2-26.雷帝
我ながら目を疑った。
この場に様々な勢力が集結しているのもそうだけど。
「極光百裂拳!!」
「悠断!!」
「【竜王の黒逆鱗】!! 神速星霊の輝剣!!」
大賢者二人を抑えてる。
あのアリスが。
アリスが強いのは知ってたけど、ここまでとは思わなかった。
動きはほとんどリコリスの模倣。
パワーとスピードはアタシの目にさえ映るくらい、ぎこちなさがある反面、技のキレとスキルの爆発力が半端じゃない。
っていうか……
「アリスぅぅぅ!! アタシたちまで巻き込まないでーーーー!!」
幼い天変地異。
おそらくスキルだけなら百合の楽園……いや、現存するアンリミテッドスキルの中でも最強格。
使い道を誤れば世界すら簡単に崩壊可能なその力を、純粋無垢であるが故に無遠慮に使う。
ここにいる者なら大丈夫だと。
「ちょっと何なのよこの子!!」
ほんと、何なのかしらね。
「見た目通りじゃねぇんでやしょう。参加者なら叩いて終いでさぁ。飛雨!!」
空から降る雨の刃が、軌道を変えてアリスに向かう。
「【精霊王の輝冠】!!」
こっちの心配なんてどこ吹く風。
太陽のような拳も、大地を穿つ豪雨も、アリスには何一つ通用しない。
圧倒。圧巻。
小さな拳が肉を穿ち、どこか拙ささえ覚える蹴りが骨を折る。
「がッ?!」
「ぐぅ?!」
大賢者の膝を地につける実力。
けれどその強さは、より強い者にも向く。
――――――――
「【竜王の黒逆鱗】!!」
「王の威圧!!」
たった5歳の子どもの相手に額に汗が浮かぶ。
【竜屠殺の獣帝】でも掻き消しきれない純然な力……
これが子どもの……いや、子どもと括ることがそもこも違う。
精霊王でありながら竜王、そしてあの夫婦の娘だ。
このくらいは当然か。
「楽しいね、レオナ!」
「そうだな」
大賢者二人と私を同時に相手取りながらそれを言うのか。
生意気は親譲りだ。
大人げなくも腹立たしい。
「負けてもそれを口に出来るなら、我は貴様を惜しまず称賛しよう」
「あぁらいい雰囲気! 妬けちゃう! けど、こっちのことも!!」
「無視されちゃ立つ瀬がねぇ」
「黙っていろ。我の前ではしゃぐな端役共。破滅の咆哮!!」
金色の波動が両名を彼方へと吹き飛ばす。
スキルでの防御が叶わない以上は大ダメージは確実だが、手応えから仕留めきれなかったのがわかる。
さすが大賢者。
スキル無しでも自の強さは大したものだ。
『獣帝に加え、百合の楽園の秘蔵っ子か。試験体には豪勢――――――――』
レガートは合体した機械兵が、胸の核を赤く光らせた。
おそらくは必殺の何かが飛び出てくる仕掛けだったのだと思う。
それを見る前にアリスによって破壊されてしまったから、何が起こるかを知ることは無かったけれど。
「壊しちゃダメなやつだった?」
「さあな。もし後でゴネられたら補償するさ。気を抜くなよアリス。力比べだ」
「うんっ!」
スキルを無効化とまではいかずとも、弱体化させて肉体での勝負に持ち込めば勝敗は容易に決した。
けれど、はたしてそうして得た勝利を誇れるだろうか。
真っ向から相手の全力を討ち倒してこそ最強。
それでこそ獣帝。
「来い!!」
そう熱り立った私だけど、アリスはリコリスたちにするように無邪気に抱きついてきた。
子どものぬくもり。
ミルクのような香り。
それらが私の気を緩ませる。
真剣勝負の場で判断を鈍らせることがどれだけ致命的か、私はこの身で知ることとなった。
「【精霊王の輝冠】!! 【竜王の黒逆鱗】!!」
それぞれの膨大な力を無理やり一つに融合させる。
そのエネルギーは、星の誕生にも似た爆発を生んだ。
「待ってアリス!! それは――――――――」
「精霊竜王の星誕!!」
ドロシーの叫びも聞く耳を持たず。
私たちの世界は白に染まった。
「けほッ……あれぇ? みんなどこ行っちゃったんだろ? んーーーーふあぁ……疲れたからもう寝るぅ……。すやぁ」
アリス、お昼寝の時間にて棄権。
――――――――
事は私とアルティの戦いが終わって少し経った頃にまで遡る。
そろそろフィールドが端から収縮する。
参加者の減りも早いみたいだし、案外剣魔祭の決着は早いそうだと、凍った火山を降りてどうするかを考えた。
魔力の反応で、どこで誰がやり合ってるのかはだいたいわかる。
実況も聞こえるしね。
みんながそれぞれ活躍してたりピンチになってるのもわかってる。
でも、だからこそそこに我が物顔で乱入するのは……と悩む。
みんな頑張ってるんだ。
私がしゃしゃるのはなんか違う気がする。
「そんな私の気持ちを汲んでくれたってわけじゃないよな」
「?」
「あーいや、なんでもない。余計なこと言って水差した。始めようか。そのために来たんだろ?」
「うんー」
「こうしてボクたちがみんなお前の敵になるのは初めてだな」
「心苦しくも高揚してしまうのでございます」
「誰が一番強いのか」
「おー! みんなで戦って決めるぞ!」
「負けないよー! 全力でやっちゃうからね!」
「勝つ」
『激闘の興奮冷めやらぬまま、リコリス選手を精鋭たちが取り囲む!! 百合の楽園はその名を知られた美しき幻獣たち!! 麗しき牙が陽の光に照らされる!!』
眷属召喚を逆探して辿り着いたのか。
甲斐甲斐しいじゃん、そんなに私に会いたいなんて。
いい感じに魔力が昂ってる。
やる気は充分らしい。
「来いよみんな。遊ぼうぜ」
「【魔竜の暴食】」
「【兎竜の怠惰】」
「【鷹竜の強欲】!」
「【狼竜の傲慢】!」
「【聖竜の憤怒】!」
「【霊竜の嫉妬】!」
「【甲竜の破滅】」
一人一人が本気を出せば国なんて簡単に破壊してしまう力の持ち主。
私も気を抜かず【創造竜の魔法】を全開にした。
それなのに、そいつは私たちを嘲笑うような速さで蹂躙した。
「【天王の万雷】!!」
ただの移動で生まれた衝撃がリルムたちを薙ぎ払い、身体を切り刻む。
かくいう私も左肩から先が消し飛んだ。
重ねて、ただの移動でだ。
ここまでで一瞬。
幻獣組の中でも随一の硬さを誇るゲイルが最初に。
回復、再生してすぐにリルムとシロンが反撃。
刹那ほど遅れてルドナ、ウル、プラン、トトが攻撃に転じる。
雷はそれらを真っ向から叩き潰した。
ここまででもう一瞬。
いろんな感情を置き去りにしながら、雷帝の大賢者テスタロッサは、辺り一帯を雷で埋め尽くした。
「この――――――――」
「また後で会いマショウ。お互い生き伸びていたら」
視界が雷に染まる中、事前にアルティから教えられていたテスタロッサの情報が頭をよぎる。
雷神トール。
雷鳴神ユピテル。
黒雲神フルゴラ。
この世に生を受けた時、雷を司る三神から加護を与えられた"雷の子"。
テスタロッサの存在がある故に、この世界にはアルティのような複数の属性を操れる魔法使い以外に、雷の魔法の使い手が存在しないと言われるほど。
なるほど、これは……納得だ。
――――――――
怪鳥の背中で風を全身に浴びながら。
「シキ……」
屑鉄の大賢者レガートの乱入で、私たちはシキという犠牲を得ながらその場を離脱した。
「マリア、これからどうするの?」
「みんな倒して優勝狙う。でもその前に、シキ姉をやったあの大賢者はぶっ倒す」
シキを倒されたことになのか、シキとの戦いの余韻に水を差されたことになのか。
マリアの背中から怒りがひしひしと伝わってくる。
たぶん、今このフィールドを荒らしてるのは二人。
レガート、それにテスタロッサ。
この二人の行動で、もうすでに参加者の大半が脱落しているらしいことは実況で把握した。
「私も力になれればいいんだけどね」
「サクラ姉は優しいね。抱きつきたくなっちゃう」
「歳下とか関係なく不快が勝つからやめて」
「シシシ。でもいいんだ。もしサクラ姉が強かったら、私がサクラ姉とやりたくなっちゃうもん」
「よかった弱くて」
化け物たちの坩堝にいるのは間違いないし、何ならここにいるのもちゃんと化け物なんだよね。
みんながそれぞれの事業に勤しむ中で、唯一冒険者稼業を続けている現役。
普通のケンカでも負けるでしょそんなの。
「どこにいるんだろうね、レガート」
「あのロボットの気配がそこら中からして上手く魔力を感知出来ないや。私はそういうの苦手だから。せめてルウリ姉かジャンヌがいたら……やっぱり今の無し! ジャンヌなんかいなくていい!」
「まだよくわかってないんだけど、なんで二人ってケンカしてるの?」
「ジャンヌがバカだから!」
「バカって言い合えるのは仲良しな証拠だと思うけどね」
「仲良しじゃないもん! 仲良しじゃ……」
こんなに強くても年頃の女の子なんだよね。
上手くアドバイスでもしてあげられたらいいんだけど、人と関わることをしてこなかった私じゃ役不足だ。
せめて話し相手くらいには……って、なんで私から歩み寄ろうとしてるんだろ。
嫌いな女相手に。
「……!」
「どうかした?」
「ゴメン、サクラ姉。私ここで降りる」
「降りるって……ちょっ?! マリア?!」
何があったんだろう。
脇目も振らず飛び降りてったけど……ここ、上空何百メートルあるの?
「ていうか私一人残されたんだけど……守ってくれるんじゃなかったのマリア〜! うわっ?!」
下を覗いてたら何か飛んできた。
思わずキャッチしちゃったけど……
「リ、リコリス?!」
「おー……サクラ。奇遇だな」
「奇遇とかじゃなくて……離れろ!!」
「おいこっちは怪我人だぞ!!」
「あ、つい……いや回復能力高いの知ってるから。でも何があったの?」
「ちょっと落雷に当たっただけだよ。あの野郎、次はぶん殴ってやる」
「あの野郎って、雷帝? テスタロッサさんだっけ?」
「んぁ? なんでさん付け?」
「だって歳上だし、男だし」
女嫌いで人間嫌いじゃないから私。
まあべつに好きでもないけど。
「そうなんだよなぁ……頭ではわかってるんだけど、いざ対面したら殴りづれぇんだよ」
「可愛いもの好きだもんねリコリスって」
「でも次は無い。絶対ボコる。向こうも向こうで、あちこち戦局を荒らし回ってるっぽいし、ああ見えて結構戦闘狂なんだろな。あ、そうそう」
「?」
「寂しい思いしただろ。ゴメンな」
「……べつに」
私は剣魔祭開始から今に至るまで、何があったかをリコリスに伝えた。
「シキが守ってくれてたのか。それにマリアも」
「うん」
「いい奴らだろ。私の女は」
「なんでドヤってんの。シキはやられちゃったのに……」
「なんでだよ。カッコいいじゃん」
リコリスは身体を回復しながら笑った。
「マリアと全力を出し合って、サクラたちを守るために立ち向かったんだろ。自分より人のことを考えられる。愛せる。だから私の女はみんなカッコいいんだよ。んで、だから私はみんなのことが好きなんだ」
「……リコリスの言うことは、よくわかんない」
「ミステリアスってこと? まーリコリスさん全方位に対して無敵の魅力誇ってるしねっ♡ てへっ♡」
「ウザキモ無理クソ死ね」
この人にマジメなこと期待した私が間違ってた。
「あ、気を付けろよ」
「何に?」
「この鳥シキの呪術だろ? そろそろ消えるぞ」
「ってことは……」
数秒後、私の絶叫が空に響いた。
「あ゛ぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」
リコリスを100として、ざっくりアリスの戦闘力を表すと、
運動能力30
知識10
センス90
スキル120
くらいです。
まだ5歳なのでこの程度です。
精霊王と竜王の力を継承しながら、リコリスとアルティの魔力から産まれたアリスは、ゆくゆくはちゃんと最強になります。
可愛いですね。
それにしても!! 仕事が、忙しい!!
百合チート書きてえよ!!