はじまり3
「鳴ちゃん、きちんとシートベルトをつけてね」
「うん。お母さん。ちゃんとつけたよ。文鳥さん、あまり疲れないように箱を平らに……。心がけが大事……」
何やら自分に言い聞かせるように、つぶやいている。
二人連れが、そんなやり取りをした後に、何やら振動を感じる。しかもたぶん箱を持ってるやつが、鳴と言うのか。
斜めにならない様に、気をつけているようだが、箱が斜めになりズルズルと下へとすべり落ちる。
タンタンタン…、カサカサと、音を立てながら、箱の中をジャンプして移動し、足場がいいであろう場所に移動する。
「もう少しの辛抱だから我慢しててね。もう少しでお家に着くよ」
碧に語りかける様に、優しい声音に威嚇しかけたくちばしを噤む。
『まぁ仕方ねぇか。少しなら我慢してやるか…』
パッと見、ただの文鳥に過ぎない碧に、そんな事を思われていたなんて、鳴と言う少女は知らない。
目的地についたのか、続いていた振動は、やんでいた。その代わりに、箱を持って、移動しているのか揺れが変わった。
「文鳥さん~っ。到着したよ~!」
鳴と呼ばれた少女だろうか。元気に声をかけてくる。
振動がやみ、どこか硬いところに置かれた様な感覚が、碧を襲う。
ゆっくりゆっくりと、紙で出来ている箱を開けているらしく、少しずつ光量が増えてきた。
『今だ!』
そう思いとびだしたのは、明るいキッチンの1室だった。
隙きを見て、ここから逃げてやるんだ。そういう思いが強かったからか、人の手が届きにくい、上部の棚の上に身を潜めた。
「こっちへおいでよ~。怖い事しないから」
年若い娘? の方が、なにか足場に乗り、声をかけながら手を伸ばしてくる。
捕まりそうだと反射的に身体大きく見せる為に、くねくねと小さな体を揺らしながら、「きゃるるるるぅ」と、威嚇をする。嘴の先で咬みつき、渾身のひねりを入れる。
「いてててて…。そんなに怖かった? ごめんね。すごく驚かせたみたいで……」
咬みついたその手に、嫌な事をされると覚悟をしていた碧は、その心配の滲んだ声と優しい手つきに動揺し、少し咬む力を弱めた。
「ごめんね。到着してすぐだし、驚いたね。大丈夫…大丈夫だから…」
動揺に追い打ちをかける様に、優しく手のひらで包まれたその背中をなだめる様に撫でられた。
初めての感覚に、思わず身を委ねてしまう。
「あのね、私今度ね、高校生になったの。すごくワクワクする半面、とっても不安なの。だから、君をお迎えしたんだよ? すぐには無理かもだけど、仲良くなりたいね。これから宜しくね」
そう言って、彼女は何故だか儚く感じられる笑みを浮かべた。
こうして碧は、本鳥にとっては不本意であったが、本来の姿を晒すことなく、小鳥遊家にお邪魔する事になった。