2-72.無力でも無能でも
サクラちゃん、エトラちゃんをお願い。
そう託された私は、そこら中で剣戟が交差する中、夢中で一緒になって逃げた。
リコリスなら手を引っ張っただろう。
背負ったり抱えたりしたんだろう。
けど私には並んで走るので精一杯。
初めてだ。
女に忌避感を抱いてることを、煩わしく思ったのは。
「ほんと意味わかんない……!」
「はぁはぁ……サクラ、何か言った?」
「なんでもない。ていうか、どこに逃げれば……」
結界を越えられた以上、安全なところなんか無いっていうのに。
「シキは忌童衆の相手で手一杯だし……どうしたらいいの……」
「かんらかんら。いざとなったら余のことを見捨てて逃げればいいよ」
「こんな時に冗談言うやつほんと無理死ね!」
「おぉ……強い言葉使うね……。余将軍ぞ?」
「知らない! 第一忌童衆はあなただけじゃなくて、シキに関わった私たちも狙ってる! 私一人になったところで逃げられるわけない!」
「そんなの」
「わかる! だって私も……エトラ!!」
それは剣魔祭を経て身につけた危機察知能力みたいなものだったのかもしれない。
頭を押さえつけるようにしゃがませると、すぐに私たちの頭のすぐ上を亀裂が走った。
「あっぶな……大丈夫?」
「うん、ありがとうサクラ」
「……勝手に身体が動いただけだから」
「二人とも!」
「シキ!」
「よかった無事で。忌童衆は倒してきたからもう平気やよ」
「…………」
「サクラ?」
「どうしたん? さあ、ここは危ないから。こっちへおいで」
「……なまじ一緒にいたせいか、女嫌いだからこそか、わかっちゃう。わかっちゃう自分が嫌になる。シキじゃない……アザミに化けてた忌童衆でしょ」
「何言うてるん? ほら、はよ」
「近付くな!!」
私は声を荒げた。
「シキが私にエトラを頼んだ。力も無くて頼りないこんな私に期待した。期待してくれた。なのにあいつが、自分でその期待を裏切らせるような真似するはずない。忌童衆だろうが何だろうが……! あいつの……リコリスの仲間を侮辱するな!!」
「……はぁ、鬱陶しいのぉ。苛立つ女じゃ。とっとと去ねや」
シキの姿をしたそいつが手を伸ばす。
固く目を結ぶと、甲高い音が私たちとそいつを遮った。
「お姉様の仲間……嬉しいけど、サクラちゃんもとっくに仲間やってウチは思ってるよ」
「シキ……!」
今度は本物だ。
こうして見比べるとやっぱり違う。
だけど……
「その怪我……!」
シキが手傷を負うなんて……
「大丈夫。自己治癒が苦手ってだけやから。このくらいじゃ死なない」
「不老不死の化け物が何をぬかしちょるんじゃ鬱陶しい。不死言うても今に限った話じゃがな」
トウマ=ツラナシ。
シキの姿を解いた女は、ギザついた刃の大太刀を先を向けて言った。
「わしらにはおまんを殺す手段がある。せいぜい残り少ない生を噛み締めぇや」
「シキを殺す手段……?」
「……もう数年遅かった。お姉様と出逢う前なら、ウチは喜んで命を差し出したのに。けどもうダメやよ。ウチの命はお姉様のものやから」
「わしらの人生めちゃくちゃにしたおまんが、一丁前に生にしがみつくなや」
「罪は罪。罰は罰。ウチは自分のやったことを忘れない。あなたたちにも、これ以上罪は犯させない」
「だから……鬱陶しい言うちょるんじゃダボが!! 征刑咒術!!」
「またアザミの姿に……!」
「救世一刀流、片刃之葦!!」
大太刀を軽々と振り回し、真空の刃を撃ち放つ。
シキはそれを簡単に両断して見せたけど、私の横でエトラが驚いた声を上げた。
「今のは……アザミの救世の剣……? なんであいつが……!」
「そういう性質なんやろうね。他人の姿と技を自分に映すスキルってところかな」
「それがわし、のっぺらぼうって妖怪じゃけぇのう。よぉ似合っちょるじゃろ。影に潜み、他人の顔色を窺い、何にでも怯えて生きてきたわしに。なにがウチの命はお姉様のもんじゃ。そんなことぬかす権利がおまんにある思うちょんか」
「トウマ言うたね。ウチは逃げも隠れもしない。だからこの二人には手を出さんといて。お願いやから」
「おまんがわしの名ぁ呼ぶんじゃねぇ!!」
刺さるような怒気。
息苦しいくらいの緊迫感の中、トウマは元の姿で獣のように吠えた。
「何をわしと対等な目線で喋っとんじゃボケがよぉ!! お願い言うんならドタマ地面にめり込ませぇや!! 血反吐ぶち撒けて臓晒せや!! おまん、まだわかっちょらんのか? これはおまんが吐いた呪いを終わらせるための戦争じゃってことをよぉ!!」
ドン、と破裂音が一つ。
シキの左肩に銃弾が炸裂した。
「っ!!」
「チッ、出張んなやトキヲ! こいつはわしが殺す!」
「ちんたらしているのが悪い。第一露払いはとっくに済んでいる」
私たちを挟むように廊下の奥から現れたもう一人の女。
虎の意匠の銃を片手に、もう片方の手で引きずってきた血まみれのその人を放った。
「セイカ!!」
「ひどい怪我……!」
まだ息はある。
けどこの状況は……
「最後までおれの前に立ち阻かった気概は褒めてやろう、忍の者よ」
「他の隊長はどうしたんじゃ?」
「おれとお前の隊で抑えている。如何に隊長といえど、おれたちとまともにやり合えるのは三番より上だけだ」
「国公認の剣客の名が泣くのう。まあええわ。トキヲ、勝負といこうか。どっちがクソ狐の首を取るか」
「負けても不機嫌にならないのならな」
刀と銃が同時に襲いかかる。
シキは持ち前の超反応で刀を払い、銃弾を弾き飛ばした。
私とエトラを庇いながら目まぐるしいまでの猛攻を捌くけど、やっぱり何か様子がおかしい。
あのシキがたった二人に苦戦して、尚且つ手傷まで負ってる。
事情を抜きにしても異常だ。
「こんなものか、狐」
「護法――――――――」
「おーおー、斬れるんかおまんに。おまんのせいで人生歪んだ忌童衆」
「っ!!」
「虎継巳!!」
「龍嚇鋸!!」
シキが躊躇した一瞬、銃弾が腹を抉り、大太刀が肉を削いだ。
初めて見た。
シキが膝をつくなんて。
「この力は……」
「痛ぇか、辛ぇか。その程度でよぉ、わしらの恨みが晴れる思うなや」
「貴様をいくら痛めつけても足りることはない。貴様に関わる全てを蹂躙してやる」
二人の矛先が私たちに向く。
「っ、二人には手を出したあかんよ……! 神隠――――ッ?!!」
神隠しによる範囲内の強制転移で私たちを逃がそうとした。
だけど、突如として現れた人物に背中を斬られたことで阻止されてしまう。
「!!」
「隊長たちばっかりズルいですよ〜。おいしいとこ独り占めなんて〜」
「お前まで来たのかシノ」
「だって〜こっちの方が絶対楽しいじゃないですか〜」
あいつは……
「六紋船の……」
「はい〜。案内頭〜ろくろ首のシノです〜。しばらくぶりですね〜」
「あなたも忌童衆……」
「忌童衆青龍隊〜隊長の懐刀を務めております〜」
「ちゃんと敵だったんだ……。私たちが船に来たときから、この状況を予想してほくそ笑んでたってこと? 演技派だ」
「ハッ」
シノはそれまでの変に間延びした眠気を誘うような言葉遣いをやめ、シキの肩から刀を抜き、着物を半脱ぎに纏めていた髪を解いた。
「どっちも素だよ。船でのんびりしてる私も、人斬りに快感を覚える私も。この狐に憎しみを抱いてる私もな!!」
「っああああ!!」
「やめろ!!」
倒れるシキの身体を踏みつけ傷を嫐ったのを見て思わず叫んだ。
「隊長、こいつ私が殺してもいいですか?」
「ふざけとんちゃうぞ……言いたいとこやけど、おまんを野放しにして暴走される方が厄介じゃ。稀代の人斬り……いや、現代の辻斬り小町か。ただ快楽のために人を斬るおまんに人斬りを我慢せぇ言う勇気はわしには無い。凶刃がこっちに向くのは避けてぇのぉ」
「それじゃ〜遠慮なく〜」
刀がギラリと嫌な光り方をする。
ダメだ……あのシキが満身創痍だなんて……
私にもし力があったら……そんなことばかり考える。
だれかに助けを求めることしか出来ないくせに。
逃げてばっかりいたただの人間のくせに。
それでも……
『いいんじゃねーのそれで』
あいつがそう言った。
言ってくれた。
私を肯定してくれた。
女は嫌い。大嫌い。
だからって……ここで勇気を出さなきゃ、一生あいつには応えられない。
守られてばっかり……そんなの私自身が許せない。
何も出来ないならせめて、せめて今この一瞬の役に立て。
「待て!!」
声も足も震える。
そんな私を奴らは可笑しそうに見やった。
「なんですか〜?」
「シ、シキを……シキをやるつもりなら、私からやれ……!」
「プッ、アッハハハハ! 小鹿みたいに何を言うのかと思えば〜」
「力が無いのはわかっちょったが、こいつは底無しの阿呆じゃのう。おまんみたいなチンケなガキに何が出来る言うんじゃ」
「身の程を知らぬ愚か者よ」
「阿呆も愚か者もお前らだ!! 私はサクラ=ダイドウジ!! そこにいるシキも、リコリスも、並み居る強者を倒して"最強"に立った黒の王!! 私をやっておかないと、後悔するのはお前らだ!!」
少しでいい。
シキが体勢を整える時間さえ稼げればいい。
そしたら後は何とかしてくれる……なんて、最後まで他人頼りで情けない。
「無力でも無能でも関係無い!! 今ここにこうしてる私も、弱いところも、全部引っくるめて私だ!! あいつがそれを肯定してくれたんだ!! お前らのことはまだよくわかってない……だけど、過去と境遇を不幸だって受け入れて甘えてるだけの連中が、偉そうに能書き垂れてんじゃねぇよ!!」
乱暴な言葉遣いは咄嗟に出た。
あいつのが移ったとかは、あんまり思いたくない。
「サクラ……ちゃん……」
「サクラ……」
「はぁ、もぉええわ。そんなに言うんなら望み通りおまんから殺したる。その顔剥いで河原に晒したるけぇの。とっととくたばれやダボが」
目を瞑るより早く大太刀が首に迫る。
その刹那。
「保守瓶」
分厚い鉄の瓶が私を守った。
「こりゃあ……!」
「騒がしいなぁ〜。おちおち寝てもいられねぇぜ〜」
ふあぁ、とあくび混じりに廊下の奥から現れたのは予想だにしてなかった人だった。
「アグリ……!!」
「やぁやぁ黒髪の子〜それに将軍も〜。こんな夜更けにお祭りかな〜。お姉さんも混ぜておくれよ〜」
隊服に刀まで携えておいて白々しい。
今がどういう状況かわかってこの態度は、正直苛立ちを覚える。
「真選組の二番隊隊長か。真選組随一の利己主義で気まぐれな気分屋。貴様が出てくるのは我々の計画には無かったが」
「んー狐のことは嫌いだし、このまま死んでくれてもべつに良かったんだけどね〜」
「なら出しゃばんなや。おまんの相手をしてるほどわしらぁ暇じゃねぇんじゃ」
「それでもね〜お姉さんこの国はそれなりに好きなんだよ〜。ご飯はおいしいし〜自然は豊かで人の懐もあったかい〜。お金が集まる場所なのかな〜」
「何を言っている?」
「お金はいいよね〜って話だよ〜。人の心はお金で豊かに出来るからね〜。知ってるかな〜貧しさは心を病ませちゃうんだよ〜。だからね〜この国から豊かさを奪おうとする人はお姉さん赦せないんだ〜」
「何が豊かさだ。富める者がそれを口にするのは、ただの傲慢だろう」
「人の苦労を知らずにそれを言っちゃうのも傲慢だぜ〜。ねぇ黒髪の子〜」
「……?」
「お姉さんを買ってみないかい〜?」
「買うって……こんなときに何を……」
「狐も将軍も守りたいんでしょ〜? だからお姉さんが力になってあげるよ〜。ただしお姉さんは高いぜ〜?」
エトラにじゃなく、私にそれを持ち掛けてくるあたり、狙いはリコリスからの謝礼か。
腹黒い……というか狡賢い。
「……わかった! 払えるものなら何でも払う! だから力を貸して!!」
「交渉成立〜」
「勝手に話進めてんちゃうわ!! 龍嚇鋸!!」
トウマが仕掛けたのを見て、トキヲが制止をかける。
「待てトウマ!! 迂闊に手を出すな!!」
刃はしっかりとアグリの肉を削いだ。
けど、ダメージは無い。
「取り立てるよ、この傷〜。金祓、返罪」
傷の反射。
アグリが受けたはずのそれがトウマの身体に返った。
「ぐォッ?!!」
「隊長!!」
「だから言ったものを……! 虎死弾弾!!」
跳弾を利用した銃の乱射にもアグリはまるで動じない。
「保守瓶、不開瓶」
弾丸を鋼鉄の瓶で防ぎ、巨大な瓶の口を合わせてトキヲを閉じ込める。
「金祓、多重罪矛」
空間に浮かんだ黄金の矛が瓶を貫く。
瓶が割れると、同じく矛に貫かれたトキヲの姿があった。
「隊長格二人を同時に相手取ってこの強さ……これが真選組の二番隊隊長……」
「かかっておいで忌童衆〜。金を天下に廻す者、アグリ=カミヤ。格の違いを見せつけて、大見得切って罷り通ってやるぜ〜」




