7.あたたかな村
案外、この世界は過ごしやすい。
かといって文化水準がそこまで高いわけでなく、インフラが整備されてるわけでもない。
なのに私がそう感じるのは、きっと毎日を適度に楽に生きるのに向いているからだと思う。
たとえば食事。
「おーしゃ出来たご飯だぞー! リコリスさん特製濃厚クリームシチューだ!」
魔物の肉なんか以外の食材は、基本的に前の世界と一緒だし、野営でも火を起こすのは魔法で出来る。
食材と飲料は【アイテムボックス】に新鮮なまま保管出来て、【家事】スキルで〜はいお見事鉄人の味。
「どうだどうだ? ほっぺがドロッドロに溶け落ちるだろー」
「劇物でも入ってるんですか? まあ、はい。おいしいです」
「毎日食べたくなっちゃうでしょ」
『毎日は飽きるだろたまには肉の脂の乗ったところとか食わせてくれ』
うさぎが脂の乗った肉を所望するんじゃねえ。
にんじん齧ってろ。
次にお風呂。
土の魔法を使って岩で浴槽を作って、水魔法で水を、ちょこっと炎であっためたらもう完成。
ついでに【薬生成】でお湯に美容成分のある薬を溶かせば、疲労回復お肌ツルッツル肩こりリウマチ神経痛なんでもござれのスーパーお風呂の出来上がり。
「てわけで先に入っていいよアルティ。あ、心配しなくても覗かないから。ちゃんと周りを高い岩壁で囲っとくから」
それでも全然信用してないのであと3キロは離れてください、とか言いそう。
ウヒヒヒ。ツンツンして可愛いんじゃこいつが。
「一緒に入ればいいんじゃないですか? 見張りならリルムたちがいますし」
「おまッ、そういうとこだぞ!」
もっと自分の貞操大事にしろ! えっち娘が!!
そんで娯楽。
スマホのある生活に慣れた元日本人な私だが、転生当初こそ禁断症状の如く手持ち無沙汰だったもの、それが何年も続くと諦めがつくというか。
しかし暇なのは変わらないので、自分の持てる記憶と、リベルタスからもらった知識をフル活用して、向こうの世界の有名なボードゲームを幾つか作った。
トランプ、将棋、花札、オセロ。
村でも好評でこれがまた結構時間を潰せて、旅の合間にアルティともやってるんだけど、特にアルティの興味を唆ったのはチェスだった。
シンプルだけど奥深く戦略性に満ちたこのゲーム。
ハマるときは一瞬だった。
「うわあああ! リコ! 今のは無しです! 待った! 待ったです!」
「いや……もう……これで終わりって言ったじゃん……。寝ようって……。太陽がもうおはよう通り越してこんにちはしてんだって……」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!!」
「形相が怖ぇよダリにインスパイアされたジ○ムおじさんに顔交換させられたんか……」
「もう一戦! もう一戦だけ! 私が勝ったら寝かせてあげますから!」
「真綿で首を絞める系の拷問じゃねーか……」
前世でドが付くほどハマってたわけでもないんだけど、私には少なからずチェスの心得がある。
腕前はコンピューターの中級相手に勝つか負けるかを繰り返す程度。
つまり強くも弱くもない。
なのに私が稀代の天才アルティ=クローバーに全戦全勝を収めているのは、控えめに言ってアルティが弱すぎるからで…
『拙者のターン! ポーンをCの3へ! これでチェックメイトでござる!』
『クイーンをここに。わたくしの勝ちでございます』
『ほいほいほいほい。はい終わり』
『女王様をねーお馬さんでエイッてやってーやったー勝ったよー』
「ぬぁぁぁぁぁぁ!!」
従魔たちにすら勝てないアルティザコすぎて可愛い。
そんな感じで毎日充実してる次第。
道中は楽しいしアルティは可愛いし、さほど不便は感じなーい……と思ってたんだけど、いざ旅を初めてみるといろいろ足りないものに気付く。
基本、移動は徒歩かウルの背中に乗せてもらってるけど、雨が降ったりすると馬車とか屋根付きの荷台が欲しいなーとか思うし、料理もワンパターンになってもう少しバリエーションが増えたらなぁとか考える。
旅に快適さを求めるあたり、やっぱり私は生活環境が整っていないことに対しストレスを覚える現代人なのだと常々思い知らされる。
そんな私の心の安寧を保っているのがアルティというかけがえのない存在。
そして、可愛い可愛い女の子。
「そこのお嬢さん」
「は、はいっ!」
「この辺の人? ちょっと案内してほしいんだけどいいかな?」
「わ、私で良ければ!」
「私のこの指を、お嬢さんの子宮の入り口までごひゅっ!!」
「案内なら私がしてあげます。行き先は地獄がいいですか?」
日に日に増していくげんこつのキレ……
そのうち【格闘術】とか覚えちゃうんじゃないの……
「本当……すっかり暴力的になって…」
「あなたは脳の位置が子宮に転移したようで」
「年頃なんだから性欲くらいあって然るべきだろーがよー」
「性欲を見境なく発散しようとするのは止めて然るべきだと思いますけど」
実際誰とも寝てないんだから未遂ですー。
「それにしても」
「んぁ?」
「昔に比べると、女性を惹き付けなくなりましたか?」
「なんだなんだ非モテになったってかぁ?」
「そうではなく。昔は街を歩けば女性を集め、道を歩けなくなるくらいの騒ぎだったでしょう。今でも視線を集め道行く人の頬を赤らめるほど凛々しく美しいのは否定しませんが」
おいおい照れるって〜。
「中身が性欲優先のクズなのはさておき」
一度上げてから落とさないとダメなルール?
「なのに王都でも先ほども、女性の反応はごく普通のそれだったというか」
「【百合の姫】の能力を意図的に抑えてるからね。可愛すぎると騒ぎになっていろいろとめんどくさいってわかったし。もちろんモテすぎていい気分だったのは確かだけど☆」
「スキルを制御?」
スルー寂ちい……
「そんなことが出来るんですか?」
「【毒耐性】を持ってる人がお酒に酔いにくいから、わざとスキルの効果を薄めて酔えるようにするみたいな? 人生を楽しむコツみたいなことだって師匠が言ってた。自分の中の深いところにあるスイッチを、一つずつオフにしていくような感じなんだって」
「師匠? ソフィアさんのことですか?」
「ん? いやいや。師匠っていったらあヤッベ」
「リコ?」
「すみません何でもないです聞かなかったことにしてください!!」
「流れるような土下座」
「お母さんに知られたら今度こそ肥溜めがお墓になっちゃう!! でもこれ合法! みんなが知らないだけで結構ベターらしいから! だからお願いしますいつかちゃんと話しますから誰にも言わないでください!!」
アルティは深いため息をついた。
「なんだかよくわかりませんが、害が無いなら何も言いません。あなたが規格外なのは今更です」
「アルティ様!」
「問題は、あなたがよくわからない技術を用いてまでスキルを弱体化させる必要があったかです。それは話していただけるんですよね」
「あー……」
私は露骨に目を逸らした。
「リコ」
「いやぁ、こうでもしないと人だけじゃなくて魔物も寄せ付けちゃうし……あれこれスキル増えることになっても制御が効かないし……的な?」
「というのは建前で?」
「スキルに頼ってやっほい女の子いっぱい集まってくる万歳でハーレム作るより、私のことを好きになってくれる子たちとヌルヌルグチョグチョイヤンアハンで花びら大回転した方が絶対楽しくね?と思い至った次第です!!」
「正直で結構です」
じゃあなんでほっぺた引っ張るにょ?
こと【百合の姫】だが、じつはこっそり王都でも使ってたりする。
何を隠そう女王陛下相手にだ。
これは女王が私好みかどうかより――――好みじゃない女の人なんていないことはさておき――――【百合の姫】の検証のつもりでやった。反省はしてない。まったく。
18歳になって、【百合の姫】の効果と制約もだんだんわかってきた。
効果
・女性特化の誘引効果。魔物にも有効。
・体液を介して対象者が持つスキルを使用可能。後に対象者が習得したスキルも含まれる。
・催眠状態にして命令に従わせる。
制約
・男性にはまったく効果が無い。
・心から愛する人がいる場合、効果が無い又は薄い。
・同じく極端に歳が離れた相手(老人、赤ん坊)にも効果が薄い。
実際にはまだあるけれど、まあ基本はこんなところ。
そして女王相手に検証した結果、まったく【百合の姫】の効果が無かったことに気が付いた。
自分こそが至上の女だと信じてやまない、自信に満ちた人には【百合の姫】は弾かれてしまうんだろうと勝手に結論付けたんだが…あながち間違ってないんじゃないだろうか。
あの人底知れぬ感じで怖いんだよなぁ。
けど前世含めて会ったことないタイプだし、ゆくゆくは女王を落とすっていうルートも…ウシシシ。
待てよ? リエラと親子丼ルートも行けるか……?
いやイッちゃうか?!
うおお滾ってきたぜぇ! ロイヤルな親子丼食べたーーーーい!
「ろくでもないことを考えているときの顔をしていますね」
「至ってマジメな人生設計ですぅー」
「ところでリコ、正直ついでにステータスを見せていただいてもいいですか?」
「ほぇ? なんで?」
「リコのことは知っておきたいですから」
私のことはなんでも知りたいってー?
うひゃあ可愛い子ですことー。惚れてまうやーん。
…………じゃないんだよなぁ。
甲斐甲斐しさがどうとかじゃなくて、たぶん猛獣の手綱をしっかり握っておきたい的なやつなんだよな。
仮にも幼少を共に過ごした幼なじみだろ貴様。
しかし私はそれを寛大な心で受け入れようではないか。
「ほい」
「どうも」
名前:リコリス=ラプラスハート
種族:人間
性別:おんなのこ♡
年齢:ひみつ♡
称号:ヒミツ♡
加護:秘密であそばせ♡
スキル
秘密でございましてよ♡
ユニークスキル
ひ・み・つ♡
スリーサイズ
いやんえっち♡
「チッ!!」
「シッシッシ! どうだ見たか! これが師匠からもらったスキル、【隠蔽】だ!」
自分が異質なのは充分わかってるからね。
【鑑定】持ちにはこういうステータスを見られても誤魔化せるスキルがどうしても必要だった。
じゃないとお母さんがすぐ怒るから……
あと師匠には、【鑑定】持ちに対して有効な【鑑定阻害】のことも教えてもらったぜ☆
「その師匠とやらのスキルを共有しているのはこの際置いておきますが、世に悪を蔓延らせた罪で私が処します」
「いやぁ無理だと思うよー。ん……くあぁ、野宿ばっかも疲れたし、そろそろどこかで宿取りたいな」
時刻は夕暮れ。
そんなことを考えていたとき、私たちの前に牛に牛車を牽かせたお爺さんとお婆さんが見えたので、天の助けと声をかけてみることにした。
「こんばんはー」
「こんばんは。おやおや齢90にしてついにお迎えかね」
「いい人生でしたねお爺さん」
「めいっぱい可愛いでしょ、エヘッ♡でも 天使ではないんだー。私たち旅をしてる最中なんだけど、この先に宿を取れるところとかありませんか?」
「宿なぁ。山を越えれば街があるが……今からではとてもなぁ。よければうちの村に泊まるかい? 宿なんて大したもんじゃないが寝床くらいはあるから」
「いいんですか?」
「ええ、ええ。こんな可愛い娘さんたちを野晒しにするのは忍びないですからね。年寄りだけの寂れた村ですが、どうぞゆっくりしていってくださいな 」
「嬉しいありがとう! やったねアルティ!」
「はい。ご迷惑とは思いますが、一晩ご厄介になります」
「私リコリス! こっちがアルティ! お世話になりまっす!」
親切な老夫婦に招かれて。
私たちはミムレット村へと足を運んだ。
「おぉふ……」
寒村。
エラルド、リリカ老夫妻と共にミムレットに到着したとき、村に抱いた正直な感想だ。
趣深いっていうか…なんていうか。
「廃れていますね」
「思っても口の中で留めとけ」
「ハハハ、構わんとも。実際その通りだ。周りには山と川以外何も無い。静かなのだけが取り柄さ」
「さあさあ、家に案内しましょう」
お年寄りばっかで人口が少ない。
若い人はおろか子どももいない。
家もボロボロ。
畑も痩せ細って実りは少なそう。
純然な過疎地……言い方を選ばないなら姥捨て山みたいだ。
けど、
「おお村長。おかえり」
「おかえりなさい村長さん」
「そっちの娘さんたちはお客さんかい?可愛らしいねえ。街に嫁いでいった娘を思い出すよ」
「ようこそお客さん方。こんな村だけどゆっくりしていってね」
「おっそうだ、うちの雌鶏が今朝卵を産んだんだ。お客さんに食べさせてあげておくれよ」
あったかい村。
それになんだかタルト村を思い出して懐かしい気持ちになる。
リルムたちを連れてても大騒ぎしなくて、歓迎してくれてるのがよくわかった。
「みんないい人ばっかりだね」
「年寄りばかりで驚いたろう。若い者はみんな街へ移ってしまったからね」
「周りには山しかない不便な土地ですからね。作物も育ちにくいし」
「皆さんは街に住もうとは思わないんですか?」
おおぅ、結構ズケズケ訊くなアルティ。
「不便でも寂しくても、結局人間は生まれ育った土地と水が一番肌に合うのさ」
エラルドさんは寂しげながら誇らしげに、皺いっぱいの顔でたくましく言ってみせた。
故郷愛……前世の私が持ってはいなかったもの。
タルト村で育った私が覚えたもの。
エラルドさんの言葉に、簡単にわかるよなんて言えないけど。
でも。
「ステキだね」
それは心から出た真っ直ぐな思いだ。
それから、私たちはエラルドさんたちの家で夕飯をご馳走になった。
食糧は持ってるって言ったんだけど。
「若い人が遠慮なんてするもんじゃないよ」
って押し切られた。
「質素で申し訳ないけどね。たくさんお食べ」
鍋いっぱいに煮られた塩味のじゃがいもを、リリカさんがお皿によそってくれる。
「さあさあ召し上がれ」
「うっはぁおいしそう!いただきまーす!」
「いただきます」
「はちっ、はちはち……はふはふ……んー! おいしーい! 私これめっちゃ好き!」
「はい。ほふほふ……ホクホクで……素朴ですが何個でも食べられそうです」
『おいもおいしーねー』
『うん悪くない』
『おいしゅうございます』
『うまいでござるよ』
「お口にあってよかったよかった。そうだ、いただいた玉子も茹でましょうね」
「何から何までありがとうございます」
「旅から旅への根無し草。人のあたたかさが身に沁みるねぇ」
「旅に出てからまだ数日じゃないですか」
そんだけ二人の好意が嬉しいって話よ。
「ん?!! てかこのパンめっちゃおいしい!! なんだこれ?!!」
「本当……すごくおいしいです。黒パンなのに普通のよりも味わい深くて香りが立ってます」
「ハハハ、これでも昔は王都で店をやっていてね。パンにはちょっと自信があるんだ」
「へえー。ムシャムシャ」
いやほんとおいしい。
しかし、小広い家に老夫婦二人。
静けさも相まって至るところに老朽化が目立つ。
昔は…それがどれだけかはわかんないけど、この家にも家族がいたんだろうな。
「ごちそうさまー!」
「はいはいお粗末さま。じゃがいもだけだと物足りなかったでしょう」
「ううん。すっごくおいしかったよ。ね、アルティ」
「はい。ごちそうさまでした」
「今湯を沸かしていますからね」
「泊まれと言っておいて風呂桶が無いのは申し訳ないな」
「お気持ちだけで結構です。あたたかい食事に寝床までいただいて、充分もてなされています」
「だね」
実際お風呂って高級だしね。
街の宿だって無いところなんてザラだし。
いつでもどこでもお風呂を作れる私たちみたいな存在の方がイレギュラーなんだから、さしたる問題ではない。
「こうしていると、なんだか孫が帰ってきたみたいですね」
「そうだなぁ」
「お孫さんて私たちと同じくらい?」
「今年22になる。いや待てよ、32か? 50……だったかもしれん」
「お爺ちゃん私たちと違う時間軸で生きてる?」
「お爺さんったら。アイファは今年で19になるんですよ」
結局違うんかい。
「この先の街で裁縫職人をやっていてなぁ。いずれは自分で店を出すんだと張り切っていたよ。早く一人前になってたくさん稼いで、このボロ屋を建て直すんだって。まだまだ子どもなのに」
「元気でいてくれたら、それだけで幸せなんですけどね」
「そうだ見てくれ。このお守りも孫が編んだんだ」
小さな人形がついたお守りを肴にお孫さんのことを話すエラルドさんたちの嬉しそうなこと。
空いた部屋に寝床と毛布を借り、私たちは天井を見上げながら二人の顔を思い出した。
「これが昔話だったら、村人全員今頃包丁研いで私たちを食べる相談してるんだよ」
「そうなったら切り落としたリコの腕を囮に一緒に逃げましょう」
「発想が斜め上の猟奇殺人犯じゃねーかよ」
【自己再生】と【痛覚無効】があっても嫌だぞ普通に。
「孫……か」
「幸せそうでしたね。お二人」
「なー。孫どころか子どももいないけどさ、なんかこう…いいなーってなったよ」
「私もです」
「いつかさ、私も二人みたいになれるかな?」
「相手の予定があればなれるでしょ」
「アルティお前ー、私にその予定が無いと思って言ってるな?」
「あるんですか?相手は?私の知ってる人ですか?ちょっとリコ。私聞いてないです」
「うそうそ冗談。シッシッシ」
アルティがぷいっと反対側に寝返りを打ったので、私は後ろから毛布ごと覆い被さってやった。
「今はアルティのことしか見てないよ」
「……今はじゃなくて、ずっとがいい」
「んぁ? なんて? 声が小さすぎて」
「なんでもない! おやすみなさい!」
「お、おお。おやす、み……?……??」
…………よし寝よ。すやぴ。
翌日、私とアルティは一宿一飯の恩義に報いるため、村人へちょっとした奉仕活動に精を出すことにした。
「豊穣の息吹、成長促進」
見る見るうちに畑が耕され、撒いた種がもう実をつける。
「おおお! 一瞬で畑が! しかも土が活き活きしておる!」
「こんなに瑞々しい野菜が実るなんて何年ぶりでしょう!」
「さすが魔法使い様じゃ! ありがたやありがたや!」
さすが大賢者。
素直に褒められていないらしく、村人に囲まれてアルティは気恥ずかしそうにしてる。
一方私はというと。
「そーりゃっ!」
ルドナ、ウルと一緒に山で猪狩り。
燻製肉にしちゃえば畑を荒らしに来る獣も減って、お腹は満たされて一石二鳥。
交易にも使えるから一石三鳥だ。
あとは害獣防止の柵を立てて、と。
「リルム、柵に獣よけの毒塗っといて」
『はーい』
「シロン、釘」
『ぐーぐー』
「寝んな鍋の材料にするぞ」
「一軒一軒家を修理する、なんて言い出すのかと思ってました」
柵に釘を打っているところ、アルティが後ろで一息つきながらそんなことを言った。
「立ち寄った村でいちいちそんなことやってたらキリないでしょ。私は恩を返してるだけだよ」
「返しすぎな気もしますけどね。畑を耕して獣を狩って柵を作って」
「あ、あと井戸も涸れそうだったからちょっと掘っといたぜ」
「お人好し」
「優しくされたら優しさで返すのが私の主義だから。世界は案外、人の常識と思いやりで成り立ってんだぞ」
なんて私は常識も思いやりも欠けた通り魔に刺されて死んだけどね。
だからせめて、私はそうならないようにしたいよねってことで。
「ただの自己満足ですね」
「シシシ、私がやりたいからいいんだよ」
「……まあ、そういうところが」
「アルティーそこの板取ってー」
「フン!」
「投げろとは言ってねえだろ!!」
柵作りの後、【薬生成】で薬を作ったりしてたら夜になっちゃって、結局もう一泊させてもらった。
日が高くなる前に出発するつもりだったんだけど、わざわざ村人全員が私たちの見送りに集まってくれた。
「すっかり長居しちゃってゴメンなさい」
「なに気にしなくていいさ。こっちは二人がいてくれて家の中が華やいだよ」
「何から何まで助けてもらって。感謝してもしたりないくらいですよ」
「いえ、こちらこそ。おいしい食事とあたたかい寝床を、どうもありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「こっちも楽しかった。旅の途中、また近くを通ることがあったらぜひ立ち寄ってくれ。ま、その頃には全員もれなくあの世かもしれんがなぁ」
ドッ
いや村人全員爆笑してるけど笑いづらいって。
苦笑いも出てこんて。
「ああそうだ、二人はこの先の街に寄るかな?」
「ええ。途中気が変わることが無ければ」
「じゃあ街に寄ったらでいい。すまないが言伝を頼まれてくれないか。二番街の南通り、小鳥の裁縫屋という店を婿夫婦が営んでいる。そこで働いている孫たちに。元気でやっているか?風邪を引かないように、と」
「はい。必ず」
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、それにみんなも。身体に気を付けて」
「行ってらっしゃい」
行ってきますと声を揃えて。
目的地は山の向こう――――ルムの街へ。