2-88.救国の百妃夜后
「ドロシー。ドーロシーってば」
鼻にパタパタ何か……くすぐったい……
「ねーえー起きて起きてー」
「何よもう……って、トト?!!」
「エヘヘー」
目の前で小さな精霊が悪戯っぽく笑う。
「あんた、なんで……」
「私だけじゃないよ」
うねる毒の触手に、深緑色の砲撃が飛来する。
「【甲竜の破滅】、戦靭徹兜榴弾」
森の息吹を感じさせるこの魔力は……
「ゲイル……!!」
「来たよ、主様」
「援軍か! ありがたい!」
「どうして……」
「主様、お仕事サボった。だから連れ戻しに来た」
そういえば公務ほっぽりだしてるんだった……
「だ、だからってこんなとこまで二人で……」
「んーん。二人じゃないよ」
「うん。みんなで来た」
その言葉に、笑顔に。
アタシは胸を撫で下ろす気持ちだった。
みんなで、か。
じゃあ大丈夫ね、って。
――――――――
いつまで経っても攻撃がこない。
不思議に目を開くと、一人の少女が巨大な尻尾を刀一本で受け止めているではないか。
「大丈夫? ミオさん」
「マ、マリアさん……!!」
よっ、と尻尾を受け流し、大蛇の鼻先に炎を灯した蹴りを放つ。
軽やかに着地してから、マリアは改めてミオたちに向いた。
「思ってたよりボロボロだ。ポーションあるよ」
「あ、ありがとうございます……」
「マリアちゃんだー♡ マリアちゃーん、モナもポーション欲しい〜♡」
「モナ姉までやられちゃったの? もう、だらしないなぁ」
「エヘヘ〜♡ ゴメーン♡」
「あの攻撃を防ぐとは……何者だ……」
「彼女は……」
「百合の楽園、マリア=リリーフレイム。お姉たちの妹だよ」
一瞬の和やかな雰囲気を、大蛇は特有の唸り声で壊す。
「ここは任せて。よくわかんないけど、あれを倒せばいいんでしょ?」
「は、はい。ですが、おそらく同じような怪物が各地に」
「他のところも大丈夫だよ。私たちは全員強いから」
マリアは愛刀焔に灼熱を宿し、舌舐めずりを一度した。
獲物を狩る猛獣さながらに。
「さあ、暴れちゃうよ」
――――――――
色香が大地を朽ちさせる、具現化した魔王の力、【欲望竜の邪淫】。
おどろおどしく爛れた聖母の上半身を見やっても、その透き通った美少女は微動だにしない。
「モーのスキルだ」
否、物怖じしないどころか、純粋な笑顔を浮かべた。
純粋な食欲由来の笑顔を。
「おいしそー」
リルムはいただきますと一言、スライムの腕を伸ばした。
――――――――
アメノ町西部。
「でっけー怪物。なーんでここまで来てこんなことしてんだか」
「国のピンチなんですよ? もうちょっと緊張感持たないとダメです」
「うぇ〜。たそに怒られちった。ま、いっか。サクっと終わらせてヒノカミノ国を満喫しよーぜ」
「うん。リコリス姉さんの奢りで」
「アリ〜」
巨大な瓶を背負ったヤドカリのような【宿瓶魔の鈍刀】と、ジャラジャラと湯水のように金貨を湧かす【宝金魔の財刀】に、ルウリとジャンヌが対峙する。
「ってなわけで相手ヨロ。【機械竜の錬成】!!」
「【絶海竜の牙】!!」
「国の一つや二つ、ヨユーで救ってやんよ!!」
――――――――
アメノ町南部。
真空の刃で街を切り刻む【風貂魔の幽刀】に向き合うのは、影なる者シャーリー。
「遥々と海を渡って、待っていたのは国を脅かす反乱の徒とは。退屈しませんね。あの人は」
これくらいのピンチは日常茶飯事。
「いつだって運命の渦中。あの人こそが世界の中心」
大いなる絶望の中、彼女は敬愛に陶酔する。
両腕が一軒家ほどの大きさの鎌が振るわれるのに、鋭い蹴りを合わせた。
存分に華を添えましょう、と。
その美貌を夜に咲かせ。
「【黒竜の暗影】」
――――――――
一段下がってクモノ社。
重要文化財が多く並ぶ荘厳な街並みが破壊されていく。
【白鬼の爻獣】、【黒鬼の土壌】、四獣の名を冠した厄災は、その名のとおりの姿を象り、暴虐の限りを尽くしていた。
「おー! なんかあいつら強そうだな!」
「あんまりはしゃぐものじゃないのでございます」
立ち向かうのは、翼を生やし空から地上を見下ろすプランとルドナ。
「それにわかっているとは思うでございますが、くれぐれも破壊は程々に、でございますよ」
「わかってるぞ! オイラがみんなやっつければいいんだろ!」
「だから……」
言葉を待たず、プランは高速で急降下。
「【聖竜の憤怒】!! 希望の炉!!」
超高密度の魔力を拳に、【黒鬼の土壌】のダイヤモンドより堅固な甲羅を砕き割った。
尤もその余波で幾つか寺社仏閣が吹き飛んだが。
「もう、後で怒られても知らないでございますよ」
爛漫に笑うプランに、ルドナはやれやれと頭を押さえた。
――――――――
【蒼鬼の無貌】、【朱鬼の文書】。
イカズチノ郷で暴れ回る二体。
風光明媚な温泉郷が見るも無惨に変わっていく光景に、ウルは心を痛めた。
「やるせないでござるな」
また、怒りと悲しみが混ざった目の怪物たちにも。
「拙者には、止めてくれと嘆いているように見えるでござるよ」
黒狼は魔力で髪を逆立て、麗しさの奥底に秘めた野性を解放した。
「いざ尋常にでござる、【狼竜の傲慢】」
――――――――
なんでボクが……と、そよ風のベッドにうつ伏せになる。
百合の楽園一の怠け者、シロンはあくびをしながら宙に漂った。
彼女が一人ユキノ港に残っているのは、単に移動が面倒だったというだけの理由。
その結果一人で多数を相手にしなければならないという割りを食うことにはなったわけだが。
しかし、この場に於いてはそれが幸運。
【狂鬼の骨喰】、【堕鬼の早贄】、【鬱鬼の蠱惑】、【屍鬼の亡骸】。
あろうことか四体の怪物たちは、街を壊すだけでなく海まで渡ろうとしていた。
その目的はシロンの知るところではない。
そんな中、微睡む視界に、ふとある光景が止まった。
逃げ惑う人々。
それと、それらを避難させようと声を上げる狸の妖怪たち。
しかしどうしたことか、非常事態にも関わらず、中には彼女たちを非難する者たちがいる。
「そこに居たら危ない!! 早くこっちへ!!」
「うるさい!! 狸如きが指図するな!!」
どうやら理由あって彼女たちは毛嫌いされているらしい。
それでも同じ国に生きる者として、狸の妖怪たちは必死に同胞を助けようとした。
シロンにしてみれば啀み合いに興味は無かった。
人情家……言い方を変えればお人好しが多く集まる百合の楽園の中で、一線引いたドライな性格であるという自負がある彼女。
正直なところ、自分に関わりが無い者たちのことなどどうだっていい。
考えるだけめんどくさい。
寝てた方がマシだ。
なのに……いや、だからこそ、か。
白い柔らかな魔力を纏い、ベッドの上に立ち上がったのは、怠惰に由来する。
「あれを見逃せば、寝付きも寝覚めも悪くなるよな……はぁ」
めんどくさいんだよ。
シロンは静かな怒りを込めた真っ白な魔力を地上へ降らせた。
――――――――
妾としたことが。
この距離まで気配に勘付けぬとは。
それだけ切羽詰っておったということじゃろうか。
「素直に助かった。サンキューじゃ、ユウカ」
ユウカはフワフワ浮かびながら、血まみれで倒れる妾にポーションを放った。
「ギリギリ間に合ってよかった」
「しかしそなたら、どうしてここへ?」
「それは……っと」
血の刃の乱舞。
ユウカはそれを骨の盾で阻んだ。
「これ、テルナのスキルで間違い無いわよね?」
「うむ。仔細は省くが、妾たちのスキルが受肉しておる。額の結晶……あれが核じゃ。あれを破壊すれば」
「了解。下がってなさいテルナ」
「力の大半は欠如しておるが、妾も戦える」
「いや、休んでおいた方がいいわ」
この戦いより怖いことが後に待ってるから……とか何とか聞こえた気がするんじゃが?
……気のせいじゃよな?
――――――――
「はぁ、はぁ……」
ダメだ……倒れるな……
ウチはまだ、倒れちゃいけない……
月夜に高らかに吼える黒狐。
その目に、ウチはどう映ってるのだろう。
軽蔑か、茫然か。
それとも、まだ何も終わってはいないと鼓舞でもしているのか。
「ウチの、力やろ……。ずっと一緒に……苦しんできたやん……。いい子やから、戻っておいで」
黒狐は鳴きながら尻尾の先に宿した炎を飛ばしてきた。
熱い。痛い。苦しい。
ああ、これが……これがウチがこの国に、忌童衆に与えてきたものか。
焦げた自分の匂いが鼻につく。
前のめりに倒れる身体が、途中で止まった。
「だ、だい……大丈夫……です、か?」
色んな匂ものが混ざった、誰よりも深い匂い。
これは……
「エヴァ……ちゃん……」
「助けに……き、来ましたよ」
夢か、幻か。
ウチは細い身体のあたたかさに、優しさに、堰き止めていた涙を溢れさせてしまった。
「うう、ううう……!!」
そんな資格は無いとわかっていても。
「よし、よし……」
余計な言葉は要らないとばかり、エヴァちゃんは膝が崩れるウチの頭を撫でてくれた。
「よく……頑張り、ましたね」
ここからは任せてくださいと、その言葉はいつもどおりたどたどしく、けれど頼もしく。
奈落の大賢者は黒狐に向き、自身の魔力で空間を歪ませた。
――――――――
「あの、なんでここにいるんですかねハニー?」
「愛する女を追ってきた。それ以外に理由が必要ですか?」
悪寒ハンパねぇ。
「言いたいことは多々ありますが、話は後にしましょう。今の状況はだいたい把握しています。道すがら船番に詳細を聞かされましたので」
「船番って……カレンちゃんか! カレンちゃんもここに?」
「行くところがあると一人先行しました。それで」
アルティは褐色美人に目をやった。
「しばらく見ない間に見違えましたが、あれは【創造竜の魔法】で間違いありませんか?」
「まぁな。美人だろ」
「何がどうなってスキルが人の姿を取っているのか、甚だ気になるところですけど。あれは倒さなくてはいけないものでいいんですよね?」
「簡単に言うけど難しいぞ。あれはみんなのスキルの集合体なんだから」
「問題ありません。あなたはサクラたちのところへ」
「いや、今絶賛動けなくて――――――――」
黙れと言わんばかり、アルティは胸ぐらを掴んで引き寄せ唇を合わせてきた。
「これなら動けるでしょう」
「これならって……お、おお? おおおお?!」
身体あっちぃ。
激流みたいな魔力が流れ込んでくる。
「始まりは、これだったのを忘れましたか」
【百合の王姫】の……【百合の姫】の魂の接続……
「行きなさいリコ。あなたは、何一つだって掴み損ねない女でしょう」
「ハ、ハハ……サンキューアルティ。マジでいい女だお前は」
「当然です。あなたの女なんですから」
愛してる。
私は軽く拳を合わせ、滾る魔力に身を任せて駆け出した。
「世話が焼けますね」
アルティは褐色の女に向き直り魔力を荒ぶらせた。
【創造竜の魔法】は呪力により肉体を与えられただけ。
意識も感情も無い。
しかし、その身体は震えていた。
「あなたもですよ。【創造竜の魔法】……リコの一部であるあなたが、よもや忘れたわけではないでしょう?」
嫁という絶対的恐怖の象徴に。
「おとなしくしていなさい。加減は出来ません。するつもりもありませんが」
憂晴らしであるかのように。
炎の街が白銀に鎖された。
【皆様へのご報告】
この度、当方こと無色が描く異世界百合ハーレムファンタジー
『百合チート持ちで異世界に転生したとか百合ハーの姫になるしかない!!』
は、皆様からのあたたかい応援を賜り、連載開始から約一年半の時を経て、ブックマーク1000を突破いたしました!
エタり、グダり、仕事で執筆が滞ったこともありました。
なろうのトレンドからは大きく外れた"百合"というニッチなジャンルにも関わらず、ここまでやってこられたのは、更新を心待ちにしてくださる皆様の存在があってこそと存じます。
これを百合チートの一つの節目として、今後小説家になろうの代表百合として語られるような作品を目指してまいります。
まだまだ未熟で道半ば。
皆様のお力添えをいただきながら、この先も百合チートを盛り上げていきたいと思います。
僭越ながら、今後とも応援のほどよろしくお願いいたします
全ての読者に感謝を込めてm(_ _)m




