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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

舌切りすずめちゃん

作者: 髙 文緒

 すずめちゃんには舌が半分ない。すずめちゃんはいつでもマスクを付けている。

 すずめちゃんはレディースチーム天ノ雀(あまのじゃく)の総長だ。


 舌が半分ないうえにマスク越しなものだから、すずめちゃんの言葉は聞き取りづらい。だから隣にいつもナンバー2のオタケが居て、すずめちゃんの言葉をチームの皆に伝えている。チームに気炎を上げさせるための演説も、号令も、すずめちゃんがぼそぼそ伝えたことを、過剰に装飾を付けて、自らをメガホン代わりにして叫ぶのがオタケのつとめだ。


 天ノ雀と筆書きされたすずめちゃんのマスク姿はクールだ。

 レディースなものだから、イカしたマスクを付けて周囲を威嚇したい子もチームには居るのだが、すずめちゃんと被るとオタケにシメられるので付けられない。

 すずめちゃんは舌が無いからマスクつけてんのに、テメーはチャラついてニセマスク付けようてのか? というわけだ。


 すずめちゃんに舌が半分無いのは、ウナ先輩が切り取ったからだ。


 ウナ先輩は地元最恐にして最凶のレディースだった。舞米(maimai)を率いて一帯をシメていた。他の市のチームにも名を知られていて、遠征を称して走りにいけば、舞米との衝突を恐れてその地のチームは走らなかった。

 すずめちゃんは始め、ウナ先輩のチームに居た。心酔しきっているようにも見えた。舞米のナンバー2にまで上り詰めたすずめちゃんは、なにを思ったかウナ先輩の男、沖那(おきな)君を寝取ってしまった。


 たまり場になっていた喫茶店のトイレで、沖那君の「糊」を舐め取っているところを、扉を蹴破ったウナ先輩が発見した。

 ウナ先輩の怒りはそれは激しいものだった。囲っている男の「糊」を舐め取るというのは、芯から舐め腐っていないと出来ない行いだからだ。

 ウナ先輩は二人をシメた。その際にすずめちゃんの舌の先半分はちょん切られ、その事件をきっかけにウナ先輩は少年院に入った。



 そういうわけで、舌の無いすずめちゃんはウナ先輩の居ない地元を預かるべく、解散した舞米に代わり天ノ雀を結成し、沖那君も自分の男にしたわけだ。「糊」を舐めとる舌はもう無いが、囲うことで沖那君の安全を確保したのである。沖那君は強くもないし気合がそもそも入っていない。でも顔がいい。それに優しい、良いやつだった。

 なんであんな気合入ってねえ奴を、ウナ先輩もすずめちゃんも囲ってやるんだ、と陰で言うメンバーも居たが、実際近くでその顔を見ると、ぽうっとなるのであった。


「確かな筋の情報です」


 ある日オタケがすずめちゃんに耳打ちをした。すずめちゃんは耳が弱いので、普通に喋れや、と思ったが黙っていた。


「ウナ先輩がもうすぐ出てくるそうです」


 すずめちゃんは黙ってうなずいた。

 それから沖那君を呼びに行かせた。

 飛び出していくオタケを見て、たまり場にされている喫茶店兼バーのママは、天ノ雀集合の気配を感じてため息をついた。


 奥のひとテーブルを占めているうちはまだ良いのだが、チームの人間が集まれば他の客はそそくさと退店し、そしてその日の昼営業にはもう客足を見込めない。かと言って元レディースの総長だったママとして、可愛い後輩たちの居場所を奪う気にもまたなれないのである。


「カレー、どうせ余るから食ってくかい」


 集まった少女たちにそう言ってふるまうこともある。


「ママのカレー最高!」


「ありがとママ!」


「酒無いの?」


「調子乗んじゃないよ!」


 酒焼けした声でたしなめながらも、カレーにはしゃぐ少女たちは年相応に幼く、がっつく姿も微笑ましいと思い、つい世話を焼いてしまう。


「二杯目からは水だからね!」


 そう牽制けんせいしながら、オレンジジュースやミックスジュースを一杯ずつサービスしてやることも少なくなかった。


「ケチくせー」


「あんま舐めたこと言ってたら追い出すからな! いつもジュース一杯で粘りやがって」


「だってこの店のパフェまじいもんな」


「メロンすっぱかったもんな」


 口の悪い少女たちだが、ママにはよく懐いていたし、ママも憎からず思っていた。

 


 だがその日、飛び出して行ったオタケが連れてきたのは沖那君一人だった。

 いつもはスポットライトでも浴びているかのように光っている美少年が、顔色悪く、体を縮こませて入店してくる。奥のテーブルでは、沖那君とすずめちゃんが顔を突き合わす形で何やら話し合い、オタケは存在を消すようにして端に座って控えている。


 なにかがまた、街に起こる、ママは直感した。


 沖那君はテーブルに手をついて、すずめちゃんに頭を下げていた。


「椅子に座ったまま下げる頭に意味なんかねーだろ!」


 オタケの声が店に響いた。オタケはとにかく声が大きい。

 すずめちゃんは無言で裏拳をかまして、オタケは鼻を抑えてうずくまった。


 ソファから立ち上がり、床に膝をつこうとする沖那君を、すずめちゃんは子どもにするように脇を支えて立ち上がらせた。それから一言、二言、こもった声で伝えると、オタケを連れて店を出ていった。三人分のジュース代が支払われていたので、ママは座席に残され頭を抱える沖那君に、オレンジジュースを運んでいった。


 いよいよウナ先輩が出てきた。


 その報は街の不良たちの間に一瞬にして広まった。ウナ先輩は最恐にして最凶であるからだ。

 舌を切り取られたすずめちゃんの、ごぶごぶと血を吐いてのたうつ姿をチームのメンバーは思い出していた。のたうつすずめちゃんの腹に、蹴りを入れ続けるウナ先輩の憤怒の形相をみな見ていた。天ノ雀のメンバーは、元は舞米である。


 すずめちゃんの下で天ノ雀というチームを作っていることは、もうウナ先輩の耳には入っているだろう。ウナ先輩は奇襲、夜襲も問わない。


 いつもの公園で集会を開いているときだったので、どうしよう、ヤバいよ、殺される、そんな言葉で広場はざわめいていった。オタケが活を入れて回る。そこに、沖那君が飛び込んできた。


「沖那オマエ、ウナ先輩のとこに頭下げに行ったんじゃねえのかよ。何しに来やがった」


 凄むオタケの腹にすずめちゃんが無言で肘鉄を入れた。


「沖那『君』らろうが。ウナへんぱいの男ら」


「あ、はい、すみませんすずめちゃん……」


「沖那君、ウナへんぱいに頭さげらんらよね?」


 すずめちゃんが優しくたずねると、沖那君はシャツの袖と裾をまくりあげた。そこに残る生生しい青あざと、無傷のきれいな顔のギャップに、一同密かに唾を飲んだ。


「シメられたけど、元さやだよ。でもすずめちゃんも頭下げに来いって、仁義きれって、それを伝えに来たんだ」


「仁義だあ?」


 オタケが声を上げるのを、すずめちゃんがひと睨みで黙らせる。それから耳打ちをして、オタケにあるものを取りに行かせた。


 オタケが声を上げるのを、すずめちゃんがひと睨みで黙らせる。それから耳打ちをして、オタケにあるものを取りに行かせた。

 オタケが持ってきたのは、小さな菓子の空き箱と、大きなせんべいの空き缶だった。


「すずめちゃんは直接行かない。チームの面子があっからな。その代わりこれは沖那君との手切れ金と、ウナ先輩への詫び金だ。どちらかを取って持って帰れ」


 すずめちゃんがもごもごとした、いつもの喋りに戻り、それをオタケが伝達する。


「えっ、来てくれないの? なんで? 俺またシメられるよ」


「そのためのび金だろうが。良いからそれ持って帰んな。ウナ先輩側である以上、もうあたしらとは敵対してんだよ沖那君は」


 ドスの効いた声でオタケが言うと、周りのレディース達も腰を上げて威嚇の体勢に入る。沖那君は焦って小さな菓子箱を掴むと、走って出ていった。その姿も青春映画のワンシーンのようで、みなぽうっとなって見送った。




「すずめどこよ?」


 部屋に戻った沖那君に、ウナ先輩はヤニを吹き付けながらそう言った。


「すずめちゃんは来られないって。でも詫び金と手切れ金ってことで、これを渡された」


「あんだこれ、舐めてんのか?」


 沖那くんの腰を抱き寄せて隣に座らせると、菓子箱を取り上げた。片手で乱暴に蓋を開けると、中にはくしゃくしゃの万札がぎっちりと収まっていた。


「お、結構な額じゃねえのこれ。でもこれだけで許してやるわけにはいかねえし。面子かかってっし、こっちはネンショー行かされてんだ。すずめが出てきて頭下げらんないってなら、こっちからカチコミ行くしかねえよなあ」


 万札をがさがさいわせて掴みとるウナ先輩の、虹色に染めたばかりの髪が四方八方にはねている。抱きかかえられたままの沖那君は、針金のような毛先をなめらかな頬に突き刺されながら思い出した。


「もう一個大きなせんべいの缶があって、どっちか選べって言われたんだ。雰囲気がやばくて小さい方掴んで出てきたけど、そっちにはもっと入ってるのかもしれない。それを取り上げて、すずめちゃんと仲直りしたらどうかな」


 沖那君としては、なんとか平和的な方向で収める提案のつもりだった。

 だがウナ先輩は突然沖那君をひっぱたくと、それから急いで頬をなでて傷が無いか確かめた。ウナ先輩のキレるタイミングは誰にも分からず、そしてウナ先輩はすこぶるキレやすい。だからこそ最凶なのだ。


「いて……なにすんの……」


「オマエ馬鹿かよ、でけえ方の缶もってこいや! 大体そうやって選ばそうってのが偉そうで気に食わねえ。やっぱいっぺん行ってシメたらんとだめだわ」


「すずめちゃんはウナ先輩のこと今でも尊敬してるから、もしかしたらウナ先輩に会いたいのかも。だから二つ箱用意したんじゃないかな。そうしたら、絶対両方欲しくなるだろ?」


「あんだオマエ、アタシがそんだけ強欲だってのか?」


「ちが、」


「よく分かってんじゃん、さすが沖那君!」


 ウナ先輩は豪快に笑うと沖那君の腫れた頬に口づけた。


「会いてえならテメーから面見せに来いとは思うけど、まあいっぺんすずめの面拝んでビビらせに行ってやってもいいな。あいつの舎弟の前で頭下げさせてやんの、どう?」


「平和に、平和にね」


 (いさ)める沖那君の手を取って自分の胸に誘導しながら、ウナ先輩は「ああん」と血をたぎらせた。




 ウナ先輩が来る。

 夕方の集会で、峠に集まった天ノ雀のメンバーは、各々鉄パイプや角棒を手にしながら震えていた。


 輪の中心で、すずめちゃんはピンク色に塗装したホンダのCB400FOURに跨って、気合いのすだれ前髪を気にしていた。サラシにドカジャンを羽織って、足元はチャイナ風シューズ、すずめちゃんの一番のオシャレだ、とオタケは思った。


「今日はトップクじゃないんだね」


「今日あウナへんぱいがくるひらし……」


 すずめちゃんがまた前髪をいじりながら言った。


「一張羅だね」


「うん……チームらなくれ、すずめとしれ、あいらいの……」


 オタケは大きなせんべい缶を携えている。その手は緊張からじっとりと湿っていた。

 その時、遠くで悲鳴が上がり、輪の一箇所が崩れた。

 ウナ先輩が来たのだ。


「すずめオラ! どこだ!」


 邪魔だザコ! 叫んで改造バイクから轟音を響かせながら、ウナ先輩が人を割ってすずめちゃんの前に現れる。


「すずめ、テメー、アタシに面出させようって随分偉くなってんじゃねえか。ボコされる覚悟済んでんのか」


「ウナへんぱい……!」


 すずめちゃんが、またがっていたバイクから降りてそのままウナ先輩に駆け寄るものだから、オタケは自重により横転するバイクに巻き込まれそうになった。すんでのところで避けながらも、命に替えて持っておけと言われたせんべい缶は離さない。

 派手な金属音が鳴るなか、すずめちゃんがまっすぐにウナ先輩の胸に飛び込もうとしたときだ。


 すずめちゃんの額が割れて、動きが止まった。ウナ先輩がメリケンサックを投げつけてきたのだ。

 額を抑えて苦悶するすずめちゃんの手から、仕込みナイフが滑り落ちる。


「ホントに油断も隙もねえ、キツネみてえな女だ」


「すずめってよんれぇ……!」


 額から血を流しながら脚をとってくるすずめちゃんの腹を、ウナ先輩は容赦なく鉄板入りのヒールのつま先で蹴り続ける。誰も二人の間には入れなかった。

 すずめちゃんが動かなくなったところで、ウナ先輩はオタケに近寄った。すっかり腰が抜けて缶を抱きかかえるようにしていたオタケは、喉からヒュウと息を漏らす。本当に恐ろしいものに睨まれると、悲鳴すら上がらないのだと、久々にウナ先輩に相対したオタケは思い出した。


「今日で天ノ雀は解散しろ。次に集会やトップク見かけたら、一人ずつ殺してく。いいな」


「はい……」


「オラ、缶よこせ。詫び金だろうが」


 ウナ先輩は脇に缶を抱えると、また轟音を響かせて帰っていった。広場に倒れたすずめちゃんが、血溜まりに顔をつけながら薄く笑っていることに、誰も気づきはしなかった。




 大きな缶のなか、紙のかき混ぜられる気配を脇に感じながらウナ先輩は気分よく帰宅した。

 部屋にはまだ沖那君が居た。ウナ先輩の母親からコーラとポテトチップスを貰って、マーガレットを読んでくつろいでいる。


 階下では「またそんな格好で出歩いて」「これがイケてるんだよママ」なんて仲の良い会話が聞こえてきて、階段をのぼる足取りからも機嫌が良いのが分かる。はたして平和的にコトは済んだのだろうか、と思っていると、せんべい缶を小脇に抱えたウナ先輩が鼻歌交じりに入室してきた。


「天ノ雀解散させてきた」


「えっ、すずめちゃん潰したの?」


「チョロいよあんなの。それに詫び金も、デカい方取ってきた。こんなデカい缶目の前にして、あの小箱の方を取ってくるって、ホントに甘いんだからよ」


 まあそこも可愛いけどな、とキスをすると、せんべい缶を部屋の真ん中に置いた。

 手招きして沖那君を隣に呼ぶと、二人で手を重ねて、蓋のへりを掴んだ。


「この缶だと大層な金額になるな」


「ドキドキするね」


 敬々しく蓋を持ち上げた缶の中には、何があったか。覗き込んで、まず沖那君が悲鳴を上げた。


「なんだよこれ!」


 叫んで、ウナ先輩は缶を思い切り蹴飛ばした。

 


 騒ぎを聞きつけて上がってきたウナ先輩のママが見たものは、部屋に散らばるウナ先輩の数多の写真、切り取られた黒髪の束、そして干し肉のようになった、すずめちゃんの舌だった。

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