2-56.忌童衆
なんで?
は??
どうなってる?
ヤクモさんが刺されて、男の人は人形で、血がいっぱいで。
ダメだ頭が混乱する。
せめて、せめて……
「誰か!! 誰かぁ!!」
瞬間、奥で障子が破裂した。
「テルナ!! モナ!!」
「燃え盛る欲情」
モナの手から噴き出た闇色の炎が人形を焼く。
人形は怯んだ様子も無いけど、テルナの回し蹴りで外まで飛んでいった。
「逃がすなモナ」
「りょうか〜い♡」
「テルナ、ヤクモさんが!!」
「わかっておる。安心せい、命に別状はない。サクラ、ドロシーを呼んでくるのじゃ」
「う、うん!」
何が起こってるのかもわからない。
何も出来ない私は、テルナの指示のままに動くことしか出来なかった。
その後、ドロシーの秘薬によってヤクモさんの傷は全快した。
増血はもちろん内臓の修復も完了してる。
私はほっと胸を撫で下ろすような気持ちで息をついた。
「これで大丈夫なはずだけど、痛みはある?」
「カハハハ! もう平気じゃ! こんなもん酒さえ飲んどけばすぐ治るわい!」
「もう少しの間、安静にしておくことね」
「すまんのドロシー」
「びっくりしたわよ。あのサクラがとんでもない顔で慌ててるんだもの」
「だって……」
人が刺されたら慌てるでしょ。
……ううん、違う。
それだけじゃない。
『あなたが可愛いのがいけないのよ?』
怖くなった。
刺される怖さを知ってるから。
「まあ、いきなりショッキングなもの見ちゃったらね」
「そんなもの剣魔祭でも散々見たろうに」
「あれは、全員が全員本気で戦ってたから……。でも、あの人形は……」
「うむ。明確な殺意を以て危害を加えようとした」
「何者じゃ?」
「さてのう。しかしなんじゃ。人生万事塞翁が馬。生きていればこういうこともあるじゃろうて」
「なにを呑気な」
「カハハ、これがわしじゃよ。のう、サクラの嬢ちゃん」
「は、はい」
「わしのために必死になってくれてありがとう」
「私は何も……。こっちこそ……ヤクモさんが助けてくれなかったら」
「命あっての物種じゃ。リコリスの不在時にサクラに何かあっては妾たちも顔向けが出来ぬ。それにしてもヤクモよ、そなたともあろう者が情けない。酔侠の名が泣くぞ」
テルナに言われると、ヤクモさんは昔の話じゃと照れたように頭を掻いた。
「テルナ、酔侠って?」
「ヤクモはその昔、大勢の侍を引き連れて自警団を組織しておったのじゃ。その名も観廻組。ヒノカミノ国に酔侠在りと畏れられた豪傑じゃ」
「やめんか小っ恥ずかしい。ほんの少しやんちゃしとっただけじゃあ」
「そのやんちゃが行き過ぎて、真選組と対立。血と血で洗う抗争の末、観廻組は解散へと追い込まれた。今ではしがない酒蔵の杜氏じゃ」
「しがなくないわい。わしの酒最高じゃろが」
軽口を叩き合うくらいには元気らしい。
私はもう一度安堵した。
しばらくして、モナが戻ってきた。
もぎ取ってきたらしい人形の頭を抱えて。
「ただいま〜♡」
「モナ、どうじゃった?」
「逃げられちゃった〜♡」
「あんたでも追えなかったの?」
「下手人は相当な手練れということか」
「ゴメンねぇ〜エヘヘ♡」
……ん?
「モナ、なんかお酒の匂いしない?」
「気のせいだよ〜♡」
「いや、それだけではないな。酒に混じって微かに香の匂いもする。それに幾人もの女の匂い。モナ、そなた……あれを追うついでに遊郭で遊んできおったな!!」
「やーん♡」
「リコリスのせいで少しはまともに見えるけど、やっぱりあんたも大概ね」
「もうっ違うの〜♡ あの人形……というか人形に繋がってた糸を追ってたらね、なんとセイクウノ都の遊郭についたの♡ 人形は壊したんだけど、遊郭の女の子たちってすーっごく可愛くて〜♡ ちょっと楽しんでたら見失っちゃった〜♡」
「そなたという奴は……はぁ、まあよい。手掛かりを持ち帰っただけ上等じゃ」
そう言うと、テルナは人形の頭に手を翳した。
「妾にかかれば残留思念を読むことなど造作も――――――――」
赤い光を瞬かせた途端、
「ッ?!!」
テルナは冷や汗を滴らせて手を引いた。
「テルナ?」
ドロシーの呼びかけにも答えず不思議に思ったのも束の間。
ポタリ
テルナの鼻から血が垂れた。
「ちょっと、テルナ?!」
「テルナ!」
「……鎮まれ。問題無い」
「何があったの?」
「底知れぬ憎悪……頭がおかしくなりそうな怨嗟の声。途方もない呪詛。それらが一気に頭になだれ込んできた」
「テルナがダメージを受けるほどの、か。この国でそれだけの悪意を持った連中など知れておる。間違いない。此度の件、忌童衆が絡んでおるな」
「忌童衆?」
「前に聞きそびれたやつ……。ちゃんと教えて。忌童衆って何なの?」
言いづらそうにするテルナに代わって、ヤクモさんが口を開いた。
「読んでそのまま字の如く、己が内に流れし忌まわしい血を継いだ者たち。忌童衆とはすなわち、かの大妖シキ=リツカの血脈。九尾の血を分けた胤裔のことじゃ」
――――――――
「九尾の血を分けた子孫って……いやいやいやいや待って待って待って。そんなことありえるの? だって、シキの子は……」
ヤバい頭混乱する。
枯れ木の墓を見やって言い淀む。
シキの子はシキの呪いで命を落としたはず。
それなのに……
「子どもはたしかになくなりました。ですが、そのまた子どもは存命だったのです」
「孫……」
「九尾の血族と迫害され、罵倒され、生きるも地獄の日々を耐え忍び、リツカの名を途絶えども脈々とその血を今世まで紡いできた者たち。それが忌童衆です」
「カレンちゃんたちがその末裔……? だって、カレンちゃんたちは」
「九尾の狐の子孫でありながら酒呑童子。何千年と続いてきた血脈の中に、他の妖怪の血が混じっていたとしてもおかしくはありません。元来、妖怪とはそういうものです。そしてその血脈もまた、大樹の如く枝分かれし多くの分家を作ってきました。……と、聞いています」
そこまで言って、ミオさんの言葉から確信めいたものが消えた。
「聞いてる、ってのは?」
「忌童衆とは、ヒノカミノ国においては存在が秘匿された重要機密。全容を知るのは将軍家と、真選組を含めたそれに近しい一部の者たち、それと古の時代より生きてきた妖怪のみ。私のように国に権限を与えられていない者は、噂話程度にしかその存在を知らないのです。……ということで合っていますか、チカスズさん」
「んだ」
「私ですら忌童衆を知ったのは、お祖父様が酔った席で口を滑らせたのがきっかけです。お伽噺のようなものと思っていましたが、よもや六紋船の船長がその一人とは」
シキの子孫……
話を聞く限り、自分が忌童衆であることを他人に話すメリットなんて無い。
むしろ隠して生きてきたはずなのに。
なんでカレンちゃんは私にそれを話したんだ?
『シキ=リツカがヒノカミノ国に残した傷痕は、貴殿が思うよりもずっと深い』
なら、直接シキと対面した忌童衆は、いったいどういう気持ちだったんだろう。
何を思って、何を伝えたかったんだろう。
なぁ、シキ……
お前は……
「リコリスさん?」
理屈じゃない。
私はお墓の前に膝をついた。
形だけの合掌だとしても、自然に流れた涙が数千年の悲哀に値しないとしても。
こうせずにはいられなかった。
街が茜色に染まった夕暮れ時。
チカスズさんに別れを告げ、ホウヅキ酒蔵に戻ってきた私たちだけど、この数時間の間に状況は激動していた。
「なんっじゃこりゃ……」
荒れた店舗と傷を負ったヤクモさん。
何があったのかを聞いて、もう一度驚愕する。
「忌童衆が襲ってきた? なんで?」
「狙われたのはサクラ……いや、妾たち全員やもしれぬ」
「シキの仲間だから、って理由で? 逆恨みもいいところね。だとしても"何故"が勝つんだけど」
「忌童衆にしてみれば、シキは自分たちが追いやられた元凶。妾たちはその元凶を庇い仲間としておるわけじゃからな。奴らにしてみればおもしろくないのが普通じゃろう」
体よく矛先が現れたみたいなもんだからな。
「けど、それにしては常軌を逸してる」
「ええ。殺意の高さが尋常じゃない」
「ねえ、カレンは忌童衆筆頭を名乗ってた。じゃあ、あの人が私たちを襲うのを指示してるってことじゃないの?」
「そんなはず!」
「無いとは言い切れぬ。事実、忌童衆は妾たちを襲ったわけじゃからな」
「け、けど……」
「リコリス、そなたの思うように他に黒幕はおるのやもしれぬ。じゃが今の妾たちにそれを知るすべは無い。忌童衆に属する者を完全に把握しておるのは、この国に於いては唯一人。現将軍のみなのじゃから」
「なら、やることは一つだね♡」
「そうね」
「当初の予定に目的が一つ増えただけじゃ。妾たちの目指すところは変わらぬ」
「行こう、セイクウノ都に」
そこに行けば全部わかる。
真実が。
「ならば一旦別れて行動しよう。リコリス、サクラ、ドロシー、そなたたちは将軍の元に行け。そこにシキもいる。妾とモナは、下手人が消えたと思わしき遊郭を探る」
「僭越ながら、私も同行を。お祖父様を傷付けられたとあっては黙ってるわけにはいきません」
「うむ、各々気を抜くな。どこに奴らの目があるかわからぬ」
「よし、じゃあ明日の朝に出発だ。一応もう一回明日からの行動を確認しておこう。私がえっと、遊郭?」
「将軍の方よ」
「あっ、すぅ……いや、私が遊郭の方が適材適所じゃあないか、なぁ? ほら、私なら【百合の王姫】で手当たり次第女の子を魅了……じゃねぇや。情報を聞き出して酒池肉林……でもなくて、その、あの……遊郭行きたぁぁぁぁぁい!!!」
「そういう素直なところは……」
「好きなんじゃけどのぅ……」
だって……行きたいんだもん……
うぅ、遊郭ぅ……
1ページ1ページが書いてて最高に楽しいです!!
いつも読んでくださっている皆様へ、この楽しさが届きますように
m(_ _)m




