2-101.姉妹
クローバー領の果て、王国の最西端に位置する私の生まれ故郷、タルト村。
いくらクローバータウンが栄えたと言ってもそれはあくまでその周辺の話。
村は相変わらず喧騒とは無縁のど田舎だ。
そこに住まう人たちの心の穏やかさといったら。
「たまに帰ってきたと思ったらアルティに愛想を尽かされて無職? 不甲斐ない以上に情けない」
穏やかさとは……
「恥を知りなさい」
「それが親の言うこと?! もっとこう、なんか……優しくしてくれてもよくない?!」
「散々優しくして甘やかした結果がこれなんじゃないの?」
お母さんは厳しさを尊ぶ生き物だけど、それにしてもじゃない?
「サクラも何とか言って! リコリスさん弁護して!」
「罠カード発動、自業自得」
「王宮のお触れ発動してやろーか」
「とにかく当分敷居は跨がせないわよ。ノエルにも悪影響だから帰りなさい」
バタン
……ええ、田舎でスローライフもさせてくれないじゃん。
「ふぐっ、ふぎゅぅぅぅ!!」
「大人のガチ泣きキッツ」
「つっ、追放って……田舎の人はだいたい……っ、優しくしてくれるもんじゃ……ふぐぅ……ないのぉ……?」
「全部リコリスの人となりが起こした結果っていうか」
にしても!!
「あーもうキレそうー!! あれが親の言うことか!! あんな家二度と帰るか!! せいぜい身体に気を付ければいいんだ!! ふんっ!!」
「まあ、いいんじゃない? 子どもにガチ恋して刺してくる毒親よりは」
「ツッコミづれぇよ」
自虐ネタにも程があるだろ。
「じゃ、私はもう用が終わったから帰る」
「帰る?! 傷心のリコリスさん置いて?! 人の心とかないんか?!」
「無職と違って暇じゃないから。今、一応アルティの秘書だし」
「あ、あのヤロー……!! 私から地位も女も奪うつもりか……!! 世が世なら悪役令嬢だぞ!!」
「どっちかっていうとリコリスが悪役側でしょ。断罪された後の」
「こうなったら私の持てる力の全てを以てリリーストームグループをぶっ潰してやる!! 全員漏れなく路頭に迷うがいいわ!! 最終的に頼れるのはリコリスさんであることを思い知れ!! ハーッハッハッ!!」
「人間って捨てるものが無くなるとこうも堕ちるんだ……」
さすがに冗談だからやめろその失望の眼。
「はぁ、もういっそヒモ生活でもしてやろうかな。レオナとかクロエとかフィーナとか、事情説明したら飼ってくれそうだし」
「クソキモいと思ってる自分と、それでいいのかって憐れんでる自分がいる」
「まあ、言うて私だしな!」
「言ってリコリスだった」
「なんならサクラが飼ってくれてもいいよ♡ ほら、こんなとびきりの美少女が困ってるゾ♡ リコリスさんが仲間になりたそうにサクラを見ている♡」
「序盤のスライムより無価値」
「あァこら?! 悪いスライムじゃねーことその身体に教えてやろーか!!」
こういうとき日頃の行いを思い知らされる。
後悔するような生き方してきた覚えはねーけどな!
「ん?」
「どうかした?」
「森の方で誰かが魔法使った気配がした」
お母さん……じゃないよな?
なんだろうと気になって、私は森へと入っていった。
「なんで私まで」
「ついて来たのお前だろ」
「帰ったら帰ったで寂しいでしょ」
「寂しすぎ」
えっと、魔力はたしかこっちの方から……ん?
カサッと上の方で枝が揺れる。
何かが木から木へと跳び移ってるのが見えた。
「猿?」
「いや、あれは……」
オレンジがかった赤髪を靡かせながら、木から木へと身を翻して跳ぶ子ども。
ノエル=ラプラスハート。
私の妹だ。
「何やってんだあいつ」
子どものすることはわからん。
なんてしばらく傍観してたら、
「あっ!」
枝に足を滑らせたノエルが地面に落ちた。
そこはまあ、この私。
目の前でみすみす妹に怪我をさせる姉じゃないってことで、ちゃんとキャッチしてやりましたとも。
「大丈夫か? ノエル」
びっくりしたみたいに目をパチパチさせてるけど、それにしても可愛すぎる♡
さすが私の妹♡
昔の私にそっくりで、こりゃあ将来いい女になりますよ。
「久しぶりのお姉ちゃんだぞー♡ 再会のチューしよー♡」
「誰?」
「ぐフッ?!!」
だ、誰……とな……
「たまにしか顔見せないから」
刺すなサクラ……
お姉ちゃんのHPがゼロになっちゃうだろ……
「お、お姉ちゃんだよー……ノエルのお姉ちゃんのリコリスだよー……」
「……………………?」
「ピンときてない顔やめろ! 結構印象深い方だろ私は! 一度会ったら夢枕に立つ勢いで濃いキャラしてる自負があるぞ!」
「……ああ、そういえばお母さんが言ってた気がする。年の離れたお姉ちゃんがいるって。子どもに興味無いから忘れてた」
なんだこの妹。
「で、お姉ちゃん?が、こんなとこで何してるの?」
「疑問符付けんな妹。何してるはこっちのセリフだわ。危ないだろあんなことしちゃ。さっきの、魔力を使った身体強化だろ。子どもの内は暴走の危険があるからって、お母さんに止められるはずだぞ」
「ぷいっ」
んーそっぽ向くの可愛っ。
けど、それはそれ。
「ノエルお前、お母さんとお父さんに内緒で無茶なことしようとしてるだろ」
「……なんでわかるの?」
「なんでかって? 私が同じことしてたからだよ」
「威張れること?」
「で、何しようとしてんの?」
「言わなきゃダメ?」
「お母さんにチクって頭に拳骨くらうよりマシだろ」
そう諭すと、ノエルは唇を尖らせた後、渋々口を開いた。




