2-29.神悪冥界《マーレボルジェ》
剣魔祭後半、千遍万華編の始まりです!
どうかまたお付き合いください!!
それは剣魔祭開会式のほんの直前のことだった。
「奈落さん、ちょっとお話いいですかニャ?」
コルルシェールさんとフェイさんが、私にある提案を持ちかけてきた。
「雷帝……さん、を、……私たちで、一緒に?」
まさか共闘の誘いだなんて毛ほどにも思わなくて、いつも以上にどもった。
「な、なんで、それを私に?」
「あなたはあの人と相性が良いように思えますピョン」
「相性……?」
「乗ってくれるとこちらもありがたいのですニャー」
「え、ええと……」
「その話、私にも一枚噛ませていただいても?」
シャーリーさん……
なんて耳聡い……
「大賢者に並び立てているとは思っていませんが、微力ながら何かお力になれれば」
「……いいでしょうピョン。役に立ってくださいピョン」
「あの……な、なんで、雷帝……テスタロッサさん、を?」
「我らが親愛なる獣帝陛下の露払いのためなのですニャ。なるべく早く潰して置くにこしたことは無いのですニャー」
「大賢者が揃わなければ勝てない相手ですか、あの人は」
「強いピョン。歴代の大賢者の中でも、頭一つ抜きん出ているくらいには……ピョン」
シャーリーさんが話に乗ってきたのは、強い人と戦うことが目的なんじゃない。
たぶんこの二人と同じだ。
リコリスちゃんにかかる火の粉なら払う。
そのために戦う。そのために戦える人だって、私は知っている。
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――――
――
フェイさんの言うとおりだ。
この人は他の大賢者とは一線を画してる。
魔力そのものが変質して帯電するなんて。
生きた雷……それ以外にこの人を形容する言葉は見つからない。
とんでもない人を目の前にしてる実感があるのに、それに加えてもう一人。
「シャーリーさん、傷は……」
「問題ありません。ですが……なんとも異質な魔法です」
身体を武器に変える魔法。
細部はわからないけど、たぶん【混沌】と同系統のスキルだ。
この状況がもうカオスだけど、唯一救いがある。
「エマ、ワタシはあなたも敵と認識しマスがオーケーデースか?」
「当然……なのである」
二人が味方同士じゃないこと。
数の利は私たちにある。
「フフフ、最初からワタシを狙っていたようデスが、それにしては随分捉えるのに時間が掛かりマシタね」
「速度が雷であるあなたをこうして取り囲めただけでも御の字なのですニャ」
コルルシェールさんの魔法で空気の流れを補足。
私の魔法で動線を遮断。
言葉にするのは簡単でも、シャーリーさんとフェイさんと直感に頼った部分が大きくて、実際この状況を作り出すまでにかなりの時間がかかったし、その間に百合の楽園のメンバーもたくさんやられた。
やられてしまった。
不甲斐ない以上に情けない。
私はまだ、一人じゃ何も出来ないんだから。
「それでワタシを包囲したつもりなら、ベリースウィート。甘すぎてジャムになりそうデース」
予備動作無し。
テスタロッサさんは一瞬でコルルシェールさんの背後に回った。
「【天王の万雷】!!」
パンチ? キック? 魔法の放射?
何も目に映らないまま、コルルシェールさんが真下に吹き飛ばされていた。
「はあっ!!」
フェイさんの蹴りが雲を薙ぎ払う。
それさえ私には足の先を捉えきれないのに、テスタロッサさんは顎を蹴り抜くというカウンターを見舞った。
「がッ?!」
「体術まで一流ですか……【黒竜の真影】!! 終の黑針!!」
「ワォ! 速いデースね! でもワタシの方が速いデース!」
シャーリーさんの終の黑針を避けた?!
過程も動作も無視した観測不能の蹴りを?!
「雷轟く禍天の愚槍!!」
雷の槍がシャーリーさんを貫く。
一挙手一投足、反応反射が雷の……雷以上の速度。
ただ速いだけなら、私はともかくシャーリーさんが反応出来ないわけがない。
これは、速さという概念を書き換えてるんだ。
「重力核!!」
「遅い!!」
脳天から足の先まで雷が迸る。
こんな一瞬で勝負が決着する……
「これでフィニッシュデース!」
この人の強みは強力な【雷魔法】以上に、自分以上に速いものは存在しないという世界への強制力。
なら……
「【創世竜の混沌】!!」
「!!」
私は私に出来ることを。
最後まで。
(ワタシが速さを強制するように、過度な重力を強制……それもワタシに対してピンポイントに……!!)
「ッ!!」
「慣れないことはするものじゃありマセーン! その魔法の性質上、こんな繊細な使い方をすれば、あなた自身へのフィードバックは計り知れないはずデース!」
たしかに負担が大きい。
他にリソースを割けないのも事実。
だけど、勝ちたいって気持ちは本物だから。
身体が、脳が悲鳴を上げても。
「それが……どうした……!!」
私の心は奮い立つ。
「その意気や良しデス!! 空に哭く千雷の斧!!」
星一つ分の重力を喰らってるはずなのに、テスタロッサさんは構わず私の排除に努めた。
充分な成果だ。
こんな私一人に、意識を集中させたんだから。
「【暴虐王の約束】!!」
「【嵐王の飢餓】!!」
動きが鈍ったテスタロッサさんに拳と爪が命中する。
怒涛のラッシュが次々決まるけど、これだけで仕留めきれないのはわかってる。
だから……
「お願い、します……シャーリーさん……!!」
「真影解放!!」
全開の【創世竜の混沌】に頭が沸騰する。
そんな中、私の目はたしかに捉えた。
これだけ逼迫した状況なのに、いや……だからこそかもしれない。
私たちの誰一人、その人を意識すらしてなかったなんて。
――――――――
「ふむ」
『退屈そうですね博士』
「いいや、楽しんでいるよ。剣魔祭の参加者が弱いわけがない。にしても、機械兵がこうも簡単に薙ぎ倒されていくとは」
複数の銃火器、レーザーブレード、魔力の出力を高めた加速装置、合体機能……戦場に一体でも投入しようものなら、それだけで戦局が一変する人造兵器。
屑鉄の大賢者レガートが、生涯を賭して完成させた最高傑作だ。
故にそれが通用しないことは、計算違いに他ならなかった。
『何人かはちゃんと倒したじゃないですか。それじゃ不満ですか?』
「改善の余地があるという話さ。剣魔祭が終わった後は、またしばらく改造のために実験室に籠もろうか」
『改造したところで使い道はありませんよ。この平和な世の中』
「それを言われてはね」
『じゃ、これで通信は終わりますね。そろそろあの人が本腰入れそうですから』
「ああ、頼むよルシャトリエ」
『あ、そうだ。そういえばなんですけど』
「ん?」
『ほら、帝都についたとき博士言ってたじゃないですか。特に注意した方がいいとか何とか。あれって誰のこと言ってたんですか?』
ああ、とレガートは傾けていたオリーブオイル入りのビンを置いた。
「かの百合の楽園の女傑であろうと、神速の雷帝であろうと、我が補足出来ない者はない。しかし、彼女だけはそれに該当しない」
『彼女?』
「産まれ以ての性質、才能、天賦……あれは生来、世界の法則から外れた類の住人だ。もしも正面からまともにやり合おうものなら」
我でも勝てない。
レガートは妙に落ち着いた声色を機械に乗せた。
――――――――
アルティちゃんの料理が人智を越えてるみたいに。
テルナさんがどうしても船に弱いように。
ふとした瞬間に存在が霧消する、スキルでもなんでもない特異体質。
紫苑の大賢者、エマ=シトラスディース。
気高い悪魔の血族が吼える。
「【闇王の傷痕】!!」
見るも無惨な鮮血が空に咲いた。
フェイさんの左肩から右の脇腹に大きな傷が走り、コルルシェールさんの背中には矢の雨が突き刺さった。
シャーリーさんの右膝の先が吹き飛んだ。
斯くいう私も、たかだか攻撃の余波程度で左腕が千切れたけれど、この程度簡単に再生出来る私と違って三人は致命傷。
手持ちのポーションを……
「悪戯な雷精」
「なッ……?!」
やられた……こんな状況でも抜け目無い。
ポーションを盗まれるなんて。
ただでさえ足止めで手一杯なのに。
思考を鈍らせる中、フェイさんとコルルシェールさんが光に包まれる。
戦闘不能による退場だ。
シャーリーさんは……
「エヴァさん!!」
咄嗟のことで頭がぐちゃぐちゃになった私を、シャーリーさんの一喝が呼び覚ます。
その目は言う。
戦うことをやめるな、と。
「命を刈る影!!」
空中で身を翻し、影を宿した膝でエマさんのこめかみを穿つ。
足が消し飛んでいるなんて思わせない流麗な動きで連撃を放つシャーリーさんは、舞い散る血しぶきの中で、かくも美しく在った。
「強い……しかし吾輩は負った傷の分だけ強くなるのである……!! 反衝!!」
喰らった衝撃をそのまま反射する技に、シャーリーさんの頭が割れる。
【闇王の傷痕】。
受けた攻撃や傷から武器や技を解析し、身体に投影するというアンリミテッドスキル。
性能だけならある意味凡百で、とても強いとは言い難い。
スキルを強力たらしめるのは他でもない、エマさんの驚異的な耐久力だ。
手負いとはいえシャーリーさんの蹴りをくらってもダメージが無いなんて、そんなのはシキさんにも匹敵する。
「魔剣濫舞!!」
腕から剣が。
剣から剣が。
無限に増殖するそれはさながら空間を抉る壁。
押し潰されれば跡形も残らないようなそれを見て、私の身体は動いていた。
動いてしまっていた。
「混成獣の大盾!!」
竜鱗を、甲羅を、骨を……とにかく硬質化した身体を盾に、シャーリーさんを抱きしめる。
硬度は互角で剣と盾はぶつかって砕け散った。
けど衝撃までは相殺しきれなくて、私は口から血を零した。
「シャーリーさん……大丈夫、です……か」
大丈夫なわけない。
私よりずっと重傷だ。
リタイアしてないのがおかしいくらい。
これはもう、身体の限界を越えた精神力だ。
「蓋を開けてみれば、なんて様でしょう……。これではリコリスさんに合わせる顔が……」
「喋らないで、ください!」
大丈夫……
私なら【混沌】で取り込んだポーションを身体から……
「シャーリーさん……ゴメンなさい……!」
口移しでポーションを飲ませる必要があったのか、後から考えれば疑問だけど、それだけ必死だったということにしておこう。
コクリと喉が動いたもの、時すでに遅し。
シャーリーさんの身体が光に包まれた。
「何も成せずに退場するのは心苦しいです……エヴァさん」
欠損部すら回復したのに、シャーリーさんは唇を噛み切るなり有無を言わせず、私に唇を押し当てた。
自分の体液を刷り込むように舌を口の中に押し込んでくる。
リコリスちゃんより上手……じゃなくて!
「シャ、シャーリー、さん?」
「役立ててやってください。あとは……頼みます」
微かに笑ったシャーリーさんを見送ったのも束の間、雷雲が空を覆った。
「喝采と祝福の雷汞!!」
空を支配する雷撃が降り注ぐ。
神速の矢に穿たれた私とエマさん。
体勢を整えようとするけど、魔法の乱発とダメージの蓄積でそんなことも叶わない。
「墜雷!!」
隕石の衝突を思わせる重い蹴りが、私の身体を数千メートル下の地上へと叩きつけた。
「つっ……!」
地面に衝突する瞬間、身体をスライムにしてなかったら終わってた。
飛び散った粘体片を回収……あの二人は……
「オーしぶといデースねー」
「テスタロッサさん……ッ?!」
「あれくらいで負ける吾輩ではないのである」
背中を……!
まただ。
テスタロッサさんの存在感に目を奪われれば、エマさんの存在から目を離してしまう。
簡単に背後を取られて斬られるなんて。
「けどこれで終わりデース!」
満身創痍は私だけ。
万事休すだと、地面に血を滴らせて肩を上下させる。
ここまで……違う。
まだやれる。やれ。
下を見るな。諦めるな。
あのシャーリーさんが私に託したんだ。
その思いを踏み躙ったら、私は私を一生赦せない。
信頼に応えろエヴァ=ベリーディース。
私は……奈落の大賢者だろ!!
「雷轟く禍天の――――――――」
その瞬間、頭の中で何かが噛み合った音がした。
手を翳せば夜が降って、二人の身体を地面に伏せさせていた。
「ッ?!!」
「なん、であるか……これは……!!」
これが何なのか、私にはわかる。
この領域の住人を私は知っているから。
「力を借ります……シャーリーさん……!!」
シャーリーさんの血を【混沌】で取り込む。
闇の性質という点で、私とシャーリーさんの相性は良い。
【重力魔法】に【影魔法】を組み込むことで、汎用性と精密性、操作性をプラス。
それにより従来の破壊力を押し上げ、超局所的な領域の創造を実現。
そうして私は辿り着く。
魔法使いの極致へと。
「神悪冥界――――――――!!」
書いてて思いましたね。
当方、エヴァ推しだな……って。
《ちょっとした解説》
理論上【混沌】は体内に取り込めさえすればなんでも自分の力に出来ます。
が、エヴァ自身の容量という限界はあります。
なので何度もシてるリコリスさんのスキルは、容量が大きすぎるためエヴァには取り込み反映させることが出来ません。(本人たちにその意思もありません)
何が言いたいかっていうと、自分の血飲ませるシャーリーさんも、問答無用で飲まされるエヴァちゃんもエッチってことです。
体液交換する百合に興奮出来る方、新しい扉を開いた方は、どうか高評価、ブックマーク、感想、レビューにて応援してくださいよろしくお願いしますm(__)m




