2-71.朱文太夫《あけのふみたゆう》
「これ、どういうこと?」
「どうした、リコリス殿」
アザミさんもチトセも怪訝そう。
女の子の姿に向かって攻撃するのは、あんまりいい気分じゃないんだけどな。
「【魔竜の暴食】!!」
黒竜のオーラが遊女を呑み込む。
伽藍堂になった廓に、魔力の残滓と静寂、それに食らい損ねた遊女の手がカランと降った。
「これは……人形か?」
「見た目はそれっぽくなかったがな」
「これがおもてなしってわけじゃないよね?」
途端、一斉に遊女たちの動きが止まる。
同じくして、私たちの傍の禿が小刻みに肩を震わせた。
「キヒッ、キヒヒヒ、キヒヒヒヒ! なんだもうバレちゃったのか」
事情を知らないチトセは、その笑いが癇に障ったというだけで禿目掛けて刀を抜いた。
天上の梁にかけた糸で跳んで躱し、禿はだらりと首を傾げた。
「わちきの人形は、そんじょそこらの市松人形とは違うんだけどなぁ」
「たしかに発情するくらい出来はよかったよ。けどこっちは、それ以上の人形と恋仲なんでね」
って言っても、私も人形……もとい自動人形のルウリと長いこと付き合ってなかったら、もう少し騙されてたかもしれない。
「なんだただの変人か」
「人形遊びじゃ足りないってことだよ。わざわざ誘いに乗ってここまで来たんだ。私を満足させたいなら」
花魁の廓に、花魁が禿を使って呼び出した挙げ句にこの始末。
確定だ。
この禿も花魁も。
「とびきりの美人を連れてこいよ、忌童衆」
「忌童衆……クソ狐に……カッ、なるほどな。そういうわけか」
「今さらとやかくは言わない。邪魔立てするなチトセ」
「黙ってなアザミ。そいつはオレ様が決める」
「キヒヒヒ、狐の飼い主に真選組の隊長が二人。キヒヒヒッ、どいつもこいつも欲しい首だ。お館様が喜ぶね」
畳を叩くと、床下からどんでん返しの壁から天井から数多の人形が出現した。
さっきの美しさに特化した人形とは違う、あらゆる武器で武装した戦闘特化の人形たち。
「忌童衆朱雀隊、女郎蜘蛛、傀儡師のコイ。人形嬢瑠璃、とくと味わっていきなよお客さんたち」
「人形遊びじゃ足りないって言ったのわかんない?」
「キヒヒヒ、百体や二百体けしかけたところで、あんたには敵わないだろうね。けど、それがあんた以外を襲ったらどうなるかな?」
コイが指先の糸を手繰る。
瞬間。
「きゃあああ!!」
橋の向こうの廓から悲鳴が聞こえた。
「貴様……まさか無関係の人たちを!!」
「キヒヒヒッ。お館様はあんたの性格をよくわかってるみたいだよ人間さん。関係無い奴、それも女にはめっぽう弱いんだろ? いいのかなー? わちきがどれだけの範囲、どれだけの数の人形を操れると思ってるの? こんな話をしてる間に、たーっくさんの人が死んじゃうよー? それもこれも、みーんな狐が悪いんだけどね」
「そんな煽りで熱くなる私じゃない。人形は人形使いを倒せば止まる……そんなの常識だろ!! 【兎竜の怠惰】!!」
回避不可能の強制昏睡だ。
手荒だけどこれで止まれ。
「女は白い気をコイ目掛けて解放した。しかし、それは眼前にて儚く霧消した」
……は?
「なんだ?! 【兎竜の怠惰】が!」
「消えた……?」
「今何が……それに今の声……」
「なんだーもう来ちゃったんですか? 今から遊び始めるところだったのに」
「そう言いなんし。隊長二人にそれ以上の猛者相手なんて、コイの手には余るでありんしょう」
しゃらん。
まるで鈴の音でも鳴っているみたいにたおやかに、その人は一歩一歩廓の階段を降りてきた。
「おいおい、まさか本当に出てくるのかよ」
朱色の着物に金糸で編まれた鳳凰の柄。
妖艶さも優雅さも、彼女のために用意された言葉であるかのよう。
まさに、絵にも描けない美しさ。
「あれが……ヒノカミノ国一の花魁……」
「ああ、そうだ。実際目にするのは数度と無いが、美しさは健在のようだな。朱文太夫」
ポタリ……
「リコリス殿」
「え、あ」
ウッソだろ。
見ただけで鼻血?
さすがの私もこんなこと今まで無かったぞ。
「寒気がするなァ太夫。こうして近くでてめぇを見るとよォ。まさかてめぇが忌童衆だったとはな。前からお高くとまっていけすかねぇ女だと思ってたが……嬉しいねェ。てめぇを斬る口実が出来たわけだ」
「遊郭で刀を抜くなんて無粋も無粋。優美さに欠けるでありんす。これだから真選組は。粗野な山猿が」
「御用改めってやつだ。この国じゃオレ様たちが法。今に始まったことじゃねェだろ」
チトセは畳が炎上するほどの勢いで、一足で間合いを詰めた。
「大車輪!!」
切っ先が描き出す炎の輪。
肌を焦がす灼熱にも関わらず、太夫は身動ぎ一つしない。
代わりに唇が言の葉を紡いだ。
「炎は吹き消えるほどにか弱く、刀は水を斬るかの如く身体をすり抜ける」
「?!」
「そっと頬に手を伸ばすと、女は乱暴に畳の上を転がった」
「がッ?!!」
言葉のとおりチトセは襖の向こうまで吹き飛ばされた。
「喧しい女は嫌いでありんす」
【兎竜の怠惰】の出力不足があったとしても、あれを簡単に無効化するなんて。
いや、無効化とはちょっと違う気がする。
最初から無かったことにされたみたいな……
【創造竜の魔法】が不調で鑑定も効かないし……どうしようかな。
「……アザミさん、あの人なんの妖怪なんですか?」
「わからない。忌童衆は基本的に我々の監視下にあるが、太夫にしろコイという禿にしろ、我々は把握していなかった。奴らはおそらく」
「ええ、わっちらはこの国で産まれた妖怪ではないでありんす。大昔に国の外へと逃げたご先祖様の子孫。そして、お館様と共に復讐の篝火を灯すために蘇った不死鳥でもありんす。忌童衆四凶、朱雀隊隊長、フミコ=スガハラでありんす。よしなに。本当に忌むべきは誰かその身に綴ってあげんす」
「よろしく。全部終わったら今度は正式にお相手してね」
「構いんせんよ。生きて阿鼻叫喚の地獄を生き残れたら。尤も主さんが生き残ったとしても、他は焦土の下かもしれんせんけど」
「他って……まさか!!」
「将軍たちのところにも忌童衆が!!」
失態だ。
結界があるからって高を括ってた。
「くっ!!」
「アザミさん、向こうにはシキもいる。一旦は安全だって考えていいはずです」
「しかし!!」
「今ここの被害を食い止めるのが先決だって言ってるんです!! ここには師匠たちが囚われてる。それさえ解放すれば形勢はこっちに傾く」
「……対局を見失うなというわけか。わかった……だが、貴殿の掲げる不殺を守るほど私は穏やかではないぞ。この国の害は将軍の害。将軍に仇なす者が私の敵だ!!」
師匠たちはどこだ。
気配は……
「師匠というと、先に捕まえた害虫たちのことでありんすか」
と、フミコは袖から一つの巻物を取り出し紐解いた。
そこに描かれる、師匠、モナ、ミオさんの三人。
「安心しなんし。ちゃんと生きてますえ。ちゃんと死に向かってますえ、が正しいでありんすか。じわりじわり、真綿で首を絞めるみたいに」
「その巻物を斬るか太夫さんを気絶させるか、それで解放されるって言ってくれると嬉しいな」
「ええ、その両方が正解でありんす。けど無理でありんす。ここはもう、わっちの物語の中でありんすから。空想詩篇、煉災」
一気に火の手が広がって……このままじゃ廓が燃え尽きる。
「氷獄の断罪!!」
「炎は氷を呑み込み勢いを増した」
分厚い氷壁の波がただの炎に焼かれた?!
いくら不調っていっても、大賢者の魔法だぞ?!
「つまらない幕引きになりそうでありんすね」
「これなら少しはおもしろくなるか」
アザミさんがいつの間にか居合の型を取ってる。
「救世一刀流、片刃之葦!!」
炎をものともしない真空の刃が飛翔する。
フミコに命中しようかという直前、複数の人形が斬撃を阻んだ。
「キヒヒヒ、太夫は華だ。手折っちゃいけない」
「邪魔をするな小娘。殺すぞ」
「キヒヒヒッ、やってみな隊長さん」
四人が睨み合う脇で、襖が爆ぜて飛んだ。
「仲間はずれにすんなよ。ツレねェな」
「下がれチトセ。貴様は当てにしていない」
「ハナから当てになろうなんざ考えちゃいねェよ。何ならてめぇごとぶった斬ってやろうかアザミ。いい加減三番の席にも飽きてきたしな。どさくさにてめぇの首が飛ばねェよう気を付けな」
言い争ってるのはともかく、少しでも戦力が増えたのはありがたい。
「助かる。ありがとうチトセ」
「勝手に助かってろ。オレ様は愉しけりゃそれでいい」
「アザミさん、傀儡師が操ってる人形をお願いします。ここは私たちが食い止めます」
「承知した」
「行かせないっての! 御所柵螺彫夜討!!」
「星の剣!!」
「世輪駆淘!!」
人形の壁が剣閃に散る。
口は悪いけどさすがだ、真選組隊長。
「やるじゃん」
「うるせェよ人間。てめぇも隙見せりゃヤっちまおうか」
「布団の中なら大歓迎。私は床上手だぞ」
「カッカッカ、おもしれェ。狐の手付きなんざ愉しいわけねェと踏んでたが、なかなかどうしててめぇはおもしれェ。試してやるよ。こいつら全員叩き潰した後でな」
「絡め搦めて綴って閉じて。絶望で終う物語が一番沁みること、教えてあげるでありんすえ」
この度、第9回キネティックノベル大賞二次選考を通過いたしました。
まったく予想外で一次すら通過していることを知りませんでしたが、なんだか感慨深い気持ちです。
ここがゴールでも節目でもありませんが、モチベーションが高まったのは間違いないので、このまま自分が書きたい百合を書いていこうと思います。
いつも応援してくださっている読者様に、最大限の感謝を込めて。




