2-75.烈火に舞う朱雀
「空想詩篇、断片集!!」
だんだんわかってきた。
フミコの能力。
炎を操る煉災と、見えない斬撃を繰り出す断片集。
「贄瀧!!」
荒れ狂う水の龍と瀑布。
属性に統一性が無いんじゃない。
それがきっと【朱鬼の文書】の権能なんだ。
「【魔竜の暴食】!!」
「熨熨舞、暈転!!」
「黒い竜は霧に、猛る烈火は灰に! 柔く、脆く、己の弱さを露呈するかのように消えて散る!!」
文章……物語……いや……
「小説か!」
「!」
フミコの顔色が変わった。
どうやら的を得たらしい。
「煉災、終狼!!」
「氷獄の断罪!!」
「黒炎はいとも容易く――――――――」
「白銀に煌めく氷河が黒炎を呑み込んだ!!」
フミコの言葉に被せて言うと、言葉のとおり氷河は炎の狼たちを掻き消した。
「どうなってんだこりゃァ」
「これが【朱鬼の文書】の能力なんだろ。一定空間内の上演。私たちを登場人物に見立てて、自分の空想をそのまま押し付けるってところか」
だからいくらでも私たちの攻撃は無効に出来るし、筋書き通りに自分に有利な状況を作り出せる。
骨が折れたり死んだり、直接人体に影響が出るような使い方は出来ないとみた。
そんなことが出来たらとっくに勝負はついてるから。
「なら対処は簡単だ。語り部は一人じゃない。物語ならド定番で当然のルールだ。とんだチートだけど、こっちで物語を改稿しちゃえばどうってことない」
まあ、実際にはフミコ以上の魔力と想像力が不可欠なんだろうけど。
「風情も知らぬ……三流読者が……!!」
自分の物語を蔑ろにされ怒りに震えるフミコに、私は声高々に言ってやった。
「そっちが書き手としてどれだけ優秀でも、私ってキャラクターは扱いきれない。私を破滅ヒロインにしたいなら、百万文字の濡れ場を書いてこいよ」
相手が私たちだったのが運の尽きだな。
「刮目しろ。この世界の主人公が誰なのか」
ピシッ
何かがひび割れる音が聞こえた矢先、フミコが持っていた絵巻物が輝き出した。
「馬鹿な……わっちの物語が……わっちの世界が……!!」
紐解かれた絵巻物が宙に開き、赤く縦に裂ける。
そこから姿を現す三人の美姫。
「ん〜♡ やっと出られた〜♡」
「妾にかかればこんなものじゃ」
「もう猫は懲り懲りです」
「モナ! 師匠! ミオさん!」
「リコリスちゃんだ〜♡ モナ寂しかった〜♡ ギューってして〜♡」
おっほォプリンプリンなハグさいこー♡
「助かりましたリコリスさん」
「ウッヘッヘ、無事で何より。ていうか師匠たちがいて随分脱出に手間取ったじゃん」
「少々奴の力が特異だったものでな。解析に時間がかかった。そなたが外から仕掛けてくれるのを当てにしていたのもあるが。何にせよこれで形勢逆転じゃろ。ひと暴れしようかのう。囚われている間に身体が鈍ったことじゃし」
「モナも〜♡」
「それは構いませんが、あの禿だけは私がもらいますよ」
ミオさんは鞘から刀を抜き払い、濡れたように輝く刃を立てた。
「人形使い……いえ、傀儡師ですか。お祖父様を傷付けたのはあなたですね」
「キヒヒヒ、ああ酒蔵の爺の孫か。あのとき邪魔されなけりゃ、今頃狐の仲間を一人お陀仏に出来たのに」
「懺悔の言葉は無しと。よかった、これで心置きなくあなたを叩き潰せます」
「やれるもんならやって――――――――」
一瞬、私たちから音が消えた。
静寂の世界に水音が一つ。
知覚を許さない速さを以てコイとの距離を無くし、勢いのまま腹に蹴りをめり込ませた。
これまでの鬱憤を晴らすかのように。
「キひゃっ――――!!」
コイは襖も壁も突き破り、曙之楼の外へと吹き飛んだ。
「おうおう、怖いのう」
「彼女は任せてください。では」
ミオさんは優雅に一礼した後、開いた風穴から出ていった。
「リコリスよ、妾らも行くぞ」
「行くって……」
「大方今頃シキたちの方も騒がしくなっておるのじゃろ。ここはモナ一人いれば事足りる。向こうへ加勢した方がよい」
「でも師匠、一回はみんな捕まったんだぞ。もしまたそんなことがあったら」
「大丈夫じゃ。この前はちょーっとお酒と女で楽しくなって油断したが」
「おい何してんだ呼べよ私も」
「これでも最強じゃからな。二度遅れは取らぬ。そうじゃな、モナ」
「うんっ♡ 任せて〜♡」
モナは濃い桃色の魔力を炎に揺らし、悪魔の翼を広げて君臨した。
「モナはヤるときはヤる子だからね♡」
「ニシシ、知ってる。頼んだぜモナ」
「うんっ♡」
「行くぞ師匠、チトセ」
「うむ」
「指図すんな。てめぇの下についた覚えはねぇぞ」
それでもついて来てくれるんだから優しいね。
「行かせないでありんす!! 殉憤岳!!」
「魔娼の大鎌♡」
廓を突き破る巨大な断崖を一閃。
モナはいとも容易く切り裂いて止めた。
「小癪な……ただの女が、花魁の前に立ち阻かってんじゃねえでありんす!!」
「やーんこわーい♡ けど残念だなぁ♡ モナをただの女の子扱いしちゃうなんて♡ あんまり舐めてると食べちゃうよ?♡ ただの花魁が最凶の魔王をどう相手にしてくれるのか」
ペロリと、身震いするくらいエッチに舌舐めずりして。
「教えて、ね♡」
――――――――
「……あーあー肋が折れちゃった」
口の中に溜まった血を吐き捨て、上等な着物で口を拭う。
コイはフラフラと、吹き飛ばされてきた方を見やった。
同時、突風が一陣。
ミオが容赦の無い突きを繰り出した。
刀は右腕を貫き血を噴き出させる。
が、コイは不気味な笑みを浮かべ、ミオの声色も冷たいものだった。
「キヒヒヒ、キヒヒヒ」
「いい加減出てきたらどうです。人形のままで私に勝てるつもりですか」
すると次の瞬間、それまで動いていたコイが、文字通り糸が切れたようにダラリと項垂れる。
廓の屋根から飛び降りてきた本物は、人形以上に不気味な眼差しをミオに向けた。
「特別だよ? 操手が観客の前に顔を見せるなんて、ざらにあることじゃないんだからさ」
「知りませんし、どうでもいいです。私は聖人君子ではありませんから。忌童衆を止めるどうこう以前に、これはただの仇討ちなんです。お祖父様を傷付けたあなたを、私は決して赦さない」
「赦さないねぇ。それが傲慢だってなんで気付かないのか。愚かで滑稽みっともない。産まれてからずっとのうのうと平和に暮らしてただけの妖怪が、不自由も不平等も無く生きてきただけの妖怪が笑わせるな。一人や二人傷付けられたくらいでやいのやいの、片腹痛いんだよ大馬鹿が!! 朱雀隊の底意地、舐めてんじゃないぞ!!」
「あなたたちの闇は計り知れずとも、謂れなき人を傷付けた罪は変わらない。せめてこの剣で、自らの罪を雪ぎなさい」
雪花舞う月夜の下で二人は相見える。
譲れないものを賭して。
各シーンが書いてて最高に楽しいです。
次回で百合チートは堂々の250話!
今一番熱い百合に、どうか変わらずお付き合いいただけますように!




