幕間:百合のみぞ知る世界
後日談、というには少し大仰かもしれない。
剣魔祭が終わって一週間。
その後の顛末について、少し語ろうと思う。
「ねージャンヌー。遊び行こーよー」
「今執筆中だから後でね」
「暇なんだってばー」
ケンカしてた棘々しさはどこへやら。
マリアとジャンヌは抱き合うくらい雰囲気が穏やかになった。
きっとお互いの気持ちに整理がついたんだろう。
にしても。
「いい子で待ってたら、あとでナデナデしてあげるから。ね?」
「んーわかった」
……仲良くなりすぎでは?
「あの、君たちってそんなんだったっけ?」
「そんなん?」
「何か変ですか?」
「いや変ではないんだけどさ。前よりてぇてぇが爆発してんだよ」
「てぇてぇ?」
「リコリス姉ってばおかしいの。べつに普通だよねジャンヌ」
「うん。ムチュムチュ」
「くすぐったいよぉ」
後ろから抱きついてほっぺチューしたんだが。
普通…………いや、普通か。
私もやるわ。
「ん? ジャンヌなんかおっぱいおっきくなった?」
「そうかな? 変わんないと思うけど」
「絶対おっきい! ほら、手からこぼれる!」
「やんっ。急に触んないでよマリアってば」
おっぱい揉ん、揉んだ!
普通……うん、普通だな。
私もよくやるし。
「あ、そうだ。ベッドマット今日届くって」
「ほんと? やった」
「ベッド買ったの?」
「うん。何日か前に壊しちゃったから」
「マリアが激しくしすぎるからだよ」
「ジャンヌがやめさせてくれなかったんじゃんー」
「私次の日足腰ガクガクで立てなかったんだからね」
「私だって」
「今度は私がするから」
「いいけど……優しくしてね?」
「ダーメ。結局マリア優しくなかったもん」
「余裕無かったんだからしょうがないじゃん」
「クスクス、あのときのマリア可愛かったなぁ」
「ジャンヌもいっぱい可愛かったもん!」
なんか会話がえっちなのは…………普通だな!
私もいつもえっちだし!
「なんだいつもどおりか」
「そうだよー変なお姉」
「姉さんってばおかしいです」
「「「アッハハハハ」」」
「ツッコミ不在じゃないですか」
アルティはそんなこと言ったけど、だってべつに普通だろ?
――――――――
薄暗い照明。
微かなジャズと甘い酒の香り。
ハードボイルドな大人の空間。
「美女がさ、下の毛の処理怠ってると興奮するんだよね」
ゆったりと流れる穏やかな時間には、ちょっとだけマジメな話がよく似合う。
「……………………ニコッ」
「あのシャーリーが言葉を失って愛想笑いするレベルの気持ち悪さ」
「いやいやシャーリー、ユウカ、ちょっと考えてみてってばよ。見た目完ぺきの美女がこんなところ誰にも見られないしとか言っていざそういうことになったらうわっ!みたいなねそういうのすごくいいと思いました」
「悪すぎるわね気色が」
「まぁ……リコリスさんが望むなら、処理を怠ることも吝かではありませんが」
「世の女性のカリスマがそんなことしたら暴動が起きるわよ。盲目な尊敬と陶酔は碌な目に合わないからやめなさい。クロエみたいになるわよ」
「ちょっとだらしないとこが抜けてて可愛いよねって話なんだが。まったくこの良さがわからいないとか……ヘッ」
「なんでこっちが下に見られなきゃいけないのかまったくわからない」
性癖の一つでも語れずに酒が飲めるかってんだ。
そういう意味ではレオナはマジで癖なんだよな。
超絶美女なのに……的なね。
「そういえばさー話は変わるんだけど。最近リリアが毎日レオナに手紙書いてるらしいんだよ」
「リリアさんがですか?」
「そうそう。よっぽどファンになったんだなリリアってば。レオナ強いし可愛いもんな」
「リリアのあれはそういうのじゃないでしょ」
「んぁ?」
「ダメですよユウカさん。リコリスさんは、好意という点に関して恐ろしく空気を読めませんから」
「この人自分が全方位に好きを全開なもんだから、人のことになると途端に鈍感なのよね」
なんかよくわかんねーけどなんでディスられてんの私。
「知らないわよ? そのうち孫が産まれても」
「なんで孫の話になってんだ。てか、うちの可愛い娘は誰にもやらんが? アリスもリリアも私が結婚して子ども産むし産んでもらうわ」
「心の底からゾッとするからやめて」
「リコリスさん、思い留まるのも勇気だと思います」
「冗談に決まってんだろ貴様ら。孫が娘って。ゴクゴク……ぷは。いざ娘たちが結婚して孫が産まれたら誰よりも狂喜乱舞してやるわ」
「孫よりもまず、私たちの子どもを望みなさいよ」
「いつだって望んでるっての。もうみんなの子どもの名前だって考えてるもんね」
「私たちとリコリスさんの子ども……さしずめ百合の血統ですね」
「百合の血統か……なんかいいねそれ」
楽園の時代が脈々と受け継がれていくみたいでさ。
ま、今は私の時代なわけだけど。
もうしばらくはこのポジションを譲る気は無いよ。
たとえ私の子孫たちにも、ね。
「はぁ……酔ったな」
「もう寝る?」
「ん。ユウカ、シャーリー」
「はい」
「今日は三人で寝ようか」
「……あんたの酔って蕩けた顔好きなのよね」
「同意です」
「ウッヘッヘ」
一握の甘さを孕みつつ。
夜は更けて。
――――――――
散々騒いで、散々盛り上がった剣魔祭の夜
みんなが寝静まった頃に。
「やぁ、祭は楽しかったかい? サクラ君」
魔術師はやって来た。
「なんでそんなにコソコソするの? まるで誰かにバレたくないみたい」
「僕にも事情があってね。それで、どうだった?」
「……楽しいか楽しくないかでいったら、楽しくなくはなかった」
「何よりだ」
「でも、何を得たのかって言われると言葉に困る。あの人たちはみんな、自分の強さだったり、誰かを守るために戦った。そんな中で、私は……」
わからない。
余計にわからなくなった。
私がしたいことも、すべきことも、立ち位置も。
何もかも。
「あの人たちの"熱さ"が私には無い」
「何も無いことが浮き彫りになった。それだけでも収穫なんじゃかいかい?」
そうかもしれない。
でも、そう結論づけるのはなんか嫌だ。
「自分で逃げ道を作ってるみたい……なんて、そんなの変かな。何もかも嫌になって死のうとしてたくせに」
「悩み、迷い、惑い、気付き、そうして人はやっと足を踏み出せる。醜く愚かであろうと前進は前進だ。どんな君であろうとも、彼女は、彼女たちは必ず受け入れてくれる。そのうえで君は君の人生を選択すればいい」
「……あのときも訊いたっけ。まだ答えは聞いてなかった。なんであなたは私に良くしてくれるの?」
「ただの気まぐれさ。老婆心と受け取ってくれてもいい。君は…………いや、やめておこう。気に入らなければ拒絶すればいいだけだ」
魔術師は月明かりに濡れた笑顔を私に向けた。
言いたいことがあるなら言えばいいのに。
「【一なる旅人】はそのままにしておこうか」
「……ううん、いい。借り物の力は自分のためにならない……と、思うから」
「そうか」
断るのがわかってたらしい。
魔術師が手を翳すと、私の中から光が抜け出た。
ありがとう【一なる旅人】。
私を守ってくれて。
「あなたにも一応……感謝、して、なくも……ない……と思う……」
「女相手に無理する必要は無いさ。感謝されたくてやったわけじゃない。…………ただの自己満足だ」
最後はなんて言ったのか聞き取れなかったし、一瞬まばたきした間に魔術師は消えてた。
あの人はなんで、私を気にかけてくれるんだろ。
その答えを知るときは来るのか、それもまたわからない。
わからないことをたくさん抱えて、私はこの世界で行きていくんだ。
私にとっての"何か"を見つけるために。
――――――――
『なんであなたは私に良くしてくれるの?』
銀色の月を見上げながら、魔術師アリソン=ヴォルフマギアは小さく息をつく。
すると背後から足音が二つ。
「似合わないですよ。夜空を見ながらたそがれるなんて」
「こんばんはアリソンさん」
「やぁ二人とも。実況解説おつかれさま。剣魔祭は盛り上がったね」
「やっぱりすごい人たちですね、百合の楽園。私ずっと興奮がスパークしてましたよ」
「迫力が段違いだったわね」
「自分の祖母の戦う姿はさぞ見ものだったろうジーク。ああいや、君にとっては母だねゼロ」
「ですね」
「師匠、一曲どうですか? もう少し余韻に浸りたい気分なんで」
お願いしようかな、とアリソンはグラスを並べ発泡するワインを注いだ。
ジークリットが爪弾く音に合わせ、冷えたそれを流し込む。
「贅沢な時間だ」
「本当に。アリソンさん、訊いてもいいですか?」
「何故彼女に手を貸したのか、だろう? 答える気は無いから訊くだけ無駄だ。やめておきたまえ」
「じゃあそうします」
「賢いというかこざっぱりしているね。そういうところがそっくりだ」
「どっちにですか?」
「もちろん皇族の血の方さ。君はどちらかというと、そっちの血を色濃く受け継いでいる。血統の中でも珍しい類だ」
「ハーフエルフと人間から産まれた純血のエルフに、どっちの血が濃いとか関係あります?」
「おっと不敬だったかな。失礼を女皇陛下」
「それもどうなんでしょうね。実子ってだけでその位に収まるのは」
「君もまた同じだゼロ。人はなりたいものになっていい。流されて女皇になるのも大概おもしろい人生だと、僕は思うけれど」
立ち上るグラスの中の気泡を月に掲げて、アリソンは遠い目をした。
「いつだってあなたは物事の本質を突いてははぐらかすんですから」
「僕に師事を仰ぐ数少ない弟子をからかうのが今の生き甲斐の一つでね」
ケラケラ笑ってワインを煽る。
酒気を帯びた息を吐いて、手をゼロの頭へと。
「君たちは人生を謳歌するんだよ」
何故自分がサクラという少女に肩入れするのか。
ただの自己満足だとアリソンは言う。
それは、かつてたった一人の命も救えなかった贖罪のつもりであることを本人は自覚している。
全知全能であるが故に抗うことを諦めた無能な一人の魔術師。
片や運命に押し潰され、女を嫌い呪った無力な少女。
サクラに自分を投影しているだけだということを。
叶うことなら誰一人悲しい思いなんてしてほしくないじゃないか、と。
傲慢に。不遜に。
魔術師は、そっと背中を押すだけ。
手を差し伸べてくれる相手は、自分ではないとすでに知っているから。
「せいぜい幸せにしてあげたまえ」
「……?」
「なんでもないさ。なんでも」
ただの独り言だ。
アリソンはいつものように、全てを見透かした笑顔を貼り付けた。
「それにしても、茶番といえば茶番だったように思えるわ」
だって、とゼロが続ける。
「最強だなんて銘打って、ほとんどは数合わせの間に合わせなんだから。蓋を開ければ身内ノリのどんちゃん騒ぎで終わったようなものよ」
「仕方ないさ。僕もそうだがやむにやまれぬ事情がある者も、そもそも祭事に無関心な者も多数だ。まあ、いずれ起こる嵐の前触れとでもしておこう」
新しい闘争の種はすぐに芽吹くよ。
ワインで湿らせた口で、アリソンは他人事のようにそう言った。
当方、アリソン好き
次回から新章です!




