2-27.百合に変わってお仕置きよとかいうパワーワード
「はぁ……はぁ……!! 死ぬかと思った……」
「空から飛び降りたくらいで大げさだな」
「あいにく私は人間なんで」
何はともあれ無事らしい。
ここはどこかの街の誰かの屋敷か。
貴族か権力者か、誰かは知らないけどご愁傷さまだ。
こんなキレイな庭も戦いの舞台に含まれてるなんて。
「見ろよサクラ、キレイな薔薇が咲いてる」
「金色の薔薇なんて初めて見た」
「サヴァーラニア原産の品種でさ、レオローズっていうんだよ。植物学者が品種改良に成功したとき、ちょうどレオナが獣帝に即位したからって名前を付けたんだってさ」
「へぇ。なんかステキだね」
「私も好きだ、この花――――」
が、目の前で儚く散ったんだが。
突風かと思えば誰かがふっ飛ばされてきた。
「なんだいったい……って、ミオさん?!」
「あぁ、リコリスさん。しばらく」
「何してるんですかいったい」
「戦っていただけです。いやはや歳は取りたくないものですね。昔はもう少しやれたと思うのですが」
ミオさんほどの実力者が誰に?
と、吹き飛ばされてきた方向を見やると、これまた見覚えのある姿。
「リーゼ!」
「強い気配があったのはわかりましたが、ご主人様だとは」
ミオさんとリーゼがやり合ってたのか。
また妙なとこに落ちたな。
「お邪魔。悪いねいいところに」
「いえ」
「んじゃ二人とも頑張って。行こうかサクラ」
「どこへ行かれるのですか?」
「いや、どこへって……」
「誰を斬ってもいいのがバトルロイヤルでは?」
今大会でもトップの剣士二人の斬り合いに誰が混ざりてーんだ。
「たとえ小兎だろうと一撃で葬り去る……それこそがラプラスハート流の真髄です」
私からサクラへ。
一瞬視線が切り替わる。
途端に空気が冷えたのを肌で感じた。
空気も木の枝も。
あらゆるものを剣と化す、それがリーゼのユニークスキル【剣聖】だ。
「視線を剣に……!」
昔はスキルに振り回されている印象もあって、とても当代最強の剣士とは呼べなかったけれど、これはなかなか見違えた。
一本筋が通った立ち姿も堂に入ってる。
斬れば斬るほどに威力を増す【剣魔】と合わさり、リーゼはその才覚を以てアンリミテッドスキルという人外の領域に足を踏み入れていた。
名を【聖魔混濁の剣界】。
リーゼが真の剣聖になった証だ。
尤もこんな子ども騙しの不意打ちじゃ、私はおろかサクラだって斬れやしない。
「っ!」
サクラの一メートル手前で斬撃が音を立てて弾ける。
なんか妙な気配だと思ってたけど、やっとわかった。
これアリソンさんの魔力だ。
あの人がサクラに力を貸してたのか。
「リコリス! ちゃんと守ってよ!」
「ゴメンゴメン。でも安心した。そのスキルがあればひとまずは大丈夫そうだな」
【星天の盾】みたいな防御機構だけど、これは次元の壁を何重にも隔てて、因果律ごと事象を断絶又は拒絶してるっぽい。
アンリミテッドスキル――――【一なる旅人】か。
またとんでもないものくれたな。
アリソンさんの意思は不明だけど、あの人の性格的にサクラや私たちを振り回す意図は無いだろうし、サクラが無事ならそれでよし。
「んじゃ逃げるか……ひぃん!」
あとは剣士同士でごゆっくり〜とか思ってたのに。
ミオさんの刀がそれを阻む。
「そちらのお嬢さんを斬るのは難しいようですが、我関せずで行ってしまうのは寂しいです」
「いやぁ、私としても美女に囲まれるのは悪い気はしないんですけどねぇ」
抜き身の剣二本と熱烈にハグしたいかって言われますと、ねぇ?
「リコリスさんともあろう方が、まさか自分の女を前に情けなく背中を見せるなんてことしませんよね?」
「誰がこんなのの女だクソ能面死ね」
「っあ〜美人に煽られるの気持ちぇ〜♡ 好き〜♡ でもつよつよな女の人がよわよわになるのも好きだったりするんで、いいですよ。泣かす」
「ラプラスハート流、リーゼ=スクリームノート。推して参ります」
「救世一刀流、ミオ=ホウヅキ。大手を振って罷り通ましょう」
「最強無敵の完璧超人! 全世界に愛された永遠のスーパー美女ことこの私! 全員まとめて抱いてやんぜ!」
「無理に口上付けるのも口上の中身自体も全てに於いて不快がすぎる」
うるせぇなこいつ。
「【聖魔混濁の剣界】!」
当代の剣聖と、
「【千面蛇の霊刀】!」
元鳳凰級の冒険者。
二人の剣は空を斬り海を割る。
いくら後のことが保証されてるといっても、こんな街中で本気でやり合えば風景が変わってしまう。
だからせめて害の無い、街から数キロ離れた草原に転移させたんだけど、これがマズかった。
「いい? もう一回行くわよ。愛と正義のセーラー服美魔女戦士! セーラーママ! 百合に変わってお仕置きよ!」
「おー決まってるぞ。何回見ても可愛いな」
「もうっ、あなたったら……。あなただってカッコいいわよ」
「そ、そうか? ヘヘッ。私はタキシードパパ。褒めているばかりでは何も解決しないぞセーラーママ」
「きゃーきゃー♡ ステキよタキシードパパー♡」
「今夜は君だけの騎士だよ。なんつってな!」
「いやーん拐われちゃう〜♡」
「ゔぁああああああ!!!」
「リ、リコリス?!」
「なんだなんだ急に?!」
「急じゃねえよバトルロイヤル中だぞ!! 絶賛!! みんな本気で戦ってんのに何をのん気に遊んでんの!!」
「あの、リコリス……あそこでノリノリでポーズ決めてたのって」
「言うなァ見るなァ!!! お願い何も……お゛ェェェェェ!!!」
過剰なストレスで胃が死んだ。
両親のコスプレもキツいけど、イチャイチャしてるの見るのもつらい。
これまさか精神攻撃?
だとしたら効果はバツグンだが?
「あれは、斬ってもいい……のでしょうか?」
あのリーゼですら困惑の極みを呈してる。
「いや、悪いけどあの二人は私がもらう」
もう、うん……せめて私の手で退場させるしかない。
「ひと思いに散れバカ夫婦!!」
「親に向かってなんだその口の聞き方は!!」
「うるせェその仮面外せ!! 星の剣!!」
「星の剣!!」
たしかに憤るまま力任せに振った剣だ。
多少なり不完全さはあったかもしれない。
けど、それにしてもだ。
お父さんの剣は簡単に私の剣をへし折った。
「ナメんなよ我が娘。そんな剣でおれをやろうなんて甘すぎるぜ。英雄の二つ名は伊達じゃねぇぞ。なぁ、セーラーママ」
「流星」
艶のある唇が短く詠唱を紡ぐ。
途端、大地に影が落ちた。
なんてことない、ただの直径三百メートルの隕石が降ってきてるってだけだ。
「ッ?!! 【魔竜の暴食】!!」
あんなもん落ちてたら国が沈んでたぞ。
関係者以外を巻き込まないっていう剣魔祭のレギュレーション無視してるだろ。
そういえば、前に聞いたっけな。
大賢者の地位を拒絶して、賢者に位置付けられるお母さんだけど、もしも大賢者を襲名していたなら、その名前を授与されてただろうこと。
「星屑の大賢者……!!」
曰く、全天を支配する者。
「バカか私は……! ただのコスプレ痛夫婦じゃないって、娘が一番知ってるだろ……!!」
「存分に語らいましょう。あなたの成長、見せてもらうわよ」
「さぁ、親子ゲンカの時間だ! めいっぱい楽しもうぜ!!」
「行くわよタキシードパパ」
「おうよセーラーママ!!」
それだけやめてくんない?
力抜けるんだよ。