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百合チート持ちで異世界に転生したとか百合ハーの姫になるしかない!!  作者: 無色
海上旅情編

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35/309

29.何も無い女

 キャバクラ、スナック、ラウンジ、ガールズバー。

 正直それらの区別はつかないけど、間違いなく言える。

 そのどれもに差異は無いだろうということ。

 だって…


「リコリスちゃんのっ♡ちょっといいとこ見てみたいっ♡そーれそれそれグイっグイグイっ♡」

「グイっグイグイっ♡」

「ゴクゴク…ぷはー! なんぼのもんじゃー!♡」


 こんなに楽しいんだもーーーーん!!


「キャー♡リコリスちゃんカッコいいー♡」

「もう一回っ♡もう一回っ♡」

「はいっお代わりどーぞ♡」

「アルコールキメて♡アンコールせーのっ♡」

「リコリスちゃんのっ♡もっといいとこ見てみたーいっ♡そーれそれそれグイっグイグイっ♡」

「グイっグイグイっ♡」

「ゴッキュゴッキュ…どーだうぉらぁー!!♡」


 お姉さんたちのコールエグチぃて。

 飲むけども。


「はいっ、フルーツあーん♡」

「リコリスちゃん、私もお酒飲みたいなぁ♡」

「ねーねー♡こっちのお酒もおいしいんだよー♡」

「好きなだけ飲めー♡ハッハッハー♡」


 その場の空気とかテンションとかもあるんだろうけど、こんな風にお金が巻き上げられていくのは怖ぇ…

 【状態異常無効】が無かったら酩酊して全財産ブッパしてたかもしれん…

 楽しいのは本当なんだけどさ。


「あーんテルナお姉様ぁ♡もっと吸ってー♡」

「こっちも〜♡」

「クハハハ、()い娘らよ。もっとこっちへ来ぬか」


 師匠(せんせい)師匠(せんせい)でスキル無しにモテるもんだから、スタッフの女の子たちが自分から血を吸われたがる始末。

 顔良いもんなー。

 てか吸血(あれ)って跡も残らないし、血を吸われるのってそこそこ気持ちいいんだよな。


「楽しんでいるようでこちらも嬉しく思いますよ」

「控えめに言って最高です。将来絶対自分でお店出します」

「ハハハ、それはいいですね。リコリスさんのプロデュースなら、人が大勢集まりそうだ。その際はぜひ一枚噛ませてください」

「あら、景気のいいお話」


 一人の女性が会話に入ってきた。

 

「アンディが連れてくるくらいだからただのお嬢さんじゃないとは思ってたけど、案外大物なのかしら」


 いやエッロ!!

 頭からつま先までトータルでスケベだなこの人!!

 悪魔…淫魔(サキュバス)か!!


「フフ、悪魔を見るのは初めて?」

「え、あ、すみません。めっちゃえっちだなって思って」

「素直な()ね。ありがとう、最高の褒め言葉だわ。私はヴィオラ=マクレーン。このお店のオーナーよ」

「リコリスです、よろしく。アンディって?」

「ヴィオラとは古い付き合いでしてね。こうしてアイナモアナに寄るときは、必ず店を利用するんです」

「あー…(察し)」


 まあ、アンドレアさんいい人だもんな。

 優しめ系のおじ様で清潔感あって普通にモテそうだし。

 何よりお金持ちだし。


「アンディ、私にも彼女を紹介してちょうだいよ」

「彼女は冒険者だよ。類稀なる才媛で、私を相手にして一切怯まない豪胆さを兼ね備えた女性だ」

「いやぁハハハ」

「黄金王と呼ばれるあなたが認めるほどだものね。私の目にもとっても魅力的に映るわ。末永くお付き合いしてね、リコリスさん」

   

 うっひょほっぺにチューキターーーー!!♡

 仕草全部色っぺー。

 谷間っていうか大事なとこまで見えちゃいそうなんですけどー?

 でも見させてくれない。

 これが熟練のテクニックってやつか。


「アンディ、ステキなお嬢さんとの出逢いに特別なお酒をご馳走したいのだけど」

「君には敵わないな。リコリスさん、強めの酒があるのですがいかがでしょう」

「強めの酒?」


 ヴィオラさんが持ってきたのは、透明なビンに入った琥珀色の酒。

 それに精巧に作られたグラス。


氷球体(アイスボール)


 ヴィオラさんは【氷魔法】で、グラスの中にまん丸な氷を作った。

 その中に注がれた酒は、芳醇で濃厚な熟成された香りを放ってる。


「これ、ウイスキーだ」

「若いのに博識なのね。ここ数年、ディガーディアーで作られるようになった新しいお酒なのに」


 ディガーディアー?

 知識で検索かけて……ほーん、ドワーフの国か。

 ファンタジー設定だと、ドワーフってお酒好きなんだっけ。

 いつか行ってみたいな。


「それじゃ、この出逢いに乾杯」


 蜂蜜やメープルシロップに似た甘い香りに、若干の木のニュアンス。

 味は思ってたより甘みが無くて、ハッキリ言ってあんまり好みじゃない。

 私が子ども舌なだけなのか、ウイスキー全般がこういう味なのかはわからないけれど。

 てかあっつ、喉灼ける。

 透明感が強いっていうのかな、ガツンとストレートにキいてくる感じ。

 【状態異常無効】が無かったらこの一杯で倒れてたなと、私は一気にグラスを空にした。

 真似しちゃダメだよ☆


「かなり強いお酒なのに、大丈夫?」

「はい。お酒より、ヴィオラさんの美貌に酔っちゃいそうですよ」

「……淫魔(サキュバス)に産まれて四百と七十五……人間に色気で負けたと感じさせられたのは初めての経験だわ」


 お、ヴィオラさんの初体験ゲットー。

 やったね。


「ねえリコリスさん、もしもいつか本当にお店を持つつもりなら相談してね。力を貸すから。手取り足取り…じっくりと」

「エッロ…じゃなくて、はい。そのときはぜひ」


 お酒の席でこそ縁は結ばれる。

 いやはや、人脈が広がるのはありがたいことだ。



 

「リコリスちゃん、また来てね〜♡」

「テルナ様もまたお待ちしてますぅ♡」


 ヴィオラさんたちに見送られながら、私たちは店を後にした。

 結局お会計はアンドレアさんがご馳走してくれる形に。


「これも接待ですよ。今後の付き合いを考えたら安いものです」


 これが大人の飲み会か…

 前世で飲んだことないけどと、酒気を帯びた息を吐いたとき。

 ビュオオオと強い風が吹いた。


「なんだ?」

島風(しまかぜ)ですよ。地形と気候の性質上、この国では毎日0時ちょうどにパルテア島の火山の頂上から突風が吹き降りるんです」

「島風…」

「私はハロハロ島へ戻りますが、お二人は?」

「まだ飲み足りぬのう、と言いたいところじゃが。人の子はもう眠る時間じゃ。今夜は楽しかった。(わらわ)たちも宿に帰るとしよう」

「おお、なんか大人っぽいね師匠(せんせい)

「伊達に千年以上生きておらぬよ」

「じゃ、私たちも帰るか」

「では船でご一緒に」


 最後までお世話になりっぱなしだ。

 いやーいい夜だった。

 お酒おいしかったし、お姉さんたちはキレイだったし、今日はいい夢が見られそうだ。


「……………………」


 なーんて思ってた時期が私にもありましたとさ☆


「いや、あの…」

「こんな時間まで、どこへ?」


 帰ったらアルティが仁王立ちで待ち構えてんだもん悪夢かと思ったわ。


「ちょっと…お酒でも…なんて、ね?」

「ちょっとお酒でも…ですか。それは香水やら口紅の痕が残るようなお店でということでよろしいでしょうか」

「はっ!!」

   

 しまった余韻に浸りすぎて証拠隠滅(ピュリフィケーション)してない!!


「いや、本当にお酒飲んだだけ!! やましいこと何もしてない!! ねっ師匠(せんせい)!!」

「すやぴ」

「おォい!! 眠ること霹靂○閃か!! さっきまで一緒に楽しそうにしてたろ?!」

「リコ」

「マジで!! マジで!! お姉さん方と楽しくお酒飲ませてもらっただけだから!! 浮気とかそういうのじゃないから!! 神に誓う!!」


 まあ…胸の谷間に挟んだフルーツあーんとか、お姉さんが腿の上に零したお酒拭かせてもらったりとか、薄い服からチラ見えする肌とかガン見させてもらったりはしましたけど…

 セーフ!!

 合法!!

 そういうお店だから!!

 性的サービスとかは受けてないからマジで!!


「神に誓う…と」


 お?赦してくれそう?

 よかったぁ…


「なら、弁明の続きは神にすることですね」

「はひゃあ…」


 翌朝まで、私は宿の前に放置された。

 彫像みたいに氷で全身をガチガチに固められて。




「ガクガクブルブル…くしゅっ! なんで南国で凍えなきゃいけないんだ…」

「自業自得でしょ。私たちを置いていくからよ」

 

 いや、君たち寝てたってばよ…


「リコリスお姉ちゃん大丈夫ですか?」

「ギューってしたらあったかくなる?」

「骨が折れるくらいギューってしてくれたまえ…」

「「ギュー!」」

「っしゃあ復活だ! 今日も元気なリコリスさん爆誕!」

「情緒って概念と絶縁してるの?」


 滞在二日目。

 今日はヒナちゃんの家に招待されてる。

 場所はパルテア(とう)だったかな。

 昼前に船を出してもらうとして、それまではどうしようかな。


師匠(せんせい)はまだ寝てるか。まあいいや、そのうち起きるだろ。みんな何かしたいことある?」

「はいはーい! おいしいもの食べたい!」

「私は本屋さんに行きたいです!」

「私は特に」

「なら、マリアとジャンヌはアタシが面倒見てるから、あんたたち二人で冒険者ギルドに行ってきなさい。この島に支部があるらしいから」

「ギルドに? なんで?」

「フライングサーモンとデビルオクトパスの魔石があるでしょ。顔見せついでに売却してきなさいって言ってるのよ」


 なるほど。


「んじゃ行くかアルティ」

「はい」


 ……もしかしてわざと二人きりにした?

 ドロシー…いい女やん…


「ここか」


 アイナモアナ公国冒険者ギルド。

 この国唯一のギルドだ。

 外観は歴史を感じさせる白い石造り。

 中も開放的で、ギルド特有のむさ苦しい感じが全然無い。

 けど、なんかバタバタしてる?


「こんにちは。すみません、魔石を売りたいんですけど」

「ア、アロハ。冒険者ギルドへようこそっ。ギルドマスターのケコア=ケコアと申します。ゴメンなさい今すごく立て込んでいて、通常の業務は全て停止しているんです」


 金髪褐色のお姉さんのケコアさんは、慌てた様子ながら私たちを応対した。


「何かあったんですか?」

「そ、それが…」


 なんだかただ事じゃなさそう。

 察したアルティは自分のギルドカードを提示した。


悪魔(デーモン)級冒険者…アルティ=クローバーさん、しっ、(しろがね)の大賢者様?!!」

「よければ話してください。何か力になれるかもしれません」

「じ、じつは…昨夜未明、大公様のお屋敷が何者かに襲われて…」


 襲われたとは、何とも穏やかじゃない。

 それもこんな平和な国で。


「被害は?」

「見張りの衛兵が4名殺害され…使用人を含めた38名が重軽傷を…」

「死亡者まで出てるのか…」

「何者かと言いましたが、相手は?」

「使用人の証言によると、一人…」


 それを聞いて、ある人間の顔が頭をよぎった。


「美しい女性だったということです」


 


 ギルドマスター、ケコアさんから話を聞いた私たちは、一度合流してすぐにパルテア島に向かった。

 船着き場も混乱してたけど、船頭さんにヒナちゃんからもらった招待書きを見せると、すんなりと船を出してくれた。

 まだ寝てる師匠(せんせい)と、サイズの関係で船に乗れないウルはお留守番。


「リゾート気分が台無しね」

「言ってる場合でも無いようですが。ところでリコ」

「ん?」

「今回の件、何か心当たりでも?」

「なんで?」

「先程からうわの空のようなので」


 察しがいいことで。

 私はみんなに、船でシャーリーを見かけたことを話した。


「シャルロット=リープ…暗殺者ギルド…。何故もっと早くそれを言わないんですか」

「言う必要無いって思ったから」

「あれは殺しを生業にする狂人です。野放しにする危険性を予想出来なかったとは言わせません。たとえその場で何もしなくとも捕縛するのが道理でしょう」

「それは…」


 私は言い澱んで目を伏せた。


「暗殺者がこの国にいて、大公の屋敷が襲われた。タイミングが良すぎる。無関係じゃないことは確かだと思うけど。相手はあのシャルロット=リープ…油断は出来ないわ」


 隣のマリアがクイクイと裾を引っ張った。


「お姉ちゃん、暗殺者って何? 悪い人なの?」

「ぁ…」


 すぐに言葉が出ない。

 悪いに決まってるのに。


「悪い人ですよ。どんな理由であっても、人殺しを正当化する理由にはなり得ないのですから」


 そう。

 そうなんだ。

 だから、本当ならあのときシャーリーを捕まえておくべきだった。

 だけどそうしなかった。

 何故なのかは自分でもよくわからない。

 もしも事件の犯人がシャーリーなら、それを見過ごした私にも責任がある。

 灰色の暗殺者を思いながら、船はパルテア島に到着。

 島はあちこち騒がしく、島民は不安そうな面持ちだ。


「クンクン…果物の匂いする」

「そりゃそこら辺で売ってるんだしそうでしょ。そのヒナって子の家はどこなの?」

「さあ。ちょっとその辺で訊いてくる」


 衛兵さんとかならわかるかな。


「すみません、ちょっとお訊ねします。この辺でヒナっていう子の家を知りませんか?」

「なんだって?」

「えっと…ヒナ=マハロっていう子の」


 ピーーーー

 え?なんで笛鳴らしたの?

 剣と槍持った衛兵たちに囲まれてんの?


「怪しい奴め!!」


 …………はい?




 ――――――――




「くー…くー…ふがっ!」


 ん、もう朝…いや昼か。


「なんじゃリコリスが捕まった夢を見たが…さすがのあやつもそんなことあるまい…」


 今日は確か何とかという娘に招待されているとか言っておったし。

 もうおらぬということは…置いてけぼりにされたか。

 まあよいわ。

 (わらわ)はこのまま二度寝じゃ…


「すやぴ…」




 ――――――――




「おいコラ出せコノヤロー。こんな超絶美少女捕まえて良心が傷まんのかこらー」


 そんでなんで私だけなんじゃ。


「静かにしていろ。お前には大公様襲撃の件で話を聞かせてもらう」

「だーから私らもそれを調べに来てるんだって。ちゃんとギルドから依頼受けてんの。ドゥーユーアンダスタン?」


 くっそ無視しやがって。

 こんな檻くらいいつでも抜けられるんだけど、そうするとまたややこしくなりそうだしな。

 

「し、失礼します! 衛兵長! 大公様がお見えに!」

「なに?」


 ん?

 大公様って…


「お、ヒナちゃんじゃん。アロハー」

「貴様! 大公様になんて無礼な!」

「いいのです。彼女は私の友人。無礼があることは許しません。すぐに檻の鍵を開けなさい」

「し、しかし!」

「開けなさい」


 衛兵たちはヒナちゃんの一瞥に縮み上がった。

 小一時間ほどの監禁だったけど、なかなか窮屈だった。


「手荒な真似をしたそうで、大変申し訳ありませんでした」


 深々とお辞儀をされたけど、事情が事情だしね。

 大公…この国の君主であるヒナちゃんが襲われて、そんなときに知り合いを名乗る見ず知らずの私。

 怪しまれるのは当然といえば当然だ。

 ご飯抜きとか暴力に訴えた尋問とかされたらブチ切れてたけども。


「くぁーシャバの空気うんまー」

「おかえりなさい前科も…リコ」

「貴様今前科持ちって言おうとしたろ。あ、この子ヒナちゃん。大公様なんだって」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。あの、平気なんですか?襲われたと聞いていましたが」

「なんとか。家の者が守ってくださったので…。ここではなんです、ひとまず屋敷の方へ」




 高台に建てられた屋敷へと案内された私たちは、あちこちの荒れた形跡を目にした。

 そこかしこに血の跡も残ってる。

 使用人たちの空気も重々しい。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 片眼鏡をしたTHEみたいな執事さんが出迎えてくれた。

 左足を怪我してる。


「ただいま。皆さん、こちらはケイ。屋敷の執務全般を担ってくれている私の執事で、元魔狼(フェンリル)級の冒険者です」

「お見知り置きを。さあ中へ。今お茶を淹れますので」

「そんなお構いなく。皆さん大変でしょうから。ドロシー、薬を」

「ええ」


 木箱にいっぱいに詰めたポーションをお土産代わりに渡す。


「使ってください、彼女が作ったポーションです。エルフ自慢の調薬なので、効果は保証します」

「これはこれは…感謝に堪えません」

「ケイ、すぐに怪我人に」

「ハッ」

「ヒナちゃん、私も行くよ。少しだけど回復魔法を使えるから」


 怪我人を寝かしてある部屋を回り、私とアルティは負傷者の手当てに勤しんだ。

 ポーションで傷を癒やし、【聖魔法】の回復(ヒール)で体力を回復する。

 中には毒に倒れている人もいた。

 解毒(アンチドート)回復(ヒール)を重ねがけして、症状は回復したけど…


「リコリス様、ドロシー様、家の者を救ってくださり…ありがとうございます」


 ケイさんは感動した面持ちで私たちに頭を下げた。


「これで怪我人は全員ね。切り傷と刺し傷が主…ナイフに針、毒も使われてる。あいつと得物が同じね」


 私とドロシーの見解は一致してる。

 確かにこれはシャーリーの手口と同じだ。

 ひとまずこっちは一段落と、ヒナちゃんに話を聞くことした。




「真夜中の、ほんの一瞬のことでした」


 その人物は、まるで獣のようだったとヒナちゃんは言う。 

 速くしなやかで、また強く、並み居る衛兵たちを蹂躙したと。


「私を護ろうと、多くの者が傷付き命を落としました…」

「恥ずかしながら、私もまるで歯が立たず。寄る年波には勝てないものですな」


 元って言っても、魔狼(フェンリル)級なんて相当腕が立つ人なんじゃない?

 こっそりステータスを見てみたけど、【剣術】と【格闘術】を併せ持った純粋な戦士っぽいのに。

 現場にこれが…とケイさんは布に包んだものを見せてきた。

 どこにでもありそうなナイフ。

 けど、


「シャルロット=リープが使っていたナイフと同じものですね」


 アルティは目敏くそう言った。


「質問いいかしら。誰一人相手にならなかったなら、何故あなたは無事なの?話を聞く限り、やっぱり狙いはあなたのようだけど」

「わかりません…。私もあと一歩で命を落としていたはずなのに。下手人は私の命を取らず、何かから逃げるように身を引きました」

「何か?」


 どういうことだろう。

 シャーリーが依頼を放棄した…?

 ドロシーっていう前科があるから無い話じゃないだろうけど、何か引っ掛かる。


「狙われる心当たりは?」

「何も…」

「お嬢様は慕われこそすれ、誰かに恨みを買うようなことは」

「その辺は主観だけじゃ何とも言えないわ。もしかしたら、あなたたちがとんでもない悪人で、相手は義賊みたいなつもりでいる……なんて事もあるかもしれないし。狙ってる本人に聞かないとね」


 ドロシーなりのジョークのつもりだろう。

 ヒナちゃんとケイさんは苦い顔をしてるけど。


「話は見えませんが…相手は必ずまたヒナさんを狙いに来るはず。僭越ながら私たちも力になります」

「それは心強い! お嬢様!」

「はい。招待している身で申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします」


 また夜に襲ってくるとは限らない。

 集中しないと。


「リルム、シロン、ルドナ、屋敷の周囲を散策して。怪しい人を見つけたら報告で」

『わかったー』

『やれやれ…』

『かしこまりましてございます』


 私も見回りに行くか。


「みんなは万が一に備えてここで待機で」

「うん!」

「わかりました!」


 部屋を出ようとした私をアルティが呼び止める。


「リコ」

「ん?」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。ちゃんと働くって。可愛いヒナちゃんを守るためだし♡」


 ウインクを一つ。

 心配そうな面持ちのアルティとドロシーを置いて、私は屋敷を出た。




「さて…」


 この島に到着して覚えた違和感。

 あまりに果物の匂いが強すぎる。

 果物の名産地であるはずのハロハロ島よりも。


「こっちか…」


 風に乗って漂ってくる匂いを頼りに駆けて、たどり着いたのは森の奥の奥。

 そこに広がる光景に愕然とした。

 果物が入った木箱が大量に置かれ、そこに虫型の魔物が密集してる。

 虫嫌いが見たら卒倒するな…


「廃棄に群がってるわけじゃなさそうだし…餌付けか…?」


 これだけの数が襲ってきたら、屋敷どころか街が壊滅する。

 今のうちに倒した方が良さそうだ。

 手に炎を宿そうとした、そのとき。


「!!」


 ナイフが数本襲ってきた。

 避けて木に隠れたけど、ナイフが刺さった木は腐り出した。

 毒か…


「誰だ!!」


 反応は無い。

 気配を隠すのが上手すぎて姿も見えない。

 けど攻撃してきたってことは、敵意があるってことだ。

 隠れてても始まらないと、捨て身で木陰から飛び出した。

 右からナイフ2本。

 片方の柄をキャッチして、もう片方を弾き落とす。

 飛んできた方向に投げ返したけど手応えは無い。


「お前、大公の屋敷を襲った奴か。次はこの魔物の群れを使おうってか? 何とか言ってみろよクソ陰キャ」


 徴発にも乗ってこない。

 と思いきや、果物に集中していた虫が数匹、獲物を見つけたように私に飛び掛かってきた。


「きっしょい!!」


 蝿、羽蟻、蜂…全部余裕で斬ったけど、その隙にその誰かは魔物を逃しどこかへやろうとしていた。


「逃がすか! ここで丸ごと始末してやる!」


 追いかけようとした矢先。

 木の上から降ってきたその人を前に、私は足を止めた。


「シャーリー…!」

「あなたとは、本当によく遭いますね。こんなところで何を?」

「こっちのセリフすぎる…。とりあえずどけ。あの魔物を倒しとかないと厄介なことになりそうだから」


 シャーリーはナイフの切っ先を向けて言った。


「退いた方がいいですよ。あなたには関係のないことです」

「もう片足突っ込んでんだよ。いいからどけ。邪魔すんな」

「退きなさい。首を突っ込むならあなたも殺さねばなりません」

「三回目は無いよ」

「ええ。こちらも同じことを言おうと思っていました」


 地面を蹴ったのも、刃を交えたのも同時。

 私は【念話】を使うのも忘れて、目の前の暗殺者(シャルロット=リープ)と交戦を開始した。




 パンチ一つ当たらない。

 蹴りも避けられて、剣なんか掠りもしない。

 それだけシャーリーは速かった。

 速い以上に身体の使い方が抜群で、強いというよりは巧い印象。


「おらァ!!」


 回避、身の隠し方、攻撃…森ってフィールドをフルに活かした戦い方がめんどくさい。


「大人しくしてろシャーリー! 痛い思いはさせたくない!」

「ご安心を。痛い思いなど()()()いますから」


 そのくせ全然本気じゃない。

 私を相手取ろうとしてない気さえする。


「答えろ! 屋敷を襲ったのはお前か!」

「訊いて何になると? ただの部外者のあなたが、また人助けで私と事を構えている。それだけだというのに」

「この…ッ!」

「やる気が無いなら剣を収めたらどうですか。あなたの本気はこの程度ではないでしょう」

「うるッせェよ…言え、ヒナちゃんを狙ってるのは何でだ!」


 君主の座を狙ってる奴がいるのか、ただの私怨か。

 シャーリーは何も話そうとしなかった。


「本ッ当に…ミステリアスな女だなシャーリー!」

「あなたが勝手にそう思っているだけです。暗殺者(わたし)には、殺し(これ)以外に何も無いのですから。だから、邪魔をしないでください」


 シャーリーは地面に向けて何かを投げつけた。

 紫色の煙…毒か。

 風ですぐに散らしたけど、もうすでにシャーリーの姿は無かった。

 あれだけ集まってた魔物の気配も消えてる。


「最後の最後まであしらいやがって…」


 あの魔物を使ってヒナちゃんを襲うつもりか?

 けど、なんでだ…?

 シャーリーらしくない気がするのは…


「あーもう頭ン中ぐちゃぐちゃする…なんなんだあのクソ美人…」


 わかんないことだらけだけど…とりあえず、魔物の報告だけでもしておかないとな。




「虫の魔物…それが大量に…」

「すぐに冒険者ギルドへ連絡を。今の兵力ではお嬢様を守りきれません」


 青い顔をするヒナちゃんと焦りを隠せないケイさんに、ドロシーが提案した。


「薬の材料はあるかしら。即席だけど虫除けの薬を作るわ。相手が魔物でも効果はあるはずよ」

「は、はい。地下の倉庫に。ケイ、案内を」

「かしこまりました」


 さすドロ。

 けどやっぱ、それだけじゃ不安だ。

 虫用の罠でも作っておくか。

 ホイホイ的な。


「リコ、話があるのですが」


 って外に連れ出された。


「おいおいこんなときに愛の告白なんてアルティえっちー♡ リコリスさん恥ずかしくなっちゃうじゃんかよー♡」

「シャルロット=リープと遭遇しましたね」

「……わかる?」

魔力(マナ)の荒ぶりが戦闘直後のそれのようだったので。カマをかけました」


 策士め…


「リコ、何の真似ですか」

「何のとは?」

「あなたが女性に対して乱暴を働かないのはわかっています。たとえ牽制であろうと傷を負わさないようにしていることも、シャルロット=リープ相手にその矜持を守っているのであろうことも。ですがその上で、シャルロット=リープを無力化し、魔物の群れを殲滅することが、あなたなら出来たはずです。何故そうしなかったのか、納得のいく説明をしていただけますか」

「……魔物を逃したのはただの落ち度だよ。後でどうとでも出来るって驕っただけ。シャーリーについては、何だろうね」


 弁明も出てこない。

 私が口にしたのはただの本心だ。


「戦う意味が無いって、そう思ったからかな」

「実際に被害者が出て、今も尚狙われている女性がいることを理解して出た言葉ですか」

「確かにシャーリーがこの事件に関わってるのは確かだと思う。でも、シャーリーは犯人じゃない」


 確信は無い。

 自信だけ。

 それでもそう思ったんだからしょうがない。

 疑うなら疑え。

 私は自分の言葉も考えも曲げたりしない。

  

「あなたが彼女に何を抱いているのかは知りません。ですが、彼女が敵だと判断すれば、私は容赦なく力を振るいます。私の大切なものを守るために」

「私と意見がぶつかっても?」

「賛同するだけが、黙って付き従うだけが、隣に並び立とうとする者の役目だとは思っていませんから」


 一触即発の空気。

 その中で私はフッと笑ってアルティを抱きしめた。


「いい女だね、アルティは」

「だから好きでいてくれるのでしょう?」

「うん。大好き。愛してる。だから信じさせてみせるよ」


 この事件、何が何でも解決する。

 思いに応えるために。応えさせるために。

 そうして、私たちは激動の夜を迎えた。

 次回、アイナモアナを守れ

 2022/11/06㈰、昼12時更新

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャバクラからのシリアスの落差w ストーリー展開がジェットコースターで好きですw
2023/10/31 14:44 退会済み
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