2-48.温泉郷の隠れ宿
「人生どこで誰と会うかなんてわかんないわね」
駕籠に相乗りしたドロシーは、ケラケラと笑いながら枡酒を傾けた。
「びっくりしたよ。まさかドロシーがヒノカミノ国に来てるなんて。いつ来たの?」
「二日前くらいかしら。薬の調合がマンネリになったから、珍しい薬草でもってここまで来たの。ぶらりと街や近くの森を散策してたんだけど、事もあろうにあの薬屋。このアタシを相手に雑草同然のものを売り付けようとしたのよ。それで腹が立ってたところに、あんたたちと会ったってわけ」
「やっぱ私たちは運命の赤い糸で亀甲縛りされてるねぇ♡ まあそんな凹凸無い身体を縛ったところでwって感じだけどぐふっ!!」
顔面に枡投げんな……
「どうでもいいけどお供は? ドロシーって一応皇女なんでしょ?」
「ギクッ」
「そういえばそうだな。トトとゲイルは? アウラたちも一緒?」
「そ、それは……その……アタシだってたまには一人になりたいときもある、し。ね?」
急に目が泳ぎだしたぞこいつ。
「まさか、公務をサボって逃げてきたんじゃ」
「そそそそ、そんなわけないでしょ?! ただちょっと最近働き詰めで休む暇無かったなぁとか、毎日毎日書類の山に囲まれてうんざりしてたとか、そんなんじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」
「どんなツンデレそれ」
「なんだよお前もサボり組か」
「お前もって……それじゃあんたたちも?」
「うむ」
「人生って楽なら楽なだけ幸せだろ」
「愛してるわダメ女たち!」
「まさかとは思うけどその括りに私も入ってるんじゃないよね」
仕事なんてサボってなんぼじゃ。
普段マジメにやってるんだからたまには、ねぇ。
「それで? なんであんたたちはヒノカミノ国に?」
「かくかくしかじか」
「シキがねぇ。言葉足らずなあいつもあいつだけど、あんたも相変わらずね。人の自由を尊重出来ない女は嫌われるわよ」
「私に嫌われる要素なんか微塵も無いんだが。心臓動いてるだけで好きであれ全人類」
「私は嫌いだけど」
「どのくらい?」
「増税くらい」
とんでもない罵倒くらった気がするけど、私の存在が国家レベルっていうことにしておこう。
「それであんたたちはセイクウノ都を目指してるってわけね。いいわ、アタシも付き合ってあげる」
「いいの?」
「元々そこまで行くつもりじゃなかったんだけどね。旅は道連れってことで」
「それじゃドロシーはどこを目的地にしてたの?」
「イカズチノ里。このユキノ港の次の郷ね。オースグラードに並ぶ温泉地」
「温泉かぁ! いいねぇ! 私たちのサボり癖の湯治にでも行くか!なんつって♡」
「おいおいリコリス、湯を浴んだくらいで治るわけあるまい?」
「源泉ごと飲み干しても治らないわよ」
「それな! アヒャヒャヒャヒャ!」
「このノリきっつ」
「むにゃむにゃ……モナも温泉入るぅ……すやぁ♡」
それから約数時間。
降る雪が若葉萌える新緑の風に変わった日没頃。
私たちは緩やかな坂を上り切ったところに到着した。
「姐さん方、おつかれさまでした」
「ごくろうじゃったな」
「ありがとうございますラクさん。これ、駕籠の代金です」
「いえいえ! とんでもないです! 未遂とはいえ姐さん方を騙そうとしたんですから!」
「受け取ってください。結果騙されてないわけですから。これは正当な対価です。どうしてもやましい気持ちになるって言うんなら、また今度私たちを乗せてください。そのときは観光案内もしてくれると嬉しいな」
「……! 姐さんの心意気、忘れません」
ラクさんたちは揃って頭を下げると、来た道を戻っていった。
「…………」
「いい女じゃろ。リコリスは」
「べつに。何も言ってないんだけど」
「少しは感情が顔に出るようになったじゃない。安心したわ」
「だから何も言ってない!」
「どうした? そんなに大声出して」
「死ね!!」
なんでだよ。
「ねぇはやく行こ〜♡ モナ汗かいちゃった〜♡」
辺り一面に立ち上る湯けむりと熱気。
イカズチノ里は局所的な地脈の集中により、この郷全体が一つの温泉郷になっているらしい。
オースグラードの温泉も良かったけど、和の雰囲気が漂うこの場所はまた別の趣きがある。
「今日はここに泊まりだし、宿を探さないとね」
「それならよいところがある。一泊一人白金貨はくだらぬが、まあこのメンツならいいじゃろ」
「働いてから言えニート」
「あんたの分の代金なんて出さないわよ」
「ふえええんリコリス〜!」
「わかったわかったから。で、そのオススメの宿って?」
「ぐすん……こっちじゃ」
街の中を右へ左へ。
表通りを行ったかと思えば、裏路地を使って来た方角へ戻る。
階段を昇ればすぐに降りて。
掛かった朱色の橋を渡り、燈籠が並ぶ竹藪の中へと歩を進めた。
そんな回り道を続けること約十分。
「ちょっとテルナ、まだ着かないの?」
「そう急くでない。決められた順路というものがある」
「順路……リーテュエルの水路を使った幾何学魔法陣みたいなもんか」
「うむ。個人のスキル故、あれより儀式的ではないが」
「スキル?」
「この国には昔馴染みが多くてのう。頼まれて妾が作った。【迷い家】。元々は訪れた者に富貴を齎す怪異、伝承を指すのじゃが、指定された順路を辿ることでのみ宿への道が開くというスキルじゃ」
「なにそのおもしろスキル」
「スキルは珍妙じゃが宿は凄いぞ。ま、知る者ぞ知る文字通りの隠れ家じゃな。と言ってる間に、ほれ」
竹藪を抜けた先。
煌々とした提灯行列が待ち構える景観に、私たちは息を呑んだ。
「なんとも幻想的で妖しいところであろう」
絢爛豪華。
ここだけが切り取られた昼かのように明るい。
「千と千○」
「私も思った」
「それなぁに?」
「ご飯食べたら豚になってほぼ無理やり働かされる話」
「簡略化しすぎだろ」
「これって勝手に入っちゃっていいの?」
「変じゃのう。【迷い家】を辿った時点で、妾たちの存在は認知されとるはずじゃが」
「営業はしてるみたいだし、入っていいんじゃない。ごめんくださ――――――――」
入口をくぐったとき、サクラの顔に何かが飛んできた。
空の酒瓶だ。
キャッチしたから怪我は無いけど……
「どこのどいつだ……私の女を傷物しようとしたクソ野郎は!!」
「誰が……でも、ありがと」
酒瓶を握り砕いて怒りを露わにする。
宿の中は、外の静謐が嘘かのように騒がしい。
「ギャハハハ!」
「おい主人! 酒が足りねえぞ!」
「早く持って来いバカがよぉ!」
粗野。粗暴。
男たちの品性に欠けた下卑た笑いが耳に障る。
入口で酒盛りなんかして。
ただの酔っぱらい客か?
みんな同じ柄の羽織を着てるけど。
「ははははいはい! ただいま! ああ、お客様! お待たせして申し訳ありません! 少々立て込んでおりましてはい!」
今度は小柄な丸眼鏡をかけた男の人が、何段も御膳を積み重ねて慌ててる。
「おいダンゴロウ」
「はいはい! って、なんだテルナじゃないですか」
「久しいの。随分繁盛しているようじゃな」
「ええ、まあ。おかげさまで」
「おい主人酒はまだかぁ!」
「はいはいただいま! あとでお茶をお持ちします。三階の水仙の間を使ってください」
「うむ。行くぞ」
勝手知ったるな師匠の後をついて行くけど……
マジでなんだあいつら。




