104話 夜空と占い師
騒動後の日常回。
お話が少しだけゆったりと進みます。多分。
人さらい騒動から十数日。冒険者ギルドは事後処理で慌ただしかったが今ではようやく落ち着きを取り戻した。
未だにあのサキュバスが残した言葉の真意は理解できない。ただ単に私を脅したかったのか、それとも恐怖で染め上げたかったのか。
そんなこともあったからなのか、私は夜な夜な外へ行っては屋根を走り回るようになってしまった。
暗い夜空に輝く無数の星々を眺めながら屋根の上を駆けていく。音を出さないように静かにしながら、それでも手や足を大きく動かして運動するのは悩んでいる心をすっきりさせるのに丁度良い。
高い壁があっても風魔法を駆使して軽々と超えていく。飛び越えた壁の先には…人が居た!
「おわぁ!だ、だれ!」
「わ、わ、わ!あ、危なかった…」
落ちかけた先には奇妙な魔法と机、そして少女とその母親らしき人が座っていた。
「ご、ごめんなさい!その、人がいるとは思わなくて」
「大丈夫よ。ただ…どうして貴女は宙に浮いていられるのかしら…?」
「これは風魔法でして…そちらに降りてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
ふわりふわりと降りて屋根の上にお邪魔させてもらう。しかしこの不思議な魔法は何なのだろうか?
「あの、こちらは…?」
「これは星見台と言われるものよ。こうやって魔法をいじくってあげると…遠くの星々を追うことができるのよ」
いつも使っている風や土の魔法とは違った魔法のようだ。これも惑の魔法に分類されるのだろうか。
「へえ~。それで、これを使って何をされているのですか?」
「占いよ。星の動きで人の行く道を占うのよ」
占いか。王宮内では聞いたことがなかったのでここら辺の特有な仕事だろうか。
「それは初耳です。これって有名だったりします?」
「いいえ、私たちは大っぴらには活動していませんから…この占いを知る者も多くはありません」
「そうなんですか。その…少し気になるので何か私のことを占ってもらえませんか?お金は払いますので」
「えっ?まあ、これも何かのご縁でしょう。少々準備しますのでお待ちください」
母親は大量の本と紙を机の上から下ろして真っ白な大きな紙を広げている。
「そうだったわ、私はナカコ、こちらは娘のルーテン。まずはあなたの生まれた場所と時間を教えてもらえるかしら」
「私はアリスと申します。生まれた時間は…詳しくはわからないですがもうすぐ15歳です。場所は…」
王宮とは言えない。心苦しいが何とか近いところにしておくか…
「う~んと、この国の王宮に物凄く近い所なはずです。あまり覚えていなくて」
私が出生地と時間を言うと、机の上に置かれた星見台がぐるぐると動いて紙に線を大量に引いていく。
書かれている線や記号は意味不明なものが多い。何かを表しているはずだがさっぱりだ。
「え~っと、これは何の図でしょうか」
「これはあなたが生まれた時の星の位置を記した物よ。ここにあなたの性格とか運命が書かれているのよ」
「それで…何がどうなっているか私にはさっぱりなんですけど…」
ナカコさんはさっと目を通して図をよく読んでいる。隣にいるルーテンちゃんは何故か驚いたような表情をしている。
「お母さん、これ。言ったほうがいいのかな」
「ルー?前にも言ったけど軽々しく人前で図を指さしちゃだめよ。これは人様の行く道を変えるかもしれないんだから」
「はい…」
私は既に指さされた先の記号を見てしまった。何かが集中しているようにも見えるし、何かが集中するのを遠ざけているようにも見える。
「これは死の星です。あなたは死にかけることが多いようですが、周りの人が助けてくれるようですね」
「こちらは…あら、良かったですね。結婚運はあるようですね。結婚後も円満な家庭を持てるようです。中々いませんよ、こんな人」
「と、言うと?」
「そもそも結婚できない人と、結婚しても別れる人。望みの人と結婚できない人というはかなりの数居るものなんですよ」
「それに、あなたには統率の力があるようですね。冒険者のリーダーとかになるのかしら」
「それと、正義感が少し強い様ですね。それでも一人で抱え込んではいけませんよ。周りの人に頼るべきです」
ぽつぽつと呟くように話していたナカコさんは星見台を動かして次々と別の図を作り出す。まるで時間を進めているかのようだ。
「これは…言うべきか…いや。止めておこうか」
「一体なにがあるんですか?お、教えてください!」
「はっきりとは分からないけど、この先衰弱することがあるようね。しかもかなり深刻みたい」
「それに裏切りがあるようね。誰かかはわからないけど」
はっきりとしたことは分からないようだがそれでも何かの忠告にすら聞こえてくる。現時点で言えることは将来はかなり大変だってことだろうか。
「どうやって観ているのか全然分かりませんけど。ありがとうございます。気を付けて生きたいと思いました」
「いいのよ。なんだか凄そうな人生を送る人を見るのは楽しいもの」
「お代は…」
「銀貨二枚ね。後はお気持ちってやつね」
こんなにしてもらって銀貨二枚?そんなはずはない。この占いが当たるかどうか保証はないがそれでも銀貨二枚以上の価値があるのは勘で分かる。
私は金貨5枚を机に置いて立ち上がる。
「色々とお邪魔してすいませんでした。でも、占って頂いてありがとうございました」
「ふふふ。お元気でね」
「お元気で!」
そのまま風魔法で体を浮かせて占い師の家族の元を去る。
未来のことは分からない。不安しかないけど、なんだか大丈夫な気がしてきたのは何故だろうか。




