2-60.そのままでいいよ
人生の中で、いったい何度あっただろう。
本気で人を殴ったこと。
頬の骨を砕く嫌な感触。不快な音。
あんまり気持ちのいいものじゃない。
その証拠に、これくらいじゃ私の怒りは収まらないんだから。
「ご、ォ――――――――」
「ドウマ!! っ!!」
「動くな」
法衣姿の男が殴り潰されたのを見て、尼さんらしい人が動こうとする。
私は【百合の王姫】で不動を強制した後、顔面が変形した男の首根っこを掴み上げ岩壁に叩きつけた。
「が、あ……!!」
「夜道怪に……目目連ね」
夜道怪。
夜道で子どもを連れ去らうお坊さんの妖怪がいる。
闇に紛れ、闇を操ることに長けた妖怪だ。
銃を基点に、範囲内の夜そのものを弾丸と化して攻撃を仕掛けてたわけだ。
そんでそのサポートをしてたのが目目連の尼さん。
複数の視界を操るこの妖怪は、どんな動きをも補足する。
加えて視界をそのまま空間転移の門とすることで、多方向からの銃撃を可能にしていた。
「タネが割れればなんてことない。冷静に対処すればそれで済む問題だった」
ムラっ気があるのは私の個性だって自負してる。
けど、今までこんなに自責したことはない。
最初から本気になってたら。
なってたら。
「忌童衆が何だろうが、何を企んでようが、そこにシキが関わってる以上は私が全力で止めてやる。けどな……私の女を傷付けるつもりなら命賭けろよ」
腕に力が入る。
首がみしりと音を立てると男は首から泡を吐いたので、身体を尼さんの横に放った。
「てめぇらのリーダーに伝えとけ。次――――――――」
岩壁が歪む。
地響きが起き、上下左右から細かい牙が生えてきた。
「ごちゃごちゃうるさいのよ!! その人間を殺しなさい!! ヤカンズル!!」
この窟がそのまま魔物だったのか。
だからなんだ。
「星の剣」
自分でも何度斬ったのかわからない。
剣閃は一瞬で魔物を切り刻んで、肉片の向こうに深い藍色の空を露わにした。
「おい」
「ひっ!!」
「私の女に手ェ出してみろ。そのときは」
「――――――――」
私の言葉を聞き終える前に、尼さんは白目を向いて気絶した。
目元を涙で、股を生暖かいもので濡らして。
「……女の子怖がらせるのは、ガラじゃないんだけどなぁ」
――――――――
「……………………ん」
「おっ、起きたか?」
「リコリス……?」
おんぶされてる……
「ここは?」
「山の中」
「なんで? ……そっか私」
そうだ、撃たれて気絶して……
今こうして無事ってことは、私たちを襲ってきた人はもう倒したのかな。
「ゴメン」
「なんでサクラが謝んの」
「足手まといで」
「そんなこと思ったことないっての」
「私がいたせいでリコリスが怪我した」
「なんだよ汐らしいな。いいって気にしなくても。こっちの世界は、私たちがいた世界よりずっと死が身近だ。殺し殺されなんて日常茶飯事だぞ」
「でもリコリスたちは人の命は奪わない。でしょ?」
「まぁな」
リコリスも私とは形は違うけど殺されてこの世界に来た。
だからこの人は誰かの命を奪うことをしない。
それがどんな悪人でも。
リコリスのことを愛してるからこそ、周りの女はそのルールを守る。
守れるだけの強さがあるから。
「人の命は奪わないし、女なら暴力だって振るわない。そういうポリシー持ってるのは、素直に凄いって思う」
「そう? いやーサクラにもリコリスさんの魅力がわかっちゃったか〜♡ 私ってばいつだって自分を貫く世紀の美少女〜♡ チュッ、可愛くてゴーメーン♡ なーんてな〜♡」
「憤ッ!!」
「邪ッ?!! 貴様……後頭部に頭突きは人としてどうなん……?」
「っつ〜……ウザすぎたあまりにも……。一瞬もマジメにならないの本当にムカつく。……でも、守られてるだけの自分の方がもっとムカつく」
女嫌いだって散々喚いてるくせに、自己主張だけ大きくて、いざというとき何も出来ない足手まとい。
この世界でなら自分に何か出来るかも、何か見つけられるかもって、本気でそう思ってたのに。
「私は結局、ただの人間だ」
「ただの人間ね……いいんじゃねーのそれで」
「へ?」
「いや、ほら。うちにいるのって、大賢者な嫁とか、魔女な女皇様とか、みんな個性的じゃん?」
猫耳の妹たち。
のじゃロリ吸血鬼。
元暗殺者。
陰キャぼっちの大賢者。
ギャル錬金術師。
死霊術師の幽霊。
ビッチな魔王。
ファッション関西弁狐耳呪術師。
制御不能な娘二人。
それにスライム、ウサギ、鷹に狼、精霊にカブトムシ、ドラゴン。
そして、それらを束ねる楽園の王様。
たしかに個性は爆発してる。
「そんな中でスキル無しのただの人間とか、一周回ってとんでも個性だと思うけど。ただの人間には興味ありませんな美少女だって入団を迫ってくるレベル」
「それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。言ったろ? 私がサクラを守るってさ。怪我させちゃったから約束は守れてないわけなんだけど……。まぁ、なんだ。不甲斐ないのはみんな同じってことでさ。だからさ、サクラはそのままでいいよ。そのままがいい。ま、私はどんなサクラでも全力で愛してみせるけどねっ♡ ウェッヘッヘ♡」
「……慰めるのムカつく。調子乗るな女たらし」
「あばばば! ふぉーいー! ほっぺひっはんにゃー!」
口角が上がる。
こんなニヤけ顔見られてからかわれるのは癪だ。
もうしばらくこのまま遊んでやろう。
紅葉が降り、雪が溶け、東の空が白んできた。
山並みを抜けた私たちの眼下に広がる、広大で雄大な和の都。
「着いたな」
「ここが、セイクウノ都の城下町」
全ての思いが交錯する所。




