2-78.最強の魔王だもん♡
魔王モナは語り部にはならない。
「〜♡」
「はぁはぁ、くっ!!」
力の差は歴然だった。
ひらりひらり。
のらりくらり。
フミコが何をしようと、何を繰り出そうと、モナは圧倒的な力で迎え撃った。
格が違う以前に勝負にすらなっていない。
子どもが大人にあしらわれるような、という表現さえも可愛く思えるほどに。
「人を、人を小馬鹿にするのも大概にしなんし!!」
「馬鹿になんてしてないよ?♡ ちゃんと相手をしてるつもりなんだけどなぁ♡」
「なら、なんで殺さないんでありんすか!! これだけ力の差があれば、わっちを消し炭にすることなんて容易いはず!! なのに!!」
「モナたちは誰も殺さないよ♡ リコリスちゃんはそういうの嫌いだからね♡ それにリコリスちゃんに負けないくらい、モナは可愛い子がだーい好きだしね♡」
「減らず口を……!! いいでありんすえ!! まともにやる気が無いなら、どうぞそのまま死になんし!! 空想詩篇!! 七様式!!」
紐解かれた絵巻物が螺旋を描く。
綴られた文字が浮かび上がり、七体の分身が出現した。
戀會。
静舜。
戎疸。
轢梓。
萌剣。
髄理。
姦否。
魔力の総量、技量をそのままに、それぞれが一つの属性に特化した分身体。
文車妖妃、フミコ=スガハラの奥義である。
「紡がれ死になんし余所者――――――――」
「夢幻の情慾♡」
今一度、奥義であった。
本来ならば紡がれる言葉で高天ヶ原が消え、生きとし生ける全ての命が潰えるはずであった。
しかし、最強はそれを無かったことにする。
ただ吐息を吹く所作で。
「こんな……こんな理不尽が、あってたまるか!!」
「仕方ないよ♡ モナは最強だから♡」
「ふざけなんし!! そんなことで……わっちらの悲願が潰されてたまるか!! わっちらがどんな仕打ちを受けてきたと思ってるでありんす!! どんな人生に耐えてきたと!! 何も知らないくせに、ただ強いというだけで!! わっちらの願いを否定する権利がいったいどこにありんすか!!」
「あるよ」
権利があって意味もある。
理屈もあれば理由だって。
だがモナはそれを言語化しない。
「ならそれを語ってみなんし!! 語りもしない語り部が!!」
如何にフミコが激昂しようとも、魔王モナは語り部にはならない。
意図せずして世界の王。
自らを中心に、否応無く周囲を巻き込む強い引力の持ち主であるモナ。
同じ王たるリコリスとの違いは、ひとえにその性質。
自らと他者とを同格、同率に扱うことで隔たりを作らないリコリスに対し、モナは真に気に入ったもの以外まるで興味を示さない。
ある種の排他的思想にも似たその性格故に、自由奔放を極め、かつてはリコリスと対立したこともある。
その経験を経て心を理解し、真なる愛を知った。
そう、今の彼女は充分に語り部としての資格がある――――――――が、心を理解した今のモナだからこそ、語り部にはならない。
好きなものだけ欲望のまま。
それこそが本質で、それこそが自分の存在証明であると知ってしまったために。
それが赦されると理解してしまったために。
最愛がそれでいいのだと赦してしまったために。
「モナはモナがやりたいことだけをやるの♡ だってモナは最強の魔王だもん♡」
「ッ?!!」
ひたすらに自由に。
果てしなく気ままに何だってする。
自分がそうしたいのだ。
大切な仲間のために。
濃厚な口付けを交わし、一時の快楽で魂を侵食する。
「魔王の寵愛♡」
蕩けるほどに甘美な肉の快楽……モナの全てを一瞬のうちに体験させる、悪魔らしい悪魔の技。
魂を侵され涙と唾液で顔を濡らしながら、フミコは震える足で踏ん張った。
「わっちが、この花魁が……こんな、ことで……!!」
「そうまでして頑張らなくちゃいけないこと? 復讐って」
「何が……何がわかるでありんすか!!」
「復讐なんて考えたことないから、あなたの気持ちは全然わからない。でも、気持ちいいことを我慢しなくちゃいけないのはつらくない?」
後ろ手を組み、乙女さながらの可憐さでモナは言う。
「モナは楽しいことも気持ちいいこともだーい好き♡ みんな笑顔で明るく幸せハッピー♡ それが一番でいいんじゃないかな♡」
「お気楽……能天気の大馬鹿者……!! わっちは、わっちは!!」
今にも倒れそうなフミコをそっと抱きしめて。
「よしよし」
悪魔とは程遠い、聖母さながらの温もりで包み込む。
慈しみを孕んだ声に、手の平のあたたかさに、フミコは不意に涙腺を緩ませた。
ぶつけるのでなく受け止める。
恨みも憎しみも、怒りも悲しみも。
堰き止められていたものを取っ払われ、初めての感情にフミコはただ思い切り泣き喚いた。
大粒の涙がモナの肩に落ちる。
そこに余計な言葉は無い。
魔王は全てを受け入れ、そして閉じる。
底知れずあたたかな愛を以て。
残酷なまでに悲哀に満ちた物語を。
モナは存在がちゃんとチートです。
強さも可愛さもえっちさも。
そんなモナが、当方は好きなんだぁ。
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