2-98.永遠に沈まない日
騒ぎがほんの少し落ち着いた三日後のこと。
「掛けまくも畏きヒノカミの、御禊祓へ給いし時に成りませる祓戸の八百万の神々、諸々の禍事罪穢有らむをば、祓い給へ清め給へと白す事を、聞こし食せと恐み恐みも白す」
迷い屋の祭礼場で、ダンゴロウさんの祝詞が厳かに紡がれる。
白無垢に身を包んだ二人を大勢の人たちが見守る中、式は粛々と進行した。
「両者の縁が永遠に続くことを祈り、ここに婚礼を成すものとす。異論無きときは沈黙と口付けを」
二人のキスに、国中が湧いた。
「よっしゃ祝杯じゃあ!! 今日はホウヅキの酒を惜しみなく出すぞい!! 飲めや歌えや!!」
右も左もお祭り騒ぎ。
かと思えば、シキとスイレンはそれはそれは涙で顔を濡らしてる。
「うう、ううう……!」
「いつまで泣いてんのよこいつ」
「だって、だって……!」
「気持ちはわからんでもないがのう。それより今は酒じゃ! 飲むぞ騒ぐぞ! 今日も明日も明後日も!」
「おいしいものいっぱい!」
「ヒノカミノ国さいこーです!」
みんな楽しんでるねぇ。
「いやぁ、それにしても幸せそうだ。私たちの結婚式を思い出すな」
「そうですね。これからが大変そうですが」
「大丈夫だろ。好き同士が揃ったらそれだけで無敵なんだから」
野暮は言いっこ無し。
二人の幸せそうなこと。
いやいや、天晴っ。
とまあ、騒いでばっかりもいられない。
なんせ国が物理的にバラバラになったもんだから後処理が大変で大変で。
【創造竜の魔法】で地盤を補強。
壊れた建物も魔法で修復余裕……とか思ったけど、一応は罪滅ぼしってことで、鬼平隊が率先して働いてる。
怪我人に関してはドロシーが治療してくれた。
思ったより怪我人が少ないのは、真選組やみんなが、国民の避難に尽力したおかげだ。
そんな中、ただ一人。
スイレンだけは。
「下半身不随……?」
身体に合わない呪力を酷使した後遺症らしい。
腰から下がまったく動かないようだ。
それに髪も目も、色素が抜け落ちたみたいに真っ白になってる。
「治せないの?」
サクラが心配そうに訊ねる。
「治せる。と言いたいところだけど、根本が呪力だから。これでも回復に努めたくらいよ」
「呪力が原因ならウチが」
「いい。いいんです、このままで」
スイレンは晴れた顔で、素の落ち着いた口調でそう言った。
実際のところ、身体から抜け出た際、スイレンからは呪力の一切……スキルそのものが消えてる。
身体を蝕んでいるのはその残滓だ。
健康状態に問題は無くも、シキやカレンの力があれば回復させることは出来たと思う。
でもスイレンはそうしない。
「これは私の罪の証だから」
と。
「これからどうするの?」
「姉さんと一緒にこの国を再興させます。私に出来るやり方で。そうしてやっと、私はこの国の民になれる気がするから」
「ニシシ、そっか」
「まあ、何が出来るかはわからないんですけど」
「心配せずとも、お館様にはわっちらがおりんす」
「フミコ……トウマ、トキヲ、ミナモ……」
「わしらぁお館様に惚れた身じゃからよぉ。将軍の預かりになったとて、やっぱりあんたについて行きてぇんじゃ」
「どうか最後まであなたの傍に」
「一緒にいさせて。お願い」
「……うん」
結ばれた縁も絆も嘘じゃない。
この人たちなら大丈夫だって信じられる。
きっと未来は明るいって確信した。
憑き物が落ちたスイレンの涙が、あまりにも澄んでいたから。
――――――――
「んく、んく……ぷはっ」
「一人酒かい〜?」
「アグリか。お前も飲めよ。いい酒だ」
「御相伴に〜」
「おもしれェ女だな、ありゃあ。ヒノカミノ国の長い歴史を変えちまった」
「フッフッフ、お姉さんはもっと早く知り合いだったんだぜ〜」
「だからどうという話でもねェだろ」
「これからどうする〜? 真選組の在り方が変わるけど〜」
「どうもこうもねェ。国が変わろうが真選組が変わろうが、オレ様はオレ様だ。おもしれェ方に転がりゃあ、それでいい。見違えたあいつの傍に傅くってのも悪かねェしな」
「そう言ってくれて安心だよ〜。お姉さんも心置きなく刀を置けるってもんだ〜」
「辞めるのか? 真選組を」
「じつはいい商売の目処が立ってね〜。いよいよ鶴瓶屋を海外で本格的にやろうかな〜ってさ〜。だから頼んだぜ〜二番隊隊長〜」
「……かっ、譲られた番号なんざ要らねェってんだよ。ったく、最後まで自由な奴だ」
「それがお姉さんの魅力的なところさ〜」
「てめェで隊長の席に穴を空けるんだ。後任の目処も立ってんだろ?」
「まぁね〜。先代の鬼倭番衆の頭目に、是非にって頭を下げられちゃったからね〜」
――――――――
「…………」
「ヒィエッヒェッヒェッ! よく似合ってるじゃないか」
「何が似合ってるってんだババア。なんで私が……」
「重いかい? 誠の一文字は」
「……私にこれを背負う資格があると、本気で思ってるのか」
「ワシはただ道を示しただけさね。本当は鬼倭番衆で引き取ってもらおうと思ったんだが、あんたはこっちの方がいい。この世に人斬りは不要だが、真選組は剣一本で成り上がれる」
「真選組はこの国を立て直した一族だ。そこに私みたいな異物が入って……」
「怖いかい。異なる者と恐れられるのが」
「…………」
「ヒェッヒェッヒェッ、正直だ。安心しな。変化は誰だって恐れるものさね。解決するのは時間。そして覚悟さ。資格があるか……それはあんたが生き様で決めな。もし折れたり嫌なことがあったらおいで。茶請けの一つ出してあげるから。あんたにはお茶より、こっちの方がいいか。ヒェッヒェッヒェッ、ヒィエッヒェッヒェッ」
「…………はっ。怖いんだよ、その笑い方」
――――――――
「結局お前は冒険者に戻るつもりは無いんだな、ミオ」
「酒屋もやってみるとおもしろいものですよ。暇ならたまにくらい手伝わせてあげてもいいですけど」
「暇ちゃうわ! 真選組ナメちょるんか!」
「クスクス。でしょうね。あなたは頼れる隊長ですから」
「……だから、たまにはお前が顔を見せに来い。そのときは酒の一献でも付き合ってやる」
「いいんですか? 私、飲むと発情するタイプですけど」
「発っ……そんなんそん時次第やろ!! 言わせるなアホー!!」
――――――――
それから、私たちが閉じ込めた呪力について。
「いくらお姉様でも、呪力が魔力とは違う性質な以上、いつまた暴走するとも限らない。だから受け入れたいんよ。呪いはウチが背負いたい」
あれがただの呪力じゃないのは知ってるはず。
数千年と受け継がれてきた悪意の結晶。
それを取り込めばどうなるか、予想もつかない。
「いいんだな?」
「うん」
私は、なんとかなるだろの精神でシキの提案を受け入れた。
いざとなったら私が守ってやる、って。
「行くぞ」
手を握ってそこから呪力を明け渡す。
シキは苦悶の表情を浮かべながらも、弱音を吐くことはなく、全ての呪力を受け入れた。
結果に一番驚いたのはシキだった。
「【天獄竜の破呪】……スキルが進化した……」
大元はシキの力だ。
一つになるのは必然だったのかもしれない。
いや、もしかしたら元々一つだった力が株分けして、それが世代を経てスイレンに宿った可能性も……
……考えるだけ無駄か。
暗くなりそうだからこの話やめやめ。
幸せな空気には似つかわしくない。
「そういえば、言うの忘れてたな。おかえり、シキ」
「うんっ。ただいま」
それからもう少しだけ、今後についてを語ろう。
「んじゃ、ヒノカミノ国にも転移門を設置するってことで」
「うん」
口約どおり、ヒノカミノ国は他国との国交を樹立した。
転移門の設置は、これまで極東に位置しているという点で他国との繋がりが希薄だったこの国を大きく変えていくだろう。
もちろん、そのための尽力は惜しまないつもりだ。
「そうなると関所……六紋船の役割が薄れちゃうんだけど」
「いいんだ、リコリス殿」
「いいって?」
「あれは元々忌童衆を隔離するために作られたものだから。だからもう要らないの。それに、カレンにはずっと余の傍にいてほしいし」
「エ、エトラ……」
はいはいあっちぃあっちぃ。
「まあ、問題はこれからなんだけどね」
「だな」
戸惑いや不安、蟠りが全て解消されたわけじゃない。
それでもカレンやスイレンたちが罪を放免されたのは、やっぱりエトラの一声だ。
将軍としての才気が国民の心を動かした。
この国はきっといい国になる。
みんなが手を取り合うステキな国に。
「確執が無くなったわけじゃない。けどまあ、擦り合わせていくよ、気長にね。妖怪は長生きだから」
「頑張れよ、エトラ」
「ありがとうリコリス」
私たちは硬く握手を交わした。
「新婚旅行はこっちにおいでよ。うんざりするくらいもてなしてあげるから。スイレンやみんなも一緒に」
「もう行くの?」
名残を惜しむエトラに、ひらひらと手を振った。
「世界中の女の子が待ってるからね♡」
――――――――
「長い間、帰ってこれなくてゴメン。顔を合わせづらくて、ずっと逃げてた」
ウチは一本の枯れ木の前で手を合わせた。
「いろんなことがあったんよ。すぐには語りきれないくらい。もう五千年以上経つんやもんね。そっちはとっくにウチの顔なんか忘れてるかな。今日は報告に来たんよ。ウチらの孫の孫の……ずっと孫の子が、祝言を挙げるって。相手は誰やと思う? 今の将軍様やよ。びっくりしたやろ。クフフ、ウチも。妖怪みんなが手を取り合う……昔みたいに。マコト……コトハ……」
ダメだ。
言葉が詰まる。
自分が殺した家族に、いったいどんな言葉をかければいいのかわからなかった。
「……また会いに来るから、そのときはゆっくり話そう。愛してるよ、マコト、コトハ。ウチの愛しい家族」
立ち上がって背中を向けた。
その時――――――――
「母上」
小さな声がウチを止めた。
「シキ」
それから鈴の音色のような声が。
幻だ。
そうに決まってる。
なのに、二つの声はウチの心を揺らした。
「大好きですよ」
「いつまでもお前を愛している」
「コトハ、マコト!!」
振り返れば風が一陣、咲き乱れた桜の花をそよがせた。
「ウチ……ウチ、幸せにやってるから!! みんなの分まで生きて……もっともっと幸せになるから!! 大好きやよ!! 二人のこと、ずっと愛してる!! ずっと……!!」
涙は似合わない。
幸せなら笑え。
ウチはくしゃくしゃの笑顔で別れを告げた。
――――――――
そうしてヒノカミノ国での時間はあっという間に。
私たちは帰国することに。
「なーんで……よりによって船で帰るんじゃ……。転移門を繋いだならそれでいいじゃろ……」
項垂れる師匠だけど、やっぱりどうせならってね。
「にしても、よかったの? 六紋船もらっちゃって」
「もう使わないけど、だからって壊すのもね。友好の証、みたいな?」
「そういうことならありがたく。カレン、スイレン、またね」
「ああ」
「はい」
「リコリス殿。あなたへの恩義、生涯忘れないことを誓う」
「忘れていいよそんなもん。それよりあっちゅあちゅなキーッスなんかいただけましたらー♡ んー♡」
「余のだし!! 絶対あげないから!!」
「にょほほほほ♡ 新婚さんからかうのたのしー♡」
「姉さん……あの方は……」
「あれがリコリス殿というお方なのだろう」
さーて、からかいは程々に出発しますか。
「みんなー出港の準備は出来てるかー?」
「いいからさっさと乗りなさいよ」
「とっくに準備オッケーだよー♡」
「よし、んじゃ行くか。シキ、ちゃんとまたねって言っとけよ」
シキのお尻を叩いて甲板へ飛び上がる。
「みんな、それじゃあね」
「なんか他人事みたい」
「へ?」
「私たちはもう、家族です」
「……また会いに来てくれますか?」
「……うん。うん!」
家族か……いいね。
私もアリスとリリアに会いたくなったな。
「サクラ!」
と、エトラが甲板のサクラに声を上げる。
「いっぱいありがとう! いっぱいサクラに助けてもらった!」
「助けた覚え無いけど」
「女嫌いはわかってるけど、余たち友だちでいいかなー! 余、サクラの親友って名乗っていいかなー!」
「……勝手にすれば? バーカ」
誰かしら何かしらが変わった事件。
それは間違いなく良い方へ向かうきっかけになった。
傷付いて傷付けて、それでまた一つ理解して、成長して。
そうして絆は紡がれていく。
「じゃあなみんな!! また会おーぜ!!」
たくさんの大好きを胸に。
永遠に沈まない日の如く。
ヒノカミノ国の冒険譚はこれにておしまい。
めでたしめでたし。
あれ?
そういえば何か忘れてるような?
そもそもなんで私たちだけでヒノカミノ国に来たんだっけ?
「終わったようですね。全て」
「お? おおん」
「ようやく私も話が出来そうで何よりです」
「話?」
なんだその優しい微笑みは。
「な、なになにアルティ〜そんな怖い顔して〜。可愛い顔がだ♡い♡な♡し♡だぞっ♡ ちゃは♡」
「リコ」
「うぃっす」
「あなたがヒノカミノ国を飛び出て、約二週間が経過したわけですが」
そうだった……私、仕事ほっぽり出して……
「ゴ、ゴメンなさい!! あの、そ、その、あ、あ……帰ったらマジメに働きます!!」
こういうときは土下座である。
真摯な謝罪に勝るもの無し。
「いいえ、お構いなく。積もり積もった仕事は私が終わらせておきました」
「へ?」
「アリスとリリアを実家に預け、昼夜も惜しまずプライベートも犠牲に、何日も何日も事務所に籠もって。あなたがヒノカミノ国で遊び呆けている間に」
「え、あ……遊び呆けてるっていうのは……あの……一応、私も頑張ったので……」
「全ての仕事を片付けて、私気付いたことがあるんです」
「な、何を……でしょう?」
アルティは、パチンと指を鳴らした。
するとどうだ。
本国に残ったみんなが一斉にアルティに傅いた。
何これ……何が起きてる……?
「リコ、あなたはもう要りません」
「え? えぇ?!!」
「本日今この時を以て、リコリス=ラプラスハート=クローバーより、リリーストームグループにおける最高権限を剥奪。代表取締役の解任を宣言します。尚これにはリリーストームグループ幹部の過半数の同意を得ているため、異議申し立ては不可能です」
その目は未だかつて無いほどの怒りを孕んでいた。
「リコ、あなたを追放します」
「はへぁ……」
私、リコリス=ラプラスハート=クローバー。
どうやら、無職になったようです。
以上を持ちまして百妃夜后編……そしてヒノカミノ国編を完結とさせていただきます!
長かった!
ここまでお付き合いいただいた皆様に深く感謝を!
シキが抱える闇、血の蟠り、おそらく百合チート史上一番シリアスしたのではないかと思われます。
本当はもっと掘り下げるべきところがあったんですけど、まあ改稿する機会があったらにしておきます。
なにはともあれ大団円。
次章からは、また彼女たちがドタバタしたりわちゃわちゃします。
またダラダラとおつき合い願えますように。
短くはありますが、これを以て後書きとさせていただきます。
また次回の更新でお会いしましょう。
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