2-30.冥王
『こ、これは!!!』
『この目で見ても信じられない……そんなことがありえるの?』
『おそらくは……いえ、歴史上初めてのことでしょう!! 奈落の大賢者……不憫と不運が彼女の代名詞ではありますが、しかし!! それでも!! その才覚と研鑽は本物であることを私たちは知っています!! 彼女こそが名だたる天才たちが跋扈する百合の楽園の中でも、飛び抜けた魔法の天才であると!! エヴァ=ベリーディース選手覚醒!! 自らの力で第一階位への扉をこじ開けたーーーーーーーー!!!』
「魔術の神の加護も無しに……!! そんな芸当、三神から加護を与えられているワタシにも不可能デス!!」
声が遠い。
まるで自分という存在が違う次元の生き物になったかのように、世界が違って見える。
これが第一階位……魔神の領域。
今なら何でも出来そう。
「奈落崩壊・冥王異贄!!」
ユウカさんやシキさんのように異形の軍勢を召喚することも。
アルティちゃんのように遠慮無しに第二階位の魔法を連発することも。
「さすが第一階位なのである……けど」
「たかが天災!! 大賢者ならこのくらい退けるなんて余裕デース!!」
そう、このくらいでこの人たちを倒せるなんて思ってない。
必要なのはあと一歩。もう一歩。
大丈夫。
その一歩はシャーリーさんが背中を押してくれた。
「混沌超覚醒!!」
神悪冥界へ到達した私には、【混沌】の何たるかが手に取るようにわかる。
本当の使い方も、【混沌】の真理も。
自分の身体を作り変えることが出来るなら、【創造竜の魔法】のように、自分の意思で自分の権能を組み変えることだって出来る。
魔法に【混沌】を付与することで擬似的な生命と貸す【混沌付与魔術】を昇華。
【創世竜の混沌】という外殻を破り、スキルもまた超克する。
「【冥王真竜の混沌】!!」
漆黒の六腕。
夜を切り取った六対の翼。
一枚一枚が闇大穴の鱗と、紅い瞳孔を裂かせた深淵を覗く異形の目。
絶えず変質を、変形を、変容を、変異を繰り返しながら、辛うじてドラゴンの原型を留めた姿で私は二人を見下ろした。
「オー……化け物……」
「最高の、褒め言葉……です」
三つの首から発されるくぐもった声が空気を振動させる。
「これで……終わりです……!!」
「決着デースか……受けて立ちマショウ!!」
「勝つのは吾輩である……!!」
最大火力。
テスタロッサさんもエマさんも、身体をそれぞれ雷と武器に変え、小高い山を思わせるドラゴンの姿を象った。
「慟哭せし雷霆の矛!!」
「紫死刎仭!!」
六つの腕を広げ、それぞれに黒い球体を浮かび上がらせる。
多次元上に存在する星々の重力を一手に集約させた、潮汐力により時空が歪むほどの超高密度の重力球。
爪撃によって引き伸ばされた破壊が世界を引き裂く。
「冥王の混沌星核撃!!」
それが齎したのは確約された勝利という結果。
二頭のドラゴンが霧散して消え、その先に黒い宙が見えた。
割れた空が元に戻るのを仰ぎながら、私は高らかに吼えた。
その後すぐ頭の中が真っ白になって、地響きを立ててその場に倒れ込んだけど。
異形の身体が崩壊していく。
大会が終わったあとはみんなでお疲れさまのパーティーかな。
みんな強かったね、なんて笑い合いながら。
ああ、楽しみだな……って。
私はゆっくりと目を閉じた。
――――――――
「フ、フフ……いい勝負デシタ」
雷帝テスタロッサは、千切れた腕を押さえ、意識が切れたエヴァに賞賛を贈った。
すでに退場しているエマとの差は、ただの運という他ないだろう。
「最後まで立っていた者が勝者……このルールは絶対デス。楽しい時間をサンキューデース」
しかし、彼を幸運とは誰も言わない。
何故なら彼は、すでに触れてしまっているからだ。
「楽しかったならよかったね」
魔王の逆鱗に。
「じゃあ、もういいよね。ここで退場しちゃっても」
「魔王……モナ。あのとき仕留めたと思いマシタが」
「テルナちゃんがね、せめてモナだけはって守ってくれたんだぁ。優しいよねぇ。テルナちゃんと楽しくやってたのに、邪魔するんだもん」
何でもありのバトルロイヤル。
たとえ他者を妨害しようと、されようと、咎められる謂れは無い。
しかし、そんなものは関係無い。
理由にはなり得ない。
唯我独尊かつ傲岸不遜。
自己こそが絶対の至上であると信じて疑わず、そしてそれが世界の真理である。
魔王とはそういう存在だ。
「覚悟はとっくに出来てるよね?」
甘い声色にテスタロッサは慄いた。
まるで初めて恐怖という感情を知ったように。
「覚悟……楽しいことを楽しむことに、そんなものが必要だとは思いマセン!! 雷轟く禍天の愚槍!!」
神速と書いて雷帝。
テスタロッサとは速度の超越者だ。
如何に瀕死の手傷を負っていようと、【天王の万雷】は世界の概念を書き換える。
しかし、それでもモナは悠然とテスタロッサの真横を通り過ぎた。
回避はおろか身動ぎの一つも許さないと、魔王の風格を纏って。
(ワタシ以上に速い……? そんなこと……それに……)
丸くした目が、モナの手の平の上のそれを見やる。
激しく放電する澄んだ色のそれ。
「キレイだね、あなたの魂」
「ワタシの……!!」
「殺しちゃいけないルールでよかった。リコリスちゃんがそれを嫌いでよかった。感謝してね。そうじゃなきゃモナは、とっくにあなたを殺してたんだから」
「返――――――――」
「邪淫に噎び哭く口吻を」
魂を自らの魔力で侵食。
濃い桃色に染まった魂が細い指に握り潰されると、テスタロッサは白目を剥いて前のめりに倒れた。
「古き最強とか言ってたよね。たしかにあなたはモナたちの時代にはいなかった。でも、いたところでモナたちの足元にキスするくらいしか出来なかったよ」
そう言うと、モナはんーっと空に向かって背すじを伸ばした。
「はーぁ、飽きちゃった。もういいや。あとでリコリスちゃんにいーっぱい気持ちいことしてもらっちゃおーっと♡」
だから頑張ってね、と。
モナもまた戦火止まぬ戦場から去った。
当方、やっぱエヴァちゃん好き!!
今回登場した【冥王真竜の混沌】は、【創世竜の混沌】が進化したアンリミテッドスキルですが、混沌超覚醒による一時的な進化とご査収ください。
アグモン、ワープ進化ーーーー的なあれです。
強さのバランスって難しいですね。
何はともあれ剣魔祭は佳境!!
テスタロッサがラスボスと思いましたか?!
当方もそのつもりでした!!!
決着だけは決まってるんですがね……この先の展開どうしよう。
まあ次回の更新をお楽しみください!!!




