2-58.白虎隊
「なんやけったいどすな」
ショキは土煙の中から悠然と立ち上がってきた。
「直撃したんじゃねーの?」
「直撃したしちゃんと全力出したわよ。妖怪族ってのが特別打たれ強いんじゃない?」
「ちゃぁんとお団子にもぜんざいにも薬は入れたんに」
「誰の前で薬のことで粋がってんのよ。あんたが目にしてるのは古今東西から未来まで、ありとあらゆる薬に精通したエルフの女皇よ? あんな睡眠薬くらい、アタシのスキルで簡単に無毒化出来る」
「それ抜きにしても薬が入ってるのは丸わかりだったしな。様子見程度ならそれで良かったけど、仲間に手を出すなら黙ってるわけにはいかない」
「伊達にあの狐を手懐けてるわけちゃういうことですか。ほんま、鬱陶しいわ」
「……! ドロシー!」
ショキが短刀を手にドロシーに飛びかかる。
短刀自体は月光の矢で弾き飛ばしたもの、ショキは裾から取り出したそれを至近距離でドロシーに向けた。
「乱驚痛」
夜闇を切り裂く破裂音が一つ、ドロシーの身体を吹き飛ばした。
「火縄銃?!」
ただの火縄銃じゃない。
周りに散らばったこれは……小豆か。
それを炸裂弾みたいに撃ったのか。
「うちはただの薬使いとちゃいます。薬は薬でも、得意なのは火薬なんどす」
「だから……アタシの前で粋がんなって言ってんのよ」
「ドロシー、無事か?」
「当たり前でしょ」
強がるドロシーの身体には多くの銃痕が刻まれていたけど、淡い光が身体を包んだ一瞬で治癒が完了した。
「あんたはサクラについてなさい。どうせ女には手出し出来ないんだから、いるだけ邪魔。さっさとセイクウノ都に向かいなさい」
「そうする。あんま無茶すんなよ」
「善処するわ」
「逃がしまへんよ。今度はちゃぁんと、三人揃って首晒してあげますさかい」
銃口がこっちに狙いを定めたとき、乾いた音と同時に銃身が大きくブレた。
ルウリ謹製の自動小銃フラスコから魔力の硝煙を立ち昇らせ、ドロシーはショキを睨みつけた。
「あんたの相手はアタシがしてあげる」
「困りモンどすな。生意気な女の相手いうんわ」
「お互い様よ」
二人が銃声を鳴らすのを尻目に、私はサクラを抱きかかえて飛んだ。
――――――――
「あーあー逃げられてもうた。まあええどす。あんたさんら見てるのはうちだけやないし。あの二人もすぐに捕まりますえ」
「よっぽど数が多いのね忌童衆っていうのは。アタシたちのことも調べがついてるみたいだけど、あんたたちの情報網も大したことないのかしら。あんたたちがご執心の世界最強に数えられるシキが、手放しで崇め、尊び、愛するのがリコリスよ。そんなあいつに勝てる奴が、いったいこの世のどこにいるっていうのよ」
なんて格好つけたけど…………わりといそうね。
嫁あたりとか。
「世界最強……そんなもんどうだってええんどす。この悪意も殺意も、どうせあんたさんらには理解出来まへんやろ」
「理解ね……」
どこかで聞いたセリフだわ。
ああ、まったく。
耳が痛い。
「あんたたちだって知らないでしょ。恨みつらみを向けられる側の気持ちなんて」
「ええ、知りまへんし興味もありまへん。恨み節詠って晴れるような心なら、人殺しに手ェ染めたりしまへんから」
そう言って、ショキは銃を構えた。
「忌童衆白虎隊、ショキ=スミカワ。名前くらいは持ってって構いまへんえ。冥土の旅路に土産も無しやなんて、格好がつきまへんやろし」
「格好で生きてるわけじゃないからべつにいいんだけど。あんたはぶちのめさせてもらうわ。アタシの仲間に手を出した罪、その魂で悔いなさい」
――――――――
「……ねぇ、ドロシーは」
「あれでも一国を束ねる女皇だぞ。心配無いよ」
「でもあの女将……」
「うん、強いね。けどドロシーなら大丈夫。あいつは強いから。それに問題はそこじゃない」
「問題って?」
「さっきまでは向こうが隠れてたから対処が難しくて気を張ってたけど、全容の一部が露見したことで、きっとお構いなしに襲ってくるようになる」
「それって……」
「向こうは周りを巻き込むことを何とも思ってない。これがきっかけで行動が激化する可能性があるってことだ」
「私が出歯亀みたいなことしたから……」
サクラはぎゅっと歯噛みした。
「遅かれ早かれだろ。サクラのせいじゃない。落ち込んでるならほっぺにチューで慰めてあ」
バキッ
「ちょっとしたジョークなのに……」
「そうだ、あそこにもう一人。女将以外にも忌童衆がいた。お館様って呼ばれてた。たぶん女」
「お館様? 女って……もしかして、カレンちゃん?」
「わからない。暗くてよく見えなかった」
「そっか。とにかく急ごう。師匠たちに連絡を……?!」
「リコリス?!」
っぶねぇ、バランス崩して落ちかけた。
なんだ今の……
「リコリス、その怪我……!」
何の前触れもなく腕が貫かれた。
銃撃……
私はすぐに感知を全開にしたけど、誰が、どこから攻撃したのか、何もわからなかった。
「血が……!」
「大丈夫。私は不死身……っ!!」
今度は足。
次は肩。
どんな角度からも、どれだけスピードを挙げても、正確に私の身体を撃ってくる。
「【創造竜の魔法】!!」
痛覚を無効に、傷なんて一瞬で回復出来るから問題無いけど、ここじゃいい的だ。
「一度降りる! 掴まれ!」
空を蹴った足が撃たれたことも、被弾するまで攻撃の予兆が感じられないことも、【創造竜の魔法】の防御も貫通してきたこと、そんなの些細なこと。
「っあ!!」
「――――――――」
サクラの腕から飛び散った血を見て、私の頭は真っ白になった。
また雪……
もういい加減春になってもいいんですよ日本。
何回言ったかわかりませんが、今章書くの楽しすぎる。
引き続きリコリスたちの冒険をお楽しみください!




