46.エルフの騎士
「約百年…変わらないものだな」
「…そうかしら。昔よりは、少しは大人っぽくなったつもりだけど」
空気が張り詰める。
まるでこの空間だけが他から隔絶されたように息苦しかった。
「変わらないのは、貴様らエルフの面汚しへの止め処無い怒りだけだ。なあ、ドロシー」
「…っ」
「会いたいとずっと思っていた。その薄汚い面を歪めたくて仕方なかったよ」
「…!ドロシー!」
アウラがドロシーに向かって拳を放とうとしたのを見て、アルティが慌てた声を出した。
そんなこと、この私がさせるわけねーだろって。
私は鞘に収まったままの剣をアウラの首に添わせた。
「何の真似だ、人間」
「やめときなよお姉さん。血の気が多いのはワイルドで魅力的だけど、あんまり虐めないであげてよ」
「何の真似だと訊いている。人間風情が我らエルフの問題に口を挟むな」
「エルフどうこうってのは、わりかしどうだっていいんだけどさ。お姉さんが殴ろうとしてんのはうちの仲間なんだよ。それを黙って見過ごせなんて出来るわけなくない?」
「三度目は無い」
微笑む私に対し、アウラは鋭い目を向けて剣を握った。
力つっよ。スキルじゃないな。素の身体能力が高いっぽい。
このまま殴り合いにでもなれば惨事になり得るだろうな。女の子は殴らないけど。
どうやら向こうも同じことを考えていたようで、わりとすんなり拳を引いたのだけれど、それだけでは収まらないとドロシーに毒を吐いた。
「人間のせいで国が滅びて尚、人間に寄生して生きるのか。まるで害虫だな。恥知らずが」
パキッ
ジョッキの中の酒が凍る。
極寒の魔力を漂わせ、アルティが怒りに目を細めた。
「あなたがどこの誰かは存じません。ですがそれ以上ドロシーを侮辱してみなさい。氷獄の裁きがあなたに降ることになりますよ」
「そうじゃのう。せっかくの楽しい気分が台無しじゃ。因縁、確執…人の縁に他人が口を出すのは道理が違うが、酒の味が落ちるのは我慢ならぬ」
続いて師匠が真紅の魔力を足元に渦巻かせる。
「身の程を弁えよ、小娘」
おお…師匠のガチな殺気。
見た目のじゃロリでも下手なチンピラなら失禁するレベル。
アウラもその威圧感を肌で感じ取ったらしく、僅かながらも警戒の体勢を取った。
そんなとき。
「あーいたいたー。おーい隊長ー。探しましたよー」
空気を和ませるようなトーンで、お姉さんがヒラヒラと笑顔で手を振りながら現れた。
「なにも置いてくことないじゃないですか。酷いなぁ」
「いつまでも人間の戯れに興じている貴様が悪い」
「やることはやってるんだから大目に見てくださいよー。まったく隊長の人間嫌いにも困ったものですね。おや?おやおや?まさか…ドロシー様?うわぁ懐かしい!」
と、ドロシーに気付くなりお姉さんは目をキラキラさせ、小さな身体をスッポリと覆うように抱きついた。
「クルーエル…」
「心配してたんですよ!こんなところでいったい何をやってるんですか?」
「旅よ…。この仲間たちと」
「ああ、そんなことじゃなくて」
それまで眩しかったはずの笑顔が、煌めいていたはずの声が、一気にドス黒く染まった。
「なんでのうのうと生きてられるんですか?って訊いてるんですよー」
心臓が締め付けられたようにドロシーの顔が歪む。
「あんたらのせいで国が滅び、大勢の同胞が死んで、迷って、今も尚苦しんでるっていうのに。その原因たる皇族様は、なんで恥ずかしげもなく普通に暮らせているんですか?ねえ、教えてくださいよドロシー様。あんたはなんで一端の幸せを謳歌していいなんて勘違いをしてるんですか?」
「ぁ…ああ…」
「ほんっと、反吐が出ますよ。ドロシー様」
アルティが、師匠が、ドロシーを侮蔑された怒りで攻撃を仕掛けようとする。
それを含めて私は制止した。
「やめろ」
声に【覇気】を乗せて威圧する。
「女の子は誰であろうと傷付けたくない」
「…ハッ。粋がらないでくださいよ人間さん。精霊の加護も受けてない下等種族のくせに。ああそういえば、ドロシー様もそうでしたね。やっぱり人穢れた血が混じった子は、精霊にも見放されるんですね。プッ、アハハハ。ほんっと…惨めで無様な人生ですよ」
「やめろって、言ったぞ」
緋色の魔力を荒れ狂わせると、二人は目を丸くして冷や汗を垂らした。
「なんだ、この息苦しいまでの純度の高い魔力は…」
「人間がこれだけの魔力を…」
「そっちがドロシーに思うところがあるのはわかる。だけどドロシーは私の女なんだ。それ以上やると、さすがの私も黙ってるわけにはいかなくなる」
「リコリス…」
アウラとクルーエルは、気圧されながらも腰の剣に手を添えた。
「黙ってるわけにはいかなくなる?まさか人間が私たちと事を構える気ですか?ましてや、たったこれだけの人数で私たちをどうにか出来るとでも?」
「あら、では加勢はそちらも臨むところということでよろしいのでしょうか」
いつからそこにいたのか、二人の背後を取って、シャーリーは妖艶な微笑みを浮かべた。
「貴様…」
「良かったですね。私の主が殺しを嫌悪するお方で。でなければあなた方、とっくに死んでいましたよ」
うっわ、おっかねえ。
さすが元プロ。殺気の質が違う。
「むー!嫌な人たち!ドロシーお姉ちゃんを虐めるなー!」
「虐めるのダメです!」
マリアとジャンヌの可愛らしい怒りに癒やされて、
「あ、あの…喧嘩はダメでぁぶ!!」
オロオロしたエヴァが転んで毒気を抜かれる。
みんなが集まってきてくれてよかったと、私は肺いっぱいに空気を送り込んで整息した。
「ってわけでさ、ここで喧嘩してもお互いにメリットなんか無いでしょ。それでもまだ話したいって言うなら、じっくりねっとり付き合うよ。ベッドの上で明日の朝までね」
中指と薬指をクイクイと動かし、軽口を叩いてニシシと笑う。
するとアウラは剣から手を離した。
「行くぞクルーエル」
「えー?やっちゃわないんですか隊長?」
「穢れた血の国賊にも、それを仲間だと擁護する愚か者共にもこれ以上興味はない。せいぜい我々の迷惑にならぬよう野垂れ死ねばいい」
クルーエルは鼻を鳴らして両手を頭の後ろで組んだ。
「それもそうですねー。んじゃ、縁が有ったらまたお会いしましょうねドロシー様。次のこのこと私たちの前に姿を見せたら、思わず殺しちゃうかもしれませんけど」
二人は踵を返して広場を去り、雑踏の中に姿を消した。
ふぅ…なんとか無事に収まってよかった。
にしても。
「お前らなぁ〜人が穏便に済ませようとしてんのに殺気ダダ漏れにすんなよー」
「リコが一番殴りかかりそうでしたけど」
「そうじゃそうじゃ。どの口がほざくんじゃ不快じゃのう。ちょっと酒のお代わり買ってくるのじゃ」
「リコ、ダッシュ」
「ナチュラルにパシってんじゃねえ生粋のいじめっ子か貴様ら!自分で買ってこいお金渡すから!でも慌てなくていいから転ばないように気を付けてね!」
「優しさが溢れすぎとる」
「お母さんじゃないですか」
なんておちゃらけてみたけど、ドロシーはうつ向いたまま。
気まずい空気の中、あえて話を切り出してくれたのはミオさんだった。
「差し支えなければ、お話を窺っても?」
居た堪れなくなったらしいドロシーは、無言で立ち上がるとどこぞへと行ってしまった。
「あ、ドロシー」
「アルティ。今はそっとしといてやりな」
「ですが…」
「そうだな…エヴァ、悪いけど追いかけてやってくれる?ゲイルも一緒に行っておいで。ドロシーの獣魔だもんね」
「は、はい」
『…………』
何故このメンツなのか。
今のドロシーには、静かすぎるくらいの人が傍にいるのがちょうどいいと思ったからだ。
さてさて、どこからどこまで話すべきなのか。
とりあえずは他言無用をお願いするところから、かな。
――――――――
『変わらないのは、貴様らエルフの面汚しへの止め処無い怒りだけだ』
『なんでのうのうと生きてられるんですか?って訊いてるんですよ』
頭が痛い。心臓が締め付けられるよう。
足取りが重くてどこを歩いてるのかもわからない。
「はぁ、はぁ…ぅぷ!!」
路地裏の壁に手をついて、アタシは胃の中のものを吐き出した。
酒に酔って同じことをする人が多いのだろう。
誰もアタシなんて気に掛けない。
「げほ…ぉえ…あ…!!」
息苦しい…涙と鼻水で顔が歪む。
けど、つらいなんて思っちゃいけない。
アタシなんかより、あの人たちの方がずっと…
吐くものが無くなって、胃液が口から漏れたときだ。
「だ、大丈夫…です、か…?」
アタシよりも青ざめた顔をして、エヴァがハンカチを差し出した。
「エヴァ…」
ありがとうと一言。
ハンカチを受け取ったアタシの手は、自分でわかるくらい震えていた。
「あ、あの、これ…水、です」
「ありがとう」
「い、いえ」
路地裏の木箱に並んで座る。
エヴァは特に何も言ってこない。
ゲイルも足元で静かにしてるだけ。
気を遣われてるのか、単に話し下手なのか。
だけどこの沈黙が心地よかった。
少しだけ心が軽くなって、アタシは口を開いた。
「アタシがロストアイの第二皇女で、アタシの親が国の滅亡のきっかけになった話は聞かせたわよね」
「あ、は、はい」
「今さら付け加えて話すこともないんだけどね。独り言だと思って聞いて。さっきのあの二人…アゥ=ア=オーサギ=ランガと、クゥ=ル=フー=エルカムロ…アウラとクルーエルは皇室直属の近衛兵――――森羅騎士団の隊長と副隊長だったのよ」
国防の一手を担う皇国の最高戦力。
父と呼ぶのも憚れる男と、それでも愚かに男を愛し続けた母によって滅亡の一路を辿った皇室に反旗を翻した者たち。
「クーデターの首謀者。いいえ、きっと国民にしてみれば革命の英雄ね。彼女たちのおかげで、多くのエルフは救われたんだから。たとえ彼女たちが父だった男を処刑した張本人だとしてもね」
言葉を選ぶのに迷うエヴァに、アタシは気にしなくていいわと言った。
「処刑されて当然だもの。アタシ自身なんの愛着も無いし、恩なんて感じたこともないわ」
男妾との不適切な関係によって産まれ、皇族であるが故に人間の血が混じったアタシは冷遇された。
臣下はおろか、国民の誰一人、アタシを見ようともしなかった。
そんな原因を作った男を、今さらどうして気にしようか。
「恩というなら姉さんには感じてるわね。ずっと面倒をかけ続けてきたわけだし。本人はなんとも思ってないでしょうけど」
「い、いいお姉さん…なんですね。私も会ってみたいな…」
「ええ。姉さんに紹介するわ。アタシの最高の仲間たちって。尤も…いえ、なんでもない」
アタシはその先の言葉に詰まった。
言えるわけない。
言っていいわけない。
こんな穢れた血の女を、あんたたちが仲間と思ってくれるなら…なんて。
唇を噛んでギュッと拳を作る。
すると、エヴァはアタシの肩を自分の方へ抱き寄せた。
「なに…?」
「ごごごごゴメンなさい…な、なんか、つらそうにしてたので…。あっあの、リコリスちゃんなら、こうするかな…って。あの、い、嫌なら離して切腹しますゴメンなさい私ごときが調子に乗りました…!」
本当…あいつの周りにはいい女が集まること。
私は甘んじてエヴァに身体を預けた。
「ちょっとだけ、このままでいさせて」
今はただ、この時間が心地良い。
ありがとう…
――――――――
「なるほど…事情はわかりました」
ミオさんは怪訝そうに口元に手を当てた。
「種族同士の争いというのは、世界中どこも同じなのですね…。しかし解せないことがあります」
「解せないとは?」
「皇国が滅びたのが百年前。森は今や生物が住める環境になく、エルフたちは世界の各地に散らばったと聞きます」
「なるほど、確かに変な話じゃな」
どゆこと?
「奴ら、ドロシーと関わりがあったということは、エルフの中でも皇室に近しい存在なのじゃろう。住処を失い流浪の民となった者もいるじゃろうが、何故そのような連中が、皇国に異変が起きたこのタイミングで現れる?」
「ああ、そう聞くと確かに違和感はあるな」
「ただの偶然ではないのですか?」
「偶然で片付けてしまえばそれまでじゃろうがな。下手な勘繰りなのは否定せぬ。じゃが、長生き故の勘というのは確かにあるものでのう。特に嫌な予感というのは当たるものなのじゃ」
「滅びた国の異変にエルフ…気にはなるけどね」
師匠はミオさんたちについて行く気でいるし、やっぱり私もそうしたい気持ちはある。
けど大事なのはドロシーの意思だ。
「そなたの考えもわかる。ドロシーの気持ちを無下にせよとは言わぬよ。そこで提案なのじゃが、妾だけでもミオたちに同行するわけにはいかぬか?」
「師匠だけ?」
「うむ。どうにも気掛かりでの。何事も無ければそれでよし。旧知の仲というのもあるしのう」
「私共は心強く思いますが、リコリスさんよろしいのですか?」
師匠の意思だ。
尊重しないのは私の流儀に反する。
お前は私の女だろ何離れようとしてんだ、って言いたいのは山々だよ?
でもそんな小さい女じゃないもんでね。束縛しないことには定評のあるリコリスさんだ。
「ミオさん、出発はいつ頃ですか?」
「明日の朝には皇国への到着を予定しているので、今日の夕方…もう少ししたら村を発ちます。元々物資の補給に立ち寄ったものですから」
「そっか」
ドロシーを説得して一緒にっていうのは難しそうだな。
まあ、とりあえずは師匠がついてれば大丈夫か。
「わかった。じゃあ師匠、ミオさんたちのことは頼んだよ」
「うむ。ワガママを言ってすまぬな」
「気にすんな。何かあったら【念話】で連絡して。ミオさん、皆さん、師匠のことよろしくお願いします」
「こちらこそ」
しばらくして、私たちは師匠を含めた人魚の魔眼の四人と別れた。
ドロシーと合流したのは、それから数時間後。
村がすっぽりと宵闇で覆い被さられた頃のことだった。
「そう。テルナが」
村の外れで火を起こし、私はドロシーに大まかな説明をした。
ドロシーは落ち着きを取り戻した様子で、師匠がミオさんたちに同行したのを聞いた。
「ゴメンなさい。アタシのことを思っての判断なのよね」
「まあね。ってわけで、私たちの今後のパターンは二つだ。ミオさんたちの後を追うか、皇国へ続くルートを迂回してディガーディアーを目指すか」
「アタシ次第ってこと?」
ドロシーの判断次第…と言うには少し違う。
何故なら、元々は後者のつもりでいたからだ。
森が立ち入り禁止な以上、突っ切るという手段は取れず、数日かけて大きく迂回するルートを選ぶことになる。
今回はたまたま、前者という選択肢が増えたにすぎない。
ぶっちゃけ師匠に関しては何の心配もしてないから、ドロシーが行かない方を選んでも気に病むことはない。
「……テルナのことはもちろんだけど、森のことも気にはなるの。でも…」
「自分にそんな資格があるのか…そんな顔をしていますよ」
アルティの言葉に、ドロシーはまた言葉を詰まらせた。
「だって…だってそうでしょ?アタシは穢れた血の子…国を滅ぼすきっかけになった皇族の一人なのよ?国も民も見捨てておいて、今さら国のことを気にかけるなんて、いったいどの口が言えるっていうの?アタシは…」
「……ま、ゆっくり決めればいいよ。どうせ明日には出発するんだから。どうするにしても私たちは前に進むわけだしね。くあ…ぁ、今日はいっぱい飲み食いして疲れたし、さっさと休もうぜ。おやすみー」
「ぁ…」
何か言いかけたドロシーを尻目に、私は馬車に戻った。
「リコ」
少ししてからアルティがギシッと音を立てて馬車に乗る。
「きゃーなんだなんだ夜這いかぁ?いやんえっちーでもいいよおいでー♡」
「知りたくないですか?自分の口の容量って」
「ちょいちょいちょいおふざけだから口に氷詰め込もうとすんな。人生の半分を刑吏に捧げた拷問官かお前は」
「ドロシーのこと。なんで一緒に行こうって誘わないんですか?」
「誘ったらドロシーの意思とは関係なく行くことになっちゃうだろ。今まで私が女の子に無理強いさせたことあったか?」
「……一度や二度はあったんじゃないですか?」
「あったかもしれんけども。基本的に旅路は私の気まぐれで選んでるけど、今回の件に関しては決めるのはドロシーだよ。行くにせよ行かないにせよ、ね」
「ドロシーの過去を知っていて選ばせようとするんですから、酷い女ですよリコは」
「ニッシッシ。そう呼ばれるのも悪くないな。ま、どんな道を選んだとしても、後悔させないようにするのが私の役目だよ」
そんでもって、何があっても悲しませない。絶対に守る。
私の女に曇り顔は似合わねえ。
「リコらしいです。まあ、そんなリコに惚れたわけですけど」
アルティは髪を耳に掛けてそっと唇を重ねてきた。
「ドロシーのこと、ちゃんと守ってあげてくださいね。私の大切な仲間なんですから」
「言われるまでもねえよ」
私たちの夜は更けていく。
同じく、ドロシーは選択を迫られる。
いっぱい考えればいいよ。
私が、私たちがドロシーの傍にいるから。
――――――――
「まさか物資の調達ついでにドロシー様に会うなんて、想像もしてませんでしたね隊長」
ケラケラと笑うクルーエルに、アウラは無言を貫いた。
「殺気ダダ漏れ。全然抑えられてないですよー?クスクス、本当ならあの場で切り刻んでやりかたったでしょ?」
「興味は無い。あれはもう我らの怨敵にすらなり得ない。人間の世界で堕落し続け、人間に飼い慣らされてきたただの木偶…いや、ただの屍だ」
「おっかしいこと言うんですねー。屍だろうとゾンビだろうと、目に映る敵は徹底的に排除するのが私たち森羅騎士団じゃありませんか。そんなんじゃ"天断"の名前が泣いちゃいますよ?ま、あの女皇が与えた名前を大切にしてるかどうかは別の話ですけど」
「今日はいつにも増して饒舌だな」
「ええ。久しぶりに昂ぶっちゃって仕方ないです。あーあ、やっぱりあそこでブチ殺しておけばよかったかな。一緒にいた子たちも斬り甲斐がありそうだったし」
月が高く上る下で、クルーエルは焚き火を前に剣を抱いて笑った。
「同胞の仇を斬れたら、あのキレイな顔を血と涙でグチャグチャに出来たら…。クスクス…あーヤバいです。滾ってきた…ねえ隊長、ちょっと相手をしてくださいよ」
「貴重な血を戯れ事で流させたくはない。どうしてもと言うなら、その辺のもので我慢しろ」
「クスクス、はーい」
スッと立ち上がり、身震いするほどの邪悪な笑みを浮かべた次の瞬間には、彼女たちの周囲で血飛沫が上がった。
ゴトリと重い音が五つ。
大型の魔物の首が地面に落ちた。
「あー…全然ダメです。この疼きはもう…」
人を斬らなきゃ収まりません。
クルーエルの言葉に、アウラはため息をつき、その場から逃げ出そうとする最後の魔物の首を刎ねた。
剣を抜く動作はおろか、立ち上がることすらせず。
「ああ。私もだよクルーエル」
脳裏に憎き皇族の血統を思い。
猛る血潮のままに雄叫びを森に響かせた。
獣の如く。轟々と。
――――――――
その夜は、マリアとジャンヌに挟まれて寝た。
アタシのことを気遣ってのことだろう。
なんて優しい子たち。
そんな二人を起こさないよう、そっと馬車を降りた。
物音を立てず静かにゲイルを起こす。
「ゲイル、ゲイル」
『…………』
眠たそうに角が動く。
「お願い。私を乗せて森まで飛んでほしいの」
『アルジサマ、モリ、イク?』
「ええ」
これはアタシの勝手だ。
みんなを巻き込む必要はない。
ちょっと様子を見て帰ってくるだけ。
だから誰にも言わなくていい。
大丈夫。すぐに帰ってくるから。
「勝手はリコリスさんが怒りますよ」
不意に聞こえてきた声が、アタシの身体を震わせた。
「シャーリー…」
「失礼。職業柄、気配には敏感で」
「お願い。行かせて」
「私の一存ではとても。皆さんに心配をかけまいとしての行動なのでしょうが、ドロシーさんを一人で行かせたとなれば、私もリコリスさんに叱られてしまいますから」
リコリスへの敬愛を裏切るわけにはいかないと、シャーリーは物音一つ立てずに私の背後へ回った。
細い指がアタシの手に触れる。
「リコリスさんも、私たちも、ドロシーさんの選択を迷惑とは思いません。力になれることがあるなら、私たちを頼るべきです。たとえどんな負い目があろうと、ここにいるのはあなたを好いている方々なのですから」
自分もまた、暗殺者として多くの命を奪ってきた過去がある…シャーリーの言わんとしてることはわかる。
でも、シャーリーもまたわかるはず。
過去は消えないんだってこと。
「ありがとうシャーリー。…ゴメンなさい」
「…!」
シャーリーは頭を押さえてよろめいた。
「なに、を…」
「無味無臭の睡眠薬よ。シャーリーにもわからないなら、アタシの腕も大したものね」
「睡眠薬…いつの間に…」
「薬を使う魔女相手に風下に立つのは悪手だったわね。朝にはちゃんと目を覚ますから」
アタシは香水のような小瓶を見せて苦笑いした。
シャーリーはその場に崩れ落ちると、瞼が閉じそうなのを必死に耐えた。
「ドロシーさん…ダメです…」
「心配しないで。絶対戻ってくるから。リコリスやみんなにも伝えておいて。アタシは皇女として見るべきものを見てくるって」
アタシはシャーリーの瞼に手を添えた。
風邪を引かないように毛布をかけて。
「行きましょう、ゲイル」
『ウン、アルジサマト、イッショ』
ゲイルの身体が光り輝くと、一回りも二回りも巨大になって、戦闘に向いた形態へと変化する。
【金剛体】。身体を変化させ、戦闘力と機動力を格段に上昇させるゲイルのエクストラスキル。
アタシ一人を乗せて飛ぶなんてこと朝飯前だ。
「ゴメンなさい、リコリス」
帰ったらいっぱい謝るから、と。
アタシたちは夜空を飛んだ。
あけましておめでとうございます。
昨年は当作品をご愛読いただき、まことにありがとうございますm(_ _)m
本年も変わらず作品を書き続けていけるよう精進いたします。
また昨年末に開催した応援企画として、該当するキャラクターを作品に登場させていただきました。
ご応募いただいた方々に感謝を込めて、作品の中で活躍させていこうと思います。
つきましては、再び年始企画として、同じ内容の企画を開催したく存じます!
感想、又はレビューのどちらかを書いてくださった方の、こんなキャラを出してほしいという要望を叶えます。
感想、又はレビューの欄に、作品の感想とキャラの名前と性格、こうしてほしいという設定を記入してください。(漏れを防ぐため、感想は今ページにお願いします)
期限は2023年1月7日23:59まで。
年末企画に応募していただいた方々も含み、どなた様でも歓迎です。
お一人様につき一キャラ、二次創作、規約違反に引っ掛かるような過度なセンシティブな内容は遠慮させていただきます。
どうか再び、皆さまの力で作品を盛り上げてくださいますようお願いします。




