33.船出の時
静かな夜だ。
みんなはアイナモアナ最後の夜をはしゃぎすぎて早々に寝ちゃったけど、私はなんだか寝付けなかった。
シャーリーとキスした余韻に昂ぶってるのかもしれない。
「散歩にでも行くか」
街を一人。
みんな寝静まって、昼間の活気は何処へやら。
ラキラキ島で飲んでもよかったんだけど、そんな気分ではなくて。
フラフラと当てもなく彷徨っているうち、私の足が教会の前で止まった。
「そういえば最近お祈りしてなかったな」
敬虔な信徒とはとても言えないが、私は神と浅からぬ仲なわけで、お祈りしないとバチが当たるじゃないけど、たまにこうして近況報告をしたりする。
教会に営業時間があるのかわからなくて、こんな夜中にお祈りに来ましたーなんて起こすのは迷惑だろうと、こっそりと忍び込んで神像の前で目を閉じた。
「リッコリッスちゃーーーーん!!♡♡♡」
「うおお!」
空の上の世界に意識をやるなり、自由を司る女神リベルタスは、猪突猛進の勢いで私にダイブしてきた。
「はー久しぶりのリコリスちゃんだぁ♡いつも可愛いねー♡んーお日様の匂いする♡好き好き大好きだよぉ♡」
「相変わらず激しいな…そういうリベルタスも可愛いよ」
「やーん♡リコリスちゃんに可愛いって言ってもらっちゃったぁ♡嬉しいなぁ♡」
ニヘニヘと締まりの無い顔を見てると、自然にこっちの顔も綻ぶ。
キレイなのに子どもっぽくて、お姉ちゃんみたいな妹みたいな。
ある意味でもう一つの家族みたいな存在だ。
「今回も大変な旅だね。リコリスちゃんたちが頑張ってるの観てたよぉ」
「まあね。でも結構楽しんでるよ。新しい仲間も増えたし」
「フローラの加護が働いてるのかな。リコリスちゃんは元々運命力が強い人だけど」
「ん?フローラの加護?」
……もしかして、フィーナの持ってる加護のことか?
【花の神の加護】だっけ。
「そうだすっかり忘れてた。加護持ちってさ、めっちゃ稀少な存在なんでしょ?それをキスして私にも効果があるようになってるって、じつは結構大事なんじゃないの?」
「うーん、大事は大事なんだけど。今のリコリスちゃんは、じつはもうちょっと別角度で大事になってるかな♡」
はい?
「それってどういう…」
「おお!!そやつが噂に聞くリコリスという奴か!!なるほどなるほど、神にも劣らぬ美しさよ!!」
「やっと直に会えたわね」
「うん、待ってた」
おぉう?
なんかリベルタス以外の神たちが現れた。
それぞれムキムキ髭面のおじさまに、フローラル系のいい匂いがするお姉さんと、無機質なスマート美人さん。
「えっと…」
「儂はアレス!!戦と武の神である!!」
「私は花の神フローラ。フィーナに加護を与えた者よ。一度こうして話してみたいと思っていたの」
「アテナ。技術を極めし神」
「あ、その…はじめましてリコリスです。あの…私、何かやっちゃいまし……ハッ!」
武神に花の神に…技術の神…
そこまで聞いたら神様たちが私に会いに来る理由なんか一つしかねえ!
「そう。リコリスちゃんがね、スキルで創ったスキル…"恩寵"のことなんだけど」
「いやっ!あれはなんていうか…混ぜたら出来たみたいな感じで…」
「いいのよ緊張しなくても。私たちはあなたを責めに来たわけじゃないんだから」
「へ?違うの?」
何を勝手に神の名前使っとんじゃとか、この加護おめーのじゃねーから、みたいなことじゃない?
ヤキ入れられるんじゃないかってドキドキしてるよ?
「私の加護があなたにも効果を及ぼしているのは、このリベルタスが創ったスキルのせい。神の権能にまで力を及ぼすなんて理外、誰にも予想出来ないもの」
「エヘヘ♡」
「儂らも同じよ!!恩寵などというスキル、神代の歴史から数えても前例が無いものでな!!それを発現させた者がどのようなものかと気になったまでのこと!!ガッハッハ!!どうやら恩寵とは、詰まるところ加護の下位互換のようなものじゃろうが、我らの名を冠しているだけあって効果は絶大じゃ!!まあ上手く使うとよい!!」
「様々な似た系統のスキルを統合し、神の名を冠するスキルへと昇華させた。テルナ=ローグ=ブラッドメアリー、ゼウスが唯一見初めた加護を持つ者の力によって。まったく、どいつもこいつも神のルールを破ってばかりだわ」
神様って大変なんだな。
なんて他人事みたいに思ってたら、アテナが私の頬を挟んで目を覗き込んだ。
「キレイな眼。澄んだ緋色の魂。私、この子のこと好き」
「はひゃあ」
キスされそうなくらい近い。
どストレート好きの威力ヤッベぇ。
無表情なのに圧すごいし何より美しい~。
好きとか言われたら真に受けちゃいますけど?
「ダメだよアテナ。リコリスちゃんは私が最初に目を付けたんだから」
「む…ズルい。それなら私もリコリスに加護をあげる」
「あの、加護ってそんなポンポンあげていいものなの?」
「普通はありえないわね」
「加護を与えること自体は十年から百年の単位で多々あるがの!!我らは気に入った、気がかりな人間に加護を与える傾向が強いものでな!!しかし複数持ちとなると時代に一人いるかどうかじゃろうて!!」
なるほど。
もらえるものはもらうのが私の流儀なんですが…いいですかね?
「恩寵を持ってたら、加護を与えてもあんまり効果は無さそうだけど」
「なんで?」
「恩寵の特性なのかしら。下位互換とは言うものの、同系統のスキルは習得したら統合されるみたいだし、その度に効果が上がるのなら実質加護のようなものでしょう?」
「むぅ…」
あの、ほっぺ挟みながら小難しい話するのやめてもらっていいすか…
「じゃあ、これをあげる」
アテナが指を振ると、とんでもない魔力が私の中に入ってきた。
「なんだ?スキル?」
「【記憶創造】。一度造った物なら、魔力を消費するだけで生み出せるようになるスキル」
「もーアテナったら。リコリスちゃんを甘やかすのは私の役目なのに」
「ダメ。私もこの子好き」
「私の方が好きだもんっ!」
神様のハグあったか〜。
じゃなくて、なんかサラッととんでもスキルもらったが?
これって人が持ってていいやつ?
「まあなんにせよ!!ここまで神と懇意の人間は物珍しい!!今後は他の神々もお主に興味を持つやもしれんの!!」
「声がでけえ…」
「ガッハッハ!!儂の恩寵は戦闘力の増加に加え、あらゆる武器を手足のように扱える!!その力で我が道を行くがよいリコリスよ!!」
「私の恩寵、どんな分野でも達人みたいな技術を誇れる。また会いたい。絶対」
「う、うん」
「私の加護は、人と人との運命の出逢いを司るわ。この先様々な出逢いがあなたを待っているでしょう。けれど道を選ぶのはあなた。どんな選択をしても、後悔しないようにしなさい」
最後にリベルタスが優しく抱きしめてくれた。
「またねリコリスちゃん。私たちはいつでもリコリスちゃんを見てるから。大好きだよ♡」
「うん、私も」
私と出逢ってくれてありがとう。
神様たちに感謝しつつ、私は今日も…今日という新しい日を迎えた。
さて、アイナモアナ公国滞在も最終日。
いやいやドタバタしてたけど、楽しいバカンスでしたな。
「出港は三十分後です。いかがでしたか、アイナモアナ公国は」
「最&高。今度来たら家でも買っちゃおーっと」
「ハハハ、何よりです。まさか滞在中に叙爵するとは、さすがに予想だにしていませんでしたが」
うん、それは私も。
「ところで、そちらの女性は?」
「ドラグーン王国で知り合ったんですけど、こっちで偶然再会して、私たちの仲間になりました」
「シャーリーと申します。以後お見知り置きくださいませ」
「こちらこそ。しかしリコリスさんの周りには、ステキな女性が集まりますね」
私自身がとびきりステキな女なもんで♡
「欲しいものも手に入れたし、お金もガッポガッポだし、思い残すことなく出港出来るな」
「本音は?」
「もう一回ラキラキ島のお姉さんたちに囲まれてぇ〜」
マジで楽しかったもん。
夢にも見そうなくらい。
「リコリスさん」
「わっ、ヴィオラさん!」
ラキラキ島一番のお店、ワンナイトのオーナーのヴィオラさんが、店の女の子数人を引き連れてやって来た。
昼間なのに格好エッチー!
「どうしたんですか?」
「お見送りにね。アンディと、リコリスさんの。これ、餞別のお酒。リコリスさんの好みの甘いものを選んできたわ」
「うっは、やった嬉しい!ありがとうヴィオラさん!」
「また会いましょうね。ステキな出逢いだったわ。お仕事の件、声をかけてくれなきゃイヤよ」
「ウッヘッヘ、ぜひぜひ。いつになるかはわかんないけど」
「約束ね」
チュ、って♡
うひょおセクシー!♡
ほっぺにチュー嬉しすぎだしいい匂いだし何なら唇にしてくださーい!♡
「アローハー!」
「おーナニちゃん!アロハー。ナニちゃんも見送りに来てくれたの?」
「そりゃもちろん。お姉さんたちはうちのお店をご贔屓にしてくれたからね。これお弁当。船で食べてね」
「お弁当!」
「わーいです!」
「アハハ、喜んでもらえてよかった」
「うちの妹たち、さざ波食堂のご飯にハマってたから。私はナニちゃんの可愛さにハマってたけど♪」
「お姉さんて中身はアレだけどカッコいいよね」
アレとはなんだ我名誉子爵ぞ?
怪訝に小首を傾げると、ナニちゃんはこっそりと私に耳打ちした。
「じつは結構タイプだったよ♡」
はい今度来たら抱きまーす。
果汁たっぷりのフルーツ谷間ディップしまーす。
この健康的美少女の皮を被った小悪魔め!!好き!!
みんな見送りに来てくれるの優しいなーなんて、ルンルン気分で乗船準備をしてたら。
「ヒナちゃん、ケイさん」
「アローハ。もう行ってしまわれるのですね」
「寂しくなりますな」
「もっとゆっくりしたいとこだけどね。これでも護衛依頼中なんだ。またいつか、ゆっくりと遊びに来るよ」
「はい。首を長くしてお待ちしております。操を立てたまま」
「いいの?そんな誓い立てちゃって」
「いいんです。リコリスさんは私にとっての太陽のような方ですから。この身が焦げても恋い焦がれ続けますよ」
「ニシシ、サンキュヒナちゃん。そんな情熱的なとこも好きだぜ。チュッ」
「まあ……フフッ」
投げキッスにしたのはただのカッコつけだ。
あと、仲間以外に自分からチューしに行くだけの度胸が無かったのもある。
こういうところがヘタレって言われるんだろうな。
ま、完全完ぺき美少女の人間味のある弱点ってことにしておこう。
「おーいお姉ちゃーん!」
「そろそろお船が出ますよー!」
「りょー。ってことで、アイナモアナの皆々さん!大変お世話になりました!」
恭しく一礼して、船着き場から船まで一足で跳び上がる。
「さらば海と夏と太陽の国!またいつか会おう、私を愛した女たち!」
「なにを大仰な」
「変に芝居がかってるんだから。見てるこっちが恥ずかしいわ」
「またまたァ〜♡そんな私のことも可愛いって思ってるく・せ・に〜♡素直じゃねえなあもう♡」
「スベってる自覚はあるようで何よりです」
「好き好き可愛い大好きチュッチュ〜ってしてくれてもいいんだぞ♡」
「リコリス、あーん」
「なになに?あーんぶっふェえ!!苦ァァァ何飲ませたのこりぇ〜……!!」
「対リコリス用処罰道具」
どんな当て字にルビ振ってんだ貴様…
リコリスさんとキスする女の子が泣いちゃうだろこんなん…
「リコリスさん、ジュースを」
「サンキュ…シャーリー…。おいし〜優しい〜好き〜。お前らもこの甲斐甲斐しさ見習えこのやろー」
「冷たくされるのも好きでしょ?」
「大好きじゃ!!でも適度に厳しくしつつ持てる力を最大限活かして甘やかして!!」
「権化すぎる…欲望の」
「あれも欲しいこれも欲しいもっと欲しいもっともっと欲しいそれが私!!ってか師匠は?さっきから全然見ないけど」
「テルナなら船酔いで死んでいますよ」
「まだ出港してないのに?!三半規管お母さんのお腹の中置いてきたの?!」
「お姉ちゃーん!!」
「大変ですー!!」
「今度はなんだー?!」
「魔物出たー!!」
「大きい魔物ですー!!」
「うおおおおお!!イルカ……でかぁぁぁぁぁぁ!!」
「可愛いねー」
「背中乗りたいですー」
「フフッ、楽しそうですね」
「よーしお姉ちゃんに任せなさいっ☆じゃねーよあんなもんに衝突されたら船沈むって!!百合の楽園集合ー!!」
我々に安息の時は無いのかと、さざ波荒波乗り越えて、ドタバタまみれの珍道中。
かくして、百合の楽園は新たな仲間を迎え、アイナモアナ公国の旅路を区切ったのであった。
船は洋々、ドラグーン王国へ向けて。
さてさて、次はどこへ行こう。
まあ…運命の出逢いが待っている方に、かな。




