2-87.せめて最後にもう一度
城は赤く燃えているのに、その先の月は皮肉なくらい煌々と青く見えた。
夢見心地な脱力感。
でも、本物。
アタシから抜け出た力が、城を、人を襲うのも。
「【月皇竜の秘薬】……」
癒やすべきスキルが人を傷付ける。
そんなことあっていいはずない。
止まれ。
止まれ。
「止まり、なさい……止まれ……止まれ……!!」
止まらない。
透き通った黒い翅を羽ばたかせ、毒の触手をアタシへと伸ばす。
「そぅら!!」
横からヤクモが跳び、触手を切り落とし横っ面に蹴りを見舞った。
「まったく、退屈せんのぅ。大丈夫かドロシーの嬢ちゃん」
「そう見えるんなら……そうなんでしょうね……」
元気な年寄だわ。
こっちは指一本動かせないっていうのに。
「あの怪物は嬢ちゃんのスキルか。面妖なこともあったもんじゃ」
「……! ヤクモ、その腕……」
明らかに毒が回ってる。
「さっき掠めたか。しくじったわ。酒でもぶっかけておくわ。ごくごく……ぷはっ! いつ飲んでもわしの酒うまっ!」
「消毒になってないわよ……」
「まぁいざとなったら切り落とせばいいじゃろ。孫とお揃いなら悪くないわ」
アグリとオソノは……
「案ずるな。怪我人はダンゴロウが看ておる。嬢ちゃんはこの場を生き残ることを考えろ」
「……お互いにね」
薬は尽きた。
加勢は期待出来なくて、スキルも無い。
絶体絶命……か。
「まいったわね……」
「希望を捨てなけりゃ掴める未来もあるってもんじゃろ」
「フフフ……そうね」
ガラじゃあないけど。
せいぜい奇跡に縋ってみようかしら。
って、皮肉に笑うアタシの視界が、眩いばかりの光で埋まった。
――――――――
「アザミ……生きて、いますか……?」
「なんとかな……」
焼ける廓には、つい今しがたまで戦っていた彼女たち以外残ってはいない。
ミオは柱に背中を預け、流れる血の熱さに薄れゆく命を実感した。
「モナさんは……」
「元気いっぱーい♡」
口ではそう言うもの、モナもまたスキルを奪われ畳の上に身体を擲っている状態。
そんな彼女たちの前には、長い舌をチロチロ覗かせる黒い大蛇が一匹。
鱗の一枚一枚が刀と化した、【千面蛇の霊刀】という怪物だ。
「こんなとき、あの人ならどう切り抜けるのでしょう」
「リコリス殿か?」
「ええ」
「あれは不思議な人間だ。お前が惚れ込むのもわかる」
「アザミ……」
「言わずともわかる。あれは、いい女というやつだ」
「……ええ、そうなんです」
「いい顔だな。まったく……死に際に失恋する方の気持ちを考えろ」
「すみません。誰からも好意的で」
「お前という奴は……」
「アザミ」
「なんだ」
「お互い生き残れたら、酒でも酌み交わしましょう」
「……ああ」
「いいないいなー♡ モナも混ぜてー♡」
「クスクス。みんな乱れても趣きがあっていいですね」
「なななな、何言うちょるん助平!!!」
これが今際の言葉なら、案外悪い人生ではなかった。
ミオは周囲を粉砕する尻尾の薙ぎ払いに、そっと目を閉じた。
――――――――
セイクウノ都の北部の森。
チトセに抱えられる形で猛スピードで運ばれてきたんだけど、途端にチトセがもがき苦しみだしたかと思えば、身体から何かが飛び出して、少し後には黒炎を滾らせた化け物が辺りを燃やし始めた。
どうやらチトセのスキルらしいと、刀を杖代わりにした本人が言った。
「あの女の仕業だろォが……しちめんどうなことしやがって……!!」
憎たらしく吐いて化け物から私たちを守るために戦う。
いくら強いと言ってもけど刀一本じゃ限界がある。
すぐに切っ先が溶けて、あっという間に刀は使い物にならなくなった。
「くそったれが……!!」
化け物は背負った回転する車輪から炎を噴射。
チトセは身体を焼かれてその場に倒れた。
「チトセ! チトセ!!」
エトラの呼びかけに反応が無い。
完全に気を失ってる。
「エトラ、こっち!!」
あの化け物は私たちを狙ってるみたいだった。
なら少しでもチトセから離れた方がいいと、燃え盛る森の中を駆け抜ける。
すると、正面に人影が見えた。
「スイレン……!!」
「手間取らせるな」
殺意以外の感情が欠落した眼に恐怖して、方向を変えてまた駆ける。
走るでも攻撃してくるでもない。
スイレンはただ私たちの後を追いかけてきた。
徐々に逃げ道を潰され、私たちはセイクウノ都の最北端。
眼下に荒波が押し寄せ大渦を巻く断崖絶壁へと追い詰められた。
「終わりだ。この国も、お前たちの運命も。これでようやく私たちはこの血から解放される」
「……本気でそう思ってるの? たとえ死んでも殺しても、流れてる血が変わることなんて無いでしょ」
黒い風が一陣顔の横を通り過ぎる。
私は震える口で精一杯言葉を紡いだ。
「図星だから苛立ってるんじゃないの? 本当はあなただってわかってる。こんなことに意味なんて無いって」
「人の子の分際で知った口を叩くな痴れ者が。意味とは主観だ。他人がそれを求めて何になる。何が変わる。」
「わからない。でも、変わることの怖さと戸惑いを私は知ってる。今もまだそれはきっと途中で、結局は何も変わらなくて、何も起こらないかもしれない」
だけど……
「私にはいた。こんな私でいいって、今のままの私がいいって言ってくれる人が」
たぶん私は、べつに期待に応えたいわけじゃない。
あいつのために……なんて考えただけで負けた気になる。
女は好きじゃない。
それでも、あいつらは"嫌いじゃない"から。
「あなたにもいる。あなたを大切に思う人が、必ず」
私の言葉はなんてことなく、スイレンの地雷を踏み抜いた。
「黙れ……」
『お願いします。どうか――――――――』
「黙れ小娘が!!!」
「あ、ガ――――――――!!」
ヤバ……首……
息……
「半端な言葉を並べて、持ち前の幸福を説いて、理解者にでもなったつもりか!! 力無く、ただこの場に在るだけの愚物が!! お前にいったい何がわかる!!」
「サクラ!! やめてスイレン!! 手を離して!!」
「失せろ無能!!!」
刀を薙いだ衝撃で身体が浮き、エトラの身体が宙を舞った。
薄れる意識の中、時間がゆっくりと流れて、エトラは私の目の前で崖の下へと消えた。
涙ぐむ私はスイレンを睨むことしか出来ず、スイレンは激しい怒りを宿した目を向けたまま腕を引いて切っ先を立てた。
「死ね!!」
ガギン
鈍い音が一つ。
刀が弾かれ、私は誰かに抱えられてスイレンから離れたところで降ろされた。
隣にはエトラの姿もある。
いったい誰が……
「……!!」
「何故……どうして、ここに……」
一番驚いていたのはスイレンだ。
無理もない。
「お前を止めに来た。スイレン」
忌童衆もう一人の筆頭。
カレン=ユズリハ。
スイレンの双子の姉がここに立っていたのだから。
スイレンの黒刀の対、昼の光をそのまま形にしたような真っ白な刀を手に。
「幕を引こう。この悲しい戦いに」
――――――――
いってぇ……動けねぇ……
【創造竜の魔法】が無いだけで傷は治らないし痛い。
それにこんなに弱い。
私はみんなのスキルに……いや、みんなに支えられてたんだなぁって改めて実感する。
そんで肝心の【創造竜の魔法】は私を殺そうとしてるし。
こんなところで死ぬわけにはいかないんだけどな。
「せめて……せめて……最後に」
最後に……もう一度……
「アルティのおっぱい揉みたかったぁ……へぶっ?!!」
誰だしんみりしてる私のご尊顔を容赦無く踏みつけるのは。
「何をらしくなく諦めているんですかあなたは」
「な、ア……」
「本当にあなたという人は、どこへ行っても騒ぎを起こすんですから」
「ア、アル……ティ?!」
「生憎と情けない顔をした妻に揉ませる胸は持ち合わせていませんので。どうしてもと言うなら立ち上がりなさい」
なんで、ここに?
ていうか……うん、まず何より……
「足どけろ貴様……」
ヒノカミノ国編、いよいよラストスパートです!
それと同じくして、百合チート連載から約一年半、ついにブックマークが1000まであと一歩というところまでやってきました!
ひとえに皆様が百合チートを愛読、応援してくださっているおかげです!
追放、悪役令嬢、ざまぁ、溺愛……流行りもトレンドも知りません!
これまでもこれからも、百合チートは小説家になろうの異世界百合を貫いていきます!
皆様から変わらぬ応援をいただけますようにm(_ _)m




