2-74.おもしれー女
数十分ほど前。
事はリコリスたちと分かれたアザミが、遊郭に蔓延り人を襲う人形たちを切り払っていた頃まで遡る。
「救世一刀流、風撫子!!」
旋風。烈風。
文字通り風となって、悲鳴入り交じる高天ヶ原を駆け抜けた。
「きゃあー!」
遊女を襲う人形を、操作が不可能なほど切り刻む。
「はやく逃げろ」
「は、はい!」
「チッ、数が多いな。仕方あるまい……霊刀解放!!」
十拳剣。
天叢雲。
それら二振りと並び、天下三霊刀に数えられるそれは、代々センゴク家の当主が保有してきた宝具。
銘を布都御魂剣。
その性能は、切断対象の選択。
使用者が意図したもののみを斬る刀。
そこに鍛え抜かれた神速の救世の技。そして、
「荒ぶれ、【風貂魔の幽刀】!!」
妖怪鎌鼬としての特性を極限にまで研ぎ澄ませた理外のスキルを合わせれば何が起きるか。
斬撃は鎌鼬さながら意思を持ったように飛翔し、人や壁をすり抜け、蜘蛛の子のように蔓延る人形のみを切り裂いていく。
技の名は韋綱。
アザミが到達した剣の境地である。
「今ので百は斬ったか。それでもまだ……いったいどれだけの人形を」
向こうは大丈夫だろうかと案じたとき、火の手の向こうから針の弾幕が飛んできた。
一閃の風圧で針を吹き飛ばし睨みつける。
「遊女……いや、忌童衆か」
燃える廓に在って尚も凛と咲く花たちに、アザミは容赦なく剣を向ける。
「阻かるなら斬る。退くなら見逃す。選べ」
退く気は無し。
遊女たちはかくも不気味に、アザミに刃を立てんとした。
勝機も勝算も無い。
ただやり場のない恨みを衝動に。
「……馬鹿共が」
アザミもまた真正面から向き合う。
馬鹿と、自分にそんなことを言う資格があるのかと葛藤を抱えて。
――――――――
「星の剣!!」
「炎陣!!」
どれだけ苛烈に攻め立てても、どれだけ高速で翻弄しても。
「無駄と知りながら剣を振るう。至極当然の如く、女たちの剣はむなしく空を切った」
フミコの言葉のとおりになる。
手の平で踊らされてるみたいな変な気分だ。
「人形嬢瑠璃、双蝶曲!!」
絶えず襲ってくるコイの人形も数が多い上に堅くて地味に厄介。
私たちは徐々に体力を消耗していった。
「チッ、うざってぇ!!」
「キヒヒヒ、人形を愛でる気持ちも無いのか! 無粋な奴!」
「人形にゃあ欲情しねェもんでなァ」
「人形でも可愛かったら余裕で抱けるだろふざけんな」
「黙ってろ人間」
お前うちのルウリ見たら卒倒するんじゃねーの?
「にしてもやりづらいな……あ、さらし巻いてるからじゃん。ほどいちゃお」
「緊迫感から嫌厭されてんのかてめぇは」
「いやん見ないでよスケベえっち!! どうしても見たいならリコリスちゃんらいすち♡ってぁーーーー!! あだだだ!! もげるもげる!! 冗談だから鷲掴みにしないでーーーー!!」
「ぶっ殺すぞクソガキ」
「しぃやせん……にしても生乳もごうとするの普通にヤバい人じゃない?」
そういう乱暴なプレイもいとおかしだけどね!!
「うしっ、これで動きやすくなったぞ! これで全力全開のリコリスさんに……」
「…………」
「ひいいい目が潰れるくらい美人ーーーー!!」
何とか直視しないようにしてたけどー!!
やっぱ無理ー!!
フミコ可愛いー!!
「くっ、ヒノカミノ国一の花魁は伊達じゃないってことか……!!」
「うるっせェなてめぇはァ!! 逐一騒がしい!! てめぇから斬ってやろうかあァ?!」
「しょうがねーだろ魂が女の子大好きって叫んでんだから」
「……空想詩篇、断片集」
「おっと!」
「炎の次は見えねェ斬撃か。面白味に欠けるな太夫よォ!! 煉獄の炎で焼け死ね!! 【炎輪魔の灼刀】!! 慟皇咆!!」
高速で回転する火の輪から炎の竜巻が。
人形を焼いてそのままフミコたちを襲う。
ただでさえ火事なのに炎使う神経よ……
チトセの炎はフミコの一撫でに掻き消されたわけだけど。
「ぬるい。これが煉獄の炎でありんすか。随分ぬるい、半笑い。わっちらの怨嗟は、もっと熱く、深く、ドス黒いでありんす!! 【朱鬼の文書】!! 煉災、終狼!!」
廓に盛っていた炎が黒く染まり、狼の群れがグルルと低く唸った。
「わっちは花魁!! フミコ=スガハラ!! お館様に心血を捧げた女!! わっちらの敵は、すべからく地獄に落ちなんし!!」
「その血とやらもまとめて焼き尽くしてやるよ!!」
チトセとフミコの熱量が、戦いの激しさを増していった。
より速く、熱く、目まぐるしく。
対して私はというと。
「氷獄の断罪!! っ、また出力が下がってる……!!」
黒炎の熱量が凄まじいのを抜きにしても、こんなの最早普通の魔法のレベルなんだが?!
「調子悪いならどいてろ足手まとい!! こいつらはオレ様が殺しといてやるよ!!」
「ダメだ!!」
「あァ?!」
「殺すために戦ってるんじゃない!! これは数千年の怨嗟を止めるための戦いなんだよ!! 新しい恨みの種なんか要らない!! 何が何でもこの戦いで死人なんか出させねぇからな!!」
「そりゃあてめぇの法だろうが。ここじゃ真選組が法で掟だ。命のやり取りをする気がねェなら、勝手に燃えて灰になりな!!」
チトセの怒りに呼応するように炎は火力を上げる。
息を吸うだけで肺が焼けそうなほど。
更に熱量に応じてチトセの動きも加速していった。
私も負けじと食らいつく。
「オレ様の速さに……」
「命のやり取りする気は無くてもなぁ、こっちだって女のために命賭ける覚悟で来てんだよ!!」
不調?
不能?
そんなの知るか。
お前は私の女たちの力だろ、なぁ【創造竜の魔法】。
「驕り高ぶれ【狼竜の傲慢】!! 氷獄の断罪!!」
【狼竜の傲慢】の権能で、一時的にでも無理やり能力を上昇させる。
氷河よりも分厚い氷壁が黒炎と人形を押し返した。
「そんな、お館様の力を……!!」
「お館様の、ね。この不調はそういうことか」
「っ、女は顕現させた氷壁で優位に立ったのも束の間、砕けた氷片が自らを襲った!」
また言葉のとおり。
氷壁が音を立てて割れ、その破片が私へと向かってくる。
けど、
「六斬突!!」
炎を纏った刀が一瞬のうちに蒸発させた。
「助けてくれるんだ。優しいじゃん」
「狐は好かねェ。狐を愛でる奴も好かねェ。が、自分ってもんを持ってる奴は好きだ」
付き合ってやろうじゃねェか。
チトセはそう言うと炎を滾らせた。
「おもしれェ方に転がる! それが輪入道の生き様だ!!」
「おもしれー女……ってか。ニシシ、そっちも大概おもしれー女だぜチトセ」
「カハッ、うるせェよ」
「勝とう。誰も死なせずに」
「勝つだって。キヒヒヒッ」
「無理でありんすえ。物語の結末は誰にも変えられないでありんすから」
「ああ、みんな笑って仲良く幸せ。ハッピーエンドじゃなきゃおもしろくないよね」
絶望を希望に。
見せてやるよ。
運命に愛された女の底力を。
輪入道、チトセの技名は車をモチーフにしています。
同じくアグリは亀と金利の名前を。
フミコの技は何をモチーフにしているか、なんの妖怪かわかりますか?
更新頻度が落ち気味ですが、なんとか生きています。
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