2-35.それ以上の"何か"
いつのことだろう。
私がこの子のことを羨ましく思うようになったのは。
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「何しに来たの?」
よっぽど余裕無いっぽい。
そんなわかりきった、つまんないことを訊くなんて。
「倒しに来たって言えば満足? それとも、ピンチっぽく見えたから助けに来たの方が、ザコいジャンヌ的には嬉しい?」
「……っさい」
「ボロボロになって、フラフラになって、そんなのがジャンヌがやりたかったこと?」
「うるさい」
「冒険者を辞めたんなら、戦いの場に立とうとしなきゃよかったのに」
「うる、さい!!」
激流の猛獣が口を開けて襲いかかってくるのを見て、私はガッカリした。
こんなのがジャンヌの魔法かって。
刀を振るうまでもなく、獣は私の魔力に触れた途端に蒸発した。
「こんな程度なのに……」
ガッカリ以上にイライラした。
バカにされてるような気がした。
「私の場所に入ってこようとしないでよ、ジャンヌ!!」
自分でも刀が荒ぶってるのがわかる。
切っ先がブレる。
変な力が入る。
精細さも繊細さも無い。
こんなのは救世の剣じゃない。
激流を躱して、飛び越えて、刀の先がジャンヌの頬の薄皮を一枚切ったときハッとした。
「ッ!! ああああっ!!」
怒りに身を任せたジャンヌのパンチに、頬の骨が嫌な音を立てる。
キレイって言うには乱暴すぎたけど、いつぶりだろう。
私が殴られるなんて。
「がハッ!!」
地面に倒れたのも一瞬、ジャンヌは頭を蹴り上げて身体を転がし、大きく跳んで踏みつけにしようとしてきた。
私は身体のバネを利用して飛び上がり、すぐに攻撃に移った。
けど、水の矢が正確に私の右手を撃ち抜いて、手から焔が落ちた。
ここぞとばかりにもう一度殴られたけど、ムカっときたから貫かれた手でこっちも顔を殴り返した。
お互い口の端から血を垂らして、肩で息をしながら睨み合う。
「空を灼く獄炎!!」
「巨鯨の息吹!!」
何度も何度もケンカしてきた。
何度も何度も言い争ってきた。
これはその延長だ。
子どもの頃から一緒だった私たちは今……もしかしたら、"やっと"。
敵になったんだと思う。
――――――――
もしこの場にリコリスがいたら泡を吹いて倒れたんじゃないかしら。
そう思えるくらい鬼気迫った二人。
妹たちが殴り合う様なんて見たくない……それは姉心じゃなくて、ただのエゴだ。
二人には二人の思いがある。
それを邪魔しちゃいけない、誰にも見られてはいけないと、アタシは泡の膜で一帯を覆い待つことを決めた。
二人の勝負の行く末を。
――――――――
「私に殴られるとか、弱くなったんじゃない? それでも冒険者?」
「殴らせてあげたんだよ。ハンデが無くちゃ勝負にならないから」
「負け惜しみだけは一人前だね」
「知ってる? ザコって口だけは回るんだよ。お姉が言ってた」
「自分の言葉も使えないの? だからマリアはバカなんだよ」
「バカがバカって言ってんな。冒険者を続ける覚悟も無かった半端ヤローが」
口汚く罵り合っていたかと思えば、途端にジャンヌの言葉が詰まった。
「いちいちうっさいんだよ……なに? 私が冒険者から離れたのがそんなに気に入らないの? いつまでもグチグチとガキっぽい。そういうところがムカつくんだよ!!」
「だからそんな半端な覚悟でこっちに踏み込んでくるなって言ってるんだよ!! 未練がましい!! みっともない!! ダッサいんだよそういうとこがさぁ!!」
刀も魔法も無い。
殴って、蹴って、叩いて、引っ掻いて。
ただそれだけの、勝負とも呼べないようなケンカだ。
「うっさい、ウッザい……何様のつもり?! 覚悟って何?! 仲良しで冒険者やってるのがそんなに大事?! いつまでも二人一緒ならそれで満足だった?! そんなじゃれ合いが覚悟?! 笑わせないでよ!! 私の気持ちなんか何も知らないくせに……勝手なことばっか言わないでよマリア!!」
「気持ち? 自分の小説が売れていい気になって、冒険者から逃げただけの臆病者のくせに!! 適当な言葉でごまかそうとするな!!」
顔を腫れ上がらせて。
それでも、拳を交わす度に言葉の熱が上がっていくのがわかった。
「ジャンヌは特別なのに……私には何も無いのに……!! 私の居場所まで奪ろうとしないでよ!!!」
振り被った拳が届くより先に、ジャンヌの拳が頬に命中した。
ふらついて倒れると、胸ぐらを掴んで起こされる。
ジャンヌの身体は、わなわなと震えていた。
「特別……? 何も無い……? マリアが……ッ!! マリアがそれを言わないでよ!!!」
激昂。
ジャンヌは何度も何度も拳を血で濡らした。
「私よりずっと明るくて……可愛くて、みんなから愛されて……!! 冒険者だって一緒に始めたのに……!! なのにマリアはどんどん強くなっていった……!!」
「ジャン、ヌ……」
「わかってたよマリアは私なんかよりすごい冒険者になるって!! いつか私なんか足元にも及ばなくなるって!! 置いてけぼりになるって!! だから私は冒険者であろうとしなかった!! 剣じゃなくてペンを取った!! それの何が悪いの?!」
垂れた髪がジャンヌの顔を隠す。
目から落ちたものの熱さは私にしかわからない。
「小説を逃げ道にするつらさを知らないくせに、勝手なことばっかり……そういうところが!!」
振り上げた拳は受けてやらない。
私は鼻先に向かって思いきり頭をぶつけた。
「ッ!!」
よろめくジャンヌの胸ぐらを掴み返して、ふざけんなって言ってやった。
「そっちこそ……そっちこそ私の何がわかるっていうの?!! ジャンヌみたいに頭良くない、ジャンヌみたいに何でも出来るわけじゃない……!! 私には、私には冒険者しか無いのに!!」
最初はただ羨ましかったんだと思う。
たくさんの夢を、たくさんの可能性を持ってるジャンヌが眩しかった。
けどそれだけ、戦うことしか出来ない私が惨めに思えた。
とんでもなく小さなものに見えた。
だからあの日、私はジャンヌを拒絶した。
「それでもまだ戦おうって、強くなろうって立ち上がるジャンヌなんか……!!」
私は握った拳をペチッと頬に当てた。
――――――――
パンチのつもりなのか、マリアはもう一回、また一回って拳を打ち付けてきた。
大粒の涙で目を潤ませながら。
一緒だったんだ……マリアも。
お互いに無いものを羨ましがって、欠けたものを悔しがって、それでも精一杯歩こうとしてたんだ。
向かう未来は同じだって気付きもせずに。
「バカだね……私たち……」
身体ばっかりおっきくなって、成長なんてちっともしてない。
ずっと子どものままだ。
「ひっく……えぐっ……!! うああ、うあああん……!!」
どっちが先に泣き出したのか。
どっちが先にその場にへたり込んだのか。
私たちにだってわからない。
どっちが先に背中に腕を回したのかも。
ボロボロでくしゃくしゃ。
ドロシー姉さんが隠してくれててよかった。
こんな姿、誰にも見られたくない。
――――――――だよ
どっちが言ったのか。
私も
どっちが返したのか。
二人っきりの秘密に可笑しくなって、力が抜けて、私たちは揃って倒れた。
何度も何度もケンカしてきた。
何度も何度も言い争ってきた。
これはその延長だ。
子どもの頃から一緒だった私たちは今……もしかしたら、"やっと"。
敵に……親友に、そして、それ以上の"何か"になったんだと心から思った。
破裂した泡の向こうの、日暮れがかった空を仰ぎながら。
ここ最近で書いてて一番楽しかったです(どシンプルな感想)
二人の勝負の結末に胸を打たれてくれたなら、高評価、ブックマーク、感想、レビューにて応援していただけるとありがたいですm(__)m
そしてまことに申し訳なくも、これ以上活躍の場が無いということで、2-26.雷帝を一部編集し、幻獣組のトトとゲイルのシーンは割愛という形をとらせていただきますm(__)m
二人を推してくださっている方には申し訳なくも、ご理解のほどよろしくお願いいたしますm(__)m




