2-231.喧々諤々の王
世界統一国家。
そんな馬鹿げた夢想を耳にして、いったいどれだけの人が手放しで鵜呑みに出来るだろう。
水を打ったように静まり返った場で、全員の視線がリコリスに向いていた。
唾を飲み込む音さえ爆音に聞こえる静寂の中。
「世界征服……プッ、アッハハハハハハ!」
エトラは涙を浮かべ、お腹を抱えて笑った。
「アヒャヒャヒャヒャ! フヒッ、イヒヒヒヒ! ヒィーヒィー! 待って待ってお腹痛ひ、クックックッ! ヤバい最高におもしろすぎる、プクク」
ひとしきり笑って水を飲んで一息つくと、ニヤニヤとリコリスに向いた。
「あー笑ったぁ。リコリスはいつだっておもしろいね。世界を一つにかぁ……そうなったら、国の名前ってどうなるの?」
「いろいろ案は出したんだけど、私らしいのがいいかなって。世界統一国、リリーレガリア。今ある国名とか地名はそのままに、百合の楽園の名前を丸ごと使っちゃおうってことにした」
「世界統一国リリーレガリア。ふむふむ。で、本気?」
「本気で、マジで、ガチ」
「そっか。……ククク、かんらかんら! いいねっ世界征服! この世界を楽園にしようって心意気! じつに天晴見事なり!」
エトラは愉快そうに円卓に肘をついた。
「リコリス以外には、なかなか言えないんじゃないかな?」
「言えないし、やろうとも思わないわよ。普通」
「だろうね。ちなみにみんなの意見はどうなの?」
「すでに我々の度量で推し量れる範疇は越えているが、その上でリコリスは我々と話をしたいと言う。円卓会議はそのための機会だ」
「すでに多くがリコリスを支持し、此奴の意思を尊重している状況にある」
ドラグーン王国女王ヴィルストロメリアは、腕を組みながらその視線をある方向へやった。
「一部を除いてはな」
視線の先で、ルブレアン王国国王バルトゥラはふんぞり返り鼻を鳴らした。
「ふーん。まあ余はみんなが反対しててもリコリスを応援したけどねっ。リコリス、余は賛成ー」
「ありがとうエトラ」
「かんらかんら。世界征服って楽しそうー。リコリスの後で余もやろうかな? ね、カレン」
と、呑気に背後に立つカレンに同意を求めたが、カレンは苦笑いすらせずに沈黙を貫いた。
カレンはわかってるらしい。
世界征服……それを口にすることの意味を。
それがこの場に於いてどれだけ重大であるかを。
「リコリスが世界の王……じゃなくて姫になるのかぁ。なんで姫?」
「私っぽいだろ」
「リコリスは姫……………………かぁ?」
「傾げんな首を。姫だろどっからどう見ても」
「まあ王とも姫とも呼ばないから何でもいいや! それでちょっと訊きたいんだけど、リコリスが姫になったら何か不都合なことでもあるの?」
エトラの疑問はそのままバルトゥラに向かい、場に一層の緊張感が走った。
「ねえねえ? なんでなんで?」
「エトラ」
「え? だってリコリスが姫になるのに反対してるのってこのおじいちゃんだけでしょ? だからなんでなのかなーって」
「おじいちゃんってお前……」
馴れ馴れしいというか、懐に潜り込もうとするのが上手いというか、持ち前の爛漫さが活きてる。
そのせいか、気難しいバルトゥラも心なしか穏やかな口調で切り出した。
「理由か……そんなものあえて持ち出す必要も無い。この女は我々を、我々が所有する全てを奪うと、そう言っているのだ」
「バルトゥラ陛下、それは誤解です。私は誰からも何も奪うつもりはありません」
「何が誤解であるものか。籠絡し、奪い、虐げ、強いる……金、権力、軍事力、国家が有する全てを手中に収め他者を屈服させる。世界を征服するというのはそういうことであろう」
「私が掲げる世界征服に、力は要りません。私はただ、この世界を少しだけ楽しくしたいだけです」
「思うがまま、我がままに。己が欲望を他者に押し付けることもまた暴力ではないのか」
「わかり合うため、支え合うため、始めるためのこの円卓です。支配も強制も、私が望む世界には要りません」
ひたすら真っ直ぐ、リコリスはバルトゥラに意思を乗せた言葉を伝えた。
けれど、
「それをどう証明する!!」
一筋縄ではいかない。
「力は要らぬと貴様は言うが、今この場で最も強大な力を有しているのは、他ならぬ貴様ではないか!!」
「それは……」
「一個人が国家を覆す力を有し、更には同じだけの力を有した女を多く侍らせている! それはつまり、貴様の意思一つで気に食わぬ者をどうにでも出来るということだろう!!」
「うるせぇよ枯れ木。神様が喋ってんだろ。だいたい神様が謂れなく暴力を振るうか。侮辱すんのも大概にしろよ」
「リーテュエルの小娘、貴様も他の者共と同じく其奴の庇護下にいるからそんなことが言えるのだ!! わかり合う、支え合うと口では言うが、実のところは傲慢に強欲に他を排除しようとしているに過ぎぬ!! 自らの言葉に裏が無いとするならば、世界を征服した折、男も女も全てを平等に扱えるか!!」
性的差別。
リコリスを語る上で、その話題は避けては通れない。
それはみんなわかってることだ。
「貴様が男に微塵の興味も無いことは知れている! 浅ましい女好きが! この世界を掌握し独裁した暁には、全ての男を処刑でもする気か?」
歯に衣着せぬ物言いをしていいなら、リコリスは明確に男女で差をつけてる。
区別でなく、そのまま差別と言っていい。
事実心を許した身近な男性なんて、両手の指で数えても充分足りるくらい。
「興味が無いことも、扱いが雑なことも否定しません。けど、それでも同じ世界に生きてる命です。そこを蔑ろにしたことはもちろん、不条理な理由で虐げたことも今まで一度だってありません。そもそもの話、私は全ての女性が好きで、全ての女性も私のことを好きですけど、友愛と恋愛の線はしっかり引いてますからね」
全ての女性がリコリスのこと好きってとこだけ私が否定するけど、それ以外はリコリスの関係者全員が頷けるところだった。
「将来を誓い合った仲、円満な夫婦、純粋な初恋、それらを引き裂いて私のものになんて、そんなのは情緒が無さすぎる」
「詭弁で動かされるほど耄碌した覚えは無い!!」
「そう憤るなバルトゥラ」
ディガーディアーの王ガリアスが、蓄えた髭を梳きながら言う。
「お前の言いたいことはよくわかる。同じ男だ。しかし、リコリスがそんなつまらん些事で我々を掻き乱そうとしない奴というのもわかっているつもりだ。となればこの論争は不毛だろう」
「何を馬鹿な!!」
「まあ、お前が先にリコリスに出会っていたなら、おそらくは同じことをこちらも言っただろうがな。危うくも直情的。だが欲望に真摯な奴は信用出来る。リコリスという女はそういう奴だ。お前も腹を割って話してみるといい。腹を割るならやはり酒が必要だな。給仕、全員に酒を頼む。ヒノカミノ国の、お前は酒はいける口か?」
「大好き!」
「よしよし」
ガリアスの言葉は、リコリスという存在の上澄みを掬っただけかもしれない。
それでも同じ男性として、たしかにバルトゥラの耳に届いたようだった。
「そんな戯言で納得出来るはずがあるまい!!」
「だからこその話し合い。だろう?」
レオナはバルトゥラに厳しい視線をやった。
「貴殿はあれやこれやと不平不満をまくし立て、リコリスを批難するが、貴殿にはわかり合う意思はあるのか? よもや無いとは言うまい? 貴殿も貴国も、リリーストームグループが齎す恩恵をすでに受けているのだから」
「実際のところ、怖くてたまらないんでしょう? すでにこの円卓では、自分とその他という構図が出来上がってしまってるもの。その他……つまりリコリスとアタシたち。アタシたち全員を敵に回せば、リリーストームグループはもちろん各国との繋がりも無くなり、目に見えた不利益が生じてしまうんだものね」
ドロシーが続いてバルトゥラの胸中に触れた。
「あんたが円卓会議に参加してるのは義理を通すためじゃない。ご機嫌伺いのためでしょ。リコリスは自分たちに危害を加えるつもりは無いのか、関係は希薄でも本当に各国は平等に扱ってくれるのかっていうね。最初っから透けてんのよ、あんたの矮小さは」
「なにを……!!」
「これだけはハッキリと言っておいてあげるけど、アタシたちはあんたになんか微塵の興味も無い。上も下も無いってのは、あんたなんか眼中に無いってことなのよ。だけど、それでもリコリスは手を差し伸べることをやめない。一国の王たるあんたに、そしてルブレアンという歴史と伝統ある国に敬意を払ってるからよ」
リコリスはまいったな……と頭を掻いた。
「第一、こいつが本当に力ずくで世界征服しようとしたら、真っ先にこの世界の男の性別を女に変えてるわよ。性別を反転させて」
そうしないのは、ドロシーが言ったとおり敬意なんだろう。
人の生はこの世界を紡いできた歴史そのものだ、と。
「ドロシーは言い過ぎだけど、たかだか二十数年ぽっちしか生きてない私が、男要らないポーイッ……なんて言ったところで、誰が納得してついてきてくれるかって話です。いろんな人が生きてきて、これからも生きていく。私は、そんな世界を自分のものにしたい。みんなで楽しい世界にして、私もみんなも一緒に幸せになれたら、それはすごくおもしろいことだって。そうは思いませんか?」
ニシシ、とリコリスはいつもみたいに笑った。
それがリコリスが望む世界征服。
世界楽園化計画。
こうして改めて話を聞いた私も半信半疑に思ってしまう。
でも……
『出来るかどうかじゃない。やるんだよ』
『私は私を疑わないし、私の愛する女たちを信じてる。不可能なんてこの世界のどこにも無いだろ。奇跡も運命も、私の手の中だ』
あいつは、何一つ疑わない。
自分も未来も。
だからみんなあいつを……
「私は今回の円卓会議で決着をつけるつもりです。バルトゥラ陛下、あなたが反対するなら、私は賛成してもらえるまで粘ります。私はしつっこいですから、覚悟してくださいね」
円卓会議は一週間開催される。
初日はその後数時間に渡り、リコリスのプレゼンや談話を交えつつ進んだ。
バルトゥラの反応はとても芳しいとは言えなかったけど。
話し合いは今後も加熱することが予想されながら、初日は手応えの無い空気で幕を閉じたのだった。
イルミナの代表が姿を見せない一握の不気味さを抱きながら。
今回も読んでいただけたことに感謝を!
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