21.ドラゴンポート
「お金の減りが尋常じゃない」
馬車に揺られながら、百合の楽園の経理担当ドロシーは、目の前に並べた貨幣を見て唸った。
パーティーの共有資産が、残り銀貨6枚と大銅貨5枚。
ちょっと必要な物資を買ったら尽きるレベル。
まさか十何年稼いだ貯金が尽きるときがくるとは。
私の考えが浅はかだった。
「無駄遣いはしてないはずなんですが」
「主に食費の問題でしょ」
とは言いつつも、獣や魔物を狩って自給自足はしてるし、リルムたちの食事についても自分たちで調達しているので、毎度毎度莫大な食費がかかっているわけじゃあない。
シンプルに、私たちのエンゲル係数が食料自給率を大きく上回っているのだ。
食べ盛りの子どもたちはともかく、私たち三人もめちゃくちゃ食べるしね。
「二人の服やら何やらを買ったら残りは銀貨2枚くらい残るかしら。二等の小麦粉なら2袋。三等の小麦粉なら4か5袋は買えるわね」
「そんな石とか枯れ葉が混じった小麦粉だけで腹が膨れるか。うちには育ち盛りが二人もいるんだぞ」
お金が無いからって子どもたちにひもじい思いをさせてなるものか。
それに何より貧乏で私たちの旅が色褪せるのは耐えられぬわ。
「次の街には冒険者ギルドがあるみたいだし、素材と魔石を売って、あとは稼ぎのいい依頼を受けて少し稼いでいきましょう」
「そうだな。よしっ、やるか! より良いステキな旅ライフのために!」
意気込んだところにリルムの声が聴こえた。
『リー、リー、おーっきな水溜まりー』
「水溜まり?」
馬車から顔を出すと、湿気を帯びた風に撫でられた。
「おー!」
「お姉ちゃん! 見て、水がいっぱいキラキラしてる!」
「わぁ! すごいです!」
御者台ではしゃぐマリアとジャンヌに負けず劣らず、私も目を輝かせた。
眩しいくらいの青が目に飛び込んできて、自然と心を高揚させられる。
こういうとき、やっぱり人はこう叫ばずにはいられない。
「海だーーーー!!」
私たち一行は、ドラグーン王国の最東端……竜の玄関口と謂われる交易港。
ドラゴンポートへとやって来た。
ドラゴンポートは、北から南にかけて大きく5キロ程の弧を描いた巨大な街だ。
港には何隻もの船が停泊していて、正直リゾートという印象は全然無い。
この世界に来て初めて見た海に感激するのと同じくらい、水着美女は拝めないことに落胆した。
「うぅ、水着がぁ……」
ていうかアルティとドロシーはわかってたな…
「ちくしょー! ぬか喜びさせられたー! もうこれは私のためだけに水着ショーしてもらうしかないよ、ね!」
「バカなこと言ってないで行きますよ」
「うぃっす」
とまあガッカリはしていたんだけど。
すぐに復活した。
「ひゅー♡ ねえねえ地元の人?♡ 私今この街に着いたばっかりなんだけど、よかったらオススメのお店案内してほしいなー♡」
「わっわっ♡ 尻尾がめっちゃキュートですね♡ 付け根から先っぽまでブラッシングさせてくれませんかぁ?♡」
「そこの筋肉がセクシーなお姉さーん♡ 私と船上のワルツを一曲ー♡」
交易の街だけあって、いるわいるわステキなお姉さんたち。
耳と尻尾がキュートな獣人に、程よい筋肉のスレンダーなドワーフ。
ハーフリングに魚人、ゴブリンやオークの魔人なんかもいる。
「アガるぜー! ひゃっほー!」
「リコリスお姉ちゃん、どうしたの?」
「なんだか楽しそうです」
「あれは見てはいけないものよ」
「近付くと妊娠しますよ」
させてやろうか? あ?
「ねえねえアルティお姉ちゃん。ゴブリンとかオークって魔物だよね? なのに街にいるの?」
「あの人たちは魔人といって、魔物とは違う存在なんですよ」
「どう違うんですか?」
「魔物は明確な知性を持たず人を襲いますが、魔人は知恵と力を持った魔物が進化、或いは突然変異で生まれた、理智的で限りなく他の種族と近い存在なんです。私は見たことがありませんが、中には人間と見分けがつかないような魔人もいるそうですよ」
「悪魔なんかがいい例ね。あれは魔人の中でも上位の存在だけど。ちなみに人間と同じで、全員が全員善人ってわけじゃないんだから、意思疎通が出来るからって不用意に信用しちゃダメよ」
またマリアから質問。
「じゃあじゃあ、人を襲わないリルムたちも魔人?」
「魔物の中でも、人に与し力を貸すものを従魔と呼称します。魔物との同意や契約によって縛ることを従魔契約というのですが、契約出来るかどうかはその人の資質次第で、絶対に契約出来るということはありません。それとリコの場合は説明しようの無いほど特殊なので、もしもテイマーになりたいという希望があっても、リコだけはお手本にしてはいけません」
「うーん、難しいけど……わかった!」
「わかりました!」
お勉強になったようで何より。
解せんけどな!
いやぁ、それにしても眼福眼福♡
大変いい街だここは。
「さ、まずは二人の服を買いに行きましょう」
「おー!」
街の服屋にて、親が子どもにいろんな服を充てがう気持ちというものを、私たちはこれ以上なく実感していた。
「どう、かな?」
「似合ってますか…?」
「ほわぁぁぁ♡ 二人ともきゃわーーーー♡」
ボーイッシュなのもガーリーなのもたまんねーなおい♡
何着ても似合うーてぇてぇー♡
「うん。二人ともよく似合ってるわ」
「可愛らしいですよ」
「お金貯めたら絶対また来る。そんで二人にいっぱい服買ってあげるんだ」
なるほど、これが貢ぎ癖か。
フィーナの気持ちがよくわかる。
何でもしてあげたくなるとは違うけど、甘やかしたい気持ちでいっぱいだ。
「マリア、ジャンヌ、服を買ってくれたのはリコリスだから、ちゃんとお礼を言っておきなさい」
「うん! リコリスお姉ちゃんありがとう! とっても嬉しいよ!」
「ありがとうございます、お姉ちゃん!」
おいおいおーい。
いくらでも課金するからこの笑顔守らせてくれぇぇ。
そして、この広すぎる街を歩くこと十分強。
やっとこさ到着した冒険者ギルドは、絵本の中に出てくるような木組みの屋敷。
高台に建った建物の中は冒険者たちの活気で溢れていたけれど、私たちが入った途端、彼ら全員の意識がこちらに向き、水を打ったように静まり返った。
「女だけのパーティー?」
「しかも子ども連れだぜ」
「キレイな娘……思わず見惚れちゃう…」
物珍しさというか、これだけ美人美少女が集まってればそりゃ視線も集めるか。
注目されてくすぐったいったらないけど、いやぁ気持ちがいい。
どうだ可愛いだろう私の女たちは。ハッハッハ。
「こんにちは。素材を売りたいんですけどいいですか?」
「はい。ではギルドカードを確認します。百合の楽園……粘体級冒険者のリコリスさんですね。ではこちらへどうぞ」
優しく案内してくれたのは、タレ目と厚い唇がえっちな、イースさんて名前のお姉さん。
「あ、そうだ。ついでにドロシーも冒険者登録しちゃいなよ」
「そうね。そうするわ」
「すみません、この子の登録も一緒にいいですか?」
「かしこまりました。では係の者に対応させますね」
「お姉ちゃん、私も冒険者登録したいなぁ」
「私も」
マリアとジャンヌは上目遣いでおねだりしてくるけど、ギルドに登録出来るのって18歳からなんだよな。
二人的には私たちと一緒がいいってことで、冒険者として活躍したいとかそういうわけではないんだろうけど、さすがにギルドの規定には口を出せない。
ここは優しく諭すとしよう。
「二人がもっと大きくなったらね」
「お姉ちゃん、ダメ?」
「ダメですか?」
「うーん可愛さは満点」
こやつら、天然で自分たちの可愛いところをあざとく魅せよるんだが。
末恐ろしすぎるだろこの10歳ズ。
すると、私たちの話し声が聞こえたらしい。
酒場のスペースで飲んだくれる男たちが品の無い笑い声を上げた。
「ハッハハハ! おいおい聞いたか? 子どもが冒険者だとよ!」
「ここは養護院じゃねえぞ? ギャハハハ!」
異世界イキリチンピラおじさんテンプレの絡み乙でーす。
めんどいから絡まんけど。
「おい姉ちゃん! 女だけだと寂しいだろ! おれたちのパーティーに入れてやろうか?」
「可愛がってやるからよぉ!」
ああいう連中のセリフってコピペしてんの?ってくらい代わり映えしないんだよな。
脳の容量8ビットかよ。
んで、無視を決め込んだら逆上すると。
「おいシカトこいてんじゃねえぞ女ァ!」
「怖くて何も言えねえかぁ? あぁ? 小便漏らしそうなほど震えてんくせによぉ!」
「ッ!」
マリアとジャンヌが服の裾を掴んで震えた。
「こっち向いてみろってん――――」
「…………」
「だ、あ……?」
男たちは、さっきまでの威勢が掻き消えたように額から冷や汗を流した。
アルティとドロシーが、鋭い殺気で男たちを威嚇している。
まったく煽り耐性の低いこと。
まあ、私も人のことを言えないから、男の腹に蹴りをめり込ませて吹き飛ばすんだけどね☆
「ごはッ!!」
男はテーブルと椅子を巻き込んで倒れ、ギルドの中の空気を騒然とさせた。
「私たちの可愛い妹、怖がらせてんじゃねーよ。ていうか……おしっこ漏らしたら私が地べた這って啜るってんだよ!!」
「て、てめェ!!」
男の仲間らしい連中が十五人。
怒った目で睨みつけてくる。
「二人の教育によろしくないのでは?」
「女の子は男を不用意に近付けちゃいけないって教育だが?」
「いや、あんたの存在の話してる」
「なにおう?」
「なにゴチャゴチャ言ってやがんだ!! ナメやがって、やっちまえ!!」
「凍る地平」
床に冷気が伝わって、向かってくる男たちの足元を氷漬けにする。
「ぐああっ!」
「な、なんだ?!」
アルティはため息を一つ、男たちに歩を寄せた。
「無理に動けば足が使い物にならなくなりますよ。五体満足で残りの人生を平和に謳歌したいなら、この先私たちには関わらないことを推奨します。言葉の意味は、わかりますね?」
恐怖。
その目を見てない私でさえ怖かったんだから、まともに威圧された男たちはたまったもんじゃない。
文字通り固まって顔を青白くさせている。
氷が溶けたのと同時に、男たちは蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げてギルドから出ていった。
「アルティお姉ちゃんカッコいい!」
「ステキですアルティお姉ちゃん!」
「それほどでもありません」
ププーw
褒められて鼻高々にしちゃうアルティかわヨさーんw
ていうか妹たちよ、私は?
お姉ちゃんもちょっとやったよ?
「なんの騒ぎだいまったく。うるさいったらない」
ちょっとして、杖をついたお婆さんがやってきた。
ギルドの中のあちこちに目をやると、やれやれと言わんばかりに息を吐いた。
「ギルドマスター。じつは」
「ああいいよイース。どうせいつもの小競り合いだろう。冒険者ってのは血の気が多いからね。まったくジョーの奴にも困ったもんだ。そこの赤髪」
はい赤髪です。
「壊したテーブルと椅子の分は、査定から引いておくからね」
「ぅぐ」
「うちのギルドは初めてだね。あたしはドラゴンポート支部のギルドマスター、シースミス=ツェッドだ」
「ご丁寧な挨拶をどうも。百合の楽園のリーダー、リコリス=ラプラスハートです」
「ラプラスハート……ほぉ、ユージーンとソフィアの娘かい」
「お父さんとお母さんを?」
「昔少しね。立ち話もなんだ。査定が終わるまで茶でも付き合いな。そっちの娘たちもおいで。美味い菓子もある」
「「お菓子!」」
半ば強引ではあったけど。
マリアとジャンヌが嬉しそうに尻尾を振るので、せっかくのご厚意に甘えることにした。
両隣でクッキーを頬張る子どもたちを他所に、シースミスさんは話を始めた。
「ユージーンたちは元気にしてるのかい」
「はい。二人目を儲けるくらいには」
「ヒッヒッヒ。そうかいそうかい。それは重畳だ」
魔女みたいな笑い方するなこの人。
うちの妹たち肥らせて食べちゃうの嫌だよ?
「二十年以上前だ。当時のあの子たちは冒険者の中でもとびきりの跳ねっ返りでね。よく手を焼かされたもんさ。その娘が冒険者とは。あたしも歳を重ねるわけだ。冒険者になったのは?」
「故郷を出たのが二ヶ月ほど前なので、それくらいです」
「なのにあの強さか。あんたたちが伸した連中はね、大熊の顎っていう、中堅の中でも腕の立つパーティーだ。それを一蹴するんだから、相当なものと見受ける」
冒険者を侮ってる風に捉えられるかもだけど、あれで中堅かって感じ。
冒険者にも色んな人がいるんだな。
「あんなゴロツキでもドラゴンポートに集まるパーティーの中じゃそこそこやる部類だ。盛んな街ほど冒険者同士の小競り合いは珍しいもんじゃない。まあ、あんたらなら心配は要らないだろうが、変に目をつけられないよう注意しておきな」
「うぃっす。ああ、なら物は相談なんですけど」
【アイテムボックス】から書状を取り出す。
ルムの街のギルドマスター、ウォルステンさんからもらったもので、中身は私たちへの口添え。
端的に、困っているようなら手助けになってやってくれというもの。
「なんだい?」
「ほら、そんな血気盛んな街なら、子どもだけ置いていくのは危ないかもしれないでしょ? かといって私たちが依頼に行くとき連れて行くのは体面的にどうかなーなんて思うわけで」
「回りくどいのは嫌いだよ」
「私もです。この子たちにギルドカードを発行してもらえませんか?実力は保証します」
「冒険者の登録は成人してることが条件だ。それを知った上で言うのかい?」
「話が通じそうだなって思わないと、私だってこんな無茶なことを通してもらおうなんて考えませんよ」
ニコニコしてたのに、シースミスさんは一笑に付したように鼻を鳴らした。
「なんだろうね。年寄りの勘が言ってるよ。あんたは我を貫き通すタイプの人間だって」
「そのとおりです」
「そのとおりよ」
言うじゃーん貴様らー。
そのとおりですけど。
「いいだろう。シースミス=ツェッドの名に於いてその無理を通してやろうじゃないか」
言ってみるものだ。
それを聞いたマリアとジャンヌの晴れやかな顔。
うーん2兆点。
けどまあ、そんなうまい話がタダなわけもない。
「ただし条件がある」
「予想はしてましたけど。可愛い妹たちのためなら何なりと」
「まず一つ。こちらから依頼を幾つか斡旋させてもらう。取り立てて高難度というわけじゃないが、手間の観点から受注者がいないものだ。なに、固く考えないでいい。内容はただのよろず屋さ」
よろず屋って、ようは雑用でしょ?
やる人がいない仕事を私らで消費させようとしてるな…
こっちが前例のないお願いをしてるんだから、あれこれ言えないけどさ。
「それと二つ。実力があると言われてそれを鵜呑みにするわけにはいかない。体裁にはなるが、こっちが提示した依頼をこなした後で試験をさせてもらうよ」
「試験?」
「私たちのときには何もありませんでしたが」
「成人していて犯罪歴が無ければ誰でもなれるのが冒険者だからね。だが前例が無い以上、納得出来る中身が必要になるんだよ」
「そりゃそうか。試験っていうのは?」
「簡単な筆記試験と実技試験さね。肩肘張ることはない」
ふむふむ。
実技の方は余裕だろうし、筆記の方はアルティとドロシーが先生をしてくれれば大丈夫そうだな。
「そして三つ。まあ、これが本題だ」
シースミスさんが提示した最後の条件が、まさかあんな事態にまで発展しようとは。
このときの私たちは、誰一人として想像もしていなかったのであった。




