2-68.悲しい思いはさせたくないから
べん、べん。
怪しげな三味線の音を背に、行燈に影を揺らす五人。
その中で口の端から酒が零れるのも気にせず豪快に大盃を傾けた女性が、酒気を帯びた息と共に毒を吐いた。
「使いものになりゃあせんのぉ、おまんら。それでも忌童衆かや? それでようのうのうとお館様に顔を見せられるもんやなぁ。よっぽど面の皮が厚いらしい。わしがその顔剥ぎ取ってやろうか」
畳んだ座布団を枕に絵巻物に興じる女性が毒を足す。
「そう虐めちゃ可哀想だよトウマちん。二人は無能なだけなんだから。無能に無能って言ってもそれは真実なだけでしょ?」
「クカカカ、おまんの方がよっぽど虐めちゅうに。おい何とか言ってみぃ無能共」
たおやかに三味線を引く女性の斜向かいで、更にもう一人の女性片膝を立てて舌打ちした。
「わっちは何も失敗してやせんえ。ちゃんと害虫は閉じ込めてありんすから。第一他の虫に逃げられたのは要らねえ邪魔が入ったからでありんす」
「おれとて失敗の意識は無い。次は必ず仕留める」
「言い訳がましいやかましい。お館様に申し訳立たんと思わんのかみっともねぇ。お館様ぁ、次はわしが奴ら甚振ってやりますけぇ。あの狐の前に、大事なもんの首晒して見せますけぇの」
上座に座るその人物は、ふぅと小さく息をついた。
すると、それまで我を通していた四人が背すじを正して沈黙した。
「すでに楔は打ち込んだ。奴らは必ずここに来る。赤髪の女を何としてでも止めろ。その後はどうとでも出来る」
「仰せのままに。ここは花街、色の街。絡め搦めて綴って閉じて。お館様に献上しんしょう。大いなる絶望を」
「狐が刻んだ傷痕も、我らを追いやった将軍家も、我ら無しに泰平を謳歌する国も民も要らぬ。忌童衆四凶に命ずる。傾国せよ、この国を地獄に変えろ」
「お館様の命のままに」
――――――――
夕暮れ時。
今後の方向性が定まって、私たちのやるべきことが明確になった。
忌童衆を止めること。
師匠たちを助け出すこと。
そしてエトラちゃんとカレンちゃんの祝言を挙げさせること。
とにかくそれには最初の命題、忌童衆を止めることが何よりも重要なわけで、現状直面してるのは圧倒的な人数の少なさ。
ひとまずドロシーだけでも迎えに行こうとしたとき、私はその異変に気付いた。
「【創造竜の魔法】が機能しない?」
「いや、ちゃんと起動はするんだよ。けどなんかこう、万全じゃない……みたいな? こんなの初めてだ」
「誰かに力を阻害されてるんと違う?」
「阻害って、リコリスを?」
レオナの【竜屠殺の獣帝】みたいにスキルそのものを封殺するんじゃなくて、スキルを限定的に封じる汎用性の高い権能みたいだ。
おかげでいつもより身体が重いし、空間転移も出来ない。
「こんなのでも一応世界最強に肩を並べてるんでしょ? こんなのでも」
「こんなのって言うな」
「大賢者クラスかそれ以上ってことかな。お姉様、誰かに何かを仕掛けられた覚えは?」
「全ッ然! いやーこの国に来てからご飯にお酒に温泉に美女に忙しくて忙しくて〜。我ながら隙だらけだった自信があるね」
「緊迫感の欠如著しい」
「クフッ、お姉様らしい。ドロシーちゃんを迎えに行くんなら、ウチがひとっ走りしてこようか」
物理的に数百メートルの跳躍も余裕なフィジカルモンスターだもんなシキは。
けど本気で動いたら移動だけで衝撃波を起こしちゃうような歩く災害でもあるわけで。
「ただでさえ嫌厭されてるのに、街がめちゃくちゃになったらまた悪評が立っちゃうだろ。お前は二人が結ばれてめでたしめでたしが最終目標なのかもしれねーけど、私はお前が堂々とこの国に帰ってこられるようにしてーんだよ」
「お姉様の気持ちは嬉しいけど、ウチはいいんよ。ウチの居場所はもうここじゃない。ここには無いってちゃんとわかってるから。だから」
「うるせーよ。私がそうさせたいって言ってんの」
「……ありがとうお姉様」
じゃあどうするの?とサクラ。
「真選組の力を借りられれば、それが一番戦力になるんだけどな」
「ゴメンね、ウチがいるせいで」
「無いものねだりしても仕方ない。あるもんで最強の戦い方探ってこーぜ」
「なんだっけそれ?」
「ヤーハー」
「把握」
「?」
閑話休題。
「考えてばっかも仕方ない。行こう、私たち三人で。まずは師匠たちを助け出す」
「遊郭……高天ヶ原」
「鬼が出るか蛇が出るか。確かめてやろうぜ、この目で。私の女を拐った奴はただじゃ済まさん。美女だったらひん剥いてあんなことやこんなこと…………グヘヘ♡ よーっしお姉さんたちとランデブーだー♡ やんごとなき世界へれっつごー♡」
「本音だだ漏れキモいしせめて建前で武装しろクズ。ていうかそれなんだけど、私無理。パス。女だらけの街とか聞いただけで吐き気する」
「あーそりゃそうか。じゃあシキとお留守番だな」
「ウチも?」
「サクラを一人にしておけないだろ」
「それはそうなんやけど、お姉様を一人にするのも心配というか」
「いろんなこと忘れて楽しんでそう」
「否定は出来ないけどお前らの私への信頼が窺えるな」
「やっぱり誰か一緒じゃないと不安が勝つ」
「って言ってもなぁ」
そんなとき、話は聞かせてもらったよと襖が勢いよく開いた。
「エトラちゃん、どしたの?」
「人手不足なんて余にお任せっ。そういうことならアザミを連れてっていいよ」
「アザミさんを? でも」
「余のことならだいじょーぶっ。さっきセイカ伝いに知り合いに連絡がついたから、その人に守ってもらうよ」
「知り合い?」
「そっ。てなわけで、高天ヶ原の方は任せたよリコリスっ」
親指をグッと立ててエトラちゃん。
きゃわいいねぇ〜。
私が祝言挙げてぇよ。
「おうっ任された。シキ、みんなを守ってやってね。頼りにしてるぜ、私の切り札」
「切り札……ウチが……」
「なんでもいいけど、空回りしないようにくらいは祈っとく」
「おーサンキューサクラ。その応援があれば百人力――――――――」
ゾクッ
「おぉう?!!」
「お姉様?」
「どうかしたの?」
「い、いや……なんか……なんだろ……? 寒気……?」
「風邪? だとしたら縁起悪いから死んだ方がいいよ」
「死ぬより縁起悪い風邪ってなんだ」
マジでなんだったんだろ。
何回か似たような寒気を感じたような気がするけど……まあいいか。
「そ、れ、よ、り〜♡ 頑張って師匠たち助けてくるから、いってらっしゃいのチューとか欲しいな〜♡」
「道に落ちてる犬のフンにチューしろって言われて出来ると思う?」
「誰と何を同列に並べてんだ貴様」
「お姉様、ん」
「ん〜♡ ウッヘッヘ、さいこー♡ やっぱチューするの好きだ私♡」
「口吸いってそんなにいいもの?」
「そりゃいいものよ。エトラちゃんはまだシたことないの、カナ?」
「おじさん出てる」
「余もカレンも普通のお付き合いってどんなのかよくわかってなくて」
「そっかそっか。そんじゃ、リコリスさんが恋愛初心者のエトラちゃんに、恋の魔法を教えてしんぜよう」
「恋の魔法?」
「ほい」
エトラちゃんに向かって握った手を差し出す。
「この手の上に顎を乗せて」
「うっわ懐かしい。それまだやってる人いるんだ」
「ネタバレすんなよサクラ。ささ、エトラちゃん」
「うん?」
エトラちゃんは訝しみつつも、手を見ながら顎を乗せてきた。
はいはい、そういう系ね。
「オッケーわかった」
「何が?」
「今度カレンちゃんに会ったら言ってみな。優しく抱きしめながら。耳元でそっと。私のことめちゃくちゃにして、って♡」
「めめめめ、めちゃくちゃって……そういうえっちなのは祝言挙げてからなんですけど!!」
ウッヘッヘ、可愛い子からかうの楽しい〜♡
二人を幸せにするためにも頑張んないとな。
「っし! 気合い入れていくぞー!」
女の子に悲しい思いはさせたくないからねっ。
手の上に顎を乗せる心理テスト、よくやりましたよね。




