2-113.不可能なんて無い
王様の古書堂。
ここは古今東西のありとあらゆる書物が貯蔵された異次元空間。
そして宙に浮かぶ玉座に鎮座する彼女こそ、アリソン=ヴォルフマギア。
この世界で初めて、超常的な力に魔法と名付け、魔法使いを定義付けた人。
全ての大賢者の祖とも呼べる唯一人の魔術師。
「元気でやっているかい?」
「まあ、ぼちぼち」
「重畳だ」
サクラさん、アリソンさんと知り合いだったのかな?
「さて、フリューメルの虹の花だったね」
「はっはい」
「存在は知っているとも。もちろんさ。僕に未知は無いのだから」
「もったいぶってないでさっさと教えて」
「逸るなよ。僕は答えを知れども、答えを示さない。未知は君たちに与えられた特権だ。それを奪おうとするなんて、暴挙以外の何物でもない。そうは思わないかい?」
「回りくど」
それはそうなんだけど、アリソンさんにも引かないサクラさんの胆力が怖い……
「安心するといい。若者の悪戯に時間を浪費させるのは忍びないという常人の感性もそれなりにあるつもりだ。物が物だからね。変に言葉を濁すのはやめておこう。端的に、フリューメルの虹の花というものは存在しない」
「は?」
「へ? あ、あああの、存在しない……って?」
「それ花のように見えるだけで花じゃないのさ。そういう花を咲かせる種があるわけでもない。かつて魔法がまだ奇跡だった時代に起きた偶然の産物とでも言うべきだろう。そもそも厳密にはフリューメルが発見したというわけでもないしね」
どういうことだろう?
「フリューメル……彼は今で言うところと冒険者に当たる人物だった。尤も当時はギルドという組織も無く、冒険者という呼び名も存在はせず、立場としては猟師や探検家のようなものだったが。それでも単身でドラゴンを相手に出来るほどの冒険者だった」
「見てきた風に言うんだ」
「全知全能とはそういうものさ。閑話休題、現代より強さの基準が曖昧だったとはいえ、フリューメルの異次元的な強さは人々の畏怖の対象で、彼の一挙手一投足が注目され、彼の一言が人々の心を揺らした。そんな時だ。フリューメルの虹の花と呼ばれるその現象が起きたのは」
「そ、その、現象って……」
アリソンさんはそこまで言ってから、足を組み替えてしたり顔を浮かべた。
「さぁ、何だろうね」
「ニヤニヤうっざ」
「ヒントを提示しただけでも、僕にしてみれば結構なサービスだ。フリューメルの虹の花は伝承に語り継がれるだけの夢幻。しかし確かに在った夢幻だ。人々を魅了するほど美しい奇跡。ともなれば、この答えは自分たちの手で解明した方が、ずっと心躍るとは思わないかい? 僕は答えを知ってしまっているから、とうにその感情は欠落してしまってね。いやはやなんとも羨ましいよ。まあ、どちらかというとそんな奇跡よりは、君に起きていることの方が笑いの種なんだけど」
と、愉快そうな視線をこっちにやる。
「お見合いだなんて君も随分やるじゃないか。いや、むしろ必然か。陰があるが麗しい容姿、大賢者というビッグネーム。言い寄られない方が不思議だ」
「エヘッ、へへへへ……」
「わかりやすく喜んでる。エヴァのお見合いはどうでもいいにしても、今現在フリューメルの虹の花っていうのが本物の花じゃないってことしかわかってないんだけど」
「それだけじゃ答えには辿りつけない、かい? そうだね。なら特別サービスだ。この件に関して、僕を除けば最も詳しい人物を当たるといい。それで話は進むだろう」
詳しい人物?
アリソンさん並に博学な人といったら……
「困ったことがあったら、またいつでも訪ねておいで。親愛なる隣人として、君たちの助けになると誓おう」
「スパ◯ダーマンか」
すっかり夜になってしまった。
「結局要点を得なかったんだけど」
「アリソン、さんは……いつもああだから……」
「知ってる。ところで、いいの?」
「へ?」
「時間。向こうの人、待たせてるんじゃないの?」
「そ、そうですけど……き、気が乗らなくて……。サクラさん、一緒に……」
「ついてきてとかだったらマジで無理」
「優しくない……い、今は、ドゥエンさんの……お願いを叶える方が、先……ですから」
「亡くなった奥さんのためっていうのは高尚かもしれないけど、もう契約は済んでるんだし、そこまで肩入れする必要ってあるの?」
サクラさんの言い分は間違ってない。
だけどドゥエンさんは、そのお願いが無茶なことをわかって言った。
私たちならもしかして、って一縷の望みをかけて。
だったら叶えてあげたい。
知り合って間もない人への独善的な施しだとしても、きっとリコリスちゃんならそうする。
このくらいの無茶なら気まぐれで実現させるだろうから。
「私が……そう、したい……から……」
「……あっそ」
サクラさんはユリホを取り出し電話をかけた。
「もしもし? 仕事中に悪いんだけど、ちょっと話いい? ……私じゃない。電話したくなったわけないでしょ調子乗んなクソギャル。電話スピーカーにするから勝手に喋って」
『サッキュンから電話きてアガってたのになんだよー。で? 話って?』
「ルウリ、ちゃん?」
『おっエヴァっちも一緒? 珍カプで何してんの?』
「珍カプ……あ、あの……少し、知恵を貸してもらえませんか……?」
『何かよくわかんねーけど、おけおけ。天才に何でも話してみろい』
かくかくしかじか。
『ほーん、フリューメルの虹の花ね。昔そんな絵本読んだわ。たぶんそれ、オーロラのことだと思うよ』
「オーロラ?」
「オーロラ……たしかにキレイで奇跡みたいに見えると思うけど、花……かと言われれば微妙じゃない?」
『昔の人の感性はわかんねーよ。てかその頃ってまだ魔法も奇跡とか言われれた時代だから、オーロラなんて見ちゃったら神格化もされるんじゃね? あたしらの世界でもそんな逸話有ったし』
二人だけで話が進むけど……
「あの……オーロラ、って何ですか?」
「エヴァ、知らないの?」
「はい……」
『しゃーなし。この世界ってオーロラは観測されてねーから。フリューメルの虹の花以外は』
「そうなの?」
『そそ。サッキュン、オーロラの発生のメカニズムってわかる?』
「プラズマがどうこうして光る」
『まあ正解。太陽ってのは不定期にプラズマを宇宙に放出してんのね。で、地球……この世界の場合は名前が無いからこのまま説明するわ。地球には磁気圏っていう磁場の壁みたいのがあって、それがそのプラズマとか宇宙から降ってくる粒子エネルギーを防いでんの』
もうわかんない……
『けどそのエネルギーってのがとんでもなくて、たまに磁気圏をすり抜けて地球の夜側に侵入してくるわけ。で、大気の壁とぶつかって、そんときに酸素分子やら窒素分子がなんやかんやで励起して、電磁エネルギーを放出させる。そんで起こる発光現象がオーロラってわけ。わかったかな?』
「全然……」
「教え方下手じゃない?」
『オックスフォード首席ナメんな』
「でもオーロラって、わりと結構な頻度で見られるもんなんじゃないの? なんでこの世界では見られないの?」
『見られなくなった、かな。たぶん魔力が有るか無いかの差。何千年も積み重なった魔力が、磁気圏とか大気圏より強くエネルギーを遮断してるんだと思う』
だから今では伝説……
アリソンさんが夢幻と言ったのがわかった。
規模が大きすぎる。
『おーいルウリー。時計の納品だぞ、チェック頼むー』
『りょ。ゴメ、仕事戻るわ』
「あ、ありがとう、ございます」
「ゴメン、時間取らせた」
『おけおけ。何かあったら連絡よろ』
電話越しの軽快な声が切れてから私は眉根を寄せた。
オーロラか……
「伝説はフリューメルが起こしたものじゃなくて、ただの自然現象だったってことか。ルウリの話だとこの先同じことが起きる可能性は無さそうだけど」
「そうです、ね……。で、でも……起きないなら、起こせばいいわけで……あの……その……」
「起こせばいいって、どうやって?」
「あ、頭には浮かんでるんです……けど。私一人じゃどうしようも、なくて……」
せめてあの二人がいれば何とかなるんだけど……
「エヴァ? それにサクラじゃありませんか。どうしたんですか? こんなところで」
「アルティ。そっちこそ休暇中じゃないの?」
「ええ。だから温泉に。そっちは」
「あー! またアルティ姉発見ー!」
「マ、マリア……さん?」
「あれあれ? エヴァ姉とサクラ姉も一緒だ。みんなで何してるの?」
「ギルドへの報告は終わったんですか?」
「うんっ。とりあえずその子はアルティ姉が面倒見てれば問題無しってことに落ち着いた。それで仕事終わりにご飯でもしようかなーってブラついてたら偶然」
「あ、あの……偶然ついでに、二人に……お願いが……」
「「?」」
なんて偶然。
でも、この二人がいれば咲かせられる。
この世界に……奇跡の花を。
不可能なんて無い。
私は奈落の大賢者なんだから。




