね…」
「馬鹿っ!そんなこと軽々しく言わないでくださいっ!マリンの…うぅ…馬鹿ぁ……」
さっき斬った魔族の中に元人間が居たこと、さっき助けられなかった冒険者のこと、マリンを失いたくないという気持ち。
全てを背負い込む必要はないのは分かっている。だけど、助けたくても助けられなかった命があったことはとてつもなく悲しい。
だから私は泣いてしまった。もう泣かないなんて思っていたけど、私にはあまりにも辛い事柄だったようだ。
マリンにしがみついて泣いている私はそっとされて、話が進んでいく。
「マリンちゃんだったわね。あなた水魔法しか使えないの?」
「はい。水魔法ならなんでもできますけど、他の魔法になると全然駄目で……」
「剣を使ったことは?練習とかしたことある?」
「実は無くて……水魔法で何とかなっていたもんですから…」
水魔法しか扱えないこの子は魔族に対しての攻撃手段が一切持たないことになるのだ。それを失念していて魔族との戦闘に向かわせた私は本物の馬鹿者だ。
「う~ん。それなら全面的に補助に回ってもらうしかないわね。敵を攻撃できなくとも敵からの攻撃を防ぐことはできるだろうからね」
「はい。そうします……」
「アリスちゃん、あなたにも言うことがあります。泣いてないでよく聞きなさい」
「はいぃ……ぐすっ…」
「あなたは戦闘中に剣と魔法を分けて使う傾向があるわ。器用に風に乗って浮けるのなら攻撃にも風を使用したらどうかしら。それと、その剣はドワーフたちに鍛え直してもらいなさい。切れ味が悪くなってるわよ」
すごい観察眼を持った人だ。何時見ていたのかは知らないが、私の戦闘の癖を見抜いてきた。
実際、魔族を斬っていて刃の滑りが悪いと感じたのは事実だし、魔法を剣に付与しながら振るうことは剣を折らないために極力避けていた。
「分かりました。そのドワーフさんの居場所だけ教えて頂けますか」
「ギルド建物の裏手よ。小さいけど鍛冶場が臨時で設置されてるはずだからいってらっしゃい」
「はい!」
私は顔についた涙を拭き取ってからマリンの手を引っ張って冒険者ギルドに戻っていく。
もう、彼女を危険な目に合わせたりなんかしないんだから!
瘴気のせいで精神が少しずつおかしくなっていく彼女。さて、どうなるのか。




