2-220.魔界国イルミナとヴェルザースター連邦国
四年前のとある日。
その事件は、何の前触れもなく起きた。
空に現れた黒い球体。
ひび割れたそれから、およそ十万のドラゴンが突如として出現。
このドラグーン王国を襲った。
「誰一人予感も予測も出来なかった。私はもちろん、師匠にモナ、シキでさえ」
ドラゴンの九割強が中位種、中にはノワールに近しい上位種もいて、人間には遠く及ばない暴力が王国に降り注いだ。
空が燃え、大地が裂け、街が壊され、たくさんの人たちが傷付いた。
「そんなことが……でも、リコリスたちが何とかしたんでしょ?」
「まぁね。リルムたちも合わせて二十人弱……私たちはこの国を守るために戦った。ただあの頃はまだ、アンリミテッドスキルに覚醒してるメンバーも少なかったから、だいぶ苦しい状況が続いた。一週間……この国が危険に晒されて、私たちが退けるのにそれだけの時間がかかった」
「それが、厄災の七日間……。でも、何とかなったんでしょ?」
文字に起こした結果論だけで言えばそう。
でも実際は違う。
戦いが終わった後も治療、街の復興に各地へ奔走したし、それだけじゃ全然手も資金も足りなくて近隣諸国からの援助を受けた。
私たちの魔法、培った技術や人脈を活かし、復興へと至ったのはわずか一年以内のこと。
被災支援を皮切りに、リリーストームグループが事業として正式に稼働したのもこの頃だ。
「正直、全部が全部奇跡だよ。何とかなったことも……ドラゴンの群れが、この国だけを襲ったことも含めてね」
「この国だけ?」
「不思議だろ? 他の国には木一本の被害だって出てないのに」
「それって……」
「サクラと同じことを私たちも考えた。これは、何者かがドラグーン王国に仕掛けた戦争だって」
戦争という大仰なワードに、サクラはゴクリと喉を大きく鳴らした。
「ですが、ドラグーン王国は他国と極めて良好な関係を築けています。その理由は」
「リコリス……」
「そう。この女たらしが他国の重鎮たちと濃密な間柄にあるが故にです」
どうも女たらしです。
「資源が飛び抜けて裕福というわけでも、肥沃な大地があるわけでもない。なのにこの国だけが襲われた。その理由は定かではありません。わざわざ国境沿いに結界を張り、内外への干渉も不可能にするほどの周到さから鑑みるに、相応の狙いがあるのだと私たちは考えました」
「……それで?」
「アルティや師匠たちが魔力のごく僅かな残滓を追って、ドラゴンの転移元まではわかった。それが魔界国イルミナ」
「王国はイルミナに責任を追及したけど、知らぬ存ぜぬの一点張りで、逆に言いがかりをつけたことに憤った。そこからの仲は険悪で、私たちも仲介に入ったけど未だ関係の修復はされてない」
そこまで話して、サクラが疑念を浮かべた。
「ねえ、モナって魔王なんでしょ? なら、それなりに権力とかあるんじゃないの? 関係修復に一役買うくらいわけなさそうだけど」
『それはそうなんだけどね〜♡』
『たしかに此奴はエクスヴァルヴァの名を冠せし最強の悪魔。この世で唯一魔王と呼ばれはするが、千年以上国を離れ、自国の統治に一切関与してこなかった放蕩者じゃ。最初からそんな期待はしておらぬよ。第一、モナは元老院に鼻つまみものにされておるしの』
「元老院?」
『国を運営する議会。為政者の集まりじゃ。モナにエクスヴァルヴァの名を与えた……つまり先代の魔王なのじゃが、此奴は魔王としての責の一切を放棄し、欲望のまま自由を謳歌し国を出た。それ故、先代の魔王の怒りを買ったのじゃ』
本当なら魔王の称号を取り上げられる話も出たらしい。
だけど、モナの強さがそうさせなかった。
「話が逸れましたね。そんなわけでイルミナとの関係は良くないのですが、それがリリーストームグループが未だ向こうに市場を開拓出来ていない理由です」
「……?」
自分の中で話を整理したサクラは、また疑問符を浮かべた。
「それならヴェルザースター連邦国の方は? イルミナとは関係ないように思えたけど」
そうだな、じゃあ次はヴェルザースター連邦国について話そうか。
「世界最大の国土を誇るヴェルザースター連邦国は、師匠みたいな魔族の国だ。そこに住まう人たちは、基本的に外国に対して関心を抱かない」
「どうして?」
『自分たちこそが至上の血脈である。そういう思想が強く根付いているせいじゃ』
その思想に反した人たちが集まって海を渡り国を作った。
それがオースグラード共和国の始まりなんだとか。
「それの良し悪しはさておき、ほとんど無意識な鎖国状態のヴェルザースターが、唯一自発的に外交してる国がある。それがイルミナだ」
「なんでイルミナだけ特別扱いなの? やっぱり、同じ大陸にあるから?」
『そもそも、イルミナも元はヴェルザースター連邦国の一部であった。それがある時国として独立したのが始まりなのじゃ。独立を唱えたのは、悪魔の中でも頭抜けて力を持った者。クトゥリス家の初代当主、エクスヴァルヴァ=クトゥリス。モナはその末裔ということになる』
『クトゥリスで魔王になったのはね、その人とモナだけなんだよ♡』
画面の向こうでモナは自慢げにピースした。
『エクスヴァルヴァの力は強大じゃが、悪魔らしからぬ人格者でもあったと聞く。エクスヴァルヴァは国を分ける折、同盟を望むヴェルザースターに対し一つの要求を飲ませた。永遠の和平協定。今後何が起ころうと国家間の争いを禁じ、有事の際は同盟国として力を貸すというものじゃ。その魔法は楔として国に打ち付けられ、エクスヴァルヴァの死後尚も健在。一人の死傷者をも出した場合、即座に魔法が発動し、ヴェルザースターの国土を崩壊させる』
「そういうこと……」
サクラも理解した様子だった。
その魔法があるから、ヴェルザースターはイルミナに対し強く出られないし、イルミナに何かあった場合擁護せざるを得ない。
対等、和平とは書面上の文言に過ぎなくて、実際はイルミナの属国扱いのようなものだということを。
尤もヴェルザースター側はそれに納得しているわけではないようだけど。
『プライドだけは一人前じゃからのう。虎視眈々と、機会があればイルミナに攻め込もうという連中がおらぬわけでもない』
「けれどそれが表面化出来ないとなると、ヴェルザースターはイルミナに証拠もなく敵愾心を露わにした此方に敵意を向けないわけにはいかない。つまるところが、そういうことです。しかし」
そう、証拠が無いから強く出られなかった。
けど、
「首謀者から直々に返事が来ました」
チェスティ=クトゥリス……
「どんな子なの?」
『可愛い子だよ♡』
ふむ。
『おっぱい大きいし♡』
ふむ!!
『それで、モナとおんなじくらい欲張りだった』
今回も読んでいただきありがとうございます。
次回はモナの義妹、チェスティについてです。
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