幕間:百合よ悲劇たることなかれ
大人組でお酒を交わしているとき。
「みんなってぶっちゃけ何フェチ?」
ほろ酔いのリコがアホみたいなことを言い出した。
「んで、どうなんだよー。アルティから言ってけ」
「フェチですか…。何か挙げろというなら声…ですかね。耳元で囁かれたりなんかしたらドキドキしますよ」
「ほーん。アルティ私の声超好きだもんな」
否定はしませんけど腹が立つ。
好きですけど?それがなにか?
「ドロシーはどうですか?」
「アタシはそうね、胸かしら」
「無い物ねだりすぎて笑うぐあああ目に薬塗られたァ!!」
「昔から姉さんのあの巨乳に抱かれて育ったのよ。そりゃ胸好きにもなるでしょ」
「メロシーさんマジでおっばいデカいもんな。ドロシーはその恩恵を微塵も受けてないけどぐあああ目により刺激の強い薬がァ!!!」
口が災いを呼びすぎる女。
「ぬおお…じゃあ師匠は?何フェチ?」
「血じゃな」
「おお…吸血鬼の模範解答だな」
「血と一言で言っても色も香りも味も違うからのう」
「ワインみたいに言うじゃないですか」
「似たようなものよ」
「そういえば、血は乙女の方が美味しいみたいなのが物語だとよく見るわね。そこのとこどうなの?」
「昔一時流行った風潮じゃな。所詮は個々の好みよ」
「師匠味とかわかってなさそうだもんな」
「人を粗野呼ばわりするでないわまったく。シャーリー、そなたはどうじゃ?」
「考えたこともありませんが、その人のどこを最初に見るかと言われれば目でしょうか」
これまた質問の模範的な解答だ。
「目を見ればその人がどう動くかだいたいわかりますし。一番その人を読みやすい部位ではありますね。エヴァさんはうつむき気味なので、目で考えを読むのは難しかったりしますけど」
「ご、ゴメンなさい…。人と目を見て話すの苦手で…あの…」
「エヴァさんは人のどのようなところに惹かれますか?」
「あ、えと…笑顔…とか」
あら可愛い。
「今の今まで人に微笑みかけられたことって無かったので…」
「これからは私たちがいっぱい微笑みかけたろ!」
「ズッ友ですからね!」
「近っ近い…ぁばばばばば」
「フフフ。ではリコリスさんは?」
「そうよ、言い出しっぺがまだじゃない。どうせあんたは顔でしょうけど」
「んーそれはそうなんだけどさー。てか女の子ってだけで匂いから毛穴まで全部好きだし。でも強いて挙げるなら断トツで尻かなぁ」
「あら意外」
「お、お尻…」
「乳もいいけど、二択なら尻だな。プリッとした尻とか顔埋めて深呼吸したくなるわー」
何の話ですか。
「ほう、ならば座ってやろうではないか。こっちへ来るのじゃ」
「マジかよ興奮するな。ちょっと横になるから一人ずつ顔座ってヘイカモン」
「酔いすぎですよ。そろそろ寝たらどうですか」
「バカヤローまだ全然酔ってねえってんだよー。フヘヘへ、グビグビ……ういー、ひっく。アルティいいケツしてんなーちょっと引っ叩いてやるから突き出してこいよ」
「寝なさいバカリコ」
叩くならベッドで…ゴホン!!
まったく、子どもには聞かせられない話です。
けど結局、お酒の席って下世話な話が盛り上がるんですよね。
――――――――
著書、サリーナ=レストレイズの手記より。
師匠がリコリスさんたちと旅立ってから、私は師匠の家をそのまま使わせてもらっている。
いつ帰ってきてもいいように掃除を欠かさない。
心なしか師匠がいたときよりも空気が澄んでいる気がする。
閑話休題。
彼女たちが出発してから起こった、彼女たちにまつわる出来事と、私に起こった事件を書き記しておこう。
まずはリコリスカフェ。
リコリスさんがオーナーを勤めるこのお店は、開店してすぐ広い王都の中でも頭一つ抜けた営業成績を叩き出し、連日長い行列を作っている。
料理の質、提供速度、接客、どれを取っても他の追随を許さないばかりか、デリバリーという画期的なサービスでの料理の提供が、日々忙しい王族や貴族の方々に良く受け止められているらしい。
あの女王陛下が週に二度三度は利用するくらいに。
毎日忙しいだろうけれど、そこはさすがプロといったところで。
「先生の料理を広く知っていただくため、日々精進しています」
とは、新聞社に取材を受けたワーグナー店長の談だ。
それと店の繁盛とは別に、店の制服にも注目が集まっている。
シックかつ気品を漂わせる前衛的なデザインの制服。これを作ったのはいったい誰だという話で、専門家たちは沸いた。
これはリコリスさん監修の下、シャーリーさんが一から手がけたオリジナルなんだとか。
同じ制服を着てみたい、違うデザインの服もみてみたいという声が後を絶たず、近いうちにアンドレアさん経由でリコリスさんたちに連絡がいくことになった。
型紙やデザイン案を流通させることで、新たなアパレルブランドの立ち上げも検討されるとのこと。
衣と食をこんな短期間で王都に発展させていってしまうなんて、我ながら末恐ろしい人たちと知り合ったものだ。
貴族たちの間では、あの店で食事をするのが一種のステータスになっているというのだからおもしろい。
しかしあまりに人気店なので、気軽には行きにくくなってしまったのが少し残念なところ。
と思っていたら、年内には二号店、三号店を随時オープンの予定なんだとか。
相談役のアンドレアさんは、今では自分の商売そっちのけで経営陣として立ち回っている様子。
食事処だけでなく、薬屋に服屋…近い将来、王都ヴェスタリアは彼岸花のマークで染まることだろう。
それはそれとして…
「サリーナ=レストレイズ」
「はひ…」
「エヴァ=ベリーディースはどこへ行った」
「あ、あの…その…」
師匠が勝手に王都を離れたことで、女王陛下は怒っていた。
ただでさえアルティさんという前例があるのに、更にもう一人の大賢者まで連れ出すなんて、と。
無断というのももちろんあるけど、大賢者は本来国防を一手に担う国家級戦力。他国への抑止力に該当する。
それが国の中心を離れるということが、どれほどの意味を持つかは言うまでもない。
アルティさんは一応いずれ旅に出ることを条件に大賢者になったらしいし、王国三人目の大賢者に関しては自由奔放すぎて女王陛下ですら制御出来ない。
唯一師匠だけは扱い勝手がまだよかったのに、それをリコリスさんに拐われてしまったものだから、女王陛下はこれでもかとピリピリしている。
「まあまあお母様。こうなることは予想がついたでしょう?なにせあのリコリスさんですから」
「やっていることは王国への謀反甚だしいがな。過ぎたことを言っても始まらぬ。サリーナ=レストレイズ、貴様には奈落の大賢者不在の穴を埋めてもらうぞ」
「ほえ?」
「奴が担当していた地域の魔物の駆除、及び報告、書類の作成とその他雑務。それらを引き継ぐことを命ずる」
「……へ?!!いやちょっと、師匠と私じゃ魔法使いとしての格が違いすぎるというか…あの…女王陛下?!!」
「これも試練だと思え。いずれ大賢者になろう者に与えられる、な」
「だ、大賢者…?私が…?」
「ご存知なかったのですか?エヴァさん、サリーナさんを大賢者にって何度か推薦されていたんですよ?」
王女殿下の言葉に私はポカンとした。
師匠が私を?
「無論今すぐどうこうというわけではないが。今のままでは実力不足だ。まずは経験を積み実績を示せ。それとこれはエヴァ=ベリーディースより、貴様に贈られた二つ名だ」
受け取った書状を紐解くと、そこには"黄昏"の文字が記されていた。
夕焼けと夜。
私と師匠の色が混じった名前。
「いずれこの国を守り立つ者となるよう一層励むがよい。黄昏の魔法使い、サリーナ=レストレイズよ」
「……はい!女王陛下の御心のままに!」
いずれ黄昏の大賢者の名前が世界に聞こえるように。
奈落の大賢者の弟子として恥ずかしくないように。
親愛なる師匠へ。私は頑張ります。
不肖の弟子は、いつもあなたを思っていますよ。
――――――――
旅に出て早一週間。
私ことエヴァ=ベリーディースは、改めて百合の楽園が異様なパーティーであることを認識させられていた。
「エヴァ、チェスの相手を頼めませんか?」
「う、うん…」
銀の大賢者。アルティちゃん。
【七大魔法】という七属性を操れるスキルを持ちながら、氷の魔法に特化した高火力の魔法使い。
リコリスちゃんに負けず劣らずの美貌の持ち主で、辺境伯という家柄に産まれ、また学園を首席で卒業する程の聡明な才媛。
「ぬぁぁぁぁぁぁん!!勝てないぃぃぃ!!もう一回!!もう一回!!」
「ゴメンなさい…初心者なのに十六連勝して…」
ただ、このチェスっていうゲームはものすごく、その…弱い。
人間味があって可愛いところだ。
「あの、そろそろ寝かせて…」
「勝つまで!!私が勝つまでですからね!!一矢報いるまで終わりませんが?!睡眠?!食事?!トイレ?!打ちながらやればいいでしょう!!」
「え、所業が稀代の暴君…」
……在学中ってもっと凛としてなかった?
次にドロシーさん。
「これから苦労するでしょうけど、ま、仲良くやりましょ」
見た目はサリーナと同じくらいのハーフエルフだけど、なんと今は亡きロストアイ皇国の第二皇女。
魔女を自称する薬学の知識に秀でた魔法使いで、百合の楽園の経理の全てを任されているらしい。
「自分で稼ぐ分には何も言わないけど、パーティーの予算に手を付けたら薬漬けにするわよ」
怖すぎる…
逆らっちゃいけない人だ。
本人は戦闘要員じゃないって言ってるけど…
「これ?アタシが調合した爆弾。扱いを間違えたら一瞬で肉片になるから気を付けなさいね(笑)」
(笑)とは。
もうほとんど個人兵器。
「エヴァお姉ちゃん、一緒に遊ぼ!」
「遊びましょう!」
「ぐおぉ…眩しい子たち…」
獣人族のマリアさんとジャンヌさん。
二人は奴隷だった時分を、リコリスちゃんたちに拾ってもらったらしい。
軽く受け止められるような経歴ではないはずなのに、当人たちはそれを毛ほども感じさせないくらい明るく振る舞っている。
この年齢で冒険者なことも驚きだけど、実力は折り紙付き。
百合の楽園の頼れる妹たちだ。
「お姉ちゃんこっちこっちー!」
「キャハハハハ!」
「待っ、ごひゅっ、おひゅっ…!!ばっで……ぉ゛っ!!ぜーぜー…ボルロロロロロロロロ!!!」
体力無尽蔵すぎて下手に追いかけっことかすると吐くけど。
吸血鬼のテルナさん。
歴史の教科書に名前が載るような大物で、自他共に認める世界最強の一柱。
「おおエヴァよ。どうじゃ、旅には慣れたか?環境が変わると何かと不便じゃろうが、困ったことがあれば妾を頼るとよいぞ」
当初こそ気後れしていたけど、いざ話してみるとこれがとっつきやすい。
長く生きているだけあって態度の柔和に寛容で、話題も豊富で一緒にいて心地いい。
半魔人の私に対しての理解が一番あるのもこの人だ。
そういえば加護持ちなんだっけ。
「テ、テルナさんも加護持ちだって、リコリスちゃんから…」
「うむ。妾の加護は最高神ゼウスより与えられしものじゃ。とはいえ位階の高さだけで言えば、混沌神カオスの方が上じゃがな」
「原初神…でしたっけ…。神を束ねる神の話…」
「よく知っておるのう。そんなもの今は伝承の中の話じゃろうに」
「ほ、本読むの好きで…」
「感心じゃな。尤も神の格付けなど、信仰心の厚い人間くらいしか信じておらぬがな。神は神じゃよ。そなたも神に力を与えられたからには、与えられし役目というものがあるのであろう。リコリス共々道を違えぬよう心がけよ」
リコリスちゃんが師匠と呼ぶだけある。
この人の倫理観は卓越してる。
さすが悠久を生きる吸血鬼の真祖。
「おい師匠また勝手に酒飲んだだろ!あのワインは料理用だから取っとけって言っただろーがよお!」
「知らぬもん妾じゃないのじゃ!違うったら違うのじゃー!」
「うるせえのじゃロリ!!その可愛い口から芳しいぶどうの香りが漂っとんじゃ!!」
普段はめちゃくちゃリコリスちゃんに怒られてるけど…うん、頼りになる…はず。
そして、シャーリーさん。
この人はなんていうか…最初に会ったときからずっと怖かった。
ただの人間。なのに、血の匂いが尋常じゃなくて。
「ああ、じつは私暗殺者なんですよ」
「暗殺者…あばばばば」
「元、ですけどね」
シャーリーさんは手早く服を織りながら、リコリスちゃんの仲間になった経緯を語った。
「紆余曲折あれど、結局はリコリスさんに惚れたというだけのことです。私を受け入れてくれたあの方に報いるために、私は私の技を使うことを決めました。不殺の誓いを立てて。エヴァさんとしては、やはり私を怖いと思いますか?」
「少しだけ…。でも、リコリスちゃんが選んだ人が、悪い人なはずない、から…。わた、私も…シャーリーさんと仲良くなりたい…です」
「フフッ、私もです」
今はこうして糸と針を手繰る時間が気に入っています、そう微笑むシャーリーさんの横顔はとても穏やかだった。
虫を殺したこともないようなくらい上品で。
見た目とのギャップが一番あって、私なんかがだけど可愛いとまで思ってしまう。
「ところで」
「はい?」
「今後作る服のために採寸をしたいので、脱いでもらえますか?すぐに」
「は、はい。…………はひっ?!!」
「百合の楽園の服飾担当としての仕事なもので。さあ」
「ひぃ?!」
「さあ」
「た、助けてえええええええーーーー!!」
めちゃくちゃ剥かれて、めちゃくちゃ測られた…
やっぱりこの人……超怖い……
百合の楽園は、良い意味で常識とはかけ離れたパーティーだ。
個々の強さも然ることながら、旅の快適さが尋常じゃない。
リコリスちゃんが作るご飯はおいしいし、お風呂も洗濯も困らない。
通常は一人か二人付けるはずの寝ずの番も必要としない。
快適なのは悪いことじゃないけれど、ここまでやることが無いと、私の存在理由が無くなってしまう…
元からあるのかどうかは疑わしいけど…と、深夜焚き火の前で私は考えた。
「なーに難しい顔してんだよ」
「わあっ?!」
顔を覗き込まれて、驚いた拍子に後ろに倒れてしまう。
リコリスちゃんは大丈夫?と私の手を引いた。
「ゴメンゴメン。驚かす気は無かった」
「こ、こっちこそ大袈裟にしてゴメンなさい…。あ、あの…リコリスちゃんはなんで起きて…?」
「一人で寂しくしてる女の子の気配を感じてね」
ドヤ顔可愛い…好き…
「どしたー?ホームシック的な?」
「い、いえ…そんなのじゃなくて…。私の役割についてというか存在意義についてというか…」
「ほうほう?よくわからんけど」
へ?顎クイってされた?
「私の女ってだけじゃ不満か?あ?」
「――――――――ッ!!!ぜ、じぇんじぇん不満じゃないれふ…」
圧倒的美形の顔面破壊力ぅ…
爆発しちゃう…
「なんて冗談はさておき、私はみんなに役割を求めてるわけじゃないし、傍にいてくれるだけで幸せだよ」
一緒に旅をして、その中で何かやりたいことを見つければいい。なりたい自分になればいい。
リコリスちゃんは私に寄り添いながらそう言った。
なりたい自分…か。
「それなら私は…リコリスちゃんのお嫁さんになりたいかな…」
…………はっ!!
「あ、いや、これは違くて…その…!!」
「エヴァ…不意にドキドキさせんのズルくない?」
いやリコリスちゃんのその照れ顔の方がズルい…
いつもはカッコいいくせに…もっともっと好きになっちゃうよ…
誰もいないこの時間。
少しはワガママになってもいいかな…
「今日は…眠くなるまでリコリスちゃんとお話してたい…です」
「うん、いいよ」
今はただ、ゆっくりでちっぽけな。だけどとっても幸せな時間。
こんな平穏がいつまでもいつまでも続くといいな。
ここまで読んでいただいた方々へ感謝を込めて。
新たな仲間エヴァ=ベリーディースをパーティーに迎え、迷宮探究編は終了となりました。
次の舞台は滅びたエルフの国。
そして技術栄えるドワーフの国へ。
再会があったり、新たな出逢いがあったりします。
大人の階段を登り一層百合度を増した百合の楽園を、今後も応援くだされば一興です。
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年末感謝企画
日頃より当作品をご愛読いただいている皆様に感謝を込めて。
感想、又はレビューのどちらかを書いてくださった方の、こんなキャラを出してほしいという要望を叶えます。
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期限は2022年12月31日23:59まで。
どなた様でも歓迎です。
お一人様につき一キャラ、二次創作、規約違反に引っ掛かるような過度なセンシティブな内容は遠慮させていただきます。
どうか皆さまの力で作品を盛り上げてください。




